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今度はあなたと共に  作者: 龍狐
第三章 ――伯爵令嬢と公爵令嬢
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9.ノーマという女

 ノーマの部屋と所持品を調べるよう命じてから数時間が経った頃、調査を行っていた騎士から幾つか気になる物が見つかったとの報告が入った。

 殆どは古い手紙や身の回りの品だったが、その中に一つだけ用途の分からない小さな石があり、念のため詳しく調べることになった。


 その正体が判明する迄にそう時間は掛からなかった。魔道具に詳しい者に調べさせたところ離れた場所にいる者同士が連絡を取るために作られた通信石であり、対となるもう一つの石が存在するという。


 報告を受けたリリアは、アバンリッシュと向かい合って座りながら机の中央に置かれた小石のような物を見つめていた。一見しただけでは何の変哲もない石にしか見えず、用途を知らなければ魔道具だと気付くことさえ難しいだろう。



「これを使えば屋敷の外にいる相手とも連絡が取れるのですね」


「ああ。対となる石さえ持っていれば、直接会う必要も手紙を出す必要もないそうだ」


 アバンリッシュの説明を聞き、リリアは二度にわたってノーマの動きを確認した時のことを思い出した。


 誰かと密かに会った形跡はなく、不審な手紙を出した様子もなければ、普段とは違う場所に足を運んだという報告もなかった。けれど、この通信石を使っていたのであれば、そもそも自分たちが探していたような痕跡など残らなかったことになる。



「では、あの時もこれを使っていた可能性があるということですか?」


「可能性はある。ただ、この石だけでは実際にいつ使われたのかまでは分からないらしい」


「相手についても?」


「分からないそうだ。対になる石がどこにあるのかも、誰が持っているのかもな」


 そこまで聞いて、机の上の通信石を見つめてリリアは僅かに眉を寄せた。



「本人に聞くしかありませんね」


「素直に答えるとは思えないが、聞かない訳にもいかないだろうな」


 アバンリッシュはそう答えると、通信石を小箱へと戻した。





 再び部屋に連れてこられたノーマは、机の上に置かれた小箱を見るなり僅かに表情を変えた。


 ほんの一瞬で普段の顔へと戻ったものの、正面から見ていたリリアが何かを察するには十分だった。アバンリッシュも気付いたらしく、何も言わずに箱から通信石を取り出すとノーマからよく見える位置へと置いた。



「これはお前の部屋から見つかったものだ」


 ノーマは石を見つめたまま何も答えない。



「何に使う物なのかはこちらでも確認した。離れた場所にいる者と連絡を取るための魔道具だそうだな」


「私物です」


「それは分かっている。誰と連絡を取っていたのかと聞いているんだ」


「今回のことには関係ありません」


「ならば相手を答えられるはずだ」


 アバンリッシュがそう返しても、ノーマは口を閉ざした。



「ラミアですか?」


 リリアが尋ねた途端、ノーマの視線がこちらへと向いた。



「……先程も申し上げた筈です。あの方は関係ありません」


「では、この石で誰と連絡を取っていたのですか?」


「誰であろうと今回のこととは関係ありません。お答えするつもりもございません」


 これ以上同じことを尋ねても、今は答えを得られそうになかった。



「では、通信石については一旦置いておきます」


 ノーマが怪訝そうに眉を寄せる。



「貴女は先ほど、お母様を憎んでいたから殺そうとしたと言いましたよね。誰かに命じられたわけではなく、貴女自身の意思でやったことだとも」


「その通りです」


「でしたら、何故そこまでお母様を憎んでいるのか教えてください」


 ノーマの表情から僅かに感情が消えた。



「お話しすることはありません」


「理由も話せないのですか?」


「話す必要がないだけです」


「私にはあります」


 はっきりと言い返すと、ノーマがリリアを見た。



「貴女はお母様を殺そうとしました。私は、貴女が何をされて、何を知って、そこまで私たちを憎むようになったのかさえ知りません。話してもらわなければ、何故あんなことをしたのか分からないままです」


