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第六十ニ話 傘寿の決意〜地域の老将として家族を守る〜

――昭和十九年(1944年)〜昭和二十年(1945年)初頭――


語り手:神楽坂蔵之助


⸻


一 八十歳の誕生日


昭和十九年(1944)三月十四日。

わしは、満八十歳の誕生日を迎えた。


傘寿というらしい。

傘という字の略字が八十に見えることから、八十歳の祝いを傘寿と呼ぶのじゃと、以前に聞いたことがあった。

しかし、まさか自分がその歳まで生きるとは、若い頃には想像もしておらんかった。


わしが生まれたのは、元治元年(1864)三月十四日。まだ徳川幕府が存在していた頃じゃ。江戸の街には武士が歩き、父の権兵衛も刀を差して暮らしておった。


それから八十年。

幕府は倒れ、江戸は東京となり、明治、大正、昭和と時代が移り変わった。


蒸気機関車さえ珍しかった時代から、飛行機が空を飛び、ラジオが家庭に普及し、映画から人の声が聞こえる時代になった。

わしは、その変化をほとんど自分の目で見てきたのじゃ。


還暦を迎えた大正十三年(1924)には、家族に盛大に祝ってもらったものじゃった。ちょうど軍人としての経歴にも節目が訪れ、これまでの人生を振り返るには、実に華やかな誕生日じゃった。


