表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今度はあなたと共に  作者: 龍狐
第三章 ――伯爵令嬢と公爵令嬢
27/43

1.見えない手掛かり

 翌日の昼過ぎ、昨日までとは打って変わって静けさを取り戻した自室で、リリアは向かいに立つリンダの報告へと耳を傾けながら膝の上へと置いた両手を無意識のうちに組んでいた。



「……今のところ、クレマチス家には目立って怪しい動きはありません。ラミア様も普段通りみたいですし、ここ数日は知り合いのご婦人と会ったり、茶会へ出掛けたりしているくらいですね」


「知らない者が頻繁に出入りしている様子は?」


「少なくとも、私が見た範囲ではありませんね。商人や仕立屋なんかは来ていますけど、貴族のお屋敷なら普通でしょうし……あとは使用人が何人か出入りしているくらいです」


「そう……」


 期待していた答えではなかったもののそれだけで落胆するわけにもいかず、リリアは一度視線を伏せると、これまでリンダから受け取った情報を頭の中でもう一度並べ直した。


 リンダを味方へと引き入れてからというもの、屋敷の使用人たちから噂を探らせるだけでなくクレマチス家の周辺へ足を運ばせてラミアの動向まで調べてもらっていたが、少なくとも現在のところ、アルテミスを害そうとしていると断言できるような材料は見つかっていない。

 むしろ外から見たラミアは、リリアが一度目の人生で知っていた女とは似ても似つかないほど穏当な生活を送っているようで、アルテミスの友人として交流を続けるだけでなく、時には外出が減っていた彼女のことを気遣う言葉まで周囲に口にしていたらしい。


 もっとも昨日アルテミス本人から聞かされた話を考えれば、それ自体は何ら不自然ではない。ラミアは学園時代から母の傍へと寄り添い、誰にも打ち明けられなかったアバンリッシュへの恋心まで話を聞いていた大切な友人であり、結婚してから夫との関係に悩んでいた時にも決して強引に意見を押し付けることなく話を聞き続けていたというのだから、今になって突然態度を変える方が不自然なのだ。


 だからこそ、余計に分からなかった。



「お嬢様?」


 黙り込んだリリアに、リンダが怪訝そうに首を傾げる。



「いいえ、何でもないわ。続けて」


「と言われても、今日のところはそれくらいなんですよねぇ。ああ、そういえば数日後に茶会があるらしくて、その準備をしている使用人を何人か見掛けましたけど」


 その言葉に、リリアは顔を上げた。



「茶会?」


「はい。クレマチス家の馬車を出す予定があるみたいです。近くの店で働いている人が向こうの使用人から聞いたって話してました」


「……誰と参加する予定なのかは?」


「そこまでは分かりませんね。私も中へ入れるわけじゃありませんから」


 そこまで聞いてもラミアへ疑いを向けられるようなものは何一つ見当たらなかった。


 リンダにクレマチス家の周辺を探らせるようになってから何度か報告を受けているもののラミア自身は普段と変わらず過ごしているらしく、屋敷へ不審な人物が出入りしている様子もなければ、人目を避けてどこかへ向かったという話も出ていない。今回の茶会についても使用人たちが外出の準備を進めていることが分かっただけで、それ以上の不自然な動きは見つからなかった。


 勿論リンダが調べられるのはあくまでクレマチス家の周辺に限られており、屋敷の中で交わされている会話や、ラミアが誰へ何を命じているのかまで知ることはできない以上、何も見つからないからといって疑いが晴れたことにはならない。

 それどころか一度目の人生でラミアがどのような人間だったのかを知っているリリアには、本人の周辺ばかりを探り続けることそのものが間違っているのではないかという疑念が次第に大きくなり始めていた。


 ラミアは自ら手を下すことに拘るような女ではない。自分が直接命令を下さなくとも、相手が何を望み何を恐れているのかを見抜いたうえで言葉を選び、少しずつ感情を望む方向へ傾けていくことで最後には本人が自ら選んだと思い込むほど自然に行動を操ることのできる女だった。

 一度目の人生でもそうだ。アナもやがて自ら進んでリリアを陥れるようになっていったし、使用人たちに対しても同じだった。何をしても咎められない空気を作り上げることで、最後にはラミアが何も言わずとも進んでリリアへ悪意を向ける者が増えていったのだ。


