15.旧友との決別
ラミアが捕らえられてから数日後、屋敷では彼女への取り調べが続けられていた。
ノーマとの会話や通信石の存在に加え、アルテミスを殺すよう命じたことまで本人が口にしている。既に言い逃れのできる状況ではなかったが、それでもラミアは必要以上のことを話そうとはせず、ノーマたちの両親について尋ねられても曖昧な返答を繰り返しているという。
そんな中、アルテミスが自らラミアと話したいと言い出した。
当然、周囲は反対した。つい先日命を狙われたばかりなのだから無理もないが、それでも彼女が考えを変えることはなく、最終的には護衛の騎士を置くことを条件に面会が認められた。
リリアもまた、母と共にその部屋を訪れることになった。
扉を開けると、奥に置かれた椅子に腰掛けていたラミアがゆっくりと顔を上げる。両手には拘束具が嵌められているものの、聞いていた店での姿とは打って変わり、やけに落ち着いた表情をしていた。
「随分元気そうね、アルテミス」
「ええ。おかげさまで」
アルテミスも平然と返し、その向かいに腰を下ろす。
「わざわざ会いに来るなんて、物好きね」
「私を殺そうとした人が何を考えていたのかくらい、本人から聞いておきたいでしょう?――ねえ、ラミア」
「取り調べなら、もう散々受けているわ」
「騎士に聞かれたことと、私が聞きたいことは違うわよ」
ラミアが僅かに目を細める。かつて友人だった二人が向かい合っているとは思えないほど冷え切った空気が流れていた。
「まず、ノーマたちのことを聞かせてちょうだい」
「何を?」
「あの子たちの両親よ。あなたは何を知っているの?」
「随分と漠然とした聞き方ね」
「なら、聞き方を変えるわ。ノーマに教えていた話は、どこまでが本当なの?」
ラミアは答えず、アルテミスを見返した。
「ナイーゼ家が両親を処罰したと、あの子は信じていた。でも、その記録は残っていなかった。それどころか、両親を迎えに来たという御者が本当にこの家の者だったのかさえ分かっていない」
「それで?」
「あなたは知っていたのでしょう?」
アルテミスの問いにも、ラミアは表情を変えなかった。
「ノーマはあなたからも両親について聞いていたと言っているわ。何も知らない人間が、あれほど都合よく話を合わせられるとは思えないもの」
「私が嘘を教えたとでも言いたいの?」
「だから、それを聞きに来たのよ」
暫く二人の視線がぶつかり合った後、先に逸らしたのはラミアだった。
「本当に知りたいのなら自分たちで調べればいいでしょう。…得意みたいだし」
「あなたは最後まで話すつもりがないのね」
「話したところで、私に何か得があるの?」
悪びれる様子すらない返答に、アルテミスは小さく息を吐いた。
「そう。なら、それについてはもういいわ」
あっさり引いたことが意外だったのか、今度はラミアの方が怪訝そうな顔をした。
「あなたが話さなくても調査は続けるもの。いずれ分かることなら、今ここで無理に聞く必要はないでしょう?」
「それなら、何をしに来たの?」
「あなたに聞きたいことがあったからよ」
アルテミスはそこで初めて、僅かに表情を曇らせた。
「どうして、そこまで私が憎いの?」
ラミアの目が細くなる。
「私を殺そうとしたことだけじゃない。わざわざリアの目の前で殺すようノーマに命じていたのでしょう?」
「そうみたいね」
「他人事みたいに言わないで」
「今更でしょう?」
ラミアの口元に薄い笑みが浮かんだ。
「もう全部知っているのでしょう。私があの子に何をさせようとしたのかも、どうやって利用していたのかも」
「だから理由を聞いているのよ」
「理由なんて必要?」
「必要よ」
アルテミスは迷わなかった。
「だって私たち、……友人だったでしょう?」
その言葉を聞いた瞬間、ラミアの笑みが消える。
「少なくとも私はそう思っていたわ。昔からあなたを知っていたし、結婚してからも何度も会っていた。警戒するようになってからは距離は置いていたけれど、それでも昔まで全部嘘だったとは思っていなかった」
「友人、ね」
「違ったの?」
「本当に今更ね」
吐き捨てるような言葉だった。先ほどまで余裕を見せていたラミアの表情に僅かな苛立ちが滲んでいる。
