12.綻び
通信石の相手がラミアだと分かった後もノーマへの聞き取りは暫く続いた。
これまで頑なに口を閉ざしていたノーマはアリーに説得されたこともあってか、今度は知っていることを少しずつ話し始めた。ラミアとは以前から通信石を使って連絡を取り合っていて、直接顔を合わせたこともあるという。
もっとも、初めはアルテミスを殺すよう命じられた訳ではなかったという。ノーマ自身も復讐を決めたのはあくまで自分だと主張していたものの、決意を固めていくまでの間に何度もラミアと言葉を交わしていたことだけは確かだった。
話を一通り聞き終えたところで、リリアは机の上に置かれた通信石に視線を向けた。
「ノーマが捕まったことを、ラミアは知っていると思いますか?」
「知らないと思うわ」
答えたのはノーマだった。
「お母様を襲った後、一度も連絡していないのですね?」
「ええ。そんな余裕なかったもの」
ノーマは不満げに視線を逸らした。アルテミスを襲った直後に取り押さえられ、通信石も部屋を調べられた際に回収されている上に、それ以降は監視下に置かれているのだからラミアに事情を伝える機会などなかったのだろう。
それならば向こうは今も、ノーマがどうなったのか知らない筈だ。
「この通信石から連絡を取ることはできますか?」
「できるけど……何をするつもり?」
「ラミアを呼び出せないかと思いまして」
ノーマが目を見開く。
「無理よ。そんな簡単に出てくる人じゃないわ」
「だからこそ、貴女から呼び出すのです」
そう答えると、ノーマは怪訝そうに眉を寄せた。
「私から?」
「ラミアは、お母様がどうなったのかまだ知らないのでしょう?」
その言葉で意図を察したのか、ノーマの表情が僅かに変わった。それまで黙って聞いていたアバンリッシュも通信石を見る。
「成功したと思わせるのか」
「はい」
「だが通信石で報告するだけなら、わざわざ会う必要はないだろう」
「ですから、全ては伝えません」
アルテミスを殺したという結果だけを知らせ、その時の詳しい状況については直接でなければ話せないと伝える。
勿論ラミアが応じる保証はないし、それどころか少しでも不自然に思われれば警戒される可能性もあったものの、それでも試す価値はあった。
「ノーマ」
それまで隣で黙っていたアリーが名前を呼んだ。
「アリー……」
「ラミアがどうして貴女に近付いたのか、ちゃんと確かめた方がいいよ。知りたいんでしょう?」
ノーマは答えず、膝の上で手を握り締めていた。
「私は、知りたい。だからお願い。今度こそちゃんと確かめよう」
暫く迷った末、ノーマは小さく息を吐いた。
「……分かったわ」
「ありがとうございます」
リリアが胸を撫でおろす。
「でも、来るかどうかなんて分からないわよ」
「構いません。まずは連絡してみましょう」
「連絡する時間が決まっているから、それまで待ってくれる?」
「......分かりました」
それからしばらくが経過した。時間になると、通信石がノーマの前へと置かれる。拘束を完全に解くことはできないため片手だけを自由にして、ノーマが通信石へと手を伸ばす。
しかし、触れる寸前で一度止めてしまった。
「何て言えばいいの?」
「普段通りで構いません。こちらが用意した言葉をそのまま伝えれば、かえって不自然になるでしょうから」
それを聞きリリアから視線を逸らしたノーマは無言で通信石を手に取り、軽く叩く。暫く待っていると、やがて石が微かに光を帯びた。
「私よ」
ノーマが口を開くものの直ぐに返事はなく、室内にいる全員が息を潜める中、程なくして通信石から女の声が聞こえてきた。
『...それで?』
「終わったわ」
『......そう』
それだけだった。短い返事だけで、何が終わったのかを尋ねようともしていない。リリアはアバンリッシュと一瞬だけ視線を交わした。
「アルテミスは死んだ。リリアの目の前で」
『へえ』
喜ぶ様子も、驚く様子もない。まるでそれだけでは報告が足りないと言わんばかりの返答だった。
「詳しくは直接話したい」
『.......何を?』
ここで、僅かに声色が下がる。突然の申し出に何かを警戒しているようにもリリアには思えた。黙り込むアバンリッシュたちを余所に、ノーマが続ける。
「長くなるから此処では話せない。前会った店まで来て」
僅かな間が空いた。
『...いつ?』
「今日」
『時間は?』
リリアたちに指示された通りの時間をノーマが答え、それを聞いたラミアは『わかったわ』とだけ返した。それを最後に通信石から声は聞こえなくなり、ノーマがゆっくりと石を机へと戻す。
「来るそうよ」
「ああ。だが、これだけでは何も分からんな」
アバンリッシュの言う通りだった。
ラミアは終始余計な発言をしていない。証拠となり得るものも何一つ言っていなかった。ノーマから直接会いたいと言われたから応じたに過ぎないのだ。
