第五十五話 母の大往生と最後の親世代の江戸時代証人
一 布団の中の九十七歳
昭和十五年(1940)の秋。わしは七十六歳になっていた。
母の志帆は、三月三十一日に九十七歳の誕生日を迎えた。
春には花見を楽しみ、家族全員で集合写真を撮った。あのとき母は、愛海たちの手を借りながらも、自分の足で歩いていた。
しかし、夏が過ぎ、秋になる頃から、母は布団で過ごす時間が増えていった。
以前は毎朝起きて身支度を整え、縁側に座って庭を眺めていた母だったが、最近は起き上がることにも時間がかかるようになっていた。
食事の量も少しずつ減っていた。
それでも、意識ははっきりしていた。
「母上、お加減はいかがですか」
わしが声をかけると、母は穏やかに微笑んだ。
「大丈夫よ、蔵之助」
「何か召し上がりますか」
「今は結構です。それより、あなたも少しお座りなさい」
わしは母の枕元に腰を下ろした。
「はい」
母はわしの顔を見つめた。
「あなたも、随分とおじいさんになりましたねえ」
「ははは。七十六歳ですからな」
「そうね。でも、私から見れば、まだまだ子どもですよ」
わしは笑った。
「母上にはかないませんな」
母も小さく笑った。
九十七歳の母と、七十六歳の息子。
世間では、わしも立派な老人である。
しかし、母の前では、わしはいつまでも蔵之助という名の息子だった。
二 生き神と呼ばれた母
母は、地域で「生き神」と呼ばれていた。
九十七歳という長寿は、昭和十五年(1940)の日本では極めて珍しかった。
しかも、母は高齢になっても長く自分の足で歩き、会話も明瞭だった。
そのため、近所の人々は母を特別な存在として敬っていた。
「志帆さんに触れると長生きできるらしい」
「手を握ってもらえば、病気をせずに済むそうだ」
そんな話まで広まっていた。
もちろん、母の手に特別な力があるわけではない。
しかし、人々は母の長寿にあやかろうと、しばしば本家を訪ねてきた。
ある日、近所の若い母親が、小さな子どもを連れて訪ねてきた。
「志帆さん、少しだけお顔を見せていただけませんか」
愛海が出迎えた。
「どうぞ。ただ、最近はお疲れになりやすいので、短い時間でお願いしますね」
「はい」
母親は子どもの手を引いて、母の枕元へ進んだ。
「ほら、志帆さんにご挨拶なさい」
「こんにちは!」
母は微笑んだ。
「こんにちは。元気な子ね」
子どもは母の手を見つめた。
「おばあちゃん、ほんとうに九十七さいなの?」
「ええ、そうですよ」
「すごい!」
母は小さく笑った。
「長く生きているだけですよ」
母親が遠慮がちに尋ねた。
「もしよろしければ、この子の手を握っていただけませんか」
母は穏やかに頷いた。
「もちろん」
小さな手が、母のしわの刻まれた手に包まれた。
子どもは嬉しそうに笑った。
「ぼくも、ながいきできる?」
母は優しく答えた。
「そうなるといいですね。でも、長生きするには、ご飯を食べて、よく眠って、体を大切にすることですよ」
「うん!」
わしは隣で、その光景を眺めていた。
母は決して、自分を神様のように扱わせようとはしなかった。
ただ、訪ねてくる人々に優しく接し、長く生きてきた経験を語っていた。
それこそが、人々に慕われる理由だったのだろう。
三 江戸時代を語る最後の母
母を訪ねてくる人々の中には、昔の話を聞きたがる者も多かった。
特に、地域の子どもや若者たちは、母が江戸時代に生まれたと聞くと、目を輝かせた。
「志帆さん、江戸時代って本当にお侍さんが刀を差していたんですか?」
ある少年が尋ねた。
母は微笑んだ。
「ええ。私が若い頃には、武士が刀を差して歩いていましたよ」
「すごい!」
「でもね、町には商人も職人もいて、毎日を一生懸命に暮らしていたの」