 そこまで考えたところで、リリアはようやく一つの可能性へと思い至った。もし今回も同じなのだとしたら、いくらラミア本人やクレマチス家の周辺ばかりを追ったところでアルテミスを害そうとしている証拠など見つからないのではないだろうか。



「……リンダ」


「はい?」


「今まで通り、クレマチス家の周辺を探ってちょうだい。ただし、これ以上深く入り込もうとする必要はないわ」


「それだけでいいんですか?」


「ええ。屋敷へ普段と違う者が出入りしていないか、ラミアが外出した様子がないか、周囲で何か変わった噂が出ていないか……貴女が無理なく確かめられる範囲だけで構わないわ。中のことまで探ろうとして、こちらの存在を悟られる方が困るもの」


 これまでと比べて随分と大雑把な指示になったからかリンダは一瞬だけ不思議そうに目を瞬かせたものの、やがて深く追及することもなく小さく頷いた。



「分かりました。じゃあ、今まで通り周りを見ておけばいいんですね」


「ええ。何も見つからなくても構わないから、少しでも普段と違うことがあれば教えてちょうだい」


「分かりました。……それじゃあ、報酬の方も今まで通り?」


 話がまとまった途端に期待を隠そうともせずこちらを窺ってくるリンダにリリアは思わず呆れたような息を漏らしたものの、元より彼女が金銭を目的に協力していることは承知しているため、手元に用意していた小さな袋をそのまま差し出した。



「今回の分よ」


「ありがとうございます!」


 先ほどまでの真面目な表情が嘘だったかのように顔を輝かせたリンダは、袋を受け取るなり重さを確かめるように掌へと載せ、満足したのか丁寧に頭を下げてから部屋を出て行った。


 扉が閉じられると先ほどまでリンダの声が響いていた室内には再び静けさが戻り、リリアは暫くその扉を眺めた後に膝の上へと視線を落としながら、これまでに集まった情報を頭の中でもう一度整理していった。


 少なくともクレマチス家の周辺を探った限りではラミアに直接結び付くような不審な動きは見つかっておらず、だからこそリンダには今まで通り無理のない範囲で様子を探ってもらうことにしたものの、それだけで十分だとは到底思えなかった。

 一度目の人生で見てきたラミアは自分の望みを叶えるためなら他人を利用することに躊躇いがなく、それでいて最後まで自らの手を汚さずに済むよう立ち回ることのできる女だったのだから、もし今回も何かを企んでいるのだとすれば本人やクレマチス家の周辺ばかりを調べていても肝心なものへ辿り着けない可能性は十分に高いのだ。


 とはいえ、そこから先までをリンダ一人に任せることはできない。彼女はあくまで金銭と引き換えに協力してくれている侍女であり、周囲の噂を拾ったり外から屋敷の様子を確かめたりすることはできても、そこからさらに人の繋がりを辿り、表には出てこない金や依頼の流れまで探らせるとなれば求めるものが違ってくるのだ。


 何よりこれ以上危険なところへ踏み込ませれば、ラミアにこちらの存在を悟られるだけでは済まず、リンダ自身を危険へと巻き込んでしまうかもしれない。



(……何か、別の方法が必要ね)


 そう考えたところで、控えめなノックが響いた。



「どうぞ」


 返事をすると扉を開けたのは先ほどとは別のメイドで、リリアの前まで歩み寄ると一礼してから口を開いた。



「お嬢様、皇太子殿下がお見えになっております」


「……殿下が?」


 予想していなかった名前に、リリアは目を瞬かせた。



「はい。旦那様とお話をされておりましたが、先ほど終えられたようでございます。それから、お嬢様がお目覚めになられたのか確認だけしたいと仰せでしたので」


「私に、会いに?」


「いいえ」


 すぐに返された否定を聞いた瞬間リリアは何故か僅かな落胆を覚えたものの、どうしてそんな気持ちになったのか自分でも分からず、すぐに小さな違和感ごと胸の奥へ押し込んだ。



「お嬢様が無事だと分かればそれで構わないので、お休みになっているようなら絶対に起こさないようにと。お会いになる必要もないと仰せでした」


「……そう」


 返事をしながら、リリアは自分でも説明のつかない感覚を覚えていた。ただ、以前とは明らかに様子の違う彼のことが気になっているのは確かであり、それが一度目の人生に関する疑念からなのか、それとも別の理由によるものなのか今のリリアにはまだ判断がつかなかった。


