11.生じていた誤解
ノーマから改めて事情を聞くことになったのは、それから二日後だった。
以前事情聴取したところと同じ部屋にはリリアとアバンリッシュのほか、今回はアリーも同席している。 以前と同じ部屋には、リリアとアバンリッシュのほか、今回はアリーも同席していた。ノーマと直接話したいとアリー自身が申し出たため、アバンリッシュもそれを認めたのだ。
騎士に連れられて入ってきたノーマはアリーの姿を見た途端に僅かに眉を寄せたものの、特に何かを言うことはなかった。促されるまま椅子へと座り、向かいにいるアバンリッシュに険しい視線を向けている。
「まだ何か聞きたいことがあるの?」
「聞きたいことというより、調べた結果を伝えておこうと思ってな」
「結果?」
アバンリッシュは机の上に置かれていた書類の一枚に手を伸ばした。
「まず、お前とアリーがこの屋敷へ来た時の記録が残っていた」
「前にも聞いたわ。私たちは実際にここで雇われたんだから、当然でしょう?」
「ああ。だが記録では、お前たちは他の者と同じように面接を受けている。覚えているだろう?」
「それは……」
すぐに否定できないのか、ノーマの声が僅かに弱まった。隣に座るアリーも小さく頷く。
「覚えています。私もすぐに働き始めた訳ではありませんでした」
「ノーマも同じだ。面接を受けたその日に採用されたわけではなく、返事が来るまで数日待っている筈だ」
「…だから何よ」
ノーマが苛立ったように言い返す。
「手紙には、この家で働く気はないかって書いてあった。それで来たんだから何もおかしくないでしょう?」
「確かに、それだけならおかしいとまでは言えない。ただ、わざわざ離れて暮らしていたお前たち二人を名指しでこの屋敷に招いたにしては、採用の扱いが通常の応募者と何も変わらない。その手紙を誰が出したのかについても、こちらでは未だに確認できていないのだ」
「だから、記録を消したんでしょう!!」
予想していたようにノーマが強い声を上げた。
「両親のことだってそう!都合の悪いものを全部消しておいて、今さら何も残っていませんでしたなんて言われても信じられるわけないでしょう!」
「そう言うと思っていた」
対するアバンリッシュは声を荒らげることなく答えた。ノーマは眉を一層顰め、そんな彼を隠すことなく睨みつける。
「両親を迎えに来たという御者についても、お前たちから覚えている範囲で特徴を聞いた後、当時の雇用記録を遡った。だが、今のところ一致するような者は見つかっていない」
「それだって記録を――」
「では、一つ聞こう」
言葉を遮られ、ノーマが小さく歯ぎしりした。
「その男が乗ってきた馬車には、ナイーゼ家の正式な家紋が入っていたのか?」
瞬間、ノーマが居心地の悪そうな顔をする。
「何よ、急に」
「覚えているかと聞いている」
「そんなの……何年前の話だと思ってるのよ」
「では、手紙はどうだ。公爵家から正式に出されたものだと分かる印や家紋はあったのか?」
「知らないわよ!そんな細かいところまで覚えてるわけないでしょう!」
吐き捨てるように答えたものの、今のノーマに先ほどまでほどの勢いはなかった。アバンリッシュは少しの間その顔を見つめ、それから静かに口を開く。
「お前は、こちらに証拠が残っていないのは私たちが消したからだと言ったな」
「そうよ」
「だが、お前の方にも、御者が本当にナイーゼ家の者だったと示すものは何も残っていない」
「だから、何よ」
「何をもって、あの男をナイーゼ家の人間だと思った?」
ノーマが言葉を失った。唇を開きかけたものの言葉にはならず、やがて悔しそうに噛み締める。
「本人が……そう言ったのよ」
「それだけか?」
「それだけって……!」
「馬車に家紋があったかも覚えていない。身分を確かめたわけでもない。それでも、お前は本人がそう名乗ったというだけで信じたんだな」
「だって、お父さんとお母さんは本当にいなくなったのよ!」
ノーマが机に身を乗り出すように声を荒らげた。
「二人とも帰ってこなかった!それが証拠でしょう!」
「違う」
アバンリッシュが切り捨てるように言った。
「それは、お前たちの両親がいなくなったことの証拠だ。ナイーゼ家が二人を処罰したことの証明にはならない」
「うるさい……!」
「両親がいなくなったことを疑っている訳ではない。だがその事実と、この話は別だ」
「じゃあ、何なのよ…!」
抑えていたものが再び溢れたように、ノーマが叫んだ。
「お父さんとお母さんはどこへ行ったのよ!あの男は誰だったの!?私たちに嘘を吐いてたっていうなら、何のためにそんなことしたのよ!」
「それを今、調べている」
「そんな答えで納得できるわけないでしょう!」
拘束された手を強く握り締め、ノーマはアバンリッシュを睨み付けた。
「ずっとそうだったのよ!お父さんとお母さんがいなくなって、私たちは家まで失って、アリーとも別々にされて……その全部がこの家のせいだと思って生きてきたの!今さら違うかもしれないなんて言われても、じゃあ私は何を――」
「ノーマ!もう止めて!!」
鋭い声が部屋に響いた。それまで黙って話を聞いていたアリーが立ち上がっていたのだ。