母はゆっくりと話し始めた。
江戸の町並み。
行商人の声。
井戸端での会話。
寺社の祭り。
夏の夕涼み。
そして、武士の家に生きる人々の暮らし。
母は、自分が見てきた江戸を、子どもたちに語った。
「昔は今のような電灯もありませんでしたから、夜になると暗かったものですよ」
「じゃあ、どうしてたの?」
「行灯やろうそくを使っていました」
「電車もなかったんでしょう?」
「ええ。遠くへ行くには歩いたり、駕籠に乗ったりしましたね」
少年たちは驚いた。
わしは、その様子を見ながら、幼い頃の自分を思い出していた。
わしがまだ少年だった頃。
祖父の金右衛門や母方の祖母の美帆、父の権兵衛、そして母から、江戸時代の話を聞いた。
当時のわしにとって、江戸はまだ身近な世界だった。
しかし、今の子どもたちにとって、江戸は教科書の中の遠い時代である。
母は、そんな時代を実際に生きてきた人間だった。
「おばあちゃん、江戸時代は楽しかった?」
少年が尋ねた。
母は少し考えた。
「楽しいこともありましたよ。でも、苦しいこともありました」
「そうなんだ」
「どの時代にも、良いことと悪いことがあります。昔だから良かったということでも、今だから何もかも良いということでもありません」
わしは静かに頷いた。
母らしい答えだった。
「大切なのは、今を生きる人が、これからの時代を少しでも良くすることですよ」
少年たちは真剣に聞いていた。
わしは思った。
母は、江戸時代の最後の証人として、次の世代に記憶を渡しているのだと。
四 七十代の兄弟も母の前では子ども
十月のある日。兄の寛之助が本家を訪ねてきた。
兄は七十八歳になっていた。
「母上、お加減はいかがですか」
「まあ、寛之助。よく来ましたね」
母は微笑んだ。
兄は枕元に座った。
「最近は、少しお疲れのようですな」
「そうね。九十七歳ですから」
母は穏やかに答えた。
わしも隣に座っていた。
「母上、無理はなさらぬでください」
「分かっていますよ、蔵之助」
母はわしら兄弟を交互に見つめた。
「あなたたちも、もう七十代後半なのねえ」
兄が笑った。
「そうですな。わしも七十八歳になりました」
「蔵之助は七十六歳でしたね」
「はい」
母は静かに微笑んだ。
「二人とも、よくここまで生きてくれました」
わしらは黙った。
母は続けた。
「あなたたちが若い頃、軍人になると言い出したときには、心配したものですよ」
兄は頷いた。
「海軍兵学校を目指した頃ですな」
「ええ。寛之助は海軍、蔵之助は陸軍」
母は懐かしそうに目を細めた。
「二人とも、まったく違う道を選んだようで、結局は同じ軍人になってしまいましたね」
わしは笑った。
「そうでしたな」
「日清戦争のときも、日露戦争のときも、無事に帰ってくるまで気が気ではありませんでした」
兄は静かに言った。
「母上には、随分と心配をかけましたな」
母は微笑んだ。
「でも、二人とも帰ってきてくれました」
わしは胸が熱くなった。
「若い頃は戦争に行き、年を取ってからは病気や衰えを心配しました。でも、あなたたちが私より先に逝くことはありませんでした」
兄もわしも、何も言えなかった。
「親にとって、それがどれほどありがたいことか……」
母の声は穏やかだった。
わしは母の手を握った。
「母上…」
母は微笑んだ。
「二人とも、長生きしてくれてありがとう」
七十八歳の兄と、七十六歳のわし。
その二人が、九十七歳の母の前で、まるで幼い子どものように黙っていた。
五 葵の記憶
母は、ふと遠い昔のことを口にした。
「……葵も、生きていてくれたらねえ」
わしは顔を上げた。
葵。わしらの弟である。
明治初期、まだ幼い頃に亡くなった。