古希を迎えた昭和九年(1934)にも、子どもや孫たちが集まり、わしを驚かせるような祝いを用意してくれた。

しかし、八十歳の誕生日は違った。


大東亜戦争は三年目に入り、食料も物資も不足しておった。派手な宴会など開ける時代ではない。家族の中には、軍務や勤労のために遠く離れて暮らす者もおった。


わし自身も、誕生日を祝う気持ちには、なかなかなれなかった。

それでも、その朝、愛海が小さな声でわしを呼んだ。


「あなた、お誕生日おめでとうございます」


「おお…ありがとう、愛海」


「とうとう八十歳ですね」


「ははは。わしも、随分と長く生きたものじゃ」


愛海は優しく微笑んだ。


「ええ。でも、わたくしは嬉しいですわ。こうして今年もあなたのお誕生日をお祝いできるのですもの」


わしは妻の顔を見つめた。

愛海も七十五歳になっておった。

明治の若い頃に結婚してから、もう随分と長い年月が過ぎた。


「愛海。おぬしも、わしと長いこと一緒にいてくれたのう」


「まあ、あなた。これからも一緒ですよ」


「そうじゃな。まだまだ、おぬしには世話になるかもしれぬ」


「ふふっ。お任せください」


その日の昼、兄上の寛之助と眞紀子、そして修蔵、節子、光蔵、春子ら、都合のついた家族が集まってくれた。


華やかな料理はなかった。

砂糖をふんだんに使った菓子も、豪華な酒宴もなかった。


それでも、愛海が工夫して作った食事が並び、皆が笑顔を見せてくれた。


「父上、傘寿おめでとうございます」


修蔵が頭を下げた。


「父上、これからもお元気でいてくださいね」


節子も微笑んだ。


「父上、僕も八十歳のお祝いができて嬉しいよ」


光蔵は穏やかに言った。


「お父様、どうかこれからもお身体を大切になさってくださいませ」


春子は、お嬢様らしく両手を重ねて微笑んだ。


わしは四人の顔を見渡した。

子どもたちも、すでに四十代から五十代になっておる。

それでも、わしにとっては、幼い頃から見守ってきた大切な子どもたちじゃった。


すると、葵生が嬉しそうに駆け寄ってきた。


「おじいさま! お誕生日おめでとうございます!」


「おお、葵生。ありがとう」


「あおい、おじいさまが八十歳になられたと聞いて、とっても驚きましたの!」


「ははは。そんなに驚いたか」


「はい! あおいが生まれるずっと前から、おじいさまは生きていらっしゃるんですもの!」


皆が笑った。


その横から、弘一も元気よく声を上げた。


「ひいじいちゃん! 八十歳って、すげえな!」


「はっはっは! そうかそうか!」


「おれも八十歳になれるかな?」


「うむ。なれるように、元気に育つんじゃぞ」


弘一は嬉しそうに笑った。


わしは二人の頭を優しくなでた。

戦争のために盛大な祝いはできぬ。

それでも、わしには十分すぎるほど幸せな誕生日じゃった。


二 江戸生まれの八十歳という存在


誕生日の夕方、兄上と二人で縁側に座った。

兄上は八十一歳になっておった。

わしより二歳年上で、幼い頃からずっと一緒に時代の変化を見てきた人じゃ。


「蔵之助、おぬしもとうとう八十か」


「はい、兄上」


「ははは。わしらも長生きしたものじゃな」


「まったくです」


兄上は庭を見つめた。


「わしらが子どもの頃、八十歳まで生きる者など、そう多くはなかったな」


「そうですな」


当時の日本では、乳幼児のうちに亡くなる子どもも多く、感染症や栄養不足によって若くして命を落とす者も珍しくなかった。

平均寿命は昭和の今よりずっと短く、八十歳まで生きることは、相当に恵まれたことじゃった。


もっとも、昔の人間が皆四十歳や五十歳で死んだわけではない。長く生きる者はおったし、わしの父母や祖父母の中にも長寿の者がいた。

それでも、八十歳まで健康を保ち、日常のことを自分で行える者は、決して多くなかった。


「蔵之助。わしらが生きておるうちに、この戦争は終わると思うか?」


わしは、すぐには答えられなかった。


「……終わらせねばなりませんな」


「うむ」


「これ以上、若い者たちの命を失いたくはない」


兄上は静かにうなずいた。


「わしもじゃ」


かつて、わしは陸軍中将として、兄上は海軍の将校として、長い年月を軍務に捧げた。

そのわしらが、八十歳を過ぎてなお、戦争の終わりを願っておる。

皮肉なものじゃと思った。


三 隣組の最長老


戦争が長引く中、わしらの暮らす地域でも隣組の活動が盛んになっておった。


わしの本家、兄上の家、四人の子どもたちの家、兄上の五人の子どもたちの家、そして近隣の世帯。

そのような家々が連絡を取り合い、防空や配給、資源回収に協力しておった。


わしと兄上は、その中でも最も年長の二人じゃった。

若い頃には軍人として戦争を経験したこともあり、防空訓練や非常時の対応について相談される機会が増えた。


ある日、常会で一人の男性がわしに尋ねた。


「神楽坂さん、空襲のときには、どのように行動すればよいでしょうか」


わしは静かに答えた。


