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夕日が眩しく輝く葛の葉庵の縁側。そこに響くのは元気に走り回るドタドタという足音と、明るい笑い声。声の主である少年は勢い良く飛び跳ねると、前をちょこちょこと走っていた小さな家鳴に飛び掛かる。
「家鳴、捕まえたっ!」
「ぴぃや!」
顔の前に抱きかかえると、家鳴達は楽しそうにケタケタと笑い、頭や肩の上にぴょんと移動する。そんな家鳴の様子を見て、おいらも大きな声ではしゃぐ。
おいらの名前はハク。この葛の葉庵に住んでいる狐の妖だ。今はまだ小さい子狐だけど、近い将来、晴支の様に狐火や変化の術等の妖術を使いこなせる立派な妖狐になってやるのだ。身長だって、いつか六合を見下ろせるくらい大きくなる筈だ!
「ハク~?何処に居るんだ~?」
「!」
自分の名を呼ぶ声に気付き駆け寄って行くと、廊下の陰から六合が現れた。噂をすれば何とやらだ。(この前白虎に教えて貰ったのが、確かこんな諺だった筈だ。)
「ハク。すまないが、お使いに言って来てくれないか?」
そう言って六合が差し出してきたのは1つのメモ。そこには買って来る物のリストが記されていた。
「ん~と・・・味噌・・・マカロニ・・・ベーコン・・・それと、油揚げ。これを買って来れば良いの?」
メモを見ながら問い掛けるおいらに、六合はこくりと頷く。
「ああ。近所の商店街で買って来て欲しいんだ。お願い出来るか?」
しゃがんで此方の様子を窺う様に問い掛ける六合。そんな六合に、おいらは元気良く返事をする。
「大丈夫!おいらに任せて!!行こう、家鳴!!」
「ぴぃ!」
勢い良く走り出そうとするおいらの肩を、「ちょっと待て。」と掴んで呼び止める。
「狐の耳や尻尾は出したら駄目だぞ。人に見られたら大変だから。」
両肩を掴んだまま念を押す様に告げる六合。おいらはその言葉に「分かった。」とこくりと頷く。「行って来ます!」と元気よく手を振り外に出るおいらを、六合は「行ってらっしゃい。」と手を振り返しながら見送ってくれた。
「・・・ハク、大丈夫だろうか。」
数匹の家鳴を連れて明るく走って行くハクの後ろ姿を見送りながら、ぽつりと呟く六合。そんな彼の心配を、当の本人は全く気付いていないのだった。
「あら、ハクちゃん。お使い偉いね。コロッケをサービスしてあげるから、良かったら食べな。」
「本当!有難う、おばちゃん。」
ベーコンを買いに行ったお肉屋さんで、店主のおばちゃんがコロッケをくれた。にこっと笑ってお礼を言うと、おばちゃんも嬉しそうに「熱いうちに食べな。」と言った。
「頼まれた物は全部買い終わったし、あそこのベンチに座って一緒に食べようか。」
「ぴぃ♪コロッケ、食べたい!」
近くにあったベンチに座り、コロッケを取り出そうとしていると―
「にゃあ!」
「わぁあ!?」
突然植え込みの陰から猫が飛び掛かって来た。
「ぴゃあ!?何するんだよぅ!?」
猫はおいらの頭の上に乗っていた家鳴をパクッと銜えると、そのまま走り去って行く。
「!?待て!家鳴を返せ!!」
おいらは一緒に居た家鳴達を伴い急いで後を追い駆ける。猫はちらりと此方に視線を向けると、プイッとそっぽを向いて道を横切り、公園の中へと入って行った。飛び掛かろうとしたら、猫は植え込みの奥へと逃げて行ってしまう。
「このっ!逃げるなっ!!」
おいらは猫の動きを止めようと、己の手の平に狐火を出現させそれを猫の進行方向に向かってブンッと投げる。
「ギニ゛ャ゛ァ゛!?」
「うわぁ!?」
狐火を投げた植え込みの方角から2つの悲鳴が聞こえてきた。1つは明らかにさっきの猫だけど・・・。もう1つの声は人間の子供の声だった。
「やばい!人に当たっちゃったかも・・・。」
火力はかなり抑えてあるので火傷や怪我は無いと思うけど・・・。
慌てて植え込みの奥に飛び込むと、そこには猫と捕まっていた家鳴を抱えて地面に座り込む1人の少年が居た。
「ごっ、御免っ!おいら人が居るのに気付いてなくて・・・。大丈夫?」
「うん、俺は大丈夫。それより・・・あんたはこの子を助けようとしてたんだろ?」
少年はおいらが差し出した手に捕まり起き上がると、抱いていた家鳴をおいらの方に近付ける。
「家鳴!無事で良かったぁ~!!・・・っていうか、家鳴のこと見えるの?」
家鳴は普通の人間には見ることが出来ない筈なのに・・・。どうしてこの少年は家鳴の存在が分かるのだろう?