 暫く返事はなかった。ノーマはリリアを見つめたまま何かを考えていたが、やがて小さく鼻で笑った。



「知らないでしょうね。貴女は何も知らないまま、この家で何不自由なく暮らしてきたんだから」


「どういう意味ですか?」


「そのままの意味よ。私たちから全部奪っておいて、その娘は何も知らずに暮らしている。それを見ながら何年も仕えてきた私の気持ちなんて、貴女には分からないでしょうね」


「……奪った?」


 リリアに当然心当たりはない。隣にいるアバンリッシュに視線を送ったものの、彼もまた眉を寄せていた。



「何のことだ」


 アバンリッシュが尋ねると、ノーマは今度こそ隠すことなく彼を睨み付けた。



「私たちの両親のことよ。お父さんとお母さんを奪ったのは、貴方たちでしょう!」


「待て。何の話をしている?」


「まだ知らないふりをするつもりかしら?」


「知らないふりではない。お前たちの両親に私が何をしたというんだ」


 アバンリッシュの反応が気に障ったのか、ノーマは苛立ったように唇を歪めた。



「いいわ。そこまで言うのなら教えてあげる」


 それから語られたのは、ノーマとアリーがまだ幼かった頃の話だった。



「ある日、家に一人の男が来たの。ナイーゼ家の御者だと名乗っていたわ。その男は、お父さんたちがやっていた事業に公爵夫妻が興味を持っていると言ってきた」


「私たちが?」


「そうよ。公爵家に認めてもらえるかもしれないって、お父さんもお母さんも喜んでいたわ」


 その日のことを思い出すように、ノーマの拳に力が入る。



「その人が迎えに来た日、お父さんとお母さんは馬車に乗って出ていったわ。ナイーゼ家まで送っていくと言われて、その御者に連れていってもらったの」


 ノーマはそこで一度言葉を切った。



「でも、それきり二人は帰ってこなかった」


 先ほどまで怒りに満ちていた声音が、僅かに揺れる。



「何日待っても帰ってこなくて、どこへ行ったのかも、何があったのかも分からなかった。そんな時、またあの御者が家へ来たのよ」


「……その男は何と?」


「お父さんたちは公爵様の逆鱗に触れて、処罰されたって」


 リリアは思わず父を見たものの、アバンリッシュの表情に心当たりがある様子はなかった。



「そんなことをした覚えはない」


「そう言うと思ったわ」


「否定して逃れようとしているのではない。本当に知らないんだ」


「なら、お父さんたちはどこへ消えたのよ!!」


 アバンリッシュの声を掻き消すように、ノーマの叫びが部屋中に響く。怒りと悲しみが入り混じった声だった。



「二人とも帰ってこなかった!何日待っても、どれだけ待っても帰ってこなかったのよ!!それだけじゃない……両親がいなくなった後、私とアリーはそれまでの家で暮らし続けることさえできなくなったの!」


 それまでどうにか押さえ込んでいたものが一気に溢れ出したように、ノーマは声を荒らげた。



「まだ子供だった私たちが二人だけで生きていける筈もなくて、結局、別々の奉公先へ預けられたの!それまでずっと一緒だったのに……お父さんとお母さんがいなくなって、アリーとまで離れ離れになった!」


 堪えていたものを吐き出すように声を荒らげるノーマを前に、リリアは直ぐには言葉を挟めなかった。



「アリーは商家へと引き取られて、私は別の家に行かされた。それから暫くは、会うことだって殆どできなかったのよ!アリーがどこで何をして、どんな暮らしをしているのかさえ分からなかったのに!」


 最後まで一息に言い切ったノーマの呼吸が僅かに乱れる。それでも怒りは収まらないらしく、アバンリッシュへと向けられた目には強い憎しみが残ったままだった。


 ノーマの話を聞きながら、リリアは以前カルロから聞いた調査結果を思い出していた。アリーについては経歴の殆どに裏付けが取れていた一方、ノーマには証言こそあっても確認できない箇所が比較的多く残っていたという。

