第六話:少年老い易く学成り難し
第6話「少年老い易く学成り難し」をお届けします。
授業参観に父親が来るというのは、令和の世でも珍しい物なのでしょうか?
何はともあれ、かつての後輩に授業中の姿を見られるアラフォーサラリーマンの姿をお楽しみください。
現在のオレは八雲朱音十一歳であり、当然のこととして小学校に通っている。
そして中身は四十過ぎのサラリーマン。
小学校レベルのお勉強など簡単なものだ。
——とは行かなかった。
いや、テストで満点を取るなど造作もない。
オレが現役小学生だった頃と多少変わってはいるが、授業さえ真面目に聞いていれば余裕でクリアできる。
しかし……。
しかしだ。
それには大変なリスクを伴うというのがオレの結論だった。
考えても見給え。
すべての教科で満点連発などしたら、当然由加利も三浦も喜ぶだろう。
だがその後のオレには過度な期待がかかることになる。
もともとオレはそれほど優秀な人間ではない。地元のFラン大学を辛うじて卒業し、地方の中小企業にようやっと滑り込んだ程度の人材なのだ。
『十で神童十五で才子、二十歳過ぎれば只の人』を地で行くことになる。
いや、凡人で終わればまだ良いほうだ。
だからオレは徹底的に韜晦を決めることにした。
小一の初めてのテストのとき以来、点数は六十点台に留めるように調整を続けている。
時間が足りないふりをして三分の一は空欄のままにするのだ。ただし誤答だけはしない。それがオレのプライドだった。
この作戦は今のところ成功している。由加利も三浦も、教師たちも同級生たちも、オレの答案に正解と空欄しかないことに気づいていない。
それはそれとして、今年も授業参観の季節がやって来た。
なんでこの時期? と思わないでもないが、行き当たりばったりで進んでいるのだ、あまり突っ込まないでもらいたい。
来るのはやはり由加利だろう。今までずっとそうだった。
三浦の勤務先(オレの元勤務先でもあるが)は、平日に休むどころか定時に帰ることさえままならぬ暗黒企業だからだ。
そう思って安心していたのだが。
参観日の前夜、由加利が爆弾発言をした。
「明日はお父さんが行くからね」
Ω<ナ、ナンダッテー!!
それはどういうことですか由加利さん!
「お母さん、どうしても休めなくなっちゃったの。パートさんが二人も風邪引いちゃって」
「お父さん、有休取れたんだよ」
Ω<ナ、ナンダッテー!!(二回目)
あの会社で有給を取るとは。やるな、三浦。
それはともかく、三浦には来てほしくないんだが。
だって……恥ずかしいじゃん!
翌日の昼休み。教室の空気はそわそわと落ち着きがない。
オレ自身も、はぁ……とため息。
これで何度目だ?
(平常心だ、平常心)
(参観日だからって何も特別なことはない)
(ただ親が来るってだけだ)
(今どき父親が来るのも珍しいことじゃない)
(オレの父親が三浦ってことだけだ)
(三浦……)
(新人の頃からオレが手取り足取り指導してやった三浦……)
(うわああああああああああああ! 来ないでくれえええええええええ! 恥ずかし過ぎるうううううううううううう!)
オレは頭を抱えたまま机に突っ伏し、足をジタバタさせた。
「なにやってんの朱音」
クラスメイトの言葉もオレの耳には入らなかった。
チャイムが鳴り、先生が来る。
授業は算数だ。
ほぼ同時に後ろの扉が開き、保護者が三々五々姿を現す。
扉が開く音がする度に皆は振り返るが、オレにはその度胸がなかった。
「はいみんな。気になるのはわかるけど、授業に集中しなさいよ」
前野先生の声。
五回目か六回目だったろうか。
今入ってきたのが三浦だと、オレはなんの根拠もなしに確信した。
条件反射のように後ろを見そうになって、必死に思い留まった。
振り向いちゃダメだ……振り向いちゃダメだ……。
そう言い聞かせているのに。
どうしても見てしまう。
そしてオレは発見した。
オレに向かって、笑顔で手を振る三浦の姿を。
スーツ姿が似合わない。
いつもの現場用ジャケットのほうがかっこいいのに。
何だよその髪。
ヘアムースでも使っているのか?
「三浦さーん。この問題解いてー」
「あ、はーい!」
先生の声にオレは我に返り、黒板の前に立った。
そこにあるのは分数の計算式。異分母の足し算と引き算だった。
「一つでいいからね。慌てずゆっくりね」
さて、どうするか。
テストとは違うのだ、ここは正解すべきだろう。
——ここで間違ったら三浦に恥をかかせるしな。
簡単な問題ではあるが、それでも人前で解いてみせるというのは緊張する。
「はい、正解。三浦さん、出来るようになったね」
三浦さん——か。
オレの本名は「八雲」朱音。しかし普段は三浦で通している。
こいつら相手に本名を明かせば好奇心丸出しの質問が始まるだろうし、戸籍名がどうのこうのと説明するのも面倒くさいからだ。
席に戻ろうと振り返ったら、三浦が親指を立てていた。
オレは曖昧に笑ってそれをスルーした。
そんなこんなで授業が終わる。保護者同士の交流が始まっている。
俺達は即下校だが保護者懇談会がある。当然三浦も出席するだろう。
(さて、挨拶くらいしておかねばな)
まるでサラリーマンみたいな発想でオレは三浦を探した。
父親の参加者が他にも二人いて、その三人が集まって何やら会話していた。
ついつい三人を見比べてしまう。
(うん、やっぱり三浦が一番かっこいいじゃないか)
服装も髪型も、まるで似合っていないけどな。
「お父さん」
呼びかけて振り向いた三浦に近付こうとして、オレは何もない床で躓いた。
そのまま立て直せず、三浦の胸(正確には出っ張った腹)に飛び込んだ。
なんてことだ。
クラスメイトと保護者、総勢六十人の目の前で、オレたちはしっかりと抱き合ってしまったのだ。
たちどころにして教室はガキどもの黄色い歓声に満たされた。
——恥ずかしい。死にたい。
いや、一回既に死んでるけどな!
「じゃあ保護者懇談会を始めますので、児童の皆さんはもう下校してください」
前野先生の呼びかけに応じ、子供らは親に手を振って教室から出ていく。
「朱音ちゃん、また後でね」
「うん。今日はお疲れ様でした」
オレは廊下に向かおうとして立ち止まった。
なんとなく三浦を見返すと、自然に言葉が口からこぼれた。
「一緒に帰ろう。図書室で待ってるから」
その時の三浦の嬉しそうな顔。
なぜだかオレまで嬉しくなり、足取りが弾んでしまう。
「朱音ェ。ラブラブじゃん(笑)」
「ひゅーひゅー(笑)」
まったくオレは何をやっているんだ。
——恥ずかしい。死にたい。
いや、一回既に死んでるけどな!
(続く)
如何でしたでしょうか。
少しずつでも父と娘の絆が深まっていく。
そんな様子が描けていれば嬉しいのですが。