「あなたは昔からそうだったわ。何も知らないくせに、自分は何も悪くないみたいな顔をする」
「何の話?」
「それよ」
ラミアの声が僅かに強くなった。
「そうやって何も分かっていないところが、昔から大嫌いだった」
リリアは黙ったまま二人を見ていた。
ラミアが母を憎んでいること自体は分かっていた。しかし、実際に本人に向けられる感情がノーマと話していた時とは明らかに違うのだ。
「だったら、どうして友人のふりなんてしていたの?」
「ふり?」
「違うの?」
「どうかしらね」
ラミアは小さく笑った。
「最初から全部嫌いだった訳じゃないわよ」
アルテミスの表情が僅かに変わる。
「それなら、いつから?」
「そんなことを聞いてどうするの?」
「知りたいから聞いているの」
「知ったところで何も変わらないわ」
「それでもよ」
ラミアは暫く黙っていたが、やがて面倒そうに視線を逸らした。
「本当に昔から変わらないわね」
「あなたもね。都合が悪くなると、そうやって話を逸らすところ」
今度はラミアの眉がはっきりと動いた。
「何ですって?」
「違うの?」
「随分言うようになったじゃない」
「……以前の私なら、言わなかったでしょうね」
アルテミスは静かに返す。
「何かあったの?」
「あなたに話すことではないわ」
ラミアの顔から僅かに笑みが消えた。
「それに、もう一つ分かったことがあるの」
「何よ」
「私はあなたを友人だと思っていた。でも、あなたは違った」
「今更気付いたの?」
「ええ。本当に今更ね」
アルテミスは否定しなかった。
「だから、これで終わりにするわ」
「終わり?」
「もう二度と、あなたを友人とは呼ばない」
「そう」
ラミアは興味を失ったように視線を逸らした。
「今更そんなことを言うために来たの?」
「いいえ。私自身の中で、きちんと終わらせておきたかっただけよ」
アルテミスはそれ以上何も言わなかった。怒鳴ることも、責め続けることもなく、ただ静かにラミアから視線を外す。
これ以上話しても意味はないと判断したのだろう。アルテミスが席を立とうとした所でリリアがふと別のことを思い出した。
「待ってください」
「リア?」
アルテミスが振り返るも、リリアは母ではなくラミアへと視線を向けていた。
「一つだけ、私からも聞いていいですか?」
「何かしら」
「アナのことです」
その名前を出しても、ラミアの表情は変わらなかった。
「アナがどうかしたの?」
「アナは……お父様の子なのですか?」
部屋の空気が僅かに変わった。ラミアは直ぐには答えずリリアを見つめ、やがて何がおかしいのか口元にゆっくりと笑みを浮かべた。
「さあ、誰の子かしらね?」
「分からないのですか?」
「どうでしょうね」
否定も肯定もしない。それどころか、リリアたちが答えを欲しがっていること自体を楽しんでいるようだった。
「でも、そうね。もしかしたらアバンリッシュ様の子かもしれないわよ?」
「そう」
明らかに反応を窺う言い方だったが、アルテミスは僅かに眉を寄せただけだった。予想していた反応ではなかったのか、ラミアが目を細める。
「……それだけ?」
「他に何を言えばいいの?」
「旦那様との子かもしれないのに?」
「誰の子であろうと、アナはアナでしょう。あなたが誰との間に産んだのかなんて今の私にはどうでもいいわ」
「ハッ。随分冷たいのね」
「あなたに言われたくはないわね」
静かになったラミアを一瞥して、アルテミスがリリアに視線を送る。
「……行きましょう、リア」
アルテミスはそう言うと、今度こそ終わりとばかりに席を立った。リリアもそれ以上尋ねることはせず、母に続いて扉へと向かう。
結局、アナの父親が誰なのかをラミアが明かすことはなかった。本人が知らないのか、それとも知った上で答える気がないのかも分からない。
ただ、これ以上ここで問い続けても答えが得られないことだけは確かだった。
アルテミスの背中を追いながら、リリアはふと昔の母を思い出す。自身の気持ちを押し殺し、夫の顔色ばかり窺っていた母はもういない。
アルテミスは一度も振り返らなかった。閉じられた扉の向こうにラミアを残し、リリアと共に部屋を後にした。




