6.二度目の
二度目の確認を行うことが決まったのは、最初の情報をノーマへ伝えてから数日が経った頃だった。
リリアはカルロから再び呼び出しを受け、以前と同じ部屋を訪れていた。机の上には数枚の書類が置かれているものの、そこに期待していたような報告は一つもないらしく、向かいに座るカルロの表情からも何かを掴んだ様子は窺えなかった。
「……何もなかったのですか?」
「ああ。少なくとも、こちらで確認できた範囲ではね」
カルロはそう答えながら、一枚の書類をリリアの方へと差し出した。
先日、ノーマにだけ知る機会を与えた偽の予定――アルテミスが近いうちに屋敷の中でおよそ四年前の出来事についてある人物と会って話をするという情報について、その後も気付かれない範囲で彼女の様子を確認していたのだ。
けれど、ノーマ自身にこれといった変化はなかった。誰かと密かに会った形跡もなければ、不審な手紙を出した様子もなく、普段なら足を運ばないような場所へ出入りした気配もない。屋敷の外でも妙な動きや不審な人物は確認されなかったという。
「では、情報はノーマのところで止まったのでしょうか」
「その可能性はある。ただ、そうだと断定することもできない」
「どういうことですか?」
「仮に私たちが把握していない方法で誰かへ伝えていたとしても、受け取った相手が何もしなければ、こちらから確かめることはできないからね」
リリアは僅かに眉を寄せたものの、すぐにカルロの言葉の意味を理解した。
今回の方法で確かめられるのはノーマが情報を知ったあと、そのことに関連する何らかの変化が起きた場合に限られる。彼女が本当に誰にも伝えていなかったとしても、反対に自分たちの知らない手段で何者かへ伝えていたとしても、その先で何も起こらなければ見える結果は同じなのだ。
「……これでは、何も分かりませんね」
「そういうことになる」
カルロもそれを認め、僅かに困ったような表情を浮かべた。
「もっとも最初から一度で何かが分かるとは思っていなかったよ。ノーマが何者かと繋がっている前提で始めた訳でもないからね」
「つまり何も起こらなかったからといって、疑いから外すこともできないということですね……」
「ああ。経歴に確認できない部分が残っていることは変わらないし、今回の結果だけで何もしていないと判断するのも早いと思う」
そこでふと、経歴という言葉から頭の片隅に残っていた疑問をリリアは思い出した。
「そういえば……以前、ノーマは『確認しきれないところが残った者の一人』と仰っていましたよね」
「ああ」
「それなら、アリーもなのですか?」
不意にぶつけられたリリアの純粋な疑問に、カルロが僅かに目を瞬かせた。気にせずリリアは続ける。
「二人は双子です。両親を亡くした後のことまで遡って確認しているのであれば、ノーマについて裏付けの取れない時期はアリーにも重なるのではないかと思ったのですが」
「……その通りだよ」
僅かな間を置いて、カルロは頷いた。
「アリーにも確認しきれていない部分はあるよ。ただ、彼女についてはほとんどの経歴で確認が取れているんだ」
「ノーマは違うのですか?」
「ああ。ノーマの方が、証言はあっても裏付けまで取れない箇所が多く残っている。以前そう言ったのは、そのためだよ」
「では、アリーについても調べていたのですね」
「もちろん。今回調べ直したのはノーマだけじゃないからね」
そこでカルロは一度言葉を切ると、どこか申し訳なさそうにリリアを見た。
「ただ……アリーのことを君に伝えていなかったのは申し訳なかったと思っている」
「……どうして、黙っていたのですか?」
責めるつもりで尋ねたわけではなかった。ただ、ノーマだけではなくアリーについても調べられていたことも、その経歴に確認しきれない部分が残っていたことも今初めて知っただけに戸惑いを隠しきれず、リリアは僅かに眉を寄せながら答えを待った。
「確認できない部分があるというだけで、彼女を疑うだけのものは何もなかったからだよ。それに、アリーは君が信頼を置いて傍に置いている侍女だ。何の確証もない段階で名前だけを伝えれば、君も今までと全く同じようには接することができなくなるかもしれないと思った」
そう言われてしまえばリリアにも否定はできなかった。実際にノーマの名前を聞いてからというもの、まだ疑惑段階だと理解していながら以前より彼女を意識するようになっている。
「ノーマについても本来ならば同じようにするつもりだった。ただ、彼女の場合は確認できない箇所が比較的多く残ったから、次に調べる対象の一人として君にも話す必要が出てきたんだ。アリーについては、それ以上調べても疑いを強めるようなものが何も出なかったんだ」