 双子でありながら二人の経歴に違いがあった理由をリリアはようやく理解した。



「以前、貴女とアリーのこれまでについて調べてもらったことがあります」


「……私たちを?」


 思いもしなかったことを告げられた為か、ノーマは不意を突かれたように目を瞬かせた。それまでアバンリッシュに向けていた怒りも一瞬だけ消え失せ、乱れていた呼吸を整えるように小さく息を吐いている。



「はい。アリーにも確認しきれない部分はありましたが、貴女の方が裏付けを取れない箇所が多かったと聞いています」


 ノーマはそこで僅かに眉を寄せたものの、先ほどのように声を荒らげることはなかった。



「……そうでしょうね。アリーが奉公していた商家は今も残っているもの」


「貴女の方は違うのですか?」


「最初に預けられた家には長くいなかったわ。その後も別の場所へ移ったし、昔のことだから今更確認できないことがあっても不思議じゃないでしょう」


 その答えに、リリアは僅かに眉を寄せた。


 カルロが調べても裏付けられなかった部分は、まさにその時期なのだろう。


「その後、どうしてナイーゼ家へ?」


「手紙が届いたからよ」


「手紙?」


「私にもアリーにも、ナイーゼ家で使用人として働く気はないかという話が来たの。別々に暮らしていた私たちのところへ、殆ど同じ時期にね」


 アバンリッシュの眉が僅かに動いた。



「誰が送ったものだ」


「ナイーゼ家よ。そう書かれていたし、実際に私たちは雇われているでしょう?」


「差出人の名前や、誰の名義で出されたものかは覚えているか?」


「そこまでは覚えてないわ。手紙だって残してない。何年前の話だと思ってるの」


 アバンリッシュは何かを考えるように黙り込んだ。



「それで、二人ともここへ来たのですか?」


「ええ。アリーはここへ来れば両親のことが何か分かるかもしれないと言っていたわ。私も同じだった」


「けれど何も分からなかった、と?」


「そうよ」


 ノーマは吐き捨てるように答えた。



「ここへ来れば、お父さんたちに何があったのか分かるかもしれないと思った。それに……両親を奪ったこの家のことを、少しでも知りたかった」


 ノーマは唇を噛み、アバンリッシュを睨み付けた。



「いつか必ず報いを受けさせてやるって、そのつもりでここへ来たのよ。それなのに、何年働いてもお父さんたちに何があったのかは何一つ分からなかった!」


「何も見つからなかったのなら――」


「だから何よ!」


 何かを言おうとしたアバンリッシュを、ノーマが強い声で遮った。


「証拠なんて残す筈がないでしょう! 自分たちがしたことを隠すために、全部消したに決まってる!」


 瞳に再び怒りが戻ってくる。



「何年経っても私の気持ちは変わらなかった。お父さんとお母さんを奪ったこの家から、いつか同じように大切なものを奪ってやるって」


「それで、お母様を……」


「そうよ」


 ノーマは迷うことなく認めた。どうやらノーマが憎んでいたのはアルテミス個人ではなく、ナイーゼ家そのものだったらしい。

 だが話を聞き終えたアバンリッシュの表情には、納得した様子など微塵もなかった。



「その男から、両親が私たちに会ったとも聞かされたのか?」


「そうよ。貴方たちに呼び出されて、そのまま帰ってこなかったの!」


「私とアルテミスのどちらに会ったのかも、その男から聞いたのか?」


「そこまでは知らないわよ!お父さんもお母さんも、あの男の話を信じて出ていったの。それなのに……二人とも帰ってこなかった!」


 アバンリッシュは僅かに眉を寄せた。



「なら、お前が知っているのは、その男から聞かされた話までということか」


「だから何よ!」


 苛立つノーマとは対照的に、アバンリッシュは冷静だった。



「私がお前たちの両親の事業に興味を持ったのなら、何故その話を伝えるためだけに御者を向かわせる必要がある。まして私の怒りを買って処罰されたという話まで、何故御者がわざわざ家族へ伝えに行く?」


