第七話:義を見てせざるは勇無きなり
大変長らくお待たせいたしました。
第7話「義を見てせざるは勇無きなり」完成です。
部隊は小学校の球技大会。
瑛太くんに焦点を当て、彼を巡る朱音と新太の人間模様を描きます。
今月、オレが通う小学校では全員参加の球技大会がある。
種目は低学年がドッジボール、中学年がポートボール、高学年がバスケットボールと決まっている。
我が校は一学年二クラス。オレは一組Aチームで出場だ。
体育の授業、昼休み、放課後。学校での練習のほか、団地の広場に設置されているバスケのゴールを使って自主練をしている。
正直言ってオレはそこまでするつもりは無かったのだが、新太がしつこく誘って来るのだから仕方がない。
ちなみに新太はスポーツ万能、絶対に優勝すると意気込んでいる。
オレはバスケは得意でも不得意でもない。すばしっこさには自信があるが、如何せん体が小さい不利は覆せない。
相手の守備を搔い潜ってゴール前までボールを運ぶ役に徹することでチームに貢献することにしている。
そんなある日の放課後、体育用具室にボールを返しに行ったときのことだ。
その日、体育館ではポートボールの練習が行われていた。
よく見ると瑛太の姿がある。
(どれ、ひとつ応援してやるか)
ちょうど瑛太にボールが回ったところだった。ドリブルで突っ走っていく。
(あいつ、脚だけは速いよなあ)
だが、ディフェンスの罠に真正面から突進してあっさりボールを取られた。
パスを回すことも、ディフェンダーを交わすことも念頭にないようだった。
気になって観察を続けると、同様の光景が五分間で三度繰り返された。
(さては瑛太、周りが見えないタイプだな?)
心理的にか物理的にか、視野が狭くて自分が持っているボールしか見えていないのだろう。
仲間がパスを呼んでいる事にも気づいていない。
見回りの先生が来て下校を命じ、練習試合はそこで終了となった。
翌々日、昼休みの体育館で再び瑛太を見かけた。
(瑛太のやつ、今日はガードマンか……)
だが瑛太はボールを追いかけてガードゾーンを離れてしまう。
それを繰り返しては仲間に怒られている。
(ルールを理解していないのか? それともボールに夢中になってしまうのかな?)
見ているだけでこちらの胸が痛んできた。
「……ということがあったんだよ、今日」
帰宅後。新太に誘われてバスケの練習中、オレは思い切って瑛太のことを打ち明けた。
瑛太は新太に相談なんてしていないはずだと思ったからだ。
「よし、俺が鍛えてやるよ」
「何をする気だ」
「ドリブルとパスはバスケと一緒だろ。だから三人で練習する。その前にあいつの様子を見てやらなきゃ」
「何でもいいけど、無茶すんなよ。瑛太はまだ四年生だからな」
そんなこんなで翌日の放課後。ポートボールの練習が行われているはずの体育館に行くと、真っ先に耳に飛び込んで来たのが新太の怒号だった。
今日の瑛太はゴールマンをやっている。
ゴールマンは走らなくて良いとは言え、ボールをキャッチできなければ得点にならないし、チームの司令塔でもあるから決して楽なポジションではない。
——瑛太には厳しいだろうな。
そう思って眺めていたら、せっかくボールを掴んだのにバランスを崩して台から落ちてしまった。
そこへ追い打ちをかけるように新太が怒鳴る。
可哀想に。瑛太のやつ、すっかり萎縮しているじゃないか。
居た堪れなくなったオレは新太の袖を強く引いた。
「おい、怒ってどうする」
「あいつ気合が足りないんだよ。なんであんなことも出来ないんだ」
「できないものは仕方ないだろ。できるように教えてやれよ」
「よーし、帰ったら特訓だ。お前も付き合えよ朱音ェ!」
で、嫌がる瑛太を引きずって来て、いまオレたちは広場でドリブルとパスの練習をしている。
いるのだが……。
「新太! いちいち怒鳴るんじゃねえよ!」
「こいつ見てるとイラつくんだよ! やる気あんのかお前!」
「やめ! やめ! 新太、お前のやり方じゃ上達なんかしない!」
泣き出した瑛太を庇い、オレはベンチに避難した。隣に座って肩を抱いてやる。
腹を立てた新太はさっさと家に帰ってしまった。
——どうしたもんだろう?