「まず、警報や周囲の状況をよく確かめることじゃ。家族がどこにおるか、避難する道はどこか、あらかじめ決めておく必要がある」


皆がうなずいた。


「それから、幼い子どもや身体の弱い者を置き去りにしてはならん。誰が手を引くか、誰が荷物を持つか、普段から相談しておくんじゃ」


兄上も続けた。


「火を消すための道具は必要じゃが、燃え広がった火に無理に立ち向かってはならん。人間の力には限界がある」


わしは深くうなずいた。


「そうじゃ。火を消すことより、まず人が生き残ることが大切じゃ」


その言葉に、一人の若い男性が少し不満そうな顔をした。


「しかし、神楽坂さん。国からは、焼夷弾が落ちても消火に努めるよう言われております」


「承知しておる」


わしは答えた。


「じゃが、消せる火と消せぬ火がある。炎が広がり、家が燃え、逃げ道まで失われるような状況で、人間がどこまで耐えられるというのじゃ」


男性は黙った。

わしは続けた。


「命を捨ててまで家を守れとは、わしは言わん」


常会の場は静まり返った。


戦時中、そのような言葉を口にすることは、決して安全ではなかった。

しかし、わしには譲れぬものがあった。


防空のための訓練は必要じゃ。

じゃが、訓練のために命を落としては、本末転倒ではないか。


四 子どもたちに教えた避難の約束


わしは、孫や曾孫たちにも、空襲への備えを教えた。

特に弘一や葵生のような幼い子どもには、難しい軍事の話よりも、覚えやすい約束を伝えることにした。


ある日の午後、わしは庭に弘一と葵生を呼んだ。


「弘一、葵生。今日は二人に大切なことを教えるぞ」


「何だ、じいちゃん!」


「まあ、何でしょう、おじいさま?」


わしは、二人の前にしゃがんだ。


「もし空襲警報が鳴ったら、どうする?」


弘一が元気よく答えた。


「防空壕に入る!」


「うむ。じゃが、必ず大人と一緒に行動するんじゃぞ」


葵生も真剣な表情でうなずいた。


「はい!」


「それから、煙が多いときには低い姿勢を取る。火が広がって危険になったら、そこにとどまらず、安全な方向へ逃げるんじゃ」


弘一は少し不安そうに尋ねた。


「ひいじいちゃん、家が燃えちゃったらどうするの?」


「家は建て直せる。じゃが、弘一の命は一つしかない」


「……そっか」


わしは二人の手を握った。


「それから、誰かが倒れていても、子どもだけで危険な場所へ戻ってはならん。近くの大人に知らせるんじゃぞ」


葵生が小さな声で尋ねた。


「でも、おじいちゃま…大切な方が残っていらっしゃったら、あおい、助けに行きたくなってしまいますわ」


わしは胸が温かくなった。


「葵生は優しいのう」


「…はい」


「じゃが、助けに行った葵生まで倒れてしまったら、悲しむ者が二人に増える。まず、自分の身を守ることも大切なんじゃ」


葵生は少し考えた。


「……分かりましたわ」


弘一も大きくうなずいた。


「おれも、かあちゃんの言うこと聞く!」


「ははは。それでよい」


わしは二人の頭をなでた。


わしが教えたかったのは、勇敢に戦う方法ではない。

危険から逃げ、生き残る方法じゃった。


五 配給と愛海の工夫


昭和十九年(1944)の夏。

食料事情は、ますます厳しくなっておった。

米だけで十分な食事を作ることは難しくなり、麦や芋、さまざまな代用食を工夫する家庭が増えておった。


わしの家でも、愛海が毎日の食事に苦労しておった。

ある日、台所から愛海の声が聞こえた。


「あなた、お食事ができましたよ」


「おお、ありがとう」


食卓には、芋や麦を混ぜた飯と、野菜を工夫して作った汁物が並んでおった。


「今日は少しお芋が手に入りましたので、麦と合わせてみましたの」


「ほう、うまそうじゃな」


愛海は少し笑った。


「ふふっ。昔のようなご馳走ではありませんけれど」


わしは首を横に振った。


「何を言う。これだけの食事を用意してくれるだけでも、十分ありがたいことじゃ」


愛海は嬉しそうに微笑んだ。


わしは一口食べた。

決して豪華ではない。しかし、温かかった。


「うむ。うまいぞ、愛海」


「まあ、よかったですわ」


愛海も若い頃には、家族のためにさまざまな料理を作ってくれた。

しかし、今は食材が限られておる。

砂糖も油も、思うように手に入らぬ。

それでも、愛海は食べ物を無駄にせず、家族が少しでも栄養を取れるように工夫しておった。


ある日、わしが尋ねた。


「愛海。おぬし、食事の支度に苦労しておるじゃろう」


愛海は微笑んだ。


「ええ。でも、皆様がお元気でいてくださるなら、それでよいんですの」


「無理をするでないぞ」


「あなたこそ。最近は隣組のお仕事が増えて、随分とお忙しいでしょう?」


わしは苦笑した。


「ははは。お互いさまじゃな」


愛海も笑った。


戦争によって生活は厳しくなった。

それでも、夫婦で食卓を囲めることが、わしには何よりありがたかった。


六 曾孫を抱く元陸軍中将


戦時中、わしは家族の幼い子どもたちの世話にもできるだけ関わるようにしておった。