「店の中と周辺に人を置く」
どのみちそうする予定だったが、実際に会った方が話が早い。アバンリッシュがカルロが託してくれた騎士たちに指示を出す。
「だが、ノーマの近くには配置するな。ラミアがこちらの人間の顔を知っている可能性もある。屋敷に出入りする者も避けろ」
「私も行きます」
リリアが言うと、アバンリッシュはすぐに顔を向けた。
「駄目だ」
「何故ですか」
「危険だからに決まっているだろう」
「ですが、ラミアが何を話すのか私も直接聞きたいです」
「騎士から後で聞けばいい」
「お父様」
「駄目だ」
取り付く島もない。言い返そうとしたが、アバンリッシュも譲るつもりがないらしく結局は店から離れた場所で待機することで折り合いをつけるしかなかった。
ノーマが一人でラミアと接触し、その周囲を騎士たちが固める。もしラミアが何も知らなかったのであれば無理に捕らえず、アルテミス襲撃について知っていたと判断できる発言があればその場で身柄を押さえることになった。
◆
約束の時間より少し早く、ノーマは街の一角にある店へと入った。
以前ラミアと会ったことがあるというその店は、昼を過ぎてもそれなりに客が多く、一人で席についていても目立つような場所ではない。騎士たちは既に店内や周辺へ散っており、いずれも周囲に溶け込んでいるため一見しただけではこちらの人間だと気付かれることはないだろう。
ノーマは時折店の入口へ視線を向けながら待っていたが、約束の時間を迎えてもラミアらしき人物は現れなかった。
それから五分、さらに十分近くが過ぎても状況は変わらず、次第にノーマの表情にも落ち着きがなくなっていく。こちらの企みに気付かれたのか、それとも最初から来るつもりなどなかったのか。そんな不安が頭を過ぎり始めた頃、不意に背後から聞き覚えのある声が届いた。
「待たせたわね」
弾かれたように振り返ると、いつの間に入ってきたのか、すぐ傍に外套姿の女が立っていた。頭には深くフードを被っており、俯けば顔の大半が影に隠れてしまうため、少し離れた場所からでは誰なのか判別することも難しい。それでも声を聞いたノーマには、目の前にいるのが誰なのかすぐに分かった。
「遅かったわね」
「少し用事があったのよ」
ラミアはそれだけ答えると、すぐには席につかず何気ない様子で店内へと視線を巡らせた。近くの席から店の奥、最後には入口の方まで確かめているのを見て、ノーマはやはり何かを警戒しているのだと悟る。
それでも怪しいものは見つからなかったのか、やがて向かいの椅子を引いて腰を下ろしたが深く被ったフードを外そうとはしなかった。
「それで?」
席についたラミアが、ようやく本題を促した。
「通信石で話した通りよ」
「それは聞いたわ。どうして、すぐに連絡しなかったの?」
予想していた問いだった。ノーマは事前に決めていた通りに答える。
「できなかったのよ。あの後すぐに騒ぎになって、逃げるので精一杯だったから」
「......よく逃げ切れたわね」
「ええ」
「それで、どうやって逃げたの?」
疑っている様子を表に出してはいなかったが、ラミアが一つずつ事実なのかを確かめていることだけはノーマにも分かった。
「騒ぎになる前に屋敷を出た。私がやったって気付かれる前に」
「そう。本当に死んだのよね?」
「死んだわ。この目でちゃんと確認した」
そこまで聞いても、ラミアは喜ぶでも驚くでもなく表情らしい表情を見せなかった。けれど次に向けられた問いだけは、他と明らかに毛色が違っていた。
「アルテミスの娘は、どんな顔をしていたの?」
「泣いてたわ。目の前で母親を殺されたんだから、当然でしょう」
「そう」
返ってきたのは短い言葉だけだったが、ラミアの口元が僅かに緩んだのをノーマは見逃さなかった。前までは何も疑わなかったが、今は違う。
「ねえ、ラミア」
「何?」
「どうして、リリア様の目の前で殺せって言ったの?」
ラミアの目が僅かに細められた。
「今更何を言っているの。貴女だってナイーゼ家を憎んでいたでしょう?」
「そうよ。でも、それは私の理由よ」
そこで言葉を切って目の前の女を見据え、ノーマは再度聞き返した。
「貴女は違うでしょう?」
ラミアから返事はない。仮面のような笑みを張り付けたまま、口元を僅かに震わせてノーマをじっと見つめている。
「貴女はずっと、私の復讐に協力してくれてるんだと思ってた。でも、どうして貴女までリリア様が苦しむところを見たがるの?それに……貴女はどうして、お父さんとお母さんのことを知っていたの?」
瞬間、ラミアの指先が止まった。薄く浮かべていた笑みが消え、ノーマを見つめる目が一瞬にして冷たくなる。
「……急に、何を言い出すの?」
声こそ変わらなかったが、明らかに先ほどまでとは違っていた。