 ただ、彼が何故そうしているのかは分かる。リリア自身そうしてほしいと言ったからだ。これ以上余計なことをしないでほしいと。ならば今の行動はリリアの望みを守ろうとしているだけなのだろう。そう考えれば不満を覚える理由など何一つないはずなのに、胸の奥にはどこか釈然としないものが残った。

 その理由を考えようとして、ふと別のことを思い出す。



―――君の母君に、危険が迫っている。


 以前カルロは、確かにそう言った。まだリリアがアルテミスに命の危険を伝えたばかりで、ラミアが母の親友だったことも両親の間にどのようなすれ違いがあったのかも知らなかった頃から、カルロは既に何かを察しているようだった。

 しかも、ナイーゼ家には皇家直属の騎士たちを送り込み、敷地内や屋敷の周囲まで調べさせていた。



(……そうだわ)


 今までなら、カルロが何を知っていようと頼るつもりなどなかった。


 けれども状況は変わった。ラミア本人の動きならリンダに探らせることができる一方で、ラミアとは直接繋がらない第三者や、馬車、御者、母の外出経路、金銭の流れまで調べようと思えば、リリア一人の力では到底足りない。アバンリッシュも動いているとはいえ、公爵家が大々的に調査を始めれば却って相手に警戒される可能性がある。

 では、表立ってナイーゼ家とは異なる力を動かせる人物ならどうだろうか。



「殿下は、今どちらに?」


「ちょうどお帰りになるところかと」


「……分かったわ」


 間に合わないかもしれないと思った途端、考えるより先に身体が動き、リリアは膝へ掛けていた薄布を退けると立ち上がった。



「お嬢様? どちらへ?」


「殿下に少し話があるの」


「ですが、まだお身体が――」


「屋敷の中だけよ。無理はしないわ」


 そう告げて部屋を出ると、長い廊下をなるべく急ぎながら進んだ。昨日まで寝込んでいた身体はまだ万全ではなく、階段に差し掛かる頃には少し呼吸が乱れ始めていたものの、今ここでカルロを帰してしまえばもう一度自分から呼び止める勇気をいつ持てるか分からなかったからだ。


 やがて玄関広間まで辿り着くと、ちょうど数人の聖騎士を従えて外套に腕を通そうとしているカルロの後ろ姿が目に入った。



「――殿下」


 思ったより小さな声だった。それでもカルロには届いたらしく外套へと伸ばしていた手を止めて振り返り、驚いたように僅かに目を見開いた。



「……リア?」


 聞き間違えようのない呼び名に、リリアの足が一瞬だけ止まりそうになった。



―――リア。


 まだ何も壊れていなかった幼い頃、カルロが自分を呼ぶ時に使っていた愛称だった。


 今の二人はそこまで親しい関係ではなく、少なくともリリアの方からそのように呼んでほしいと頼んだことなど一度もない。



(……また)


 以前にも一度だけ胸へ浮かんだ疑念が再び頭をもたげる。まさかカルロも一度目の記憶を持っているのではないか、と。


 現に自分が言うより先にアルテミスに危険が迫っていることを察し、ナイーゼ家へ皇家直属の騎士まで送り込んで調査を続け、何よりリリア自身へ向ける態度も一度目の人生で知っているカルロとはあまりにも違っている。

 けれども本人に尋ねたことなどなく確かな根拠もない以上、それはあくまで数ある可能性の一つに過ぎなかった。リリア自身が過去へ戻ったことで本来とは違う出来事が起き始めただけかもしれないし、彼に何か別の事情がある可能性だって残っている。だから今はまだ答えを決めない。両親のすれ違いを知ったばかりだからこそ、分からないことを自分の中だけで勝手に確定させることだけは避けたかったのだ。



「お帰りになるところでしたか」


 込み上げた疑問を胸の奥へ押し込めながら尋ねると、カルロは外套から一度手を離した。



「……ああ。君が目を覚ましたと聞けたから、それで十分だと思っていた」


「私には、お会いにならないつもりだったのですか」


「君に、これ以上関わらないでほしいと言われたからね」


 淡々とした声音には責めるような響きがなく、それが却ってリリアの胸に妙な居心地の悪さを覚えさせた。


 自分から望んだことなのだから本来ならばそれでいいはずだった。それでも、言葉通りに少しずつ遠ざかろうとしているカルロを目の前にすると、何故か素直に安堵することができない。