「そんなこと、私が知るわけないでしょう!」


「ならば、まずはそこから確認する必要があるな」


 ノーマは苛立ったように言い返したが、アバンリッシュはそれ以上追及しなかった。



「それに、貴女たちに届いた手紙も気になります」


 リリアが続けると、ノーマの視線が向けられる。



「何がよ」


「両親を失った後、別々の奉公先で暮らしていた貴女とアリーに、殆ど同じ時期にナイーゼ家から話が届いたのでしょう?」


「そうだけど」


「その手紙を本当にお父様が出したものなのか、今のお話だけでは分かりません」


「でも、私たちは実際にここで雇われてるじゃない!」


「だからこそ、調べる必要があります」


 リリアはノーマの言葉を否定せずに答えた。



「この家に二人の採用記録が残っているのなら、誰が採用を決め、どのような経緯で貴女たちに話が届いたのか確認できるかもしれません」


 そこでアバンリッシュも頷いた。



「当時の使用人の記録も確認する。お前たちの家を訪ねたという御者が、本当にうちで働いていた人間なのかもな」


「今更そんなことを調べて何になるのよ」


「確認できることはある。アリーからも話を聞くし、お前がいた奉公先についても改めて調べる」


「前にも調べたんでしょう?今更何も出てこないわよ」


「それでも調べる。両親に何があったのか、御者を名乗った男が誰だったのか、お前たちがこの屋敷へ来ることになった経緯も含めてな」


 アバンリッシュが言い切る。ノーマは暫くアバンリッシュを睨み付けていた。



「……好きにすればいいわ」


 吐き捨てるように言ったものの、その声には先ほどまでの勢いがなかった。



「でも、お父さんとお母さんが帰ってこなかったことだけは事実よ。何を調べたって、それは変わらない」


「ええ」


 答えたのはリリアだった。



「だから、それも調べます」


「お父さんとお母さんのことも?」


「もちろんです。ご両親に何があったのかも含めて、確認できるところまで調べます」


 ノーマは暫くリリアを見つめていたが、やがて顔を逸らした。



「……勝手にすれば」


 それ以上何も言おうとはしなかった。


 やがてアバンリッシュが今日の事情聴取を終えることを告げると、控えていた騎士がノーマの傍へと進み出た。ノーマは抵抗することなく立ち上がったものの、扉へ向かう途中で一度だけ振り返る。



「もし、何も分からなかったら?」


「それも含めて伝える」


 アバンリッシュの返答を聞いたノーマは、今度こそ騎士に連れられて部屋を出て行く。扉が閉じてからもリリアは暫くその先を見つめていた。



「お父様」


「何だ?」


「アリーにも、もう一度話を聞いた方がいいですよね」


「ああ。特に別々の奉公先へ移るまでのことについては、二人の記憶を照らし合わせた方がいいだろう」


 両親を失った後、二人が別々の奉公先で暮らしていたのなら、以前の調査で確認できた範囲に差があったことにも納得できる。しかしノーマが何度も奉公先を移った理由や、離れて暮らしていた二人にほぼ同じ時期にナイーゼ家から話が届いた経緯は、まだ分からないままだった。


 リリアはそこで、机の上に残された通信石へと視線を移した。


 何年もの間、復讐の機会がありながら、ノーマは何故今になってアルテミスへ刃を向けたのか。そして、頑なに相手を明かそうとしない通信石の向こうには誰がいるのか。


 その答えへ辿り着くためにも、まずはノーマが語った過去がどこまで事実なのかを確かめなければならなかった。

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[今度はあなたと共に]の短編版・今度は貴女を愛さない今度は君を幸せに ※番外編→貴方を絶対に離さない                                              新作短編作品: 百番目の死神                                                                                          連載中作品: ヒロインの座、奪われました                                   ↑クリックで作品ページに飛びます。
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