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第二話:栴檀は双葉より芳し

前回遊園地ではしゃぎ回った結果、元後輩にして現在の義父・三浦卓也の背中で眠るという屈辱を味わった元サラリーマン・八雲祐司(現・小学五年生女児)


今回のテーマは「父親は臭い」です。


クラスメイト達の意見に異を唱えた祐司は、後輩・三浦の名誉を守るため立ち上がります。


……いや、別にお父さんが好きなわけではありません。


第二話「栴檀は双葉より芳し」、どうぞお付き合いください。

 中身四十男とは言え、オレこと八雲祐司は戸籍上小学五年女児なので小学校に通わなければならない。

 これが想像以上に難事だった。


 勉強が、ではない。

 同級生との付き合いが、だ。


 考えても見給え。

 おっさんと小学生が対等に付き合えるだろうか。


 同級生にも教師にも不審がられないために、高度な演技を求められるのだ。


(サラリーマンの方がよっぽど楽だったぜ……)


 これが結論である。



 休み時間には女子たちの会話に付き合わなければならない。

 これは男子と付き合うより遥かに難易度が高い。


 世間話は否定せず、同意せず。

 サラリーマン時代に身に着けた処世術で、今日も綱渡りを続けるオレだった。


「……でさ、でさ。ママったらウチのキャミ、親父の服と一緒に洗いやがんの」

「げえ~、キモ~い!」

「マジ? 最悪じゃん!」

「ニオイ移ったらどうすんだって(笑)」

「臭っせ!(笑)」


「へえ~、そうなんだ~(笑)」とか「あー、そうかもね~(笑)」とか愛想笑いを続けてはいるが、オレの心は深海のような暗黒の中に沈んでいた。


(女の子ってこんな会話するのか……)

(もしあの時死なずにいたら、今頃は俺がこの扱いを受けていたわけか)

(俺のパンツも別洗いにされて……)

(臭いとか汚いとか罵られて)


 そう思うと死にたくなる。

 いや、もう一回死んでるけどな。


 ふと、我が家の洗濯事情に思いを馳せる。


(由加利はどうしてるんだ?)

(確か全部一緒くただよな?)

(別洗いにしてるところなんて見た覚えないぞ)


 試しに自分の可愛い女児パンツが三浦のデカパンと一緒に洗濯機の中を踊る様子を想像してみた。


(うん、これは確かにちょっと嫌かも知れん)


 だがそこまで嫌悪するほどとも思えない。


 クラスメイト達はまだ「親父は臭い」の話題で盛り上がっている。


「朱音もそう思うっしょ?」


 局外中立を貫いていたオレだが、突然同意を求められ虚を突かれて思わず答えてしまった。


「そんなことないさ」


 しまった! と思ったが後の祭り。

 女児たちが一斉に騒ぎ出す。


「ええ~? あり得な~い!」

「ファザコンだファザコンだ」

「朱音キモ~い!」


 これには温厚なオレも流石に腹を立てた。

 三浦は断じて臭くない。

 俺が育ててやった後輩なのだ、ここは断固擁護してやらねばならん。


「三うrうちの父さんは臭くないし、キモくもないよ」


 オレの言葉に、女児どもは更にヒートアップする。

 どうやら「父親を嫌わない娘」なるものを、本気で理解しないらしい。


 こいつらを説得するつもりはない。どうせ別世界の住人なのだ。

 問題は、三浦が臭くないことを俺が立証することだけだった。



 下校後、当然だが三浦はまだ帰宅していなかった。

 由加利がおやつの準備に取り掛かったタイミングで、俺は検証を開始した。

 本筋とは関係ないが今日のおやつは生クリームと蜂蜜たっぷりのホットケーキだそうだ。転生前は想像するだけで胸やけがしていたが、今は体が普通に受け入れる。


 いや、そんなことはどうでもいい。三浦の体臭を確認せねばならん。


 こそっと衣装ケースを覗くと三浦の下着類があった。

 流石にパンツを手に取るのは躊躇われたので、半袖のシャツの方を手に取る。


(う~ん、わからん)


 顔を埋めて深呼吸してみたが、洗濯済みのそれは柔軟剤の香りしかしなかった。


(これでは検証できん。未洗濯のものはないのか)


 浴室の方に行ってみると、幸いなことに洗濯籠の中にまだブツが残っていた。

 やはり三人分が全部混ざっている。良かった、由加利は夫を邪険にするような性格ではなかった。


 紺色の半袖シャツ。間違いなく昨日三浦が着ていたものだ。


(どれどれ。実験開始、と)


 オレはシャツを顔に被せるようにして深呼吸を始めた。


 くんくん。クンカクンカ。


 当然ながら汗の匂いがする。

 だが決して不快ではない。


 もう一度、くんくん。クンカクンカ。


(これ、何日くらい着たやつだ?)


