母は語らず
ふっとアリシアの少女時代に思いを馳せていると、その間も読んだのか侍女が語り出したので内心驚いた。
エバといい、この侍女といい、オマスティアの女性は歳を取るにつれて人の心が読めるのかと本気で考えたほどだ。
「それはそれは可愛らしい女の子でいらっしゃいました。王妃様がご存命の頃は大変仲の良いご家族だったんですよ。その当時をお知りになりたいなら礼拝堂に行かれては如何です? 私がご案内しましょう」
礼拝堂の扉の前まで案内した侍女はシオンに一礼すると自分の仕事に戻っていった。
古く厚みのある木の扉を開けようとした時だ。中から女の声がしたので、音を立てないよう静かに少しだけ開けて様子を窺う。
アリシア……?
ブランデー色の長い髪の女性が見えた。一目で分かる想い人の後ろ姿に胸が熱くなる。
正面に設けてある巨大なシャムロックファミリーの肖像画に、アリシアが語り掛けている。
「お母様、只今帰りました。理由はどうであれ約束を守らないなんて親不幸な娘ね」
その絵は、父親のブラッケン、母親のイルセ、そして双子の妹シナリア達と一緒に幼いアリシアも楽しげに笑っていた。
「本当は一生戻らないつもりだった。でも、彼がいたから勇気が出せたの。いつも見守ってくれる素敵な剣士よ」
『彼』とは俺のことか?
アリシアが、自身をそんな風に思ってくれていたのかとつい口元が綻ぶ。
「あの日がなかったら、お母様が生きていたらもっと幸せだった?」
幾ら語り掛けても母の声が聞きたくても、絵のイルセは微笑むだけで答えてはくれなかった。
「ねえ、答えて……」
細い肩を震わせて嗚咽している彼女にシオンは憐れで居た堪れなかった。傍らに寄り添って抱き締めたいが、彼女とて今の姿を見られたくないはずだ。
シオンはそっと扉を閉めた。
一緒に旅をしてきて、アリシアの心が分かっているつもりでいたシオンは自身が歯がゆかった。
やりきれない感情を抱いたまま中庭を歩いていると、四十半ばの剣士に呼び止められた。
「シオン殿でしたな」
「俺に何か?」
「私は副騎士団長のフェザー・タンジェリンと申す者。アリシア様と旅をしていると聞いて是非話したかったのだ」
ここ数日、城を歩き回って彼の情報はある程度入手している。
イルセの代から副団長を務め騎士団の要として活躍してきた屈強の剣士で、イルセ亡き後も団長となったアリシアを支えてきた人物である。
「勝手いかぬ土地を一人で過ごすのはさぞ退屈であろう。よかったら今夜私の家へ来ないか」
「しかし、ご家族にご迷惑では」
「実は、もう妻に伝えているのだ。馳走が無駄になっては私が叱られる」
突然の申し出だが、シオンが快諾するとフェザーはほっとした様子だった。




