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今度はあなたと共に  作者: 龍狐
第三章 ――伯爵令嬢と公爵令嬢
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5.ラミアの決断(ラミア視点)

 夜も更け、クレマチス家の屋敷は僅かな物音さえ耳につくほど静まり返っていた。


 窓の外には暗い庭が広がり、昼過ぎまで降り続いていた雨の名残が硝子の上にいくつもの雫となって残っている。時折吹き抜ける風が庭木の枝を揺らしていたが、その音も厚い窓硝子に遮られて些細なものへと変わっていた。


 ラミアは一人、机の前に座っていた。手元には読みかけの本が開かれているものの、先ほどから1ページも進んでいない。視線だけを文字の上へと落としたまま、彼女は全く別のことを考えていた。


 四年余り――随分と待ったものだと思う。


 計画が思い通りに進まなくなり始めた頃、ラミアが真っ先に疑ったのはリリアだった。あの娘が何を考え、何のために動いていたのかまでは今でも分からない。ただ、それまでとは違う行動を取るようになり、家族との関わり方にも変化があったということは報告で知っていた。



 最初こそ偶然が重なった可能性も考えたが、その後も報告を受け続けるうちに、そんな考えはとうに捨てていた。

 何をしたのかは知らない。どうやってアルテミスやアバンリッシュの心を動かしたのかも分からない。けれど、自分の計画を狂わせた原因がリリアであることだけは今のラミアにとっては疑う余地もなかった。


 あの時、すぐにアルテミスを殺さず待つことを選んだのは間違いではなかった。何も起こらない時間が続けば警戒もいずれ薄れ、その間にリリアから奪えるものも増えていく。そう考えていたからこそ、ラミアは四年余りもの間、自ら動くことなく待ち続けてきた。


 親子の間にどのような変化が起きるのかを自ら確かめに行ったことはない。交流を控えるようになったアルテミスへと無理に近付けば警戒されるだけであり、ナイーゼ家の周囲を自ら探り回るような愚かな真似をするつもりもなかった。必要なことはあの者(・・・)から伝わって来るからだ。

 以前は互いに距離のあった母娘が、今では二人で茶を飲むこともあれば庭を歩きながら話をすることもあるという。家族で食卓を囲む機会も以前より増え、アバンリッシュとアルテミスの間にも日常的な会話が交わされるようになっているらしい。


 リリアが母親をどれほど大切に思っているのかまでは知ることができない。それでも、四年余りもの間、以前とは比べものにならないほど近い距離で母娘として過ごしてきたのなら、今さらアルテミスを失って何も感じないはずがなかった。

 それも、目の前で殺されるとなれば尚更、忘れられない思い出(・・・)になることだろう。



「……もう十分ね」


 小さく漏れた声が静かな部屋へと溶けていった。


 あと一年待てば、二人の関係は今より深まるのかもしれない。さらに二年、三年と待ち続ければ、積み重なる思い出も増えていくだろう。

 けれど、そんなことを言い始めれば際限がないし、何よりラミア自身がこれ以上待つ理由がなかった。


 自分の望みまで永遠に先延ばしにするつもりはない。アルテミスが生きている限りアバンリッシュの妻であるという事実は変わらず、彼の隣に自分が立つこともできないのだから今度こそ本来の計画を進めればいいのだ。


 ラミアは読みかけの本を閉じると、机の引き出しへと手を掛けた。奥にしまわれていた小さな布包みを取り出して、結び目を解いていくと中から見慣れた石が姿を現す。

 これを使うのも久しぶりというわけではなく、少し前にも一つ報告が届いていたようだった。アルテミスが近いうちに屋敷の中である人物と会う予定があり、およそ四年前のことについて何か話をするらしい――そんな内容だった。


 四年前という言葉にはラミアも一度だけ引っ掛かった。偶然にしては妙な時期だったからだ。だが、誰と会うのかを詳しく調べるよう命じることも、その話についてさらに情報を集めさせるようなこともしなかった。

 今さらアルテミスが誰と何を話そうと、それだけで自分へと辿り着けるとは到底思えない。四年余りもの間、ラミアは自らナイーゼ家へと近付くことも、アルテミスに不自然に接触することも避け続けてきたのだ。


