第一話:負うた子に教わる
新連載です。
三十歳で事故死した主人公が、自分の娘に転生してしまったらどうなるのか。
そんな思いつきを形にしてみました。
深刻な転生物ではありません。
ギャグとコメディ全振りです。
主人公は「中身四十男(体感)」を自称していますが、周囲から見ればただのお父さん大好き小学五年生です。
第一話「負うた子に教わる」、お楽しみいただければ幸いです。
オレの名は八雲祐司。地方都市の中小企業に勤める、平凡なサラリーマン。
——いや、違った。
今のオレは、八雲朱音。小学五年生女児にして、今は亡き八雲祐司の一人娘だ。
意味が解らないって?
まあ聞いてくれ。
十年前、オレは我が世の春を謳歌していた。
結婚三年目にして妻・由加利が妊娠。その報告を受け取ったばかりだったからだ。
サービス残業に勤しむ同僚たちの冷たい視線を跳ね返し定時退社して家路を急ぐその途中、まさかトラックに撥ねられるとは……。
無念の思いを噛み締め、薄れ行く意識の中でオレは神仏に願った。
(助けてくれ。まだ死にたくない。生きていられるなら何でもする)
その時だ。
光に包まれた、なんだかよくわからないものが現れてこう言ったのだ。
『ん? 今なんでもするって言ったよね?』
こうしてオレは転生させてもらえることになった。
——自分の妻の胎内にだ。
意識を取り戻したオレの目の前に、可愛い由加利の笑顔があった。
(良かった……助かったんだ)
体はまともに動かないし言葉も出ない。それでも安心するオレに、由加利は言った。
「朱音ちゃ~ん、ミルクの時間ですよ~」
年月が経つに連れて記憶が鮮明になり、三歳か四歳の頃には過去の記憶を完全に取り戻していた。
そして現状をいやでも認識せざるを得なかった。
オレ——八雲祐司は三十歳で死んだこと。
その娘、八雲朱音が今のオレであること。
そして——。
——そして、由加利は既に再婚していること。
再婚相手は三浦卓也。
職場の後輩で、新人の頃はオレが手取り足取り教えてやったやつだ。
決して親しくはなかった。
説明しづらいが、どうにも波長が合わないと言うかなんと言うか。
嫌いじゃなかった。だが業務に必要のない会話はお断りしたい……そんな程度だ。
嫌いじゃなかったと言ったな。あれは嘘だ。
今では大嫌いだ。
何故って、こいつはオレの由加利を寝取ったからだ。
——いや、違うな。
別に二人は不倫関係にあったわけじゃない。オレが死んだ後に親しくなっただけだ。
それでも、オレに向けられるべき由加利の笑顔を横取りしたことに変わりはない。
——いや、それも違うな。
由加利は今でもオレを愛してくれているし、笑顔を見せてくれる(ただし、妻ではなく母としてだが)
じゃあオレが三浦を嫌う理由はないのではないか?
三浦がいなければ、由加利はオレを女手一つで育てなければならなかったわけだし。
——いや、ある。あった!
小学校に上がるまでは、オレは風呂でコイツに全身を洗われていたのだ。
いい歳した男が、おっさんのゴツイ手で身体を洗われる屈辱が諸君に理解できるだろうか?
更に一昨年、こいつはオレの尻を引っ叩きやがったのだ。
オレは奴の膝の上に抱え上げられ、パンツを降ろされ、生の尻を何度も何度も平手打ちされたのだ。
三浦のスマホのロックを解除し——寝ている隙に人差し指を借りて——アダルトサイトの閲覧履歴をチェックした、ただそれだけのことで。
やはりこいつは大嫌いだ。
物心ついてから今日まで、オレは女児を演じ、娘を演じ続けた。
そりゃあ苦労したさ。
うっかり「オレ」と言ってしまい、叱られるのは日常のこと。
風呂上がりにパンイチで歩き回って叱られるのも日常だ。
三浦のことを「お父さん」ではなく、会社員時代そのままに「三浦」と呼んでしまうことは今だにある。
由加利を「お母さん」ではなく「ゆかりん」と呼びそうになって焦ることもあった。
幼稚園でも小学校に上がってからも、ついつい男子と行動を共にしてしまい先生を慌てさせる。
男子トイレに入ってしまうのもお約束だ。
小三頃にはもう洒落や冗談ではすまなくなっていたけどな。
かつては妻だった由加利——今は母だが——に本当のことを言えないのは辛かった。
まあ、その夫が今は実の娘に転生しているなんて、言ったところで信じてはもらえまいが。
そしてオレは間もなく十一歳になる。
誕生日には遊園地に連れて行ってくれるそうだ。
遊園地で喜ぶような歳じゃないんだがなあ。
日曜の遊園地は親子連れとカップルで賑わっていた。
しかもコスプレイベントが重なっているらしく、オレの好きなキャラが闊歩しているではないか。
「わあ、あれは何だろうねえ」
三浦が暢気に言う。
(コスイベも知らんとは、このニワカめwww)
オレは俄然優位に立ち、三浦の手を引いて駆け出した。
『善く戦うものは人を致して人に致されず』
孫子の兵法に倣って主導権を握ってやる。覚悟しとけよ三浦ァ!
「ちょ! ちょっと朱音、引っ張るなって。お父さん転ぶぞ!」
やかましい、黙ってオレについて来い!
「あらあら朱音ちゃんたら。本当にお父さんが大好きなのねえ」
——転んだのはオレでしたorz
怪我はしなかったけどスカート捲れて丸出しになっちまった。
恥ずかしい。もう死にたい。
いや、一回既に死んでるけどな!
その後は……まあ、楽しかったよ。うん。
女性レイヤーさんからはハグされまくったし。
遊具も充実していたし。
ゲームコーナーでは三浦が五千円以上つぎ込んでデカいぬいぐるみ獲ってくれたしな。
いや、欲しかったわけじゃない。珍しいデザインだったからちょっと気になって見ていただけだ。
それなのに三浦のやつが「欲しいのか? お父さんに任せろ!」とか言って張り切りやがって……。
まったく。小遣い少ないんだから無理するなっての。
その後はファミレスで要予約のバースデーセットをゴチになって——あの合唱はやめてくれ、マジでハズイwww——〆のチョコレートパフェを食って、駐車場で車に乗り込んだところまでは覚えているんだが。
目を覚ました時は自宅車庫の前で、オレは三浦の背中の上だった。
「あら、朱音ちゃんお目覚め」
「あ、寝てていいよ、朱音」
なんたる屈辱か。
四十男が、後輩に背負われて眠るとは!
しかし——しかしだ。
三浦の背中は由加利に比べれば柔らかさは足りないが、実に広く、大きく、力強く、そして温かかった。
玄関のドアはもう見えているのに、俺は再び心地よい眠りに落ちたのだった。
本当なら、俺が父親として娘を背負っていたはずなのに。
悔しい。恥ずかしい。もう死にたい。
いや、一回既に死んでるけどな!
(続く)
第一話をお読みいただき、ありがとうございました。
本作は一話二千~四千字程度の短編連作を予定しています。
「元サラリーマンのおっさんが娘になってしまった」
「かつての後輩が義父になった」
「本人だけが認めない」
という変な状況で、TSしたおっさんが毎回恥ずかしい目に遭うだけの話です。
次回もどうぞよろしくお願いいたします。