昭和十九年(1944)四月三日には、奈恵の長男・貫一郎が生まれた。わしにとって、新しい曾孫じゃ。

生まれたばかりの貫一郎を初めて抱いたとき、あまりの小ささに驚いたものじゃった。


「おお…小さいのう」


愛海が微笑んだ。


「あなた、赤ちゃんを抱くのも随分とお上手になりましたね」


「ははは。何人も抱いてきたからのう」


わしは、貫一郎の小さな顔を見つめた。

まだ言葉も話せぬ。

歩くこともできぬ。

ただ、眠り、泣き、乳を飲んで育っていく。

その姿は、実に愛おしかった。


「貫一郎。元気に育つんじゃぞ」


わしは小さな声で語りかけた。


その後、奈恵が学童疎開の引率で東京を離れることになった際にも、家族で協力して貫一郎の世話を支えた。


わしが一人で乳児のすべてを世話できるわけではない。

授乳や日々の養育については、家族や世話を引き受けた者の助けが必要じゃった。


それでも、わしにできることはあった。

赤ん坊をあやすこと。

眠るまでそばにいること。

必要なものを運ぶこと。

そして、若い親たちが疲れているときには、少しでも休めるようにすること。


ある日、弘一がわしのところへやってきた。


「ひいじいちゃん!」


「おお、弘一」


「貫一郎、ちっちゃいな!」


「ははは。まだ赤ん坊じゃからな」


弘一は貫一郎の顔をのぞき込んだ。


「おれも、こんなに小さかったの?」


「もちろんじゃ」


「えー! 信じらんねえ!」


わしは笑った。


「おぬしも生まれたばかりの頃は、同じように泣いておったぞ」


弘一は照れくさそうに笑った。

その姿を見て、わしは感慨深くなった。


わしは元陸軍中将じゃ。

かつては何千、何万という兵士の命に関わる立場におった。


それが今では、小さな曾孫を抱き、幼い子どもの話を聞くことに喜びを感じておる。

わしは、このような老後を迎えられたことが嬉しかった。

そして、軍人として働いていた頃よりも、今の方がはるかに強く、命の重さを感じておるような気がした。


七 隣組の助け合いと相互監視


隣組には、確かに良い面もあった。


配給を受け取れない家庭があれば、事情を確かめて助け合うことができた。

空襲への備えを話し合い、幼い子どもや老人を誰が助けるかを決めることもできた。


しかし、同じ仕組みが、住民同士を監視するためにも使われておった。

誰が何を食べているか。

誰の家にどんな品物があるか。

誰が国の方針に不満を口にしたか。

そうしたことを、必要以上に気にする者もおった。


ある日、常会で若い男性が言った。


「最近、物資が不足していることを不平に思っている者がいるようですな」


わしは静かに答えた。


「食べ物が足りなければ、不安になるのは当然じゃろう」


男性は顔をしかめた。


「しかし、我慢することも国民の務めです」


「我慢せねばならぬことがあるのは分かっておる。じゃが、困っている者の声まで封じてしまっては、助けることもできぬではないか」


男性は黙った。

わしは続けた。


「腹が減ったと申した者を責めるより、何か食べさせる方法を考える方が、隣組としては役に立つと思うがのう」


その場にいた年配の女性が小さくうなずいた。


「本当に、その通りです」


しかし、全員が賛同したわけではなかった。


「神楽坂さんは昔の軍人だから、今の時代の考え方が分からないのではありませんか」


別の男性がそう言った。

わしは、しばらくその男を見つめた。


「ほう。そうかもしれぬな」


男は少し得意そうな顔をした。

しかし、わしは続けた。


「じゃが、今の時代がどれほど変わろうとも、人間が飯を食わねば生きられぬことは変わらん。命が一つしかないことも同じじゃ」


周囲は静まり返った。


わしは、誰かを言い負かしたいわけではなかった。

ただ、戦争のために人間として当たり前の感情まで否定することが、どうしても正しいとは思えなかったのじゃ。


八 憲兵と特高の影


戦争が激しくなるにつれ、人々は自分の言葉に慎重になっていった。


軍に関する発言は憲兵の注意を引くことがあり、政治や思想に関する言動は特別高等警察の取締りにつながるおそれがあった。

わしは、そうした機関がどれほど恐ろしい存在になり得るかを知っておった。


ある日、近所の若者がわしのところへ相談に来た。


「神楽坂さん…少し、お話ししてもよろしいでしょうか」


「うむ。どうした?」


若者は周囲を気にしながら、小さな声で言った。


「この前、戦争が早く終わってほしいと話したら、近所の人から、そんなことを言っていると警察に知らせるぞと脅されたんです」


わしは眉をひそめた。


「……そうか」


「僕は、別に国を悪く言いたかったわけじゃありません。ただ、弟が戦地へ行っているので…」


若者の声が震えた。


「帰ってきてほしいと思っただけなんです」


わしは、その肩に手を置いた。


「それは、何もおかしな願いではない」


「でも…」