「……殿下」


「どうしたの?」


「以前、お母様に危険が迫っていると仰いましたよね」


 その言葉を聞いた途端、カルロの表情から僅かに柔らかさが消えた。



「ああ」


「今も、その考えは変わっていないのですか」


「変わっていない」


 迷いのない返事だった。



「何か分かったことが?」


 カルロはすぐには答えず少し離れたところに控えている騎士たちに視線を向けると、その仕草を察した者たちは何か言葉を交わすこともなく数歩離れ、こちらの会話が届きにくい場所まで静かに後退した。



「確かなところまでは掴めていない。夫人の周囲についても騎士たちに調べさせているが、今のところ誰かが危害を加えようとしていると断定できるようなものは何一つ見つかっていない」


「……何も、ですか?」


「ああ。屋敷の周囲にも目立って不審な動きはないし、夫人の外出先や普段利用している馬車についても確認させたが、少なくとも今のところは問題らしい問題も出ていない」


 そこまで聞いてリリアは僅かに視線を伏せた。


 リンダから受けた報告も結局のところ同じだった。ラミア本人にもクレマチス家の周辺にも、今のところ疑いを裏付けるような動きは見つかっておらず、今しがたカルロから聞かされた話でもアルテミスの周囲に明確な異変は確認されていないらしい。

 調べている範囲も方法も同じではないのだろうが、少なくとも今の段階では、どちらからも母に迫る危険を示すものは何一つ見つかっていないということになる。



「それでも、お母様に危険が迫っているという考えは変わらないのですか?」


「ああ」


 返ってきた答えにはほとんど迷いがなく、これまで調べても何一つ不審なものが見つからなかったという事実だけでカルロが警戒を解いているわけではないことが窺えた。



「何も見つからなかったことと、何も起こらないことは同じではないからね。少なくとも、私はまだ調査を止めるつもりはない」


「……そうですか」


 その返事を聞きながら、リリアは僅かに視線を伏せた。


 カルロの言う通り何も見つからないというだけで安心することはできなかった。ましてリリアには一度目の人生でアルテミスが確かに命を落としたという記憶があり、それが本当に偶然の事故だったのかという疑念も今では以前より強くなっている。だからこそ今の調査で何も出てこないのなら同じところばかりを探り続けるのではなく、まだ目を向けていない部分まで警戒を広げる必要があるのではないかと思ったのだ。もし事故ではなかったのだとすれば――。



「……殿下」


「どうしたの?」


「一つ、お願いがあります」


 言葉にした瞬間、カルロが僅かに目を見開く。反応を見てから、リリアは自分が今まで何度も差し伸べられた手を振り払い、これ以上関わってほしくないとまで告げた相手に自分から頼み事をしようとしていることを改めて意識した。

 もちろん胸の内には僅かな躊躇いが残っていたものの、それでも母を救うことより自分の感情を優先するつもりはリリアにはなかった。



「もう少し、調べていただきたいことがあるのです」


「今までとは別に?」


「はい。ただ、その前に……殿下へお話ししておいた方が良いことがあります」


 何から説明すべきか迷いながらも、リリアは一度息を整えてから続けた。



「私も以前から、ある方について少しだけ調べています」


「君が?」


「私にも、僅かですが情報を集めてもらっている者がいますから」


「……そうか」


 誰に頼んでいるのかと尋ねられることもなく、あまりにもあっさりと受け入れられた。リリアは僅かに拍子抜けしたものの自分から話を広げる理由もなく、そのまま本題へ戻ることにした。



「その者には、ラミア・クレマチス様と、クレマチス家の周辺について探ってもらっています」


「ラミア・クレマチス……」


「お母様の古くからのご友人です。学園に通っていた頃から親しくしていたそうで、今でも交流が続いています」


「その女性が、夫人の危険に関係していると思っているの?」


「……分かりません」


 リリアは正直に答えた。



「疑ってはいます。でも、それだけです。今のところ証拠は何もありませんし、今日受けた報告でも、ラミア様本人にもクレマチス家にも怪しい動きは見つかっていませんでした。ですから、私が知っていることだけであの方が何かを企んでいると決め付けるつもりはありません」


