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家庭科室に入った僕達の目の前に立つのは、1人の少女。彼女は僕達のことをギロリと睨み、禍禍しい気を放つ。彼女の放った気は暴風の様な凄まじい威力で僕達を吹き飛ばそうと襲い掛かる。その衝撃に踏ん張って耐えた僕達は、彼女の様子を窺いながら身構える。
「許せない・・・。皆・・・消えてしまえば良い!」
恨めしそうに呟きながら、少女はスッと手を上げる。すると、調理台の上や食器棚の中の包丁やお皿、フライパン等が一斉にフワッと宙に浮く。そしてその手を前に下ろすと同時に、それらは僕達に向かって一斉に飛んで来た。僕は防御の術で迫って来た調理器具から身を護る。信楽先生も、神通力を使いパァンッと勢い良く弾き飛ばす。壮吾も妖刀を出現させ、刃の峰で払い落としていく。次の攻撃に備えて、3人が身構えたその時―
「あれ、君達まだ居たんだ。此処で何をやっているんだい?」
突然の声に驚き、3人が扉の方に振り返ると、そこには八束先生の姿があった。壮吾は見られない様に妖刀をサッと隠す。
「やっ・・・八束先生・・・今、何か見たか?」
冷や汗を流しながら恐る恐る問いかける信楽先生。僕と壮吾も、緊張の面持ちで彼の答えを待つ。
「え?今来たばかりで・・・3人が立っている姿しか見てないけど?」
彼は不思議そうに首を傾げながら、普段通りのまったりとした口調で答える。
・・・僕達が力を使う所を見られてなくて良かった。
彼の答えに僕達はほっと安堵する。
「でも、どうして旧校舎に?」
「まさか肝試し・・・じゃあないっすよね・・・?」
僕と壮吾が問い掛けると、八束先生はにこっと笑って答えてくれた。
「いや、来月の宿泊訓練に関する資料を忘れて帰ってしまってね。取りに来た帰りに此処の前を通ったら、“ガシャンッ”ていう大きな音が聞こえたから・・・様子を見に来たんだよ。君達は?」
何気なく返された質問に、3人は一瞬ギクッと言葉に詰まる。
「あ~・・・2人が授業の内容で質問があると言うから、少し前まで色々教えていて・・・。それで、その帰りに旧校舎から物音が聞こえたから、3人で見に来たんだ。八束先生と似た様なものだ。な、2人共。」
ハハハと作り笑いをしながら2人に同意を求める信楽先生。僕達は、彼の言葉にこくこくと頷く。八束先生は深く追及することはせず、「そうなんだ。」とにこにこと笑顔を見せながら納得する。
4人でワイワイ話していると、パリンッと大きな音を立てて窓が1つ割れた。
「許せない・・・。」
少女の霊は、再び僕達を狙って包丁を投げつけた。その包丁が、僕目掛けて一直線に飛んで来る。払い落とそうと僕が構えていると―
「危ないっ!?」
八束先生が、僕の体をドンッと押して攻撃から庇う。その包丁は八束先生の脇腹をシュッと切り裂き壁にドスッと深く突き刺さる。
「うっ・・・。」
八束先生は、斬られた痛みで片手をつき蹲る。彼の脇腹の傷口から、紅い血がポタッと滴り落ちる。
「八束先生!?」
3人が急いで彼の下に駆け寄ると、八束先生は「大丈夫だよ。」と小さく呟く。
「鞄の中に包帯があるから・・・取ってもらえるかな?止血するから。」
八束先生の指差す先にあるのは、黒い鞄。1番近くに居た壮吾がパッと鞄を取って、その中から包帯を取り出す。
「八束先生、これ!」
壮吾が八束先生の方にポイッと包帯を投げる。彼はそれを受け取ると、自分の腹部をギュッと巻いていった。
「壮吾、八束先生を安全な所に。それと救急車も。」
「了解。」
壮吾は八束先生を立たせて出口へと連れて行く。
「ちょっ、君達は?」
八束先生は僕達の方に振り返り、心配そうに尋ねる。
「俺達なら、心配要らない。」
「僕達も直ぐ後に此処を出ますから。」
僕達がそう言うと、八束先生は「分かった。」と頷き、壮吾と一緒に家庭科室を後にする。
先生が出て行ったのを確認し、前方に視線を戻すと、少女の霊が憎悪の籠った目で僕達を威嚇してきた。
「どうして、あんなに強い憎しみを抱いているんだろう?」
「同僚の先生から聞いたことがある。以前いじめを受けた女子生徒が、この家庭科室で首を斬り自殺したそうだ。」
僕が疑問に思ったことを呟くと、信楽先生がちらりと此方を見て静かに答えてくれた。
