1
窓から差し込んでくる日の光が暖かい、穏やかな午後。チョークで黒板に字を書くカッカッという音がリズミカルに聞こえてくる。
「なぁ、旧校舎に不気味な噂があるの、知ってるか?」
授業を聞きながらノートに板書を写していると、仁が小さな声でぼそりと話し掛けてくる。
「旧校舎の噂?何、それ?」
「あ~、俺聞いたことある。何か怖い幽霊が出るっていう奴だろ?」
仁の言葉に首を傾げていると、直人が相の手を入れてきた。
「そう!暗くなった旧校舎の廊下を歩いていると、誰も居ないのにギシギシと歩く音が聞こえたり・・・家庭科室で包丁とかフライパンとかが飛び回ったりするんだってよ。」
仁が楽しそうに目を輝かせながら語る。仁は怪談とかUMA等のオカルト話が意外と好きなのだ。
「足音は多分、何かの聞き間違いとかじゃねぇか?家庭科室のは絶対嘘だろ。包丁とか飛んで来るわけねーじゃん。きっと誰かが面白がって冗談言っただけだろ。」
「そんなの分かんねーじゃんか!!家庭科室に棲みついた幽霊の悪戯かもしんねーじゃん!!」
冷めた調子で噂を否定する直人に、仁はむすっとした表情で反論する。
「いや、包丁飛んで来るとか・・・“悪戯”っていう言葉じゃ済まねぇぞ、それ。」
壮吾は包丁やフライパンが飛び回っている様子を想像し、苦笑する。
「・・・お前達、幽霊の話で随分盛り上がっているじゃないか。」
怒りを押し殺した静かな声に驚き、4人は声の方に恐る恐る顔を向ける。4人の視線の先には、眉間に深い皺を寄せ、口許をヒクヒクさせながら笑みを浮かべる1人の男性の姿があった。彼の名前は信楽吉次。僕達のクラスの担任で、社会教師だ。授業中にお喋りをしていたので、かなり御冠な様だ。
「授業中に雑談とは、余裕だなお前達。当然、俺が今説明した内容もしっかり理解出来ているんだろうな?」
仁王立ちで、鋭く突き刺す様な威圧を込めて此方を睨む信楽先生を前に、僕達はすっかり委縮してしまう。
「そんなに自信があるなら、今説明した範囲の問題を出してやる・・・。先ず、土御門!」
「はい。」
ビシッと指を差され名を呼ばれた僕は、思わず背筋をピシッと伸ばしてしまう。
「“倭王武の上表文”に関する記述が記されている史料は?」
信楽先生は僕の目を真っ直ぐ見つめ、問いかける。
「“『宋書』倭国伝”です。」
僕も先生の目をじっと見つめ返し、答える。教室に居る全員が緊張の中静かに見守る。
「よし、正解だ。次、霧谷!古墳の石室の構造には2種類ある。答えてみろ!」
続いて、信楽先生は直人に鋭い眼差しを向ける。質問された直人は答えを思い出そうと少しあたふたと視線を左右に動かす。
「え~っと・・・確か、“竪穴式石室”と“横穴式石室”だったと思います。」
若干自信無さそうに小さな声で答える直人。
「正解だ。では、進藤!“土師器”とは何か答えろ!」
全身から威圧感を放つ信楽先生に対し、仁は明るく溌剌とした声で答える。
「あれだろ!あのでっかい魚だよな、確か!」
教室内に居る全員が、一瞬キョトンとした顔で仁の方を見る。
仁、違うよ。君が言っているのは多分・・・
「それは“カジキ”だろ、馬鹿者!赤星、お前は分かるか?」
名を呼ばれた壮吾は、少しびくっとして、ゆっくり視線を逸らす。
「え・・・え~と・・・“ハジキ”・・・ですよね。それは・・・」
全員がぐっと息を呑み、壮吾の答えに注目する。
「カラフルな硝子玉とかを弾き当てて遊ぶ奴・・・ですかね・・・。」
教室内を、しぃんとした沈黙が支配する。
壮吾・・・それは“土師器”じゃないよ。名前は似てるけど・・・。
「それは“おはじき”だろ!“土師器”は弥生土器の系統を引く古墳時代の土器だ!全く・・・人の話はしっかり聞け、阿呆共!!」
信楽先生はサッとチョークを手に取ると、4本同時にブンッと投げる。彼の放ったチョークの弾丸は、寸分の狂いも無く僕達4人の額に直撃する。
「あ゛ぁ゛~っ!」
「おでこ割れんじゃねーか、この野郎!」
「・・・痛い。」
「ひでぇ・・・。俺と晴支はちゃんと答えたのに・・・。」
あまりの痛さに、チョークをぶつけられた額を押さえて悶え苦しむ4人。そんな僕達を見て、信楽先生がフンッと腕を組み、睨む。
「授業中に雑談していた罰だ!これに懲りたら、次からはきちんと授業に集中する様に!」
「・・・はい。すみませんでした。」
しょぼんと俯き、席に着く4人。そんな僕達の様子に、クラスの皆は楽しそうにクスクスと笑う。信楽先生は何事も無かったかの様に説明の続きを語り出し、授業を再開する。ふぅ、と1つ溜め息を吐くと、僕は気を取り直し、先生の説明に耳を傾ける。




