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葛の葉奇譚  作者: 椿
第4章:旧校舎の怪
38/127

5

 時刻は午後7時50分。待ち合わせ場所の裏門に着くと、信楽先生が先に来て待機していた。此処に向かう途中何回も見廻り中の御巡りさんと遭遇しそうになったが、うまく隠れながら無事辿り着くことが出来た。最近女性誘拐事件があった為か、警察はパトロールを強化しているらしい。

 「此処に来る途中、誰にも見つからなかっただろうな?」

 僕達のことをじぃっと見つめ、静かに問いかける信楽先生。僕達がこくこくと頷くと、「良し。」と一言喋り、背後に見える旧校舎の方へと体を向ける。

 「では、行くぞ。」

 信楽先生は裏門から少し距離を取ると、タッタッと助走をする。そしてタンッと勢い良く飛ぶと、裏門に軽く手を付き、門の向こう側にスタンッと華麗に着地する。僕達も彼に続き、同じ様にピョンと飛び越える。駐輪場を通り抜け、電灯の灯る道を進んで行く。

 「着いたぞ。」

 3人の目の前に現れたのは、3階建ての古びた建物。老朽化して少し黒ずんだ壁が、雨風や夏の暑さ、冬の寒さを何度も乗り越えながら旧校舎がいかに長い年月を過ごしてきたのかを表している。

 信楽先生は近くに植えてあった木から葉っぱを1枚プチッと採り、その葉っぱを片手で軽くギュッと握る。そしてその手を開くと、彼の手の上に1つの小さな鍵が現れた。信楽先生はその鍵を旧校舎のドアの鍵穴に差し込み、カチャリと回す。彼はドアを少し開け、中の様子を確認すると、僕達の方に振り返る。


挿絵(By みてみん)


 「玄関には誰も居ない。中に入るぞ。」

 僕達が小さな声で「了解。」と答えると、先生はゆっくりと扉を開き、玄関を通って土足のままつかつかと奥に入って行った。僕達も彼に付いて旧校舎の中へと進んで行く。

 「葉っぱを鍵に変化させるなんて、先生の変化の術は相変わらず凄い腕だね。」

 「変化の術は狸の代表技だからな。でも、お前の変化の術も大したものだぞ。」

 後ろから覗き込む様にして話し掛ける僕に対し、信楽先生は此方に視線は向けず前を向いたまま淡々と語る。

 今信楽先生が語った様に彼は人間ではない。彼の正体は“隠神刑部”という狸の妖なのだ。彼は808匹もの化け狸達を束ねる狸妖怪のリーダーである。彼は変化の術や幻術が得意で、神通力の使い手としてもかなりの実力者だ。普段はこの高校の教師として人間社会に馴染んでいるが、従えている狸達に何か問題が発生すると、「面倒臭い。」とぼやきながらも彼らの長として世話を焼き、解決している。(こう見えて、意外と面倒見が良いのだ。)定期的に皆で集まって、情報交換等もしているそうだ。葛の葉庵の皆とは古くからの知り合いで、昔からよく店のお菓子を買いに来てくれる常連さんでもある。僕と壮吾も彼らを通じて幼い頃に知り合って以来、先生とは長い付き合いになる。

 「でも、合鍵作って忍び込むなんて・・・これって不法侵入じゃないか?」

 壮吾は辺りをきょろきょろと見廻しながら、先生に問いかける。

 「誰にも知られなければ良い話だ。なぁ、そうだろ、壮吾?」

 信楽先生が壮吾の方に振り返り、小さな笑みを浮かべて静かに答える。壮吾を見る先生の目は鋭く光り、壮吾に無言の圧力を掛ける。先生の威圧感を前に、壮吾は視線を少し逸らして、「そうですね・・・。」と小さな声で答えることしか出来なかった。

 そんな風にお喋りをしながら廊下を歩いていると、僕は周囲に幾つか小さな気配を感知した。

 「近くに、気配を感じる。」

 僕が小さな声で2人にそっと伝える。僕達は少し警戒を強めながら、ゆっくりと前に進んで行く。僕達の後に付いて歩き続けていた壮吾だったが・・・

 「おわっ!?」

 何かに躓き、直ぐ前に居た僕に向かって倒れ込む。壮吾にぶつかった衝撃で僕も体勢を崩し、そのまま信楽先生も巻き込んでまるでドミノ倒しの様に床にズダンッと勢い良く衝突する。

