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葛の葉奇譚  作者: 椿
第8章:京都戦乱―後編―
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8

 二条城二の丸御殿―其処に集う4人の男達は、ピリピリとした敵意を向けて睨み合っている。

 ・・・一気に近付いて、牛鬼から素早く魂を奪い取る!

 僕は自身を妖狐の姿へと変化させると、ググッと体勢を低く構え、体のばねを利用して勢い良く飛び出した。僕は一瞬で距離を詰めると、彼目掛けて青い焔を纏った鉤爪を振り下ろす。牛鬼は瘴気を圧縮した刃で焔の爪を受け止めると、力強く跳ね返した。僕は床に手を付き体勢を整え直すと、もう一度彼に向かって爪を突き立てようと試みた。しかし、瘴気の刃の陰から現れた彼の姿は、僕の良く知る人物の姿に変貌していたのだった。

 「俺を殺す気か、晴支?」

 「!?」

 僕が刃を向けた先に居たのは―静かに笑みを浮かべる壮吾の姿だった。僕は彼の姿が牛鬼の幻術だと分かっていても、思わずぴたりと手を止めてしまう。僕が動揺した一瞬の隙を突いて、牛鬼は黒い瘴気を正面から思い切りぶつけてきた。

 「ぐはぁっ!?」

 「あははっ!俺をもっと楽しませてよ、晴支っ!!」

 牛鬼は僕を床にズドォンッと押し倒すと、零距離で瘴気を爆発させた。

 「晴支っ!?」

 貴人が僕の許に駆け寄ろうと一歩踏み出す。すると、貴人の足下から竜巻が巻き起こり、彼の体を切り裂いていった。

 「彼奴の遊びの邪魔をさせる訳にはいかねぇ。悪いな。」

 一目連が貴人の方へとゆっくり近付いて行く。貴人はそんな彼に冷たく鋭い視線を向ける。

 「なら、お前から片付けてやろう。」

 貴人の中の浄化の力が一気に増幅する。貴人の真っ直ぐな髪がふわりと揺れる。

 「やれるもんならやってみろ!!」

 一目連は両手に風の刃を出現させると、貴人目掛けてシュッと放つ。貴人は放たれた風の刃を体を少し反らしてヒュッと躱す。一目連は後方に風を勢い良く放ち、貴人の傍まで飛んで行く。そして貴人の目前まで迫ると、風を纏った蹴り技で襲い掛かる。貴人は浄化の光の幕で攻撃を防御すると、一目連が次の攻撃態勢に入る前に浄化の光を込めた波動を彼にぶつける。

 「ちっ。痛ぇな、この野郎!」

 ダメージを受けふらりとよろめいた一目連は体勢を崩したままの状態で風と電撃が絡み合った波動を貴人に向けて放つ。

 「うっ・・・貴人・・・」

 貴人に向け更に攻撃を仕掛けようとする一目連を止めようと、僕は“縛”の術を唱える。光の鎖によって縛られた一目連は動きを封じられてしまう。貴人は拳に浄化の光を集中させると、一目連の顔を力一杯殴った。

 「戦闘中によそ見なんていけませんよ。」

 ふらりと立ち上がる僕の背後から、六合の姿をした牛鬼が瘴気の刃を突き立てる。僕は鉤爪で瘴気をパシッと払った。そして、「あれは六合じゃない!」と自分に言い聞かせながら青い焔を牛鬼目掛けて放った。牛鬼は瘴気の刃で防御すると、僕の額に人差し指をトンッと当てた。

 「悪夢を見せてあげるよ。」

 二の丸御殿がぐにゃりと歪む。事態が呑み込めず警戒を強める僕の前に現れたのは、葛の葉庵の庭だった。

 「どうして・・・僕は二条城に居た筈じゃ・・・」

 動揺を隠せずきょろきょろと見廻す僕だったが、縁側から楽しそうに走って出て来る小さな子供達の姿にふと目を留める。庭に出てはしゃいでいるのは、小さい頃の僕と壮吾と・・・亡くなった兄さんだった。少しずつ近付いてみるが彼等が僕に気付く気配は無い。どうやら僕の姿は見えていない様だ。店の中に入り様子を見てみると、十二天将達と一緒に調理場で作業している両親の姿があった。

 僕が見ているのは過去?それとも、幻覚を見せられているのか?