「そうだったのですね」
「勝手な判断をしたことについては謝るよ」
「いえ……」
リリアは小さく首を横に振った。
「何も分かっていない段階でアリーの名前を聞いていたら、きっと私は気にしていたと思います。今でさえ、ノーマの名前が挙がっただけでこれほど意識してしまっているのですから」
そう口にしてから、リリアは机の上に置かれた書類へと視線を落とした。
ノーマを疑うだけの十分な材料は未だ何もない。だからといって経歴に残された空白を無視することもできないのだ。
「それで、これからどうするのですか?」
「もう一度だけ試してみようと思っている」
「同じ方法を?」
「基本的にはね。ただ、今度は内容を少し変えるつもりだ」
カルロは別の紙を取り出すと、机の中央へと置いた。
「……今度は何を伝えるのですか?」
「使用人の配置を見直すことになった、という話にしようと思っている」
「配置を、ですか?」
「ああ。夫人の身の回りを担当する者も含めて、近いうちに一部の配置を変更することが決まった――ノーマにだけ、そういう情報が伝わる機会を作る」
「実際には変更しないのですね?」
「もちろん。今回は最初から最後まで存在しない話だよ。誰かに知られたとしても、それだけで夫人が危険に晒されることもない」
リリアは少し考えてから頷いた。アルテミスの身近で働く使用人まで配置が変わるとなれば、母の情報が屋敷の外へ流れているという自分たちの考えが正しかった場合、その相手にとっても無関係な話ではないのかもしれない。
「ですが、情報が伝わったとしても、その相手が何もしなければ結局分からないのではありませんか?」
「その通りだよ」
カルロはあっさりと認めた。
「だから、これでノーマが何者かと繋がっていることを証明できるとは思っていない。ただ、条件を変えてもう一度試して、それでも何の変化も確認できないのであれば、この方法をこれ以上続ける意味はないと思っている」
「……分かりました」
「それに、確かなものがないまま同じ相手を何度も試すのはよくない。これで何も確認できなければ、ひとまず別の可能性を調べるつもりだよ」
それならばリリアにも異論はなかった。
「では、もう一度だけやってみましょう」
◆
二度目の情報がノーマに伝わることになったのは、それから二日後だった。もちろん実際には存在しない話で、一度目と同じくノーマにだけその情報が伝わるよう仕事の途中で偶然知ったと思わせる状況が作られ、事情を知る一部の者を除き他の使用人には何も知らされていない。
後は前回と同じように、彼女の周囲で何らかの変化が現れるかを確かめるだけだった。
しかし、その日のうちに目立ったことはなかった。ノーマはいつもと変わらず自分の仕事をこなし、屋敷の外へと出ることもなければ特定の使用人に頻繁に話し掛けるような様子もない。仕事を終えた後の行動についても、これまでと比べて不自然なところは見つからない。
翌日になっても、それは変わらなかった。
「……何もありませんね」
報告を受けたリリアが呟くと、向かいにいたカルロも小さく頷いた。
「ああ。今のところはね」
前回と同じだった。ノーマが情報を知ったこと自体は間違いない。それでも、その後に誰かと密かに接触した様子はなく、手紙を出した形跡もなければ、普段とは違う行動を取ったという報告も上がっていない。
勿論これだけでノーマが何もしていないと断定することはできないが、それでも二度試して何一つ掴めなかったという事実だけが残った。
「やはり、この方法ではこれ以上分からないのでしょうか」
「その可能性は高いと思う」
カルロは手元の報告書に目を通しながら答えた。
「少なくとも同じことを繰り返す意味はないだろうね。ノーマについては通常の調査を続けるとして、他の者についても改めて確認していくつもりだよ」
「……分かりました」
リリアは小さく頷いた。二度試して何も掴めなかった以上、今は一人に拘るよりも他の可能性を探した方がいい。それに、ノーマだけへ意識を向け続ける訳にもいかないのだ。
「では、しばらくは今まで通りに?」
「ああ。その方がいい」
それ以上カルロが何かを口にすることはなく、リリアも話を続けることはなかった。結局のところ、二度目の確認でもノーマと誰かを結び付けるものは何一つ見つからなかったのだ。
それならば、今は他の可能性を調べるしかない。そう結論付け、その日の話はそこで終わった。




