第五話:親の因果が子に報う
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
今回は「お父さんの誕生日」
朱音の『社会人として積み上げた接待スキル』を活かした誕生パーティー、どうなりますことやら。
ではお楽しみください。
最近の三浦を見ていると、どうにも気になることがある。
それは『自分の立場をわきまえていない』と言うことだ。
法律上オレは八雲祐司の娘であり、前世では三浦の先輩であり、由加利の前の夫でもある。
たとえ今は娘として養われているとしても、由加利との付き合いはあいつよりずっと長いのだ。
やはり三浦には、いま一度自分の立場と言うものを教えてやらねばいかん。
それがオレの先輩としての義務と言うものだろう。
とある日曜の昼下がり。
俺は、三浦の目の前でこれ見よがしに由加利の胸に飛び込んだ。
——嗚呼この弾力、この安心感。
新婚時代には、疲れて帰るとこうして由加利に甘えていたものだ。
今は三十代後半とは言え、まだまだその包容力は健在であった。
「あらあら朱音ちゃん。どうしたの?」
「♡♡♡お母さ~ん♡♡♡」
思いっ切り甘え声を出し、大きな胸の谷間に顔を埋める。
(どうだ、参ったか)
ドヤ顔でちらりと三浦の方を見れば、どういう訳かあいつはニコニコとほほ笑んでいた。
(何故だ、悔しくないのか?)
訝るオレをよそに、あいつは言ったのだ。
「本当に仲良し親子だねえ。羨ましいなあ(笑)」
なんでやねん!
どうやら初弾は不発に終わったようだ。
ならば次は——
「お母さん大好き♡ ン~♡」
ゆかりんのほっぺにチューしてやった。
「ふふっ、ありがとう朱音ちゃん。じゃあお母さんからも」
由加利の唇がオレの頬に押し付けられる。
これならどうだ。
だがしかし。
三浦は相変わらず微笑んでいる。
いや違う、俺には解る。あれは『萌えている』顔だ。
なんてことだ、喜ばせてどうする。
そして続く由加利の言葉に、オレ——ついでに三浦——は固まることになる。
「ほらほら朱音ちゃん。お父さんにもしてあげなさいよ」
「「え゙!?」」
オレは思わず三浦を見た。
「いやいやいや、無理しなくていいよ朱音ちゃん!」
オレの意図を誤解したのだろうか。三浦のやつ、慌てふためいていやがる。
これは面白い。
これで三浦に立場を教えてやれる。
好機と見たオレは、内心舌なめずりをしながら三浦ににじり寄った。
「ちょ、朱音ちゃん! お父さんは気持ちだけで十分だから!
「遠慮するなよ三うrお父さん。ほらジタバタしないで」
ソファーの上で固まる三浦にオレはのしかかり、唇を尖らせて顔を近づけた。
「わーっ、わーっ、わーっ!」
あと一㌢。
もう少しで俺の唇が三浦の右の頬に接触する。
だがその寸前で、三浦の大きな手がオレの肩を掴んで押し離した。
「朱音ちゃん。そういうことは、将来本当に好きな人ができた時にしなさい。いいね?」
「あっ、はい」
この真剣な眼差し。
オレが知る『後輩・三浦卓也』の目ではない。
娘を本気で想う父親とは、こういう目をするものなのだろうか。
オレは反省せざるを得なかった。
恥ずかしい。
死にたい。
いや、一回死んでるけどな!
「ねえ朱音ちゃん」
おとなしく三浦の隣に座った俺に、由加利が呼び掛けてきた。
「明後日お父さんの誕生日なんだけど、何かお祝いしない?」
それだ!
誕生祝で三浦を驚かせてやる。
なんだかんだ言いつつ、こいつには日ごろから世話になっているのだ。
家族として礼をするのは当然だろう。
思えば去年までは、適当な文房具や小物を贈ったりしてお茶を濁していた(それでも三浦は大袈裟に喜んでくれていたが)
プレゼントなんてありふれている。
だいたい小学生の小遣いで出来る贈り物なんてたかが知れているではないか。
ならば時間だ。時間を使うのだ。
ありきたりな贈答品などでは済ませない。社会人としての経験値を生かして『オレを娘に持って良かった』と言わせてやる。
覚悟しとけよ三浦ァ!
そんなわけで翌日の放課後。
計画を立てたオレは、由加利を伴って総合ディスカウントストア「デ・ラ・マンチャ」に繰り出した。
ここの品揃えならオレでも手が出せる。
目的は「メイド衣装一式」
オレは既に三浦の性癖を把握している(第一話:「負うた子に教わる」参照)
やつはメイド物が大好きなのだ。
「お母さん、これ。これ買う」
「え゙?」
由加利が目を剥いた。
その反応にオレは一瞬驚いたが、すぐに察した。
——ははあ……さてはメイド・プレイ経験済みだな?