 僕は懐かしく温かい光景に手を伸ばす。しかし次の瞬間、すべてが焔に飲み込まれてしまったのである。

 「!?」

 目の前で倒れる両親と兄さん、そして神崎さんは酷い怪我を負い出血している。そんな彼等に天逆毎の魔の手が伸びる。 

 「この野郎ぉっ!!」

 騰蛇と勾陳が同時に天逆毎に飛び掛かるが、天逆毎の爪が彼等を深く切り裂く。

 「止めろ・・・止めろぉっ!!」

 天逆毎を止める為に掴み掛かろうとするが、僕の体は彼女の体に触れる事無くすり抜ける。直後に壮吾と天空が刀を構え、斬撃を加えようと迫って行く。しかし、天逆毎は2人の攻撃をひらりと躱し、2人に己の覇気をぶつける。貴人の浄化の光や白虎の雷もものともせず、彼女は笑いながら暴れ続ける。六合の植物や太陰の氷でも、彼女は止められない。1人、また1人と葛の葉庵の皆が傷付き倒れていく。

 「・・・ああ゛・・・ああ゛あ゛・・・うわあああ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 僕は目の前の惨劇に耐え切れず、頭を抱え悲痛な叫び声を上げる。絶望が僕の全身を支 配していく。

 「脆いね、晴支。幻術でちょっと揺さぶりをかけただけでこんなにショックを受けるなんてさぁ。」

 牛鬼は冷酷な笑みを浮かべながら、黒い瘴気の刃で僕の両腕や脇腹を切り裂いた。

 「ぐあぁ!?」

 「あんたは直ぐには殺さない。じっくり甚振って、苦しめて・・・少しずつ壊してあげるよ。」

 牛鬼の目が狂気じみた光を帯びる。牛鬼は幻術と黒い瘴気で僕の心を、体を、残虐に攻撃し続ける。

 「晴支っ!目を覚ませっ!君が見ているのは、唯の幻だ!!」

 貴人が大声で呼び掛けるが、牛鬼の幻術がその声が僕に届かぬ様妨げる。

 「無駄だよ。どんな言葉も、晴支を俺の幻術から救い出す事は出来ない。」

 抗い、もがく僕達を嘲笑う様に語り掛ける牛鬼を、貴人は冷たく刺す様な鋭い目付きで睨み付ける。

 「牛鬼・・・貴様っ!!」

 貴人が僕を助けようと牛鬼に向けて浄化の光を放とうとする。しかし走り出した貴人の片足を、深手を負って倒れていた一目連が強く掴み、掴んだ足下から雷を纏った竜巻を巻上げる。

 「ぐっ・・・放せ!!」

 貴人は竜巻により傷を負いながらも、一目連に向けて浄化の光を放つ。貴人は牛鬼の傍まで接近しようとするが、黒い瘴気の刃と爆発に阻まれ、距離を詰めることが出来ない。


 僕は牛鬼の幻術に囚われ、悲しみから抜け出せずにいた。

 ・・・また僕は大切な人達を護れないのか?全て奪われてしまうのか?

 倒れる仲間達の前で屈み、涙を流しながら歯を食い縛る。

 嫌だ・・・。もう誰も失いたくない。1人ぼっちは嫌だ・・・。

 暗い闇の中で、僕は顔を俯かせ打ちひしがれていた。

 “大丈夫。貴方は1人じゃありません。”

 「!?この声は・・・」

 牛鬼の幻術に苦しむ僕の頭の中で、突然声が響く。とても穏やかで優しい声・・・僕はこの声をよく知っている。声を聞いて少し落ち着きを取り戻した僕の目の前に、白く輝く光が現れる。温かい光が、僕の悲しみや苦しみを溶かしていく・・・。僕は目をギュッと閉じ、己の中にある妖力を解放した。