「ただし、今は言葉一つで危険な目に遭うことがある。どこで誰に何を話すか、慎重にならねばならん」


若者はうなずいた。


わしは続けた。


「わしも、思うことを何でも大声で話してよい時代とは思っておらん。しかし、家族を心配する気持ちまで、恥じる必要はないぞ」


若者は深く頭を下げた。


「ありがとうございます…」


わしは、その後もできる限り、家族や近隣の者たちが不用意な密告や疑いによって苦しむことのないよう努めた。


誰かの発言が誤解されそうになれば、事情を確かめる。

家族の集まりについて不審がる者がいれば、親族同士で助け合っていることを説明する。

配給の不足を訴えた者が責められそうになれば、問題を生活上の相談として扱うよう求める。


元陸軍中将という肩書きが役に立つこともあった。

しかし、その肩書きがすべてを解決するわけではなかった。


軍を退いたわしに、現在の軍や警察を自由に動かす権限などない。

むしろ、昔の軍人が今の軍の方針に疑問を抱いていると知られれば、わし自身も疑われかねなかった。


だからこそ、慎重でなければならなかった。

勇敢に発言することと、家族を危険にさらすことは違う。

わしは、そのことを何度も自分に言い聞かせておった。


九 精神的支柱と呼ぶ者、老いぼれと蔑む者


昭和十九年(1944)の秋。

わしは地域の中で、さまざまな評価を受けるようになっておった。


「神楽坂さんがいてくださると安心です」


そう言ってくれる人もいた。


「元陸軍中将で、これほど長い人生経験をお持ちの方が近所にいるのは心強い」


わしを地域の精神的支柱だと呼んでくれる人までおった。ありがたいことじゃと思った。


しかし、そうした声ばかりではなかった。

ある日、わしは道端で、若い男たちが話しているのを耳にした。


「あの神楽坂という老人、昔は偉い軍人だったらしいが、もう八十歳だろう?」


「ああ。今の戦争にはついていけないんじゃないか」


「いつまでも昔の話ばかりしている、時代遅れの老いぼれさ」


わしは足を止めた。

男たちは、わしに気づいて慌てた。


「し、神楽坂さん……!」


わしは少し笑った。


「ははは。八十歳の老いぼれとは、よく言ったものじゃ」


男たちは青ざめた。


「い、いえ、その…」


「構わん。八十歳であることは事実じゃからな」


わしは静かに続けた。


「わしが時代遅れかどうかは、おぬしらが判断すればよい。じゃが、年を取った者の言葉がすべて間違いで、若い者の言葉がすべて正しいというわけでもあるまい」


男たちは黙った。


「大切なのは、何歳の人間が申したかではない。何を申しておるかじゃ」


わしは、そう言って歩き始めた。


腹が立たなかったわけではない。

しかし、わしはもう八十歳じゃ。

自分を馬鹿にされた程度で怒鳴るより、守るべきもののために力を使いたかった。


十 春子の長い黒髪への非難


ある日のことじゃった。

わしは、近所の道で春子が一人の女性に呼び止められているところを見かけた。


春子は看護の仕事を終えて帰る途中だった。

外出時の服装は質素で、長い髪も邪魔にならぬように結っておった。

それでも、髪の長さが分かることを気に入らぬ者がおったらしい。


「加藤さん、あなた、その長い髪をまだ切っていないの?」


女性が厳しい口調で言った。


春子は驚いたようだったが、丁寧に答えた。


「ええ。お仕事のときにはきちんとまとめておりますわ」


「でも、こんな時代に長い髪なんて贅沢じゃないかしら」


「……贅沢、ですか?」


「そうよ。皆が我慢しているのに、あなたばかり昔のお嬢様みたいな髪をして」


春子は少し困ったように微笑んだ。


「申し訳ありません。でも、わたくしにとっては、幼い頃から大切にしてきた髪ですの。清潔にして、お仕事の邪魔にならないようにも気をつけていますわ」


女性は納得しなかった。


「そんなもの、思い切って切ってしまえばいいでしょう!」


そのとき、わしは歩み寄った。


「待たんか」


女性が振り返った。


「神楽坂さん…?」


わしは春子の隣に立った。


「おぬし、わしの娘に何を言っておる?」


「い、いえ。こんな時代に贅沢な髪をしているものですから…」


「贅沢じゃと?」


わしは低い声で問い返した。


「髪を長く伸ばしておることが、何の贅沢になるというのじゃ」


女性は言葉を詰まらせた。


わしは続けた。


「春子は看護婦として、毎日多くの患者を助けようとしておる。髪もきちんと結い、仕事に差し支えぬようにしておる。それの何が悪い」


「で、ですが…」


「おぬしは、春子が髪を切れば戦争が早く終わるとでも思っておるのか?」


女性は黙った。


「食べ物が不足しておることも、暮らしが苦しいことも分かっておる。しかし、その苦しさを他人の髪にぶつけてどうする」


わしは春子を見た。


「春子。おぬしは、その髪を大切にしてきたのじゃろう?」


春子は静かにうなずいた。


「はい、お父様」


「ならば、無理に切る必要はない」


わしは再び女性を見た。


