第四話:後の祭り
お待たせしました。第四話です。
前回は海で溺れ、今回は夏祭りです。
新キャラとしていとこ兄弟も登場。
中身不惑男の朱音(祐司)は、今日も保護者気分全開で暴走します。
それでは、第四話「後の祭り」をお楽しみください。
鉄筋コンクリート造、四階建て。
市営住宅D‐五号棟の三〇三号室(1LDK)が我が三浦家の住まいだ。
「お母さんただいまー」
「お帰りー。カルピス飲むー?」
「飲むー!」
オレはランドセルを片付け、手を洗った後ダイニングテーブルの椅子に腰かけた。
その時だ。玄関から少年たちの声が響いて来た。
「お邪魔しまーす!」
「朱音ちゃん居る~?」
声の主はオレの従兄弟、新太(六年)と瑛太(四年)
D‐四号棟の三〇三号室に住んでいて、窓からお互いが見える距離だ。
それにしても、毎度毎度頭を抱えざるを得ない。
俺は立ち上がって玄関に向かう。
歓迎のためではない。叱責するためだ。
「お前ら、ドアを開ける前に呼び鈴鳴らせ。勝手に入るんじゃない」
「それと靴! 爪先を外に向けて揃えろ。何度言ったら解るんだ」
「朱音、お父さんかよ(笑)」
「伯母さん、ノド渇いたー」
「はいはい、ちょっと待ってね~」
「お母さん! 甘やかしちゃダメ!」
「いいじゃない、家族だし」
「良くないの。親しき中にも礼儀あり!」
「ほんと、朱音ちゃんったらお父さんみたいねえ(笑)」
ダメだ、聞きやしねえ。由加利ものん気に追加のカルピス作ってるし。
俺はがっくりと項垂れるしかなかった。
「は~い、お待たせ~」
「やったー!」
「伯母さんありがとー!」
「ほら、ちゃんとお礼も言えるじゃない」
「そう言う問題じゃないの!」
「ほらほら朱音ちゃん、座って。『ひのえや』のケーキあるから」
「え? MJD!? 早く! 早く食べよう!」
考えるより先に言葉が出てしまった。
いい歳扱いたおっさんがこの為体ですよ。
全く恥ずかしい。もう死にたい。
いや、一回死んでるけどな。
「朱音、お祭り行くだろ?」
ケーキを食べ終わった頃、新太が言った。
お祭りとは地元の神宮の例大祭のことだ。
明日から三日間かけて開催され、神輿渡御あり縁日あり、花火大会もある。
思えばオレと由加利が恋仲になったのもこのお祭りが切掛けだったな。
花火の光に照らし出された由加利の横顔がそれはそれは美しくて……。
「一緒に行こうよー。お姉ちゃんの浴衣見たいー」
瑛太の無粋な声がオレの感傷を打ち砕いた。
「浴衣なんかねえよ」
「あら、あるわよぉ」
……あるんかい。
オレは新太たちを諦めさせようとしたのだが、由加利のおかげでお祭り参加が確定してしまった。
しかし、浴衣なんぞいつの間に……。
翌日、オレたちは連れ立って神宮に詣でた。
オレたち一家三人と、新太たち一家四人、合計七人。なお叔母の蘭は由加利の妹だ。
「おお、朱音ちゃん似合ってるよ」
「ウチも女の子欲しかったねえ」
正隆の叔父貴と蘭叔母がオレを見て奇声を発する。
「お姉ちゃんすっごく可愛い!」
「そ……そりゃどうも」
「早くお祭り行こう!」
瑛太が笑顔を紅潮させて腕を絡めてきた。素直で可愛いやつだ。
それに比べて新太と来たら……。
「おい。お前は何か言う事ないのかよ」
「ふ、ふーん。いいんじゃね?」
意地悪く訊いてやると、新太は目を逸らしながら誤魔化しやがった。
まあいい。こいつはどうしようもなく『ガキ』なのだ。
——生前のオレにおしめを換えさせた程度には(笑)
境内はなかなかの人出だったが、三十年前に比べるとやはり賑わいは減っているし、何より子供の数が少ない。
オレは若干の寂寥感を抱えながら、皆と連れ立って歩いた。
射的の屋台を見つけた。
「おい新太。勝負だ」
「お? やんのかコラ」
「おう。負けた方がクレープ奢りな」
オレは射的が得意なのだ。これでクレープ確保だ。大人気ないなどと言うなかれ。
コルク銃を受け取り、構える。
「嬢ちゃん、筋がいいねえ」
屋台の親父が驚嘆の眼差しでこっちを見ている。
そりゃあそうだろう。年季が違う。
隣では新太がもう撃ち始めている。
いきなりの大物狙いか。バカめ……。
ゲーム機が欲しいのは解るが、コルク玉で落とせるはずがない。
射的は欲しいものを獲るんじゃない、獲れるものを獲る遊びなのだ。
オレが狙ったのはお菓子の類。
十発撃って三つ獲れたのだから大したものだと思わないか?