 「何!?」

 突然僕の体から青い焔が勢い良く放たれ、牛鬼は戸惑い眉を顰める。僕は動揺する牛鬼の腹に焔を纏った強烈な蹴りを喰らわせる。

 「がはぁっ!?」

 牛鬼は後方に吹き飛ばされるがくるりと体勢を整え片膝をついて踏ん張る。そしてダメージを受けた御腹を押さえながらゆらりと立ち上がった。

 「ちぇっ。良い所で邪魔しやがって。」

 牛鬼は瓶の中の魂を不愉快そうに睨み付けると、魂を破壊しようと握る手に瘴気を込めようとする。

 「させないっ。」

 僕は神崎さんの魂を護ろうと牛鬼に飛び掛かり焔の鉤爪で魂を持つ手を斬り付けた。斬られた痛みで手放された魂を、僕は片手をグッと伸ばして何とかキャッチした。しかしその直後、体勢を崩して防御が出来ない僅かな隙を突いて、牛鬼が僕の背中を黒い瘴気の刃で深く抉り斬った。

 「晴支っ!?」

 貴人は僕の許に駆け寄ろうと浄化の光で黒い瘴気を払い除ける。激痛で意識が朦朧となった僕は、その場にバタッと倒れ込む。牛鬼は更に追い打ちを掛けようと黒い瘴気の刃

を一斉に放ったのだが―青い焔が壁となって立ちはだかり瘴気の刃を弾き返してしまう。

 「君は本当に血の気が多いね、牛鬼。」

 むくりと起き上がりゆっくりと語り掛ける私を、牛鬼は訝しむ様に睨み付ける。

 「!?お前・・・」

 「晴支を苛めて遊ぶのは、止めて貰えないだろうか?」

 私は柔らかな笑みを浮かべながら、牛鬼をじっと見据えた。彼は両手で顔を覆うと、少し肩を震わせながら楽しそうに大声で笑い始める。

 「・・・ハハッ・・・アハハハハハハハッ!!会いたかったぜぇ・・・せぇいめぇぇぇぇいっ!!」

 牛鬼はギラリと目を光らせ、残虐さと憎しみに満ちた目で私を真っ直ぐ見つめ返してくる。状況を打開するために、私は晴支の意識が途切れると同時に彼の体を借りて表に出て来たのだ。牛鬼は両手に瘴気を込めると、私の傍まで接近し爆発させる。

 「俺は待ってたんだ・・・。あんたが晴支の中から出て来るのを・・・。今度こそ、あんたを滅茶苦茶に壊してあげるよ!!」

 牛鬼は怒涛のスピードで瘴気の刃と爆発を使った攻撃を仕掛け続ける。私は防御の陣で彼の攻撃を受け止め凌ぐ。

 「あの時あんたから受けた痛みと屈辱・・・此処でじっくりと晴らしてやる。」

 「今でもよく覚えているよ。君の暴れっぷりは凄まじいものだった。」

 私はくすりと笑いながら空いている方の左手で印を結んだ。すると、牛鬼を囲う様に3つの青い焔の輪が現れる。

 「なっ・・・体が・・・!?」

 牛鬼は焔の輪の中でもがくが、身動きを取る事が出来なくなった。体全体に精一杯力を込めるが、ぴくりとも動かない。

 「輪柱“天ノ焔”」

 呪文が唱えられた直後、輪の青い焔は渦を描く様に燃え上がり巨大な焔の柱となる。中に居る牛鬼を飲み込む焔の柱が天高く伸びていく。

 「ぐぁあああああ!?」

 灼熱の焔に身を焼かれ、牛鬼が悲痛な呻き声を上げる。全身に火傷を負った牛鬼はその場に膝をついて苦し気に荒い呼吸をする。

 「コ・・・ロス・・・殺す!殺す!!殺す!!殺す!!ぶっ殺す!!!」

 抑え切れない怒りをぶつける様に、辺り一帯を瘴気で切り裂き、爆発させる牛鬼。牛鬼の瘴気による攻撃が部屋の柱にぶつかり、柱がボキリと折れてしまう。ズズンッと重い音を立て建物が軋み、柱が私と貴人に向かって倒れそうになる。牛鬼は建物が悲鳴を上げているのにも構わず部屋の中で暴れ続け、周りに人を寄せ付けない状態だ。