「人の髪まで勝手に決めるでない!」


思わず大きな声が出た。

女性は深く頭を下げ、その場を離れていった。


春子は、少し驚いた顔でわしを見つめておった。


「お父様……」


「春子、怖い思いをさせたのう」


春子は首を横に振った。


「いいえ。ありがとうございます、お父様」


そして、優しく微笑んだ。


「わたくし、この髪をこれからも大切にしていきたいんですの」


わしも微笑んだ。


「うむ。そうするがよい」


娘の長い黒髪は、幼い頃からの宝物じゃった。

戦争が始まったからといって、その宝物まで捨てねばならぬ理由など、わしには見つからなかった。


十一 葵生を守った冬子


それからしばらくした、別の日のことじゃ。

わしは兄上の家を訪ねた帰り、思いがけない光景を目にした。

葵生が、年配の女性から注意されておったのじゃ。


葵生は外出用に髪をまとめておったが、その髪には生まれつき黒と茶色の美しい光沢があった。

女性は、それを気に入らぬようじゃった。


「あなた、その髪、ずいぶん綺麗にしているのね」


葵生は少し驚きながら答えた。


「はい。お母さまがお手入れしてくださいますの」


「こんな時代に、お洒落ばかりしていてはいけませんよ」


「…お洒落、ですの?」


「そうよ。皆が我慢しているんだから、もっと質素にしなさい」


葵生は困ったような顔になった。


「あの……あおい、お外では目立たないようにしておりますわ……」


「でも、その髪の色は何なの? そんなに茶色く見えるなんて、何かしているんじゃないでしょうね」


わしは、思わず足を速めた。


しかし、わしが声を上げるよりも先に、一人の女性が葵生の前へ歩み出た。

兄上の末娘、冬子じゃった。


「お待ちなさい!」


その声は、普段の冬子からは想像しにくいほど、はっきりとしておった。


女性は驚いて振り返った。


「な、何ですか?」


冬子は葵生の隣に立った。


「その子の髪について、何か問題がございますの?」


「問題というほどではありませんけれど、こんな時代ですから…」


「では、どうしてそのような言い方をなさるのです?」


女性は言葉を詰まらせた。


冬子は続けた。


「葵生の髪は、生まれつきの色ですわ。黒と茶色の艶があるからといって、それを責める理由などありませんでしょう?」


「でも、贅沢は敵だと言われていますし…」


「清潔に髪を整えることの、どこが贅沢なんですの!」


冬子の声が強くなった。

葵生は驚いた顔で冬子を見上げた。


「冬子お姉さま……」


冬子は葵生の手を握った。


「葵生、あなたは何も悪いことをしていませんわ」


そのとき、わしも歩み寄った。


「冬子の言う通りじゃ!」


女性は、また驚いた。


「か、神楽坂さん……!」


わしは厳しい顔で言った。


「わしの孫の髪がどう見えようと、おぬしに何の関係がある!」


女性は黙った。


「戦争中だからといって、子どもの生まれつきの姿まで責めるものではない! そのようなことを言われて、幼い子がどれほど傷つくか考えたことがあるのか!」


女性は、ようやく自分の言動を恥じたようじゃった。


「……申し訳ありません」


そう言って、その場を離れていった。


葵生は、ほっとしたように冬子の手を握った。


「冬子お姉さま……ありがとうございます」


冬子は優しく微笑んだ。


「いいのよ、葵生。あなたの髪は、とても綺麗なんですもの」


わしは冬子を見つめた。


「冬子。よくぞ言ってくれた」


冬子は少し照れくさそうに笑った。


「伯父様、わたくしも黙っていられませんでしたの」


「ははは。そうか」


わしは感慨深くなった。


冬子は兄上の末娘じゃ。

幼い頃から文学が好きで、春子とよく似た上品な雰囲気を持っておった。

春子の艶やかな黒髪に対して、冬子は生まれつき茶色寄りの美しい長髪を持っておる。

そんな冬子だからこそ、葵生が髪のことで責められる悲しさを、強く感じたのかもしれぬ。


わしは思った。

家族を守ろうとする気持ちは、わしだけのものではない。

兄上の娘もまた、自分の意志で大切な者を守ろうとしておる。そのことが、わしには嬉しかった。


十ニ 戦争文学


葵生が帰ったあと、文学を愛する冬子が、わしの家を訪ねてきた。


「伯父様、少し文学のお話をしてもよろしいかしら?」


わしは喜んで迎えた。


冬子は、火野葦平の『麦と兵隊』について語り始めた。


「兵隊さんたちの苦労や、戦場での暮らしが描かれておりますけれど、わたくし、ただ勇ましいだけのお話とは思えませんの。兵隊さんも一人の人間で、疲れたり、苦しんだり、故郷を思ったりするのでしょう?」


「その通りじゃ。わしも長く軍人を務めたが、兵士は戦うためだけに生まれてきたわけではない。皆、故郷に家族や夢を残しておるのじゃ」


冬子は深くうなずいた。


「それから、石川達三の『生きてゐる兵隊』という作品も気になっておりますの。発禁になったと聞きましたけれど、どうして戦場の悲惨さや、人間の醜い行いを書いてはいけないのでしょう」


