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事件発生から数日。色々情報を集めようと現場周辺や被害者が通っていた大学、そして彼のアルバイト先の居酒屋等地道に捜査を続けたが、中々手掛かりを得られずにいた。被害者の交友関係等も調べてみたが、彼は特に目立ったトラブルも抱えておらず、周りの人間との関係はとても良好だった様だ。前の被害者達との接点や共通点も特に見当たらない。捜査はかなり難航していた。
「はぁ・・・。これだけあちこち調べ回って手掛かり無しなんて・・・。参っちゃいますよね・・・。」
眉尻を下げ困り果てた表情を見せる横井。中々犯人に繋がる情報を掴めず、もどかしいのだろう。
「諦めずに捜査を続けていれば、きっと犯人に辿り着ける。さぁ、もう一頑張りするぞ。」
俺は横井を励まそうと、彼の肩をバシッと叩きながら力強く語り掛ける。そんな俺の言葉に、横井は笑いながら「はいっ!」と元気良く返事をする。
被害者が住んでいたアパート周辺を聞き込み捜査していた俺達が次に向かったのは、“葛の葉庵”という製菓店だった。
「済みません。少々お聞きしたい事があるのですが・・・」
話を聞こうと入った店内で、俺は思いがけない人物と出会う。
「いらっしゃいませ!」
此方に振り返り爽やかな声で俺達を出迎えたのは、何と事件現場で見かけたあの少年だった。
「君は・・・現場に居た少年!!」
「えっ?」
ビシッと指差し大声を出す俺に、少年はきょとんと不思議そうに首を傾げる。そんな少年にズンズンと大股で近付くと、俺は彼の肩をガッと思い切り掴んだ。
「切り裂き魔事件について、何か知っているんじゃないのかっ!もし知っているなら、話してくれっ!!」
ブンブン肩を揺すって問い詰める俺を、少年は困惑の表情で見つめ返す。
「ちょっ、片瀬さん!?何やってるんですかっ!?」
「お客様、落ち着いて下さいっ!」
横井と黒い長髪を束ねた店員が少年を揺さぶり続ける俺を制止しようとする。その直後に、他の店員達も騒ぎを聞いて慌てて駆け寄って来る。その中には俺が見たもう1人の外はね茶髪の青年も居た。
「あっ、君も現場に居たなっ!知っている事を教えてくれっ!!」
目を鋭く光らせズンズン近付いて行く俺に、茶髪の青年は顔を強張らせながら後退る。そんな俺を横井が引き留めようと必死に押さえるが、俺は彼を引き摺りながら必死の表情で青年の方へと一歩ずつ進んで行く。俺の圧迫する様な気迫にたじろいだ青年は白い髪の青年の許にピュッと走って助けを求めようとするが、「自分で何とかして下さイ。ファイト、騰蛇☆」とスッパリ断られてしまう。そんな白髪の青年に、茶髪の青年は「薄情者ぉ・・・。」と恨めしそうに呟いていた。2人に迫るのを止め俺が落ち着きを取り戻したのは、それから10分後の事だった。
「す・・・済まなかった。俺達は今“切り裂き魔事件”について調べていてな。君達に事件に関して知っている事を聞きたかっただけなんだ。」
深々と頭を下げ謝る俺を、土御門君達は笑って許してくれた。捜査に必死になる余り市民をビビらせてしまうなんて・・・刑事として恥ずべき行いをしてしまった。
「あの・・・片瀬さん。御協力したいのは山々なんですが・・・僕も、騰蛇も、事件については何も知らないんです。本当に済みません。」
申し訳無さそうに眉尻を下げ、私に語り掛ける土御門君。態度や雰囲気も温厚で優しく、とても悪い人間には見えない。・・・しかし、あの事件現場で見かけた時、彼等は他の見物人達とは違って見えた。俺達や他の人々には見えていない事件の真相が、彼等には見えている気がした。・・・俺の気のせいだろうか?