思わずその姿を想像しかけたが、まあいい。夫婦のことは夫婦のことだ。
兎にも角にもメイド服は手に入った。
「お父さん、今日だけは残業なしだよ?」
「もちろん。課長を頃してでも定時に帰るさ」
おいおい、本当に頃すんじゃねえぞ(笑)
料理は由加利が——俺も多少は手伝って——用意してくれる。
十六時。料理の下準備が整い、オレはメイド服に着替えた。
鏡台の前に立ってみる。
某弾幕シューティング・ゲームのキャラを彷彿とさせる、青を基調としたメイド服。
白いメイド・カチューシャ。
フリル付きのエプロン。
裾は……思っていたより短い。
——こりゃあ結構恥ずかしいかも。
「朱音ちゃん、準備で着たー? って、キャーッ! 可愛いーッ!」
由加利がけたたましく叫び、スマホを構える。
「お母さん騒ぎ過ぎ」
「だってだって可愛いんですものー! 来るっと回ってみて! はい、クイックターン!」
時ならぬ撮影会が始まってしまった。
俺も渋々応じていたのだが、やがて段々と楽しくなってきて……。
気付けばノリノリでポーズを取っており、その記録はスマホの中に残され……。
恥ずかしい。
もう死にたい。
いや、一回死んでるけどな!
「お母さんも着てみようかしら。二人でお出迎えなんて良くない?」
——いや、持ってるんかい(呆)
「ダメダメ、今日はオrわたしが接待するんだから!」
「あらそう? 残念だわぁ」
ドッと疲れて十七時五十分、そろそろ三浦が帰って来る頃だ。
玄関の外に人の気配。
呼び鈴が鳴る前に鍵を開ける。
「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ♡」
三浦のやつ(笑)口開けて固まってやんの(笑)
娘に性癖を把握されて、さぞや恥ずかしい事だろう(笑)
だが今日はこんなものでは済まさんぞ、覚悟しておけよ(笑)
「さささ、こちらへどうぞ~♡」
靴を揃え、鞄を預かり、手を引いてリビングへ向かう。
こう見えてもオレは、接待ならお手の物だ。
部屋の飾りつけは言うまでもない。ソファーとテーブルの位置も、三浦を上座に案内できるように調整済みだ。
正を以て合し、奇を以て勝つ。
定石を整えて安心させ、サプライズで驚かせる。
ここは戦場。接待とは、武器を使わぬ戦争なのだ。
さあ三浦、勝負だ。
「ご主人さま、お席へどうぞ♡」
「ご主人さま、おしぼりです♡」
次から次へと由加利が料理を運んで来る。
主役のケーキが登場し、蝋燭が立てられた。
リビングの照明を落とすのはオレ、蝋燭への点火は由加利の役目だ。
俺はテーブルを挟んで三浦の正面に立った。
「では、本日めでたく三十六歳のお誕生日を迎えられましたご主人さまのために、心を込めて歌います」
ハッピーバースデイ、ディアお父さん♡
蝋燭が吹き消され、拍手とクラッカーが鳴り響き、照明が点る。
記念撮影では、オレに腕を組まれた三浦が赤面しまくっていた。
可愛いやつだ(笑)
「お飲み物をどうぞ♡」
「あ、ありありありがとう朱音ちゃん」
隣に座ってグラスにビールを注ぎ、料理を取り分けてやると、やつはしどろもどろになっていた。
オレは笑いを堪えるのに必死だった。
タイミングを見計らって口元に料理を運んでやる。
「はい、あ~ん♡」
僧侶顔で口を開ける三浦を見て、由加利が噴き出した。
「はいご主人さま、ビールどうぞ~♡」
ビールの注ぎ方にもコツがいる。
泡と液を三:七にするのが結構難しいのだ。
「朱音ちゃん、上手ねえ。どこで覚えたの?」
由加利が目を見張っている。
そりゃそうだ、ビールを上手く注げる小学生など居てたまるか(笑)
「わたしも一杯いただいてもよろしいでしょうか♡」
「こら!」
「痛い!」
うっかりビールに手を伸ばしてしまったせいで、由加利に手を引っ叩かれてしまった。
「お酒は二十歳になってから!」
「はい……(´・ω・`)」
止む無くコーラを注いで一口。
オレは三浦の膝に自分の脚を乗せ、更に密着してやった。
「ご主人さま、あ~ん♡」
フォークに刺した肉を口元に差し出す。
「朱音ちゃん……」
呼ばれてみると、由加利がオレを白い目で見ている。
「そこまでしたら、大人のお店になっちゃうわよ」
由加利の一言で、ふと我に返る。
オレはいったい何をやっているんだ。
会社の飲み会。
取引先の接待。
聞きかじりのメイド喫茶。
独身時代に何度か通ったキャバクラ。
……全部ごちゃ混ぜじゃねえか。
大学出てから三十で死ぬまで八年間。
その結果がこれか?
社会人として積み上げた経験を、小学生の誕生日会で発揮してどうする。
恥ずかしい。
もう死にたい。
いや、一回死んでるけどな!
(続く)
第5話、如何でしたでしょうか。
今回は「社会人の接待」「メイド喫茶」「キャバクラ」の記憶が祐司の中でごちゃ混ぜになったらどうなるのか、という発想から生まれたお話でした。
本人は、三浦に対して何とかマウントを取りたいと思っています。自分の方が先輩であると信じているので。
ところがいつもの如く暴走若しくは空回りを始め、いつのもオチに至りました。
ちなみに今回、一番の被害者は三浦です。
娘に性癖を把握されたうえ、メイド姿で全力接待され、終始顔を真っ赤にしていました。
次回も、八雲家の日常をのんびりお届けできればと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。