わしはしばらく考えてから答えた。


「戦争には、勇ましい言葉だけでは語れぬ現実がある。兵士が人を殺すことも、罪のない者が傷つけられることもある。それをなかったことにすれば、同じ過ちを繰り返すじゃろう」


冬子は悲しそうに目を伏せた。


「わたくし、文学は人の心を豊かにするものだと思っておりますの。それなのに、今は戦争を讃える言葉ばかりが求められているようで…」


わしは静かにうなずいた。


「冬子。人間の苦しみを書くことも、立派な文学じゃ。じゃが、今は書くにも話すにも危険が伴う。どうか慎重になっておくれ」


「はい、伯父様」


冬子は小さく微笑んだ。


「でも、いつか戦争が終わりましたら、誰もが自由に本を読んで、自由に感じたことを語れる世の中になってほしいですわ」


わしも微笑んだ。


「うむ。わしも、そのような日本を見てみたいものじゃ」


そのとき、わしは思った。

兄上の末娘は、武器ではなく言葉によって、人の命と心の尊さを守ろうとしておるのじゃと。


十三 兄上と語った老将の役目


昭和十九年(1944)の暮れ。

わしは兄上と、再び縁側で話しておった。

東京への空襲の危険は、ますます現実的なものになっていた。


兄上は静かに言った。


「蔵之助。わしらも、いつまでこうしておれるか分からんな」


「…そうですな」


「もう八十を過ぎておる。戦争がなくとも、いつ何があっても不思議ではない」


わしは深くうなずいた。


「覚悟はしておる」


兄上はわしを見た。


「死ぬ覚悟か?」


「はい」


わしは静かに答えた。


「わしはもう十分に生きました。江戸に生まれ、明治を生き、大正を越え、昭和の今まで生きておる」


兄上は黙って聞いていた。


「軍人としても、父親としても、祖父としても、随分と長い人生を歩ませてもらいました」


わしは庭を見つめた。


「ですから、いつ命が尽きても、覚悟はできております」


兄上はしばらく考えておった。


そして、静かに言った。


「蔵之助。わしも同じじゃ」


「…兄上」


「じゃが、死ぬ覚悟があることと、死んでもよいと思うことは違うぞ」


わしは顔を上げた。


兄上は続けた。


「わしらには、まだ守るべき者が大勢おる」


わしは、弘一や葵生、貫一郎の顔を思い浮かべた。


「そうですな…」


「わしは、できる限り長く生きたい。家族が無事に戦争を終えられるように、見守りたいのじゃ」


わしは静かにうなずいた。


「兄上。わしも同じです」


二人で、しばらく黙って庭を眺めた。


やがて兄上が笑った。


「ははは。八十を過ぎた老人二人が、まだまだ長生きしたいとはのう」


わしも笑った。


「まったくですな」


しかし、その笑いの中には、強い決意があった。


わしらは、もう若くない。

重い物を運ぶにも、走るにも、若い頃のようにはいかぬ。


それでも、経験と知恵は残っておる。

そして、何より、家族を守りたいという気持ちは、若い頃よりも強くなっておった。


十四 老将として守るべきもの


昭和二十年(1945)の初め。

わしは八十一歳の誕生日を迎えようとしていた。

大東亜戦争は、すでに多くの命を奪っていた。


昭和十九年(1944)十月には康弘が海で戦死し、十二月には大空がフィリピン方面で特別攻撃に参加して帰らぬ人となった。


わしは、二人の訃報を聞いた日を忘れられぬ。

節子が泣き崩れた姿。

光蔵が大空の手紙を抱いて涙を流した姿。

あの光景は、今もわしの心から消えることがない。


わしは、昭和十五年(1940)の花見で撮った集合写真を見つめた。

母の志帆が微笑んでおる。

康弘も、大空もおる。


わしは写真の前に座った。


「……母上」


小さく語りかけた。


「わしは、もう八十歳になりました。もうすぐ八十一になります」


写真の中の母は、何も答えぬ。


「母上の九十七歳には、まだ遠く及びませんが…わしも随分と長く生きたものです」


わしは、康弘と大空の顔を見つめた。


「それなのに、あの子たちは……」


声が震えた。


わしは、そっと目を閉じた。

長い人生の中で、何度も死を覚悟してきた。

戦場へ向かうとき。

病に倒れたとき。

大切な人を失ったとき。

もう十分に生きたと思ったこともある。


しかし、今は違う。

わしには、まだ守りたいものがある。

愛海。

兄上と眞紀子。

修蔵、節子、光蔵、春子。

義蔵、奈恵、日花梨、幸丞、葵生。

そして、弘一や貫一郎ら、幼い曾孫たち。