 何より、もう調べる必要がなかった。これから先もアルテミスを生かしておくつもりなら、その予定が何なのか確かめる意味もあっただろう。だが、近いうちに消すと決めた相手が誰と会おうとしているのかなど、今のラミアにとって大した問題ではない。

 むしろ、その報告を受けたことで改めて考えさせられたのだ。自分は一体いつまで待つつもりなのかと。


 もう目的は果たしたも同然で、あとは奪うだけだった。アルテミスがいなくなった後には本来手に入れるつもりだったものを手に入れる――それだけだ。


 ラミアは机の上に置いた石に指先を触れた。


 これまでならば必要な情報だけを求めていた。アルテミスの様子に変化があった時や、ナイーゼ家で何か気になる動きが見られた時にだけ知らせればよく、それ以上のことをさせる必要はなかったのだ。

 だが、今夜伝えるのは報告を求める言葉ではない。



「もういいわ」


 石へ向けて静かに告げると、ラミアは僅かに口元を緩めた。



「十分待ったもの。そろそろ終わらせましょう」


 これだけでも、あの者には何を意味しているのか分かるだろう。それでもラミアは曖昧な言葉だけで済ませず、続けてはっきりと命じた。



「アルテミスを殺しなさい」


 口にしてみれば、驚くほど何の感慨もなかった。何年も前から決めていたことを漸く実行へ移すだけなのだから当然なのかもしれない。

 ただし、一つだけ譲れないことがある。



「でも、いつでもいいわけじゃないわ。必ずリリアが見ているところでやりなさい」


 アルテミスが死ぬことだけを望んでいるのなら、そんな条件を付ける必要はない。人目の少ない場所を選び、確実に命を奪わせた方が成功する可能性は高くなるだろう。

 だがそれでは、四年余り待った意味がなかった。



「分かったわね?」


 短く問い掛けてから、ラミアは石に触れたまま返答を待った。程なくして相手から了承の意思が返ってくると、満足したように指先を離す。


 どのような方法を使うのかまで細かく命じるつもりはなかった。あの者は長い間、ナイーゼ家の中で怪しまれることなく過ごしている。アルテミスとリリアが共にいる機会を見つけ、その場へと不自然にならないよう近付くことくらい、自分で考えられるだろう。

 それに、今回ばかりは全てを隠し通す必要もない。アルテミスの命を奪った後もそのまま素知らぬ顔で過ごせればそれに越したことはないが、隠蔽を優先した結果として肝心の殺害に失敗するくらいなら意味などなかった。


 ラミアが欲しいのはアルテミスの死という結果だ。その瞬間をリリアに見せることさえできれば彼女(スパイ)がその後どうなるかまで気に掛ける必要はないし、相手自身も後先がどうなっても構わないなどと言っていた。


 ラミアは石を再び布で包みながら、ゆっくりと息を吐いた。アルテミスがいなくなれば漸くアバンリッシュの隣が空く。リリアからより多くを奪うためとはいえ、その時を四年余りも先延ばしにしてきたのだから、もうこれ以上待つつもりはない。

 そしてリリアには、生まれてきたこと、そして自分の邪魔をしたことを死ぬまで後悔させればいいのだ。


 母親が目の前で殺されれば、あの忌々しい娘がどんな顔をするのか。そこまで考えたところで、ラミアの口元に自然と笑みが浮かんだ。



「楽しみにしているわ、リリア」


 布に包んだ石を引き出しの奥へと戻し、何事もなかったように鍵を掛ける。


 明日になればラミアはこれまでと変わらない一日を過ごすだろう。自分からナイーゼ家へ近付く必要も、アルテミスへ手紙を送る必要もなく、まして何かが起きるのを待ち侘びていることなど誰にも悟らせるつもりもない。


 四年余り待ち続けた末にようやく命令を下したのだ。あとはアルテミスが死んだという話が人伝であれ、新聞であれ、自身に届くのを待つだけであり、その時リリアが居合わせたかどうかまで知ることさえできれば上々だった。


 そうしたら、この長い時間も決して無駄ではなかったと心から思えるだろう。とラミアは先の未来を想像して口元を歪めた。

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