「本当に・・・何も知らないのか?何故捜査をしていた時現場近くに居たんだ?」
俺が真剣な眼差しで問い掛けると、土御門君は「済みません。本当に伝えられる事は何も無いんです。」と困った様に微笑みながら答える。
「2人にはその現場近くまで買い物に行って貰っていた。恐らく、人が集まっているのを見て、様子を見に行ったのだと思う。」
貴人君が淡々とした口調で答える。
「・・・そうか。では最後に一つ。実は、黒いパーカーを目深に被った男が容疑者として浮上しているんだが・・・君達はそんな恰好をした男を見なかったか?」
横井が少し緊張した表情でちらりと此方に視線を向ける。“黒いパーカーの男”というのは、勿論俺の出任せだ。もし彼等が事件に関わりがあるのなら、今の俺の発言が嘘だと直ぐに分かる筈だ。何か反応を示すかもしれない。
「黒いパーカーの男?・・・可笑しいな。犯人は目に見えない筈なのに・・・。」
首を傾げぽつりと小さく呟いた騰蛇君の言葉を、俺は聞き逃さなかった。俺は目をギラリと光らせ、騰蛇君の方にズイッと近寄った。
「確かに・・・犯人の姿は監視カメラに映っていないし、目撃者も居ない。どうして犯人が姿を見せずに犯行を行う事を知っているんだ?・・・やはり、君達何か隠しているな?」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべ問い詰めると、騰蛇君は「やっ・・・やべぇ・・・。」と片手で口を押さえて呟きながら、焦った様に視線を逸らす。そんな騰蛇君を、葛の葉庵の人々は憐憫の目で見つめている。勾陳君は「・・・何やってんだ、アホ騰蛇。」と眉間に皺を寄せ舌打ちしている。勾陳君の言葉を受け、騰蛇君は彼をキッと鋭く睨み付ける。
「・・・分かりました。本当の事をお話します。」
騰蛇君に詰め寄る俺に、土御門君が真剣な面持ちで語り掛ける。
「信じるか、信じないかは御二人にお任せします。」と、彼は一言述べて話を切り出した。
「僕達は独自に切り裂き魔事件について調査していたんです。犯人の目星もついています。」
「!?本当かっ!一体、誰なんだっ!!」
俺達が何日もかけて捜査しても手掛かり1つ見つけ出せなかったのに・・・。どんな手を使って犯人を突き止めたのだろう・・・。いや、それより今は情報を手に入れて犯人を捕まえるのが先だ。
俺は身を乗り出して土御門君の次の言葉を待った。横井も息を呑んでしっかり耳を傾ける。
「犯人は、“鎌鼬”という名の妖怪です。鎌鼬はとても鋭利な刃を持ち、どんなものでも切り裂くことが出来るんです。監視カメラに犯人が映っていなかったり、目撃者が居ないのは、鎌鼬が普通の人間には見えない妖怪だからです。」
静かに語られた言葉に、俺は話が呑み込めず一瞬呆然としてしまう。横井も衝撃の余り目を大きく見開き口をパクパクさせている。
「人を揶揄うのも大概にしろっ!!空想話に付き合う程、俺達は暇じゃないっ!!」
キッと睨み付けながら大声で怒鳴る俺を、土御門君は真っ直ぐ見つめてくる。
「・・・貴重な情報、感謝する。行くぞっ、横井!!」
俺はふんっ、とそっぽを向け荒々しい足取りで店を出る。横井は申し訳無さそうに葛の葉庵の人々にぺこりと頭を下げると、急いで俺の後を追った。
「・・・妖怪なんて、存在する訳ないだろっ!!」
俺は仏頂面で呟きながら、怒りをぶつける様にドカドカ力一杯踏み締め歩いて行く。横井はそんな俺を気遣う様にちらちら上目遣いで見ながら横に並んで歩く。
絶対に犯人を捕まえてやるっ!!
事件解決への熱意にギラギラと燃える俺は、更に捜査を続けようと勇んで次の聞き込みに向かったのだった。