 由加利の習慣、三浦の性格からして間違いなく二日以内。おそらく昨日一日着ただけのはずだ。

 更に籠の中を掘っても、他に三浦のシャツは出土しなかった。


(これではサンプルが足りんな。有意なデータとは言えん)


 さて、どうするか……。

 三浦のシャツを顔に当てたまま思考に耽る俺の背中に、由加利の呆れ声が突き刺さった。


「朱音。あんた、お父さんのシャツで何やってんの」


 硬直し、恐る恐る振り返るオレ。

 由加利の、まるで宇宙人か珍獣でも見るような視線が降り注いだ。


 ……恥ずかしい。死にたい。

 いや、一回死んでるけどな。



 それにしても困った。

 圧倒的にデータが足りないではないか。

 晩飯の時も、テレビを見ているときも、オレは三浦の様子を窺いながらそのことを考え続けていた。


 由加利は毎日洗濯するから洗濯物が溜まるということがない。サンプルが集まらないのだ。

 さて、どうしたものか。


「朱音ちゃん、父さんの顔になんか付いてる?」

「ふぇ? な、なんで?」

「いや、さっきから父さんのことチラチラ見てるから」

「いや、見てないですよ」

「嘘つけ、絶対見てたゾ」

「なんで見る必要なんかあるんですか(正論)」


 これ以上ごまかすのは不可能か……絶体絶命のオレを救うように、キッチンから由加利の声が響いた。


「お父さーん。お風呂入っちゃってー」


 その瞬間、オレに天啓が降った。

 洗濯物では足りない。ならば本人を直接嗅げば良いではないか。


「ちょっとストップ」


 立ち上がりかけた三浦を、オレは呼び止めた。


「あ。今の言い方、先輩にそっくり!」

「お父さんもそう思った? この子、時々あの人と同じしゃべり方するのよねえ」

「やっぱり父娘なんだねえ」


 やかましい、本人だ(←内心は冷や汗三斗である)

 いや、それはともかく。三浦が入浴して匂いが消える前に検証せねばならん。


 なおも立ち上がろうとする三浦をオレは無理やり座らせ、背中を嗅いでみた。

 先日背負われた時も思ったが、こいつの背中は異様に広い。


 くんくん。クンカクンカ。


(どうもよく分からんな)


 確かに三浦の匂いではあるが、悪臭なのかそうでないのか。

 やはりサンプルが足りんのだ。


「ちょっと立って」

「今度は何?」

「いいから」


 戸惑いながら立ち上がる三浦。

 反応の鈍さは未だに変わっていない。仕方のないやつだ。


 先ずは最近妊婦のように膨らみ始めた腹の肉に顔を押し付けてみる……呼吸ができなかった。

 ダメだこりゃ。次行ってみよう。


 今度は上半身、胸元を検証する。

 オレは背伸びして、それでも届かないので――身長差が五十㌢近くもあるので――ジャンプして首にぶら下がらなければならなかった。


「ちょっと朱音ちゃん、お父さん恥ずかしいんだけど」

「やかましい、黙ってろ」


 くんくん。クンカクンカ。


 ふむ。

 今度こそ確信できた。


(なにこれ。いい匂い……めっちゃ安心する)


 いや待て。

 オレは何を言っているんだ。


 相手はおっさんだぞ?

 臭くないかどうか検証しただけだぞ?


「朱音ちゃん、そろそろ離れてもらってもいいかな?」

「まーた朱音ったら!」


 なかなかバスルームに向かわない三浦に業を煮やし、由加利がリビングに入ってきた。当然オレたちの痴態を目撃するわけだ。


「ほんとに恋人同士みたいねえ(笑)」


 いや勘弁してください由加利さん。


 恥ずかしい。もう死にたい。

 いや、一回死んでるけどな!


  (続く)


第二話をお読みいただきありがとうございました。


主人公は頑なに認めませんが、周囲から見るとただの「お父さん大好き娘」です。


本人の認識では「後輩の名誉を守るための科学的検証」らしいので、そっとしておいてあげてください。


タイトルの「栴檀は双葉より芳し」は、


「優れたものは幼い頃からその片鱗を見せる」


という意味のことわざです。


……何の片鱗なのかは、本人だけがまだ気づいていないようですが。


次回もまた、恥ずかしい目に遭う予定です。

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― 新着の感想 ―
うーん、匂いフェチであったかwww
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