第三話:河童の川流れ
第三話です。
今回は家族で海水浴へ。
皆さんお待ちかねの水着回です。
前半はいつも通りのドタバタですが、中盤から少しだけ真面目なお話になります。
それでも最後はこの作品らしく締めましたので、肩の力を抜いて楽しんでいただければ幸いです。
由加利がオレの水着を買うと言い出した。
次の休みに海水浴を計画しているからだそうだ。
学校で使っているラッシュガードがあるから不要と言ったのだが、「あんな格好で人前に出るなんて許しません」の一言だった。
養われている身としては文句も言えん。
で、由加利のチョイスがこれ。紐ビキニ。
オレのちんちくりんな身体——クラスで一番背が低く、一学年か二学年下に見られる——に紐ビキニはないだろう。
家に帰ってから三浦の前でファッションショーをやらされた。
「どう? うちの娘は可愛いでしょう?」
恥ずかしい。照れくさい。
もう死にたい。
いや、一回死んでるけどな。
困り顔でオレを見ていた三浦がようやく口を開いた。
「ねえ由加利さん。布面積が少な過ぎやしませんか?」
珍しくもオレと三浦の意見が一致した。
しかし由加利には馬耳東風だった。
念のため確認しておくが、紐ビキニではあってもマイクロビキニではないぞ。
そんなこんなでオレたちは海水浴場にやって来た。
オレと由加利が結婚する前から毎年のように訪れていた博麗浜。
内湾に面していて遠浅で波は穏やか、ファミリー向け海水浴場だ。
しかも、いつの間にかマリンアスレチックまで出来ているではないか!
これはテンション上がる。
——いや、不惑男として如何なものかとは思うが。
ともかくだ、食わず嫌いはいかんだろう。
オレは一番大きなウオータースライダーに挑戦することにした。
三浦の手を引いたが、やつは真っ青な顔で震えている。
そう言えば高所恐怖症と聞いたことがあるような無いような。
いい歳こいて情けない奴だ。今こそ先輩の威厳を示す時!
「そこで見てろ」
オレはステップを駆け上がり、一気に飛び出した。
そこで思い出した。
——オレ自身、ウオータースライダーなど初体験であることに。
「アッーーーーーーーー!」
こんなにも加速するなんて想定外だ。
俺は悲鳴とともに滑降し、派手な水しぶきを上げて水面にダイブした。
こんな時は紐ビキニの結び目が解けるのがお約束だが、昨今の結び目は作り付けで解けない構造になっている。
期待した諸君、済まない。
いやそんなことはどうでもよろしい。
『頭を下にして滑ってはいけない』という注意書きを無視した俺は覿面に天罰を受けた。
着水のショックで一瞬気を失ったらしく、気が付いた時には水中で上下が分からなくなっていたのだ。
——溺れる!
オレの念頭にあったのはそれだけだ。
潜水の時のように呼吸を準備していないからたちまち苦しくなる。
視界が昏くなり、息が続かなくなり……。
——また死ぬのだろうか。
苦しい……もう限界……。
オレはパニックを起こしかけた。
その時だ。
とんでもなく強い力で持ち上げられるのをオレは感じた。
「ぶはっ!」
呼吸ができる。夏の太陽を肌で感じる。
——助かった……のか?