「そうか」


 それだけだった。何を知っているのかとも、どうしてラミアを疑っているのかとも聞かれなかったために却ってリリアの方が僅かに戸惑った。

 これまでの話だけで納得できるはずがない。何故ラミアを調べ始めたのかという肝心な部分を自分は何一つ説明していないのだから。



「……聞かないのですか?」


「何を?」


「私が、どうしてラミア様を疑っているのか」


 カルロはすぐには答えず、ほんの僅かな間を置いてから静かに口を開いた。



「君が話したくないことまで聞くつもりはないよ」


「ですが……」


「必要になった時に、君が話してもいいと思ったことだけ話してくれればいい。それまでは、それで十分だ」


 あまりにもあっさりと引き下がられ、リリアはそれ以上の言葉を失った。理由を尋ねられても話さないつもりでいた。それなのにカルロは最初からその境界へと踏み込もうともせず、リリアが自分から話した範囲だけを受け入れている。



「……そうですか」


「ああ」


 それ以上追及する様子がないことを確かめてから、リリアは本題へと戻る。



「ラミア様については、今まで通りこちらで可能な範囲を調べます。殿下には、それとは別のところをお願いしたいのです」


「別のところ?」


「……お母様ご本人ではなく、お母様が普段利用しているものや、外出に関わる人たちについて、もう少し詳しく調べていただけませんか」


 カルロが僅かに眉を寄せる。



「例えば?」


 「馬車や御者、それから外出する際に通ることの多い道です。馬車そのものに不自然なところがないか、管理している者に普段と違う様子がないか、御者や馬の世話をしている者も含めて……お母様の外出に関わるところを一度きちんと確認していただきたいのです」


 そこまで口にしてから、リリアは自分でもあまりに具体的すぎたのではないかと僅かに不安になった。カルロも何かを感じたのか、すぐには返事をせず暫くこちらを見つめていたものの理由を問い質すようなことはしなかった。



「……分かった。そこまで気になるのなら、一度確認させよう」


「理由を、聞かないのですか?」


「聞いた方がいい?」


 予想していなかった問い返しに、リリアは言葉を詰まらせた。



「……いえ」


「なら、今は聞かないよ。君がそこまで具体的に頼むからには、それなりの理由があるんだろう。私にはそれで十分だ」


 その答えに安堵すると同時に、どこか落ち着かないものを覚えながら、リリアは小さく頷いた。



「ただ、公爵家の使用人や馬車の管理については私の騎士が勝手に調べるより公爵自身に確認してもらった方がいい。こちらが屋敷の中まで必要以上に探れば却って混乱させることになるからね」


「……そうですね」


「公爵とはもう一度話をする。公爵家で自然に確認できるところは公爵に任せて、皇家の側では屋敷の外や夫人が利用することのある道、そしてその周辺を中心に調べさせる。それなら同じ場所を二重に探ることもないだろう」


 次々と具体的な形へ整えられていく話を聞きながら、リリアは今さらながら自分とカルロとでは動かせるものの大きさがまるで違うのだと思い知らされていた。


 一人の侍女に報酬を渡し、屋敷の噂や特定の人物の動向を拾わせることくらいなら自分にもできるものの、複数の騎士を動かして広い範囲を確認し、公爵家側の調査と重ならないよう役割まで分けながら警戒を続けるなど今のリリア一人では到底できない。

 そう考えれば、もっと早く頼ればよかったのかもしれない。けれど、その考えを素直に受け入れられるほど一度目の人生で受けた傷は軽いものでもなかった。



「……ありがとうございます」


 それでも今は素直に礼を告げた。


 カルロが僅かに目を見開く。



「まだ何もしていないよ」


「それでもです。引き受けてくださったことに対してのお礼ですから」


「……そうか」


 カルロはそれだけ答えると、ほんの少しだけ表情を和らげた。そんな顔を見ていると、胸の奥にまた説明し難い感情が浮かびそうになり、リリアは逃げるように視線を逸らした。



「ですが、勘違いしないでください」


「何を?」


「殿下を信用したわけではありません。今はただ、お母様を守るために殿下のお力が必要だと判断しただけです」


 きっぱりと言い切る。 カルロも一度目の記憶を持っているのか、何故アルテミスの身に迫る危険を知っていたのか、そして何故これほど積極的に調査に動いているのかもリリアにはまだ何一つ分からない。

 だからこそ今は母を救うために必要な部分だけを頼ればいい。それ以上の意味まで無理に与える必要はなかった。


 カルロは気分を害したような様子も見せず、ただ静かに頷いた。



「それで十分だよ」


「……十分なのですか」


「ああ。君が今、私に頼ろうと思ってくれた。それだけでいい」


 その言葉を聞いた途端、リリアはどう返せばよいのか分からなくなった。


 もっと何かを求められると思っていたのかもしれない。頼ったのだから言葉を撤回してほしい、少しくらい信用してほしいなどと言われればすぐにでも距離を取るつもりでいたのに、カルロはそれ以上を求めず、リリアが差し出した僅かなものだけを受け取るとそこから先へと無理に踏み込もうとはしなかった。