 「あ痛ててて・・・。」

 「うぅ・・・。」

 「重い・・・。2人共早く退け・・・。」


 挿絵(By みてみん)


 何とか起き上がり周辺を探ってみると、足下に黒い糸が落ちていた。歩いて来るのにタイミングを合わせて、誰かがこの糸をピンと張って僕達を躓かせた様だ。暗がりで見えにくいのもあって直ぐに気付けなかった。黒い糸を3人でまじまじと見つめていると・・・

 「ドシンッてこけた!やーい!!やーい!!」

 キャッキャッと笑いながら僕達をからかう声が響いてきた。その場で立ち止まって様子を窺っていると、今度は教室の上の窓やごみ箱の裏等、様々な所から一斉に何か小さい物を投げつけられた。その内の1つをパシッと手に取って見てみると、それは薄い青色をした透き通った小さな硝子玉だった。悪戯の首謀者達は、色とりどりの硝子玉を腕や背中等体の至る所にコツンコツンと絶え間無くぶつけ続けてくる。

 「これってあれだよな!えっと・・・“ハジキ”!!」

 壮吾が「ひらめいた!」とばかりに大きな声で先生に話し掛ける。

 「だから、これは“おはじき”だ!“土師器”は古墳時代の土器だって言っただろう、この阿呆が!!」

 先生は葉っぱを手にしてハリセンに変化させると、それで壮吾の背中を勢い良くしばく。スパァンッ!という気持ちの良い音と、「痛っっってええええ~~~っ!!」という壮吾の悲痛な悲鳴が廊下に響き渡る。すると、先生の凄まじい気迫にびびってしまったのだろうか、おはじき攻撃が突然ぴたりと止まる。しぃぃんと一瞬の沈黙が流れる。

 「ぴぃえええ!あのおじさん、怖いっ!!」

 大きな泣き声が沈黙を破り、物陰や隙間から小さな家鳴達が沢山現れ、ピューッと素早く逃げ出してしまう。さっきの悪戯は、どうやら彼らの仕業の様だ。

 「誰がおじさんだっ!!」

 信楽先生が怒鳴って叫ぶと、家鳴達は更に怯え、スピードを上げて走る。

 「あっ、待って。」

 僕は走り去ろうとする1匹の家鳴をパシッと捕まえる。

 「ぴぃやあああ!?放して!御免なさい!!」

 家鳴は僕を怖がって、逃げようとジタバタ暴れ出す。

 「落ち着いて。何も意地悪しないから。」

 僕は家鳴を自分の目線まで持ち上げ、じっと見つめながら優しく話しかける。

 「うぅ・・・本当に、怒らない?家鳴に乱暴しない?」

 ちらりと僕を見て、恐る恐る問い掛ける家鳴。

 「うん。怒らないし、乱暴もしない。大丈夫。」

 安心させる為ににっこりと微笑むと、家鳴は落ち着きを取り戻し、僕の手の平の上にちょこんと正座した。そんな僕達の様子を見て、逃げていた他の家鳴達も、怖々と様子を窺いながらそろりそろりと僕に近付いて来た。

 「怖がらせて御免ね。僕達は家鳴達に危害を加えるつもりは無いんだ。安心して。」

 しゃがんで声を掛けると、家鳴達は警戒を解いて僕の肩や膝にぴょんと飛び乗って来た。家鳴は壮吾や信楽先生にもじゃれついて行った。彼らは僕達に心を開いてくれた様だ。

 「ねぇ、皆に確認したいこがとあるんだ。隣の教室で話を聞いても良いかな?」

 僕が問い掛けると、家鳴達は笑いながら「良いよ!」と明るく答えてタタッと教室に滑り込む。

 「元気な奴らだな・・・。」

 信楽先生が苦笑しながら呟いて教室の扉を開ける。それにつられて僕と壮吾も「ハハハ。」と小さく笑いながら、彼に続いて教室の中に入って行った。


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