オレにはスポーツ指導の経験も知識もない。ここから瑛太の弱点を克服させてやる方法なんて思いつかない。
「なあ瑛太……」
肩を震わせ、しゃくり上げながら泣き続ける瑛太。
黙っている訳には行かなかった。
「オrわたしも今からポートボールが上手くなる方法は分からないけどさ」
「……」
「諦めちゃったら、そこで試合終了だと思うんだ」
「……」
「だからさ……」
「……」
「ボールを見ないでドリブル……練習しようか」
恐らく瑛太はゴールマンも外され、プレイヤーに戻されるはずだ。その際に必要なのはボールを持った後に周囲を見る余裕だろう。
そう考えてこんな提案をしたのだが……。
その後オレたちは暗くなるまで練習を続け、瑛太をわが家に連れ帰った。
瑛太も新太に顔を合わせたくなかったようで、素直に招待に応じた。
由加利に頼んで蘭叔母さんに連絡してもらい、我が家に泊めたのだ。
瑛太はオレに懐いているし、オレは瑛太を甘やかすのが好きなので、その晩は一緒に風呂に入って一緒に寝たわけだ。
恥ずかしがる瑛太、可愛かったなあ。
そして大会本番。
天の配剤か作者の都合か、瑛太の試合開始に合わせてオレも新太も一回戦が終わり(オレは負け、新太は勝ち)応援に行くことができた。
オレの予想通り、瑛太はプレイヤー出場だった。
必死に走り回る瑛太。ボールを持った相手の前に立ち塞がるが、素早いパス回しに追随できない。
味方がドリブルで走る。敵ディフェンスが壁を作る。瑛太がパスを呼ぶ。
でもパスは回ってこない。
そんな場面が繰り返され、オレは否が応でも理解せざるを得なかった。
——瑛太、パスを回してもらえないんだ。
メンバーチェンジが不可能な状況で勝利を目指すための、冷静にして残酷な作戦だ。
——オレがキャプテンならどうしたかな。
横を見ると、新太は鬼のような形相でコートを睨んでいる。
叫びたいのを必死に堪えているのだろう、歯を剥き出しにして。
握りこぶしは腹の高さで上下を繰り返している。
——よくぞ冷静さを保っているものだ。
いや冷静とは言えないが、怒鳴らないだけ立派なものだ。
試合は相手がややリード、だが瑛太のチームも良く食い下がっている。わずか二点ビハインド。勝てない状況ではなかった。
敵二番が三番に向かってパスを飛ばした。そこに瑛太がいた。
——狙ったのか、偶然なのか。
瑛太はボールを奪い、ゴールに向かって突っ走った。ディフェンダーが前に回り込む。
新太の両手がメガホンのように口元へ向かった。
——マズい!
オレは新太が余計なことを言わないよう、咄嗟にその左手を握った。一瞬だけ新太と目が合った。
瑛太はディフェンダーに接触するかと思ったが、直前で立ち止まり山なりのパスを投げた。
——やるじゃん!
