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今度はあなたと共に  作者: 龍狐
第三章 ――伯爵令嬢と公爵令嬢
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10.父が隠していたこと

 ノーマから話を聞いた翌日、アバンリッシュは早朝から使用人や騎士たちに命じ、屋敷に残されている古い記録を調べさせていた。それに先立ち、騎士たちはノーマから両親が姿を消した当時のことについて、改めて詳しい聞き取りを行っている。正確な日付までは覚えていなかったものの、当時のノーマとアリーの年齢や季節、両親がいなくなった前後に起きた出来事などから大体の時期までは絞ることができた。

 加えて両親を迎えに来た御者についても、ノーマが覚えている範囲で年齢や背格好などを聞き出していた。二人がナイーゼ家へ来ることになった経緯や当時屋敷に勤めていた者の記録、さらにはノーマが話していた御者についても残っているものは可能な限り調べることになっていた。


 四年以上前の出来事だけに、すぐ全てが明らかになるとはリリアも思っていなかった。それでも当時の記録を辿れば確かめられることはある。ノーマの両親が本当にナイーゼ家に呼び出されたのか、その後何があったのか、まずは分かるところから調べるしかなかった。


 昼を過ぎた頃、リリアはアバンリッシュに呼ばれて執務室を訪れていた。机の上には幾つもの書類が置かれ、その中には古びたものも混じっている。



「何か分かったのですか?」


「ああ。まだ調べている途中だが、昨日聞いた話と合わないところが出てきた」


 アバンリッシュは手元にあった一枚の書類をリリアに差し出した。



「まず、私やアルテミスがノーマたちの両親を呼び出したと分かる記録は、どこにも残っていなかった」


「…それだけでは、実際に呼び出していないとは言い切れませんよね?」


「ああ。だが処罰についても同じだ。聞き取った内容から時期を絞って調べたが、あの二人をナイーゼ家が処罰したという記録も見つからなかった」


 リリアは受け取った書類に目を通した。昨日ノーマは両親がアバンリッシュの怒りを買って、処罰されたのだと話していた。それを伝えたのは両親を迎えに来た御者と同じ男だったと。



「御者については?」


「まだ調べている。ただ、ノーマから聞いた特徴と一致する者は今のところ見つかっていない」


「では、ナイーゼ家の御者ではなかった可能性もあるのですね」


「その可能性はあるが、まだ決めつけるのは早い。昔の使用人まで含めて確認させているところだ」


 リリアは小さく頷いた。


 記録が見つからないからといって、すぐにノーマの話が間違っているとは断定できない。それでも、彼女が長年信じてきた話をそのまま事実として受け取ることもできなくなっていた。



「アリーにも話を聞いたのですか?」


「ああ。両親がいなくなるまでの話は、ノーマが話した内容と殆ど同じだった」


 御者を名乗る男が家を訪れたことも、その男の馬車に両親が乗って出掛けたことも、アリーは覚えていたという。その後に同じ男から両親が処罰されたと聞かされたことについても二人の記憶は一致していた。