クレープの屋台で新太のやつが悔しそうに財布を出したので、オレは割り勘を申し出た。
だが新太はそれを断った。
「約束は約束だ。俺が払う」
ほう。思ったより根性あるじゃないか。
「おk。じゃあ瑛太にはオレが奢る」
「ほんと? お姉ちゃんありがとー!」
瑛太が嬉しそうに抱き着いてきた。可愛いやつだ。
クレープを食べていたら、新太のやつがクリームを胸元に溢しやがった。
「あーあー、何やってんだよ。これで拭け」
ポケットティッシュを手渡してやったが、新太はクリームが付いている場所を見つけられずにいる。
仕方がない。オレはティッシュを取り上げてクリームを拭ってやった。
「貸せ。ここだよ」
ついでにベタベタの口元も拭いてやる。
「もうちょっと上品に食えないの?」
全く手のかかるやつだ。
「あらあら、何だか親子みたいねえ」
「ほんと、仲良いわよねえ」
「兄ちゃんとお姉ちゃん、コイビト同士みたい」
由加利と蘭叔母に続き、瑛太が調子に乗って余計なことを言った。
「「ちゃうわ!」」
オレたちは同時に声を上げ、保護者様一同は鼻水噴いて噎せたのだった。
花火大会まではまだ時間がある。
大人たちが休憩コーナーのパラソル付きの席でビールを飲み始めたので、子供だけで行動しようということになった。
「じゃあお父さんお母さん、三人で遊んでくるから」
「は~い。気を付けてね」
「新太、スマホ持ってるのお前だけだからな。ちゃんと二人の面倒見るんだぞ」
「朱音ちゃんはしっかり者だから心配はいらないよ」
「どっちかっていうと新太がお世話される方じゃない?」
みんな好き勝手なことを言う。
だが実際に子守りはオレの役目なのだ。
はぐれたらじたばたせずに親のところへ戻るように二人に指示を出しておいた。
それからオレたちは祭りを堪能した。
クラスの連中にも遭遇した。
定番だとオレと新太の関係を誤解されるところだが、従兄弟であることは学校では周知の事実なのでそっち方面のイベントは発生しなかった。
期待していた諸君、申し訳ない。
空が暗くなり、屋台の照明や提灯が明るく見える頃。
瑛太の手を引いて境内を漫ろ歩いていたオレは、たった一つ豪く場違いな店を見つけた。
大きな振り子時計。和箪笥。煙管に根付。鎖の付いた懐中時計。軍用と思しき水筒。色褪せた地球儀。石油ランプ。大工道具。革製の蛇腹が付いたアンティーク・カメラ……。
この手のものを見ると、めちゃくちゃテンションが上がる。キミもそうだろう?
