2
味噌汁や卵焼き等のおかずが並び、芳しい香りが漂う葛の葉庵の朝の食卓。朝の仕込みを終えて食堂に集まった一同は、お喋りをしたり、喧嘩をしたり、眠たそうに欠伸をしたり・・・と思い思いの仕草をしながら朝食を食べている。僕はワイワイ騒ぎながら食卓を囲んでいる皆を眺めながら、目の前の焼き魚に箸を伸ばす。もそもそと焼き魚を頬張っていると、ふとテレビから流れているある1つのニュースに目を留める。
―都内で連続して若い女性が失踪する事件が発生しており、警察は連続誘拐事件とみて捜査を行っています。周辺住民の証言によると、被害者達が失踪する直前、ヒヒヒという笑い声が響いたとのことです。―
今この街を騒がせている連続誘拐事件・・・確か最初の事件が発生したのが1ヵ月程前。被害者は20代前半の女性。会社からの帰宅途中を襲われたらしい。その後も10代から20代の若い女性が誘拐される事件が続き・・・3日前失踪した女子大生で6人目だ。僕も色々と調べてみてはいるのだが、誘拐犯は中々用心深く、尻尾を掴むことが出来ない。
「最近よく話題になっていますね、この事件。目撃者や手掛かりを見つけ出せず、捜査もかなり難航している様ですし。」
僕がテレビを見ながら考え込んでいると、六合がお茶の御代りを差し出しながら話しかけてきた。
「うん。被害者の人達、無事だと良いけど・・・。」
湯呑のお茶をぼんやり眺めながら、僕はぽつりとそう呟いた。中々実態を掴めない誘拐犯・・・犯行時に聞こえたという不気味で独特な笑い声・・・。この特徴、もしかすると・・・。
「女の子に危害を加えるなんて許せないねぇ・・・。そんな奴はさっさと捕まえて容赦なくぶん殴ってやれば良いのさ。」
お茶をすすっと啜りながら、テレビ画面をギロリと睨み付ける太陰。もし誘拐犯が太陰と出会ってしまったら・・・きっとただでは済まないだろう。
「何だか物騒な話ですネェ。」
頬杖をつきながら、少しだらけた体勢の白虎が飄々とした様子で語る。根っからのマイペース気質である白虎は、いつもと変わらずからかう様な調子でニュースを見ている。
「こら、お行儀悪い。しゃんとしろ、白虎。」
ぐてっと脱力したように座っている白虎に六合がトンッと軽くチョップを食らわす。
「もう、六合は本当にお堅いですネェ。もう少し肩の力を抜いた方が良いですヨ。」
そう言うと、何故か白虎は突然六合の脇腹をこちょこちょと擽り始めた。六合は白虎から逃れようと腕をばたつかせ抗うが、白虎は容赦なく六合を擽り続ける。見ているこちらまでくすぐったくなってくる。
「晴支、神崎さんにも怪しい輩に近付かない様に忠告しておいた方が良いのではないか?」
貴人がにっと笑いながら、僕に話しかける。貴人も、誘拐犯の正体について、何か気付いているのかもしれない。
「うん、そうだね。神崎さんに気をつける様伝えておくよ。」
今回の誘拐事件は若い女性ばかり狙われている。神崎さんも標的にされるかもしれない。
「姿が見えない誘拐犯に・・・独特な笑い声・・・」
「テレビで言っていた誘拐犯の特徴か。やはり気になっているんだな。」
貴人の言葉に、僕はこくりと頷く。真剣な面持ちで考え込む僕を見て、貴人は「ふむ・・・」と呟きながら険しい表情で腕を組む。
「昔、似た様な事件に関する文献を読んだことがある。確か、狒々と言う猿の妖が里の女性達を襲い、攫って行ったっていう事件。狒々が犯行を行う時、“ヒヒヒ”という独特な笑い声が響いたって・・・。今回の事件の誘拐犯の特徴と一致する。」
妖の狒々の仕業ならば、姿が見られなかったのにも納得がいく。1つ引っ掛かる点があるとすれば・・・
「山に棲む妖である狒々が何故東京の市街地にやって来て悪さをしているのか、ということか・・・。」
ふむむ・・・と小さな唸り声を上げて、僕と貴人は考え込む。狒々の犯行なのだとすれば、彼らは何の目的で急に山を出て東京の街まで来たのか・・・女性を攫い、何をしようとしているのか・・・。
「私も、狒々の犯行の可能性は高いと思う。今まで街に現れたという記録は聞いたことがないが・・・何か事情があるのかもしれん。」
腕を組み、眉を顰める貴人。他の者達もう~んと頭を抱えている様子だ。
「見廻りをしながら事件現場付近を中心に色々調べてはいるんだけど・・・中々手掛かりが掴めないんだよね・・・。」
「晴支の情報収集力でも尻尾を掴めねぇなんてなぁ。結構やり手の様だねぇ、その誘拐犯てのは。」
玄武は顎に手を当てながら、活き活きと話す。その表情から、彼のワクワクしている様子がひしひしと伝わってくる。今にも誘拐犯に勝負を挑みそうだ。
「これ以上被害者を出さない為にも・・・見廻りを強化しようと思う。皆、協力してくれる?」
1人1人の目を見て問いかける僕に、葛の葉庵の皆は大きく頷き、答えてくれた。
「有難う、皆。」
皆の目や表情からは溢れんばかりの闘志が感じられ、気合い十分な様子である。
「おっしゃーっ!どっからでも掛かって来やがれ、誘拐犯!!」
「五月蠅い、騰蛇!」
誘拐犯退治に燃え気合いの籠った雄叫びを上げる騰蛇を、六合が一喝する。この騰蛇の叫びを行動開始の合図として、葛の葉庵は事件解決に向けて動き始めたのである。