わしの家族は、まだここに生きておる。

わしが生きている限り、守れるものがあるかもしれぬ。


わしは、ゆっくりと立ち上がった。


「……わしは、まだ死ねぬ」


そうつぶやいた。


「死ぬ覚悟はできておる。じゃが、今は、生きて守る覚悟が必要なのじゃ」


そのとき、愛海が部屋へ入ってきた。


「あなた…」


わしは振り返った。


「愛海」


「また、お写真をご覧になっていたのですね」


「うむ」


愛海は、わしの隣に立った。


「…皆様、懐かしいですね」


「そうじゃな」


わしは妻の手を握った。


「愛海。わしは、まだまだおぬしと一緒に生きたい」


愛海は驚いたように目を見開いた。

そして、優しく微笑んだ。


「まあ、あなた…」


「戦争が終わったら、また皆で花見をしたい。弘一や葵生たちが、何も怖がらずに遊べる日を見たい」


愛海の目に涙が浮かんだ。


「ええ…きっと、そうしましょうね」


わしは深くうなずいた。


八十歳。人によっては、もう人生の終わりを考える年齢じゃろう。

しかし、わしにとっては、まだ終わりではなかった。


江戸時代に生まれたこの命が、昭和の戦争の中で、まだできることがあるのなら。

わしは、それを最後まで果たしたいと思った。

そして、遠い戦場にいる若者たちにも、できる限り生きて帰ってほしかった。


わしは死ぬことを恐れぬ。じゃが、死ぬことを望みはせぬ。

八十年を生きてきたからこそ、これから生きる者たちの命を守りたいのじゃ。


⸻


十五 炎の前に立つ者


昭和二十年(1945)二月。

東京の空には、以前よりも頻繁に敵の飛行機が現れるようになっていた。

警報が鳴れば、人々は慌ただしく動き、防空壕へ避難した。


わしも、家族の避難場所や持ち出すものを何度も確認した。

愛海は幼い子どもたちのために、必要なものをまとめておった。

修蔵や光蔵とも相談し、火災や建物の倒壊によって普段の道が使えなくなった場合に備えた。

兄上とも、互いの家族がどこにいるのか確かめ合うことにした。


しかし、どれほど準備をしても、不安は消えなかった。

空襲とは、人間が思うように制御できるものではない。


飛行機がどこへ爆弾を落とすか。

火がどちらへ広がるか。

風がどちらへ吹くか。

それらによって、逃げ道は一瞬で変わってしまう。


わしは、若い頃に経験した戦争を思い出した。

戦場では、どれほど周到に準備しても、予想外のことが起こる。

そして、最も危険なのは、自分だけは大丈夫だと思い込むことじゃった。


ある夜、兄上がわしの家を訪ねてきた。


「蔵之助。もし本当に大きな空襲が来たら、わしらも覚悟せねばならんな」


わしはうなずいた。


「そうですな」


「じゃが、若い者たちだけは守りたいものじゃ」


「はい」


わしは兄上の目を見つめた。


「兄上。わしらは、もう十分に生きた」


「うむ」


「しかし、葵生も弘一も、貫一郎も…まだ人生が始まったばかりです」


兄上は静かにうなずいた。


「そうじゃな」


わしは続けた。


「わしは、あの子たちが生きて、戦争の終わりを迎える姿を見たい」


兄上は、少しだけ微笑んだ。


「わしもじゃ」


その夜、わしらは長い時間、家族のことを話した。


若い頃の思い出。

江戸時代の父母のこと。

明治維新のこと。

そして、今の家族のこと。

兄上とこうして話していると、幼い頃に戻ったような気がした。


わしらは、八十年以上も兄弟として生きてきた。

その長い年月の中で、何度も別れを経験してきた。

しかし、兄上だけは、いつもわしのそばにいてくれた。

わしは、そのことが何よりありがたかった。


「兄上」


「何じゃ?」


「どうか、これからもお元気でいてください」


兄上は笑った。


「ははは。蔵之助、おぬしもじゃぞ」


わしも笑った。


そのとき、わしは心から願っていた。

兄上とともに、もう一度桜を見たい。

そして、家族全員で、平和な春を迎えたい。

しかし、その願いがかなうかどうかは、誰にも分からなかった。


昭和二十年(1945)三月。


東京には、これまでとは比較にならぬほどの大きな炎が迫っていた。

八十歳の老将が守ろうとしたものは、国家の威信でも、軍人としての名誉でもなかった。

それは、妻と子どもと孫、そして曾孫たちが、生きて明日を迎えることだった。

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