店番をしているのは、商品と同じくらい古ぼけた爺さんだ。
「これ、見てもいい?」
オレは青いガラス製のシュガーポットを手に取った。
底のラベルは既に文字が読めなくなっている。
「お嬢ちゃん、お目が高いねえ。それ本物のベネチアングラスだよ」
「ほんとぉ?」
「ほんとほんと(笑)そっちにあるのが、徳川吉宗が遠山の金さんに贈ったご印籠」
「全然時代違うじゃん(笑)」
「だから珍しいんだよ(笑)」
ひとしきり笑いあって満足したオレは、次へ行こうと立ち上がった。
「瑛太、行こう」
「うん」
ところが新太がいない。
(あいつ……ちょっと目を離すとこれだ)
これだからガキは扱いにくい。
「瑛太、兄ちゃん探しに行くよ」
「うん。きっと型抜きやってると思う」
打ち合わせに従えば休憩コーナーに戻るべきなのだろうが、新太はスマホを持っているから心配はなかろう。
十分か十五分くらい探して、見つからなければ戻ればよい。
そう判断したオレは、捜索を兼ねて瑛太と一緒に境内をぶらついた。
「瑛太、そろそろ戻ろうか」
「うん」
綿菓子を買って、帰投を決断した時のことだ。
「あーっ、見つけたー!」
馬鹿みたいな大声が後ろから響いた。
新太だった。
「お前ら、どこ行ってたんだよ!」
「こっちの台詞だよ。勝手にふらふらほっつき歩いて」
「こっちの台詞だよ。俺がどんだけ心配したと思ってんだ!」
新太は涙目だった。本気で心配してくれていたのだろう。
そう思うと、少し申し訳ない。
新太はその場で電話をかけ、オレたちを見つけた旨の報告を入れていた。
「お前らとはぐれたって言ったら父さんにも母さんにもめちゃくちゃ怒られるし、伯父さんたちも探し回ってるんだぞ」
「俺、お前らの世話任されてたんだからな」
最後の方は涙声だった。
こいつ、ガキだと思っていたがちゃんとお兄ちゃんだったんだな。
そう思うとやたら罪悪感がこみあげてきて……。
オレは思わず新太を抱き寄せ、その額に自分の額を軽く当てた。
新太が硬直したのが判った。
「心配させてごめんねお兄ちゃん」
「!……バッ!」
新太がオレを引き剥がした(ガキでも男の筋力は大したもんだ。力比べじゃ敵いそうもない)
「近いんだよお前!」
「そう?」
「そうだよ!」
「あ、兄ちゃん耳真っ赤(笑)」
「う、うるせー!」
無事全員が揃った頃、花火の打ち上げが始まった。
夏の夜空を彩る大輪の花は、やはり良いものだ。……瑛太は焼きそばとたこ焼きに夢中だったが。
連続打ち上げが一段落し、一瞬の静寂が訪れた時。
ふと気が付くと、新太がこっちを見ている。
「なんだ?」
オレが訊くと、新太のやつはオレの耳元に顔を寄せてこう言った。
「浴衣、似合ってる」
それだけで、新太はぷいと横を向いた。
「そうかそうか。ありがとよ」
やれやれ。
素直に女の子を褒められるようになったんだな。
スターマインの輝きが夜空を彩る。
爆音が響くたび、観客が呼応する。
五月雨のような音と光が新太の横顔を照らした。
見つめているうちに、さっきの台詞がリプレイされてくる。
『浴衣、似合ってる』
……待てよ。
浴衣が似合う?
誰に?
オレに?
つまりそれって——。
え?
えええええええええ!?
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
言えるかバカ!
オレはただ震えながら目を伏せるしかなかった。
「あ~、お姉ちゃん顔真っ赤(笑)」
おのれ瑛太め、余計なことを。
三浦まで笑ってるじゃないか。
恥ずかしい。死にたい。
いや、一回死んでるけどな!
(続く)
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
今回は従兄弟の新太と瑛太が初登場しました。
祐司にとって新太は「昔おむつを替えてやったこともある親戚の子供」という認識なので、どうしても保護者目線が抜けません。
一方の新太は一コ下の女の子に子ども扱いされ、反発しながら「もう子どもじゃない」と背伸びをしたいお年頃。
そんな二人の距離感を書いていたら、気付けば思っていた以上に賑やかな一話になりました。
そしてラスト。
祐司はようやく「自分が女の子として見られている」という事実を少しだけ意識し始めます。
この違和感が今後どう変化していくのか、温かく見守っていただければ幸いです。
次回もよろしくお願いいたします。