わしは、弟の小さな手や笑い声を、今でも覚えていた。
「母上、葵のことを思い出されましたか」
母は静かに頷いた。
「あの子は、あまりにも早く逝ってしまいました」
兄も目を伏せた。
「そうですな…」
母は続けた。
「子どもを失う悲しみは、何年経っても消えるものではありません」
わしは黙っていた。
母はわしらを見つめた。
「だからこそ、あなたたち二人が、ここまで生きてくれたことが嬉しいの」
わしは母の手を強く握った。
「母上…」
母は穏やかに微笑んだ。
「葵の分まで生きなさい、とは言いません。人には、それぞれの人生がありますから。ただ、自分の命を大切にしてください」
その言葉は、わしの胸に深く残った。
六 最後の日
昭和十五年(1940)十一月。冷たい風が吹き始めた頃だった。
母の体調は、さらに弱っていた。
食事を取る量は少なくなり、布団から起き上がることもほとんどなくなっていた。
それでも、母は苦しそうに呻くこともなく、静かに横になっていた。
ある朝、愛海がわしに声をかけた。
「あなた、お母様のご様子が、いつもと少し違います」
わしはすぐに母の部屋へ向かった。
母は布団の中で、穏やかに目を開けていた。
「母上」
「……蔵之助」
声は小さかったが、はっきりしていた。
わしは枕元に座った。
「何か苦しいところはありませんか」
母は首を横に振った。
「大丈夫ですよ」
その声を聞き、わしは胸が締めつけられた。
医師にも診てもらい、家族には母の容体を伝えた。
やがて兄の寛之助が到着した。
続いて、愛海、修蔵、節子、光蔵、春子が集まった。
さらに、寛之助の五人の子どもたちも駆けつけた。
冬子も、その中にいた。
部屋には、母を囲む家族たちが集まった。
九十七歳の母。
その前には、七十八歳の長男と、七十六歳の次男。
そして、孫に当たる九人の子どもたち。
母は皆の顔を見渡した。
「…まあ、皆、来てくれたのね」
寛之助が静かに答えた。わしも頷いた。
「皆、母上にお会いしたくて来たのです」
母は微笑んだ。
「ありがとう」
その表情は、驚くほど穏やかだった。
七 母が見届けた九十七年
母は、ゆっくりと言葉を続けた。
「私も……随分と長く生きましたね」
わしは頷いた。
「九十七年です、母上」
「そうね……」
母は天井を見つめた。
「私が生まれた頃は、まだ江戸時代でした」
部屋は静まり返っていた。
「将軍様がいて、武士が刀を差して…町には行商人の声が響いていました」
わしは母の話に耳を傾けた。
「それが、明治になって…鉄道が走って、電灯がついて……」
母は少し笑った。
「本当に、夢のような変わり方でしたね」
寛之助が静かに言った。
「母上は、江戸から昭和までご覧になったのですな」
「ええ。でも、時代が変わっても、変わらないものもありました」
わしは尋ねた。
「何でしょうか、母上」
母はわしらを見つめた。
「人が生まれて、育って、誰かを愛して……そして、いつか別れることです」
わしは目を伏せた。
母は続けた。
「私は、父や母を見送りました。夫の権兵衛も見送りました。小さな葵も……」
母の声は静かだった。
「でも、あなたたちが生まれ、孫が生まれ、曾孫が生まれ、玄孫まで生まれました」
愛海が涙を拭った。
「お義母様……」
母は微笑んだ。
「こんなに大勢の家族に囲まれて、私は幸せでしたよ」
八 最後の願い
母は、わしと兄を見つめた。
「寛之助、蔵之助」
「はい、母上」
わしらは同時に答えた。
母はゆっくりと言った。
「二人とも、私より先に逝かなくてよかった」
その言葉に、わしは胸が詰まった。
「若い頃、戦争に行くたびに心配しました。年を取ってからも、病気をするのではないかと心配しました」