「なら、ご両親がいなくなったこと自体は間違いなさそうですね」


「ああ。少なくとも、二人が幼い頃に突然いなくなったことまで疑う理由はないだろう」


 問題はその後だった。両親が本当にナイーゼ家へ向かったのか、処罰されたという話は事実なのか、そして御者を名乗った男は何者だったのか。

 今のところ何一つ答えが出ていない。



「二人がこの屋敷へ来た経緯については?」


「採用された記録は残っていた。アリーが先にここへ来て、その少し後にノーマも雇われている」


「手紙については分かりましたか?」


「アリーも受け取ったことを覚えていた。ただ、誰が二人を選んで話を持ち掛けたのかまでは確認できていない」


 ノーマが昨日話したことの全てが嘘だったわけではなく、むしろ本人は自分の知っていることをそのまま話しているように思えた。

 だからこそリリアには別の疑問が浮かんでいたのだ。



「ノーマ自身が、最初から間違ったことを教えられていた可能性もあるのでしょうか」


「それも含めて調べるしかないな」


 アバンリッシュは書類を机へと戻した。



「まだ本人には伝えない。中途半端な状態で話しても納得はしないだろう」


「私もそう思います」


 昨日のノーマは、何も見つからなかったのなら証拠を消したのだと考えていた。今の段階で記録がないと伝えたところで、自分が信じてきたものを疑うとは思えない。

 それならば、もう少し調査を進めた方がいいだろう。



「では、私はこれで――」


「リア」


 席を立とうとしたところで呼び止められ、リリアはアバンリッシュに顔を向けた。



「はい?」


 アバンリッシュはすぐには続きを口にせず、机の上に広げられた書類へも視線を落とした。



「もう一つ、お前に話しておきたいことがある」


「ノーマのことですか?」


「いや、今調べていることと関係があるかは私にも分からない。だが、昨日お前がラミアの名前を出しただろう」


 そこで一度言葉を切り、アバンリッシュはリリアを見た。



「はい」


「あの時は話さなかったが……私にも、お前に話していないラミアとの過去がある」


「……何ですか?」


 そこから先がなかなか続かなかったが、やがて覚悟を決めたようにリリアを見る。



「四年ほど前、私は一度だけ娼館へ行ったことがある」


 予想もしていなかった言葉にリリアは目を瞬かせた。



「お父様が……?」


「ああ」


「どうして、そのような場所へ?」


 アバンリッシュはすぐには答えず、僅かに視線を落とした。


「当時の私が、アルテミスに愛されていないと思っていたことは以前にも話したな。それに、お前が本当に私の娘なのか疑っていたことも」


「はい」


 それは四年ほど前、両親の間にあった誤解が解けた際に聞いている。自分がアバンリッシュにあまり似ていなかったことから、アルテミスが別の男との間にもうけた子ではないかと疑われていたことも、その思い込みが夫婦の間に長い溝を作っていたことも、今のリリアは知っていた。


「その頃、貴族同士の話し合いの席で、私の様子を見た者から一度行ってみたらどうかと勧められたんだ。貴族の間では密かに知られている店で、余計な詮索をされることもないと言われてな」


「それで……行ったのですか?」


「ああ。アルテミスへの想いを忘れられるのなら、それでもいいと思った」


 父と母が互いの気持ちを知らないまますれ違っていたことは、リリアも知っている。けれど、それが娼館へ行ったことの言い訳になるとは思えず、何と返せばいいのか分からなかった。


 そんなリリアの表情を見て、アバンリッシュは苦々しく息を吐いた。


「今更、あの頃は苦しかったなどと言うつもりはない。私が自分で決めて行ったことだ」


 その言葉に、リリアは黙って続きを待った。


「その店では、客も相手も仮面を着け、互いの素性を詮索しないことが暗黙の決まりになっていた。私も最初は、相手が誰なのか分かっていなかった」


 そこでアバンリッシュの声が僅かに重くなる。


「だが、途中で気付いた」


「誰だったのですか?」


「ラミアだ」


 今度こそリリアは言葉を失った。驚きより先に浮かんだのは、以前父と交わした会話だった。



「……待ってください」


「リア?」


「以前、私がお父様に尋ねましたよね。ラミアとはどの程度の付き合いだったのかと」


 アバンリッシュの表情が強張った。



「あの時、お父様は何と答えましたか」


 黙り込むアバンリッシュを他所にリリアが続ける。



「お母様の友人として顔を合わせていただけで、それ以上のものではないと仰いましたよね」


「……ああ」


「では、あれは嘘だったのですか?」


 アバンリッシュはすぐには答えなかったが、リリアにとってはその沈黙だけで十分だった。



「…どうして黙っていたのですか」


「あの時は、お前に話すべきことではないと思った」


「だから嘘を吐いたのですか?」


「……そう言われても仕方がない」


「仕方がない、ではありません」


 自分でも驚くほど強い声が出る。



「私はあの時、お父様にラミアとのことを聞いたでしょう。それなのに、こんな大事なことを黙っていたなんて……」


「……すまない」


「それに――」


 もう一つ、思い出した。およそ四年前、母が父に他の女性がいるのだと思っていたと打ち明けた時のことだ。



「あの時だってそうです。お母様から他に女性がいると思っていたと言われて、お父様はまるで心当たりがないような顔をしていましたよね」


 アバンリッシュは否定しなかった。というより、出来なかったのだろう。黙って視線を下に落としている。



「本当は、あったのでしょう?」


「……ああ」


「お母様を愛していたと言いながら別の女性と関係を持って、そのことを隠したまま、お母様の不貞を疑っていたのですか?」


 今度ばかりは、アバンリッシュも何も返せなかった。



「……最低です」


「そうだな」


「否定しないのですね」


「できると思うか?」


「思いません」


 リリアは即答した。それでも胸の奥から込み上げてきた感情を抑えきれなかった。



「お父様は、お母様を愛していたのでしょう?」


 先ほどよりも声が強張ったものの、依然としてアバンリッシュは何も言い返さない。



「ずっと愛していたのに、気持ちが伝わらなくてすれ違っていたのだと、以前そう話していましたよね。それなのに、どうして他の女性と……」


「……その通りだ」


「その通りって……」


 あまりにもあっさり認められたことで、却って腹立たしさが増した。



「想いを忘れたかったからと言われても、私には分かりません。お母様を愛していたのなら、尚更です」


「分かってもらおうとは思っていない」


 アバンリッシュはリリアから目を逸らさなかった。



「あの時の私は、アルテミスに愛されていないと思い込み、お前のことまで疑っていた。だからといって、私がしたことまで仕方がなかったことになるとは思っていない」


 言い訳をするつもりがないことだけは、その表情から伝わってきた。それでもリリアの中に生まれた怒りが、すぐに消えるわけではなかった。



「それで……どうしてラミアがそのような場所にいたのですか?」


「分からない。私も理由までは知らない」


「伯爵家の令嬢なのに?」


「ああ。だからこそ、当時も不自然には思った」


「それでも止めなかったのですか?」


 アバンリッシュの返事が僅かに遅れた。



「……止めなかった」


 リリアは思わず視線を逸らした。そもそも母を愛していたと言いながら娼館へ行ったこと自体、到底理解できない。その上に、途中で相手がラミアだと気付きながら止めなかったのだ。