「朱音! しっかりしろ!」
「朱音ちゃん!」
目を開けると、オレは三浦の腕の中だった。
お姫様抱っこされて、震えている。
由加利と目が合った。
血の気が失せた顔で、オレを見つめて泣いていた。
「もう大丈夫だから。お父さんもお母さんもここにいるよ」
三浦の太い腕がしっかりとオレを抱きしめ、大胸筋の熱さを肌で感じ取った。
助かったという安堵と、由加利を泣かせてしまったという罪悪感と、調子に乗って大失敗をしたという後ろめたさと……その他さまざまな思いがないまぜになり、オレは感情を制御できなくなり……。
そのまま三浦の首にしがみ付いて号泣してしまったのだった。
全く恥ずかしい。カッコ悪い。
もう死にたい。
いや、一回死んでるけどな。
——二度目はごめんだ。
結局オレたちはすぐ帰宅することになった。
流石にもう遊ぶような空気じゃない。
(申し訳ないことをした)
三浦が運転するレンタカーの後部座席で、俺は由加利の肩にもたれながらずっと落ち込んでいた。
せっかくの家族揃っての一日——それを二人がどれほど楽しみにしていたのかを、オレはよく知っている——を、台無しにしてしまったのだ。
「ゴメンなさい」
その台詞が、自然に口から零れた。
「あらあら。謝ることないのよー」
そう言われましても……。
終わったことをいつまでもウジウジと悩む——これがオレの悪い癖かも知れない。
「そうだよ朱音」
運転席から三浦が話しかけてきた。
「あまり危険なことはしないで欲しいけど、家族を守るのがお父さんの役目だからね」
済まん三浦。本当に感謝している。
それはそれとして、運転中に後ろを見るんじゃない。危ないだろうが。
「ねえ朱音ちゃん」
「……なに?」
「今日のお父さん、すごくカッコよかったでしょ?」
「……うん」
お姫様抱っこの感覚を思い出し、オレは顔が火照って来た。
「お父さん、きっと嬉しかったと思うよ」
「嬉しい?」
「うん」
運転席の三浦が照れくさそうに頭を掻いている。
「だって、朱音ちゃんのヒーローになれたんだよ。嬉しくない訳ないじゃない」
そう言うものだろうか。父親になり損ねたオレには今ひとつピンと来ない。
「もちろん、危ないことしないのが一番だけどね」
車内に軽い笑いが満ちた。
危機管理を忘れたオレに、話すべき言葉はない。ただ黙って聞くのみだ。
「あとね、朱音ちゃん」
「なに?」
「お母さんね、一つだけ悲しいことがあるんだ」
「あ……ゴメンなさい」
「違う違う、そうじゃなくて」
由加利が声を立てて笑った。
「朱音ちゃんがお父さんに『ゴメンなさい』って言ったこと」
どういう意味だろうか。オレは由加利の目を見た。
由加利は俺の前髪を指で梳きながら言った。
「助けてもらった時はね。『ありがとう』って言うの」
丁度車が信号待ちで止まった。
三浦は前を見ている。
「みうr……お父さん……」
「んー?」
バックミラーの中で、三浦がこちらに視線を向ける。
「……ありがとう。助けてくれて」
「どういたしまして」
三浦が微笑んだ。
横顔——結構カッコいいじゃないか。
オレが女だったら惚れていたかも知れない……って、いやいや、そうじゃない。
何を考えているんだオレは。
由加利がそっとオレを抱き寄せた。
オレも由加利の肩に頭を預ける。
恋人のような、夫婦のような甘い雰囲気。
その途端、オレの腹が盛大に音を立てた。
車内が爆笑に包まれた。
せっかくいいところだったのに……。恥ずかしい。死にたい。
いや、一回死んでるけどな!
「そう言やお昼まだだったわねえ」
「お、ラーメン屋さん発見!」
チェーン店ではない、地元のラーメン屋。
佇まいからして、老夫婦が長年経営して来た小さな老舗に違いない。これは期待大だ。
「いらっしゃーい」
暖簾をくぐると案の定、磯の香りが染みついたような七十過ぎの大将と女将さんが俺たちを迎えてくれた。
カウンター席に先客が二人。
胡散臭そうな一瞥を送って来る。いずれも常連、地元の建設業関係者と見た。
「なんにします?」
女将さんの柔らかな声。オレは条件反射で言ってしまった。
「醤油チャーシュー、麺硬め、ネギ多め。あと半ライス」
女将さんがキョトンとした。
カウンター席の兄さんたちも振り返って目を丸くしている。
そりゃそうだ、小五女児の注文するメニューじゃない。
五秒後に由加利が吹き出し、三浦も釣られて笑い出した。
「なにそれー(笑)」
「ネギ多めに半ライスって(笑)」
「育ち盛りだもんねー(笑)」
「注文の仕方まで先輩そっくり(笑)」
やっちまった……。
「お嬢ちゃん、通だねえ」
カウンターの向こうでは大将までが大笑いしている。
「この子ったら、ほんとに面白い子ねえ」
「どんどん先輩そっくりに育ってるよ。遺伝子は偉大だね」
違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。
本人なんだよ。
恥ずかしい。もう死にたい。
いや、一回死んでるけどな……。
(続く)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は「家族」をテーマにした一本になりました。
朱音(祐司)は相変わらず調子に乗って失敗しますが、そのたびに由加利や三浦に支えられ、少しずつ「家族」として歩み寄っていきます。
特に三浦は、第一話では「嫌いな後輩」だったはずなのに、今回はずいぶん頼もしい父親になってくれました。書いている私自身、少し見直しています(笑)。
……そしてラーメン屋では結局、祐司の中身が隠し切れませんでした。
次回ものんびり家族コメディを続けていく予定です。
よろしければ、ブックマークや評価、ご感想などいただけると励みになります。