「アリー……?」
「もう止めようよ!これ以上、誰かを憎んで傷つけるのは!」
「何よ、それ……」
「私だって悔しいのよ!」
ノーマが何かを言い返すより早く、被せるようにアリーが声を張り上げた。様子を見ていたリリアは、アリーが割って入ってくることを想定しておらず、目を瞬かせていた。
「お父さんとお母さんがいなくなったのは私だって同じなの!二人に何があったのか分からないままなのも、ノーマと離れ離れになったのも、私だって同じでしょう!」
「だったら分かるでしょう!?誰かが二人を――」
「分かるよ!」
アリーは真正面から言い返した。
「憎いよ!お父さんとお母さんを連れていった人がいるなら私だって許せないし、ずっと私たちを騙していた人がいるなら、その人のことだって許せない!」
声は震えていたが、ノーマから視線だけは逸らさなかった。
「でも、だからって何も分からないまま人を殺して、それで何が残るのよ!」
「私は……!」
「アルテミス様を殺して、本当にお父さんとお母さんが喜ぶと思ったの!?」
ノーマの肩を掴み、アリーが訴えかけるとノーマの言葉が止まった。
「私たちが手を汚して、誰かの大切な人を奪って……そんなことをお父さんとお母さんが望んでると思う!?」
「だって、私は……」
「分からないのなら、今度こそちゃんと調べればいいでしょう!」
アリーの目には涙が滲んでいた。
「本当に何があったのか分かってから、それでも憎むのなら好きにすればいい!でも、何も分からないまま誰かを傷つけるのだけは止めてよ!」
「もし本当に、この家がやっていたら……」
「その時は、その時よ!」
アリーは迷わなかった。
「でも、何も分からないまま決め付けて、また誰かを傷つけるのだけは止めてよ!これ以上、ノーマまで誰かを殺すところなんて見たくない!」
最後の方は叫ぶというより、絞り出すような声になっていた。
ノーマは何も返せなかった。長い間、ナイーゼ家が両親を奪ったのだと思い続けてきて、恨みを抱えたままこの屋敷で働き続け、遂にはアルテミスへと刃を向けたのだ。
今さら、その根本にあったものが間違っていたかもしれないなどと簡単に受け入れられる筈もないのだろう。怒りを向けるようにアリーを見ていたはずの目が揺れて、やがて逃げるように視線を逸らした。
それでも、先ほどまでのように「ナイーゼ家がやった」と言い返す言葉だけはもう上がらなかった。
「ノーマ」
リリアが静かに名前を呼んだ。
「貴女がご両親を失ったことまで否定するつもりはありません。今まで苦しんできたこともです」
俯いていたノーマの指先が僅かに動く。
「でも、本当に誰が貴女たちのご両親を連れ去ったのかは、まだ分かっていません」
「じゃあ……」
ようやく出た声は、先ほどまでとは違っていた。
「じゃあ、私は……何を信じてたのよ」
誰に問い掛けたのかも分からないような声だった。アリーもまた苦しそうに表情を歪める。
「それを確かめるんだよ、ノーマ」
ノーマは顔を上げなかった。暫く誰も言葉を発さないまま時間が過ぎたあと、リリアは机の端に置かれていた小箱へと手を伸ばした。
蓋を開けて、その中から通信石を取り出す。
「もう一度だけ、聞かせてください」
机の上に置かれた石を見た途端、ノーマの表情が強張った。
「この石で、誰と連絡を取っていたのですか?」
前ならば、すぐに「関係ない」と答えていただろう。けれど今度は違い、ノーマは通信石を見つめたまま唇を引き結び、何度か口を開きかけては閉じていた。
「その人から、何か聞いていたのですか?」
ノーマの肩が僅かに揺れた。
「でも、あの人は……」
そこで初めて、ノーマの口から言葉が漏れた。リリアもアバンリッシュも急かさずに待つ。
「私に、お父さんとお母さんのことを教えてくれた。ナイーゼ家のことも……ずっと」
アリーが息を呑んだ。
「ノーマ、その人って……」
「最初は名前なんて知らなかった」
ノーマは俯いたまま続ける。
「直接会うこともほとんどなかったし、通信石でも自分のことはあまり話さなかった。でも、少しずつ話すようになって……」
その声が途中で止まる。
「何と名乗っていたのですか?」
リリアが確信を突くように尋ねると、ノーマは長い間迷っていたように口を引き結んだ。
漸く、小さく顔を上げる。
「……ラミア。ラミア・クレマチスよ」
部屋の空気が変わった。名を口にした瞬間、ノーマの顔には怒りではなく明確な戸惑いが浮かんでいた。
昨日までなら、ラミアは何も関係ないと迷わず庇っていた。けれど今は、何を信じていいのか分からなくなっているようだった。
リリアは机の上に置かれた通信石へと視線を落とす。最後までノーマが庇おうとしていた相手も、ラミアだった。
これまで何度疑っても彼女に直接繋がるものだけは掴めなかった。だが今、そのラミアがノーマと密かに繋がっていたことが漸く明らかになったのだ。もう、ここで逃がすつもりはリリアにはない。
―――今度こそ、ラミアの尻尾を掴んでみせる。
そう誓い、リリアは今もどこかでほくそ笑んでいるであろうラミアを思い、拳を強く握り締めた。