「では、私はもう一度公爵と話をしてから戻る」


 先に沈黙を破ったカルロは、少し離れた場所で待っている騎士たちへ視線を向けた。



「君から聞いたことも含めて、調べる範囲を改めて考えてみる。何か分かれば、君にも知らせるよ」


「……お願いします」


「ああ」


 短い返事を残したカルロはそれ以上何かを求めることもなく踵を返すと、控えていた騎士たちを伴ってアバンリッシュの執務室がある方向へ歩いていった。背中が廊下の角へ消えるまで見送ってからリリアはようやく大きく息を吐き、いつの間にか少し速くなっていた鼓動を落ち着かせるように胸元へと手を添えた。


 カルロを頼った。その事実は思っていた以上に大きく胸に残った。


 一度目の人生で最後まで信じ続け、最後には自分を信じてくれなかった人。だからこそ今度は同じ関係を繰り返すまいと距離を置こうとしていたはずなのに、今日は自分の方から追い掛けて力を貸してほしいと頼んだ。


 もちろん過去が消えたわけではなく、許したわけでも、もう一度彼を好きになろうと思ったわけでもない。それどころか今のカルロが何故これほど一度目と異なる行動を取るのか、彼にも自分と同じ記憶があるのではないかという疑念さえ以前より僅かに強くなったような気がしていた。

 けれど、それもまだ答えの出ていない問題の一つに過ぎない。両親のすれ違いを知ったばかりだからこそ、分からないことを恐れるあまり自分の中だけで答えを決めてしまうことだけはしたくなかった。


 カルロについてもラミアについても、今はまだ分からないことの方が多いけれど、それならば少しずつ確かめていけばいい。

 このあとカルロはもう一度アバンリッシュと話し、公爵家で自然に確認できる範囲と、皇家の騎士たちに任せる範囲を整理するつもりだという。


 屋敷の中まで皇家の騎士たちが必要以上に探るのではなく、屋敷の外やアルテミスが利用することのある道、その周辺についてはカルロの側から調べてもらえることになった。それでも何かが見つかる保証などなく、むしろ今のところはどこを探っても怪しいものなど何一つ出てきていない。


 ラミアはこれまでと変わらずアルテミスの友人として振る舞い、クレマチス家にも目立った異変はなく、カルロが動かしている騎士たちからも危険を裏付けるような報告は上がっていなかった。

 もしかすると、自分が過去へ戻ったことで既に何かが変わり、このまま何も起こらないまま一度目とは異なる未来へ辿り着く可能性だってあるのかもしれない。そうであってほしいと願わずにはいられなかったものの、一度目の人生でアルテミスが命を落としたという事実だけは、どれほど願ったところでリリアの記憶から消えてはくれなかった。

 だからこそ、何も見つからないから大丈夫だと決め付け、その結果として再び母を失うことだけは絶対にしたくなかったのだ。


 リリアは玄関広間の窓から外に視線を向け、敷地の向こうに見える騎士たちの姿を暫く眺めた後、ゆっくりと自室へ戻るため歩き出した。


 今はまだ何も見つかっておらず、誰が母を狙っているのかも、本当に誰かが狙っているのかさえ分からない。ラミアへの疑いについても、一度目の人生で知った彼女の姿だけを根拠にしている部分が大きく、今のラミアが何かを企んでいると断定できる材料はなかった。


 それでも、以前のように自分一人で抱え込んでいるわけではなく、今は自分だけでは届かないところへ手を伸ばしてくれる者がいる。何かが起きてから後悔するのではなく、その前にできることを一つずつ増やしていけるだけでも、これまでとは違っていた。

 それで本当に未来を変えられるのかはまだ分からないものの、母が生きている今なら少なくとも諦める理由などどこにもない。


 今度こそ間に合わせる――その思いだけを強く留めながら、リリアは自室へと向かって歩いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[今度はあなたと共に]の短編版・今度は貴女を愛さない今度は君を幸せに ※番外編→貴方を絶対に離さない                                              新作短編作品: 百番目の死神                                                                                          連載中作品: ヒロインの座、奪われました                                   ↑クリックで作品ページに飛びます。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