 ・・・このままでは二の丸御殿が崩れてしまう。

 柱が倒れぬ様に紙人形の式神達を取り出そうとしていると・・・突然床の下から木の根が伸びて来て柱に巻き付き倒れるのを防いだ。

 「2人共!大丈夫か?」

 信楽が部屋の前から声を掛けてくる。信楽は部下の狸達に部屋の前で待機する様に命じ

ると、牛鬼の攻撃に注意しながら此方に近付いて来た。

 「お前は・・・晴明だな。これは一体・・・何が起こっているんだ?」

 信楽は私と牛鬼を交互に見つめながら困惑した様子で問い掛ける。

 「牛鬼に深手を負わせる事に成功したのだけど・・・彼、ブチ切れてしまってねぇ。」

 ふわりと笑いながらのほほんと説明する私の言葉を聞いて、信楽は「おいおい・・・勘弁してくれ。」とぼそりと呟きながら葉っぱを構える。血走った目で私を睨み付け近付こうとする牛鬼を迎え撃とうと、私達3人は身構える。しかし、牛鬼の腕を一目連が強く掴む。

 「!?止めんなっ、一目連!彼奴を殺さないと怒りが治まらないっ!!邪魔するなら、お前も唯じゃおかねぇぞっ!!」

 一目連の制止を振り解こうと牛鬼がもがく。物凄い力で暴れる牛鬼を、一目連は抱え込み何とか抑える。

 「俺もお前も、ダメージが大きい。今日はもう引くぞ。」

 異空間を呼び出し、牛鬼を無理矢理押し込める。「せぇいめぇぇぇぇいっ!!」と私の名を大声で叫びながら牛鬼は姿を消した。一目連もその直ぐ後に異空間に入り離脱していった。

 「懐かしいね、貴人。よくこうやって一緒に妖退治をしていたね。信楽も、久し振り。」

 敵が去り静けさを取り戻した部屋の真ん中で、私は微笑みを浮かべながらまったりとした口調で2人に語り掛けた。以前と少しも変わらないのんびりとした私の様子に、貴人も、信楽も、フッと気の抜けた様に小さく笑う。

 「厄介な妖が動き出した様だね。」

 破壊され、荒れてしまった広間を見つめながら、私は深刻な面持ちで呟いた。天逆毎との血生臭く激しい死闘の記憶が蘇る。

 「・・・これから、苦しい闘いになるな。」

 そう一言述べた貴人の表情は、重々しいものだった。今回の一件は、まだほんの始まりに過ぎない。天逆毎が本気で私達を潰しに掛かれば、尋常でない程の被害が出るかもしれない。それでも・・・晴支や十二天将達ならば、天逆毎を祓い、人々を護り通す事が出来ると、私は信じている。

 「信楽。これからも、葛の葉庵の皆が困っている時は力を貸してあげて欲しい。」

 私は信楽の方に近付くと、顔を覗き込む様な上目遣いでにこっと笑いお願いした。

 「勿論だ。約束しよう。」

 ポンと肩に手を置き静かに答える信楽。そんな彼に、私は「有難う。」と感謝を述べた。

 「晴支や皆の事、頼んだよ。貴人。」

 「ああ。任せておけ。」

 私の言葉に、貴人は力強い真っ直ぐな眼差しで答える。私は彼に向かいにっこりと笑い頷くと、晴支の心の奥深くへと戻って行った。


 晴明の意識が僕の中に下がった直後、僕は力を使い過ぎた事による疲労でそのまま眠りに落ちてしまう。

 「貴人、後始末は俺達でやっておく。晴支と神崎の魂を連れて、先に賀茂家の屋敷に戻ってくれ。」

 信楽先生は狸に修復の指示を出しながら、僕達を気遣って貴人に提案する。

 「済まない、信楽。後は任せた。」

 貴人は眠る僕を抱き起こすと、優しく背中に負ぶう。

 「よく頑張ったな、晴支。」

 眠る僕にそっと呟くと、貴人は僕と神崎さんの魂を連れて賀茂家へと歩き始めた。



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