パスを受けたこちらの四番はそのままゴールを目指したが、ガードマンに阻まれてボールがコート外に転がり試合終了の笛が鳴った。
——無念……。
新太はどう思っているだろうか。チラリと見ると、大きく息を吐いて肩を落としている。
何か声を掛けてやるべきだろうか。
だが新太は「二回戦が始まるから」と言って立ち去ってしまった。
せめて一言褒めてやればいいものを……。
だがそれは家に帰ってからでもよかろう。俺は瑛太を追いかけた。
チームメンバーから一人遅れ、トボトボと歩く瑛太。
「瑛太借りてくぞー」
一応他のメンバーに仁義を通し、オレは瑛太を物置小屋の陰に連れて行った。ここは児童も教師も滅多に来ない。
さて、連れては来たものの、何と第一声を掛けるべきか。「惜しかったな」でもないし「頑張ったな」とも違う気がする。
「なあ瑛太……」
瑛太は虚ろな瞳で俺を見つめている。
本当に、言葉が出て来ない。ここで気の利いた科白の一つも言える性格なら良かったのに。
言葉が出て来ないなら行動だ。行動あるのみだ。
オレは瑛太をハグしてやった。
俺よりほんの少し背が低い瑛太。その両肩が震えている。
——泣いているんだな。
だが泣き顔は見ないようにしてやろう。オレは瑛太の後頭部に右手を回し、頬を寄せた。
「新太と一緒に見てたよ。よくやった」(こんなことしか言えないとは。中身不惑のおっさんがこの為体、まったく泣けて来るぜ)
瑛太の両手がオレの背中に回った。本当は声を上げて泣きたいに違いない。
オレは腕に力を込めた。瑛太も更に強くオレを抱き寄せる。
——よし、ついでだ。
オレは瑛太の額にチューしてやった。
「おい。新太には内緒だからな」
瑛太はキョトンとして……それから真っ赤になって、一目散に走り去ってしまった。
額にチュー。子供相手とは言え結構恥ずかしい。だが瑛太が泣き止んだのだからまあよかろう。
幸い誰にも目撃されなかったし(←フラグ)
そんなわけで、教室に戻るのが遅れてしまった。前野先生ごめんなさい。
うちのクラスはBチームが準々決勝進出したそうだ。大したものだ。
応援のため教室を出る。体育館に向かって移動中、サクヤ・サナエ・ヨウムの三人に包囲された。
「朱音さー、いつの間にカレシ作ったん?」
お前は何を言っているんだ……って、まさか!
「昼間から抱き合うとか(笑)」
「チューまでしてたよねー(笑)」
「やらしー(笑)」
わあああああああああああああああああああああああああ!
やっぱり見られてたあああああああああああああああああ!
恥ずかしい。死にたい。
いや、一回死んでるけどな!
放課後、新太に誘われてまたバスケをやることになった。余談だが新太のチームは優勝したそうだ。大したもんだ。
「兄ちゃーん。大会終わったのになんでまだ練習すんのー?」
「来年に備えるんだよ、決まってるだろ!」
「もうヤダー!」
「文句言うな、やれば出来るんだよ瑛太だって。今日もちゃんとパス出来てただろ!」
お、新太もちゃんと見てたんだな。えらい偉い。
でもなあ。
「おーい新太、もう勘弁してやれよー。部活でもプロでもないんだからさー」
「えー? 朱音は瑛太を甘やかし過ぎィ!」
「そんなこと無いって。小四男子なんかこの程度で良いんだよ。な?」
オレは瑛太に話を振ったが、これが失敗だった。
天使の笑顔で瑛太は言った。
「うん。また一緒にお風呂入ろうね!」
時が凍り付き、新太はボールを取り落とした。
あのね瑛太くん、それ内緒って言わなかったっけ? 言ってない? あ、そう……。
「お風呂……? 一緒にお風呂?」
そのまま瑛太に掴みかかる。
「お前ーッ! ズルいぞーッ!」
「だって兄ちゃん先に帰ったじゃん」
「朱音え~。なんで俺も誘ってくれないんだよォ~(泣)」
「だからお前が先に帰るからだって。頑張ってる瑛太にご褒美だ」
「俺優勝したよ? 俺にもご褒美あっても良くない?」
「ぼく、チューしてもらった」
ばかたれ、それこそ内緒にしとけって言ったろー!
「あーっ! あーっ! 朱音! 朱音ェー!」
「こら、抱き着くな」
「あーっ! あーっ! 朱音! 朱音ェー!」
「泣くな見苦しい」
「お姉ちゃん、もう一回。もう一回だけ!」
「調子に乗るな!」
全くもう、恥ずかしい。死にたい。
いや、一回死んでるけどな!
(続く)
第7話、お読みいただき誠にありがとうございました。
未だにおっさんの頃の感覚が抜けない朱音(祐司)、瑛太を甘やかしたばかりに恥ずかしい目に遭っていつものオチへと至りました。
次回もお楽しみに!