驚きで目を見開くおいらに、少年は一瞬考え込む様に視線を少し逸らし、そして口を開く。
「俺さ、実は幽霊とか・・・そういう不思議なものが見える体質なんだ。だから、この子のこともはっきりわかるし、狐の耳と尻尾が生えた男の子が現れても驚きはしないよ。」
少年は落ち着いた様子で静かにそう語りながら、おいらの姿をちらりと見つめる。
狐の耳・・・。尻尾・・・。
おいらは自分の耳と御尻にそっと触れてみる。ふさふさとした毛並みの感触が手に伝わってくる。
「おっ・・・おいらっ、つい耳と尻尾出しちゃった!?人前で出しちゃ駄目って言われてたのにっ!!六合に怒られる・・・!!」
耳と尻尾をぴょこぴょこと動かしながらあたふたしていると、少年はおいらの肩にポンと手を置き、「ちょっ、落ち着きなよ。」と声を掛ける。
「俺は怪異とかには慣れてるから、気にしないよ。」
妖怪とか怪異を見慣れているなら・・・大丈夫かな・・・。本人も気にしないって言ってるし・・・これはセーフだよな。
「さっきは御免な。おいらはハク。こっちの小さい小鬼達は家鳴って言うんだ。」
おいらは耳や尻尾を隠すと、片手を差し出し名を名乗った。家鳴達も少年の方に近付きながら「ぴぃ!」、「宜しく!」と賑やかに話し掛ける。
「俺の名前は楓。小学6年生。宜しく。」
楓はにこりと微笑みながら、おいらや家鳴達と握手をしてくれた。自己紹介を終えたおいら達は近くのベンチに腰掛け、お肉屋さんのおばちゃんから貰ったコロッケを分け合いもぐもぐと食べ始める。
「ふぅん。買い物途中にこの猫に捕まって・・・災難だったね。」
楓はそう語ると、周りに集まっている家鳴達や横で香箱座りをして寛いでいる猫を優しく撫でる。
「家鳴が連れて行かれた時は本当に焦った!この猫結構すばしっこかったし。」
コロッケを頬張りながら猫の頬をぷにっと軽く引っ張ってみるが、猫は気怠そうに此方に視線を向けるだけで何もしてこない。されるが儘だ。
「あのさ・・・さっき火の玉を投げてたけど、ハクは何の妖なの?」
顔をズイッと近付け興味津々の様子で尋ねる楓。そんな彼に、おいらはフフンッと誇らし気に胸を逸らす。
「おいらは狐の妖なんだ!楓には特別に、おいらの妖としての姿を見せてやるよ!!」
おいらはぐっと自身の体に力を込めると、その身を本来の妖狐の姿に変化した。
「わっ!狐の姿になった!!・・・毛並すっごいもふもふ!!さっ・・・触っても良い!?」
目を輝かせ、触りたそうにうずうずしている様子の楓の言葉に、おいらはこくりと頷く。
「おぉ!ハクの毛並、すっごく気持ち良い!!」
おいらの背中をゆっくりと撫でながら、楓は少し燥ぎ気味に話し掛ける。動物、好きなのかな?こんなに喜んでくれると、此方も嬉しくなってくる。
「でも妖怪が見える人に出会うことって滅多に無いから、こうして楓とお喋り出来て嬉しいよ。」
楓の膝の上で尻尾をぱたぱたと振りながらそう言うと、楓は照れ臭そうに笑った。
「俺も、ハクや家鳴達と一緒に遊ぶの楽しいよ。今まで家族以外に妖が見えることは打ち明けたことが無かったから、ちょっと不思議な感覚がするけど。」
「楓の家族は、妖が見えること知ってるんだ?」
はにかみながらぽつりと呟いた楓の言葉に、おいらは思わず問い掛ける。すると、楓はこくりと小さく頷いた。
「俺の姉ちゃんも妖が見える人なんだ。だから俺の家族はこの世界に妖が居ることを知ってる。でも大半の人は妖の存在を知らないから、他の人の前では妖のことは言わない様にしてたんだ。まぁ、幽霊だって気付かずに反応して、周りの人に不思議がられることは時々あるんだけど。」
“他の人に見えないものが見える”というのも、意外と大変なんだろうか・・・?
「楓はおいらや家鳴の正体が妖であることを知っているし、おいら達は楓が妖を見ることが出来ることを知ってる。つまり、おいら達はお互いのひみつを共有する仲間ってことだな!!」
顔をズイッと近付け大きな声で力強く語るおいらの言葉に楓は目を大きく見開く。
「秘密を共有する仲間・・・うん、そうだね!何か“秘密を共有”って言葉の響きがミステリアスで格好良いね。」
顔を見合わせ、ハハハと笑い合うおいらと楓。そんな2人の周りに集まる家鳴達も、ぴぃぴぃと嬉しそうに喋る。
家鳴が狙われた時は時は正直困ったけど、楓と仲良くなる切っ掛けを作ってくれたこの猫には感謝しなくちゃいけないな。
おいらは楓の横で寛ぐ猫に感謝の意を込めて背中を撫でた。肉球によるマッサージが気持ち良かったのか、猫は満足気な表情を見せる。
そんな風にまったりとした時を過ごしながら、おいらと楓は会話に花を咲かせるのだった。