「その後も、ラミアとは?」


「ない。あの一度だけだ」


 今度は迷いなく返ってきた。



「店を出た後、自分が何をしてもアルテミスへの気持ちを捨てられないことだけは嫌というほど分かった。それ以来、二度とあの場所には行っていない」


「……それを、今までずっと隠していたのですか?」


 責めるような声音になったことを自覚しながらも、リリアは抑えなかった。いや、抑えられなかった。



「お母様にも?」


「いや」


 アバンリッシュはすぐに否定した。



「アルテミスは知っている」


「……え?」


 予想していなかった返答に、それまで昂っていた感情が一瞬だけ止まる。



「知っているのですか?」


「ああ。四年ほど前、私から話した。娼館へ行ったことも、そこでラミアと関係を持ったことも全てだ」


 リリアは目を見開いたまま父を見つめた。てっきり、自分だけでなくアルテミスにも隠し続けていたのだと思っていたから、先ほどまでとは違う意味で言葉が出てこなかったのだ。



「……お母様は、何と?」


 アバンリッシュは苦い表情を浮かべた。



「『最低ね』と」


「当然です」


 考えるより先に言葉が出た。



「……ああ。私もそう思う」


「それだけですか?」


「しばらく口も利いてもらえなかったよ」


 その言葉に冗談めいた響きはなく、リリアも笑う気にはなれなかった。



「それでも、アルテミスはお前には話さなかった。私も話すべきではないと思っていた」


「どうしてですか?」


「夫婦の間で起きたことに、お前まで巻き込みたくなかったからだ」


 確かに理解できなくもなかった。

 少なくとも自身の過ちをアルテミスにまで隠したまま四年間過ごしていたわけではないし、アルテミスも何も知らないままアバンリッシュの傍にいた訳ではない。先ほどまでのリリアの怒りは僅かに和らいだものの、だからといって父のしたことまで納得できたわけではなかった。



「では、お母様がラミアと以前ほど親しくなくなったのは……」


「お前がラミアを警戒するよう話したことも理由の一つだろう。だが、その後で私からこのことを聞いた以上、以前のようには信用できなくなったのだと思う」


 これまでリリアは、自分がラミアを警戒するよう訴えたことが大きな理由なのだと思っていた。けれど、その後に父からこの事実まで聞かされていたのなら、母の不信感がさらに強まったことにも納得がいく。


 今の話を聞けば、少なくともその理由の一つは理解できた。



「どうして今になって、私にも話そうと思ったのですか?」


「昨日、お前がノーマにラミアの名前を出しただろう」


 アバンリッシュは机の上に視線を落とした。



「通信石の相手も分からないままだ。ラミアが関係している証拠はないが名前が出ている以上、私だけが都合の悪いことを伏せたままにしておくべきではないと思った」


 リリアはすぐには答えず、聞かされたことを頭の中で整理した。

 父に対して思うところがなくなったわけではない。むしろ、今まで知らなかったからこそ聞きたいことも言いたいこともまだ残っている。だが、それと今調べなければならないことは分けて考えるべきだった。



「……この件については、一旦置いておきます」


「リア」


「許したという意味ではありません」


 先回りして告げると、アバンリッシュは口を閉ざした。



「お父様がしたことについては、私もまだ納得できていません。でも、今はノーマのことを調べる方が先です」


「……ああ」


「それに、今のお話を聞いた以上、娼館についても調べる必要がありますね」


 アバンリッシュが僅かに眉を寄せる。



「娼館を?」


「はい。ラミアが何故そこにいたのか、お父様にも分からないのでしょう?」


「ああ」


「でしたら、まずはそこを確かめるべきです。今回のことと関係があるかどうかは、それから考えればいいと思います」


 四年前のことだけに、どこまで辿れるかは分からない。それでもラミアがノーマと何らかの形で繋がっている可能性を疑っている今、彼女に関わる過去をそのままにしておく理由はなかった。



「…分かった。調べさせよう」


「お願いします」


 そう答えながらも、リリアは父から聞かされた話を完全に頭の隅へと追いやることはできなかった。


 机の上へと視線を戻す。ノーマの話を確かめるために始めた調査だった筈なのに、調べるべき過去は少しずつ広がっていて、まだどこに答えがあるのかは分からない。

 それでも、およそ四年前には知ることのできなかった事実が一つずつ姿を現し始めていたことだけは確かだった。



( ゜Д゜)⊃_ ギルティ!


※どんな理由があろうと不倫は絶対に駄目です

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