「いじめた奴らも、私のことを見捨てたクラスメイトや教師達も・・・全て憎い。皆、消えてしまえば良い・・・。」
彼女の憎悪は膨れ上がる一方で、その怨念が強くなれば強くなる程、彼女の攻撃の威力が増していく。
「可哀想に・・・。抑え切れない程の大きな憎しみが、彼女をこの家庭科室に縛り付けているんだね。」
命を絶ってから長い月日が経った今も尚、 クラスメイトや教師達から非道な仕打ちを受けた記憶にこの少女は囚われているのだ。
「お前が解放してやれ、晴支。」
信楽先生は片手をポケットの中に入れながら、もう片方の手を僕の頭の上にポンッと軽く置く。
「はい。先生、援護をお願いします。」
「あぁ、任せておけ。」
少女の霊が、再び僕達に向けて包丁を一斉に放つ。すると信楽先生はポケットの中から沢山の葉っぱを一気に取り出し、素早くナイフに変える。そしてそれらのナイフを投げられた包丁に向けて飛ばす。ナイフはビュッと音を立てて疾走し、包丁をパァンッと弾き落とす。再び攻撃しようと少女が構えたその時―
「ぴぃやああああ!!」
窓枠や黒板等の上に上がった家鳴達が少女目掛けて飛び掛かって行った。家鳴に飛びつかれた少女は、驚いてじたばたと暴れ出す。少女の注意が家鳴に向いている隙を突いて僕は少女に向かってすかさず走り出す。髪の毛を引っ張ったり、噛み付いたりする家鳴達を振り払うと、少女は直ぐ手前まで近付いて来た僕の胸をグサッと一突きする。しかし、一突きした包丁は少女の腕ごとするんとすり抜け、僕の姿は霧散して消えてしまう。少女が僕だと思って攻撃したのは、信楽先生が作り出した幻術だ。本人だと勘違いしてしまう程の見事な幻術だった。そして、本物の僕は少女の後ろに姿を現すと、彼女に振り向く間も与えない程の素早さで背中に鋭い手刀を入れる。
「うぅっ!?」
少女はぐらりとよろめき、その場に膝をつく。手刀のダメージで直ぐに起き上がれず、後ろに振り向きキッと僕を睨む。
「浄き光よ、闇を滅し給え。急急如律令!」
僕が印を結び呪文を唱えると、光の柱が少女を包み込む。破魔の光は、少女の心の中に積もり積もった強い憎しみや恨みといった邪悪な怨念を全て祓っていく。破魔の術によって浄められた少女の霊は、この家庭科室の呪縛から解放され、消滅した。成仏する直前、彼女の顔が安らかな表情になった様に感じられた。
「無事少女の霊を成仏させることが出来たな。」
「晴支、信楽、大丈夫か?怪我無いか?」
信楽先生と家鳴達が僕の下に集まって来る。家鳴達が僕の頭や肩等に乗ったり、腕に捕まったりしてきたので、助けてくれたお礼を言って撫でてあげると、嬉しそうに「ぴぃ!」と鳴いた。
「ふぅ。八束先生が来た時は、どうなることかと思った。」
先生は片手を頭に当てて疲れ切った顔をしながら呟く。確かに、あの時は本当に焦った・・・。
「八束先生、大丈夫でしょうか。」
包丁で斬られて血を流していた・・・。酷い傷じゃなければ良いけど・・・。
「傷は浅い様だったから、多分大丈夫だろう。壮吾がついているし、救急車も直ぐ来る筈だ。」
「そうですか・・・良かった。」
信楽先生の言葉に、僕はほっと安堵の溜め息を漏らす。
「2人と合流しよう。病院にも付き添う必要があるしな。」
信楽先生は扉に向かおうと一歩踏み出そうとして、足をぴたっと止める。
「・・・これ、後でもう一度来て片付けないといかんな・・・。」
辺りに散乱している包丁や砕けた皿の破片等を眺め、面倒臭そうに言う信楽先生。その横で僕は紙人形の式神達を呼び出す。
「皆、此処の片付けをお願いして良いかな?」
僕がお願いすると、式神達はこくりと頷き、部屋の掃除を始める。その様子を見て、信楽先生は「ほう。」と感心しながら呟く。
「家鳴達も、此処で待っててもらえるかな?病院に付き添った後で、迎えに来るから。」
「うん、分かった。家鳴此処で待ってる!」
僕が話し掛けると、家鳴達はピッと敬礼をする。
「よし、じゃあ行こう。」
「はい。」
僕と信楽先生は家鳴達と式神を残し、2人の居る場所へと向かおうとする。扉を開けようとする直前、視界の端にしゅるしゅると何かが動いたことに気付き、ちらりと視線を向ける。すると、1匹の黒い蛇が割れた窓から外に出るのが目に入った。
「どうした?」
立ち止まった僕に、信楽先生が問いかける。
「いえ、何でもありません。」
僕はそう言うと、信楽先生の後に付いて家庭科室を出て行った。