母は小さく息をついた。
「でも、二人とも、こうして生きていてくれました」
兄は母の手を握った。
「母上……」
「親として、これほど嬉しいことはありません」
わしは涙をこらえた。
母は続けた。
「これから先、どんな時代になるのか…私には分かりません」
部屋は静かだった。
「今は戦争が続いていますね」
わしは頷いた。
「もっと苦しい時代になるかもしれません」
母はわしらを見つめた。
「それでも、生きてください」
わしは息を呑んだ。
「……母上」
「たとえ、これから先に希望が見えなくなっても。明日が来ることを、恐ろしいと思う日があっても」
愛海が静かに涙を流していた。
「それでも、生きてください。生きていれば、いつか誰かを助けられるかもしれません」
わしは母の手を握り締めた。
「……はい」
母は微笑んだ。
「あなたたちには、子どもがいます。孫がいます。守りたい人がいます」
寛之助も静かに頷いた。
「はい、母上」
「どうか、命を粗末にしないでください」
母は最後に、こう言った。
「どんなに暗い時代でも……生きて、次の朝を迎えてください」
その言葉を聞いた瞬間、わしの目から涙がこぼれた。
九 母の大往生
母は、少し疲れたように目を閉じた。
わしは枕元に座り続けた。
兄も、母の手を握っていた。
愛海は静かに見守り、修蔵、節子、光蔵、春子も、声を出さずに立っていた。
寛之助の五人の子どもたちも、祖母の姿を見つめていた。
やがて、母が小さく目を開けた。
「……寛之助」
「はい、母上」
「蔵之助」
「はい」
母は微笑んだ。
「……ありがとう」
それが、母の最後の言葉だった。
しばらくして、母の呼吸は静かになった。
苦しそうな様子はなかった。
ただ、眠りにつくように、穏やかに息を引き取った。
医師が静かに死亡を確認した。
昭和十五年(1940)十一月。
神楽坂志帆。享年九十七歳。
江戸時代の天保十四年(1843)に生まれた母は、明治、大正、昭和を生き抜き、静かにその人生を終えた。
わしは母の手を握ったまま、動けなかった。
「……母上」
返事はなかった。
「母上……」
わしはもう一度呼んだ。
しかし、母は目を開けなかった。
兄が静かに頭を下げた。
「……母上。長い間、ありがとうございました」
その声は震えていた。
わしも涙を流した。
七十六歳になっても、母を失う悲しみは、幼い子どもの頃と変わらなかった。
十 最後の親世代
母の死後、わしはしばらく母の部屋に座っていた。
父の権兵衛が亡くなったのは、大正九年(1920)だった。
あれから二十年。母は、父のいない時代を生き続けた。
わしら兄弟が将官を引退し、孫たちが成長し、ひ孫が生まれるまで、ずっと見守ってくれた。
そして、今。母もいなくなった。
わしは静かに呟いた。
「……ついに、親世代がいなくなってしまったのう」
兄が隣に座った。
「そうじゃな」
わしは兄を見つめた。
「兄上、わしらも、とうとう家族の最長老になりましたな」
「うむ」
「父上も母上も、もうおられぬ」
兄は静かに答えた。
「これからは、わしらが家族を見守る番じゃ」
「…そうですな」
幼い頃、わしは父や母、祖父母の背中を見て育った。
何か分からないことがあれば、年長者に尋ねた。
江戸時代のことも、幕末のことも、祖父母や両親から教わった。
しかし、もう尋ねる相手はいない。
わしら自身が、家族の中で最も古い時代を知る者になったのである。
その事実が、胸に重くのしかかった。
十一 孫たちへの知らせ
母の死は、すぐに孫たちにも伝えられた。
義蔵は、弘一を抱く妻とともに本家へ駆けつけた。
「お祖父様…」
わしは頷いた。
「義蔵。母上が亡くなられた」
義蔵は静かに頭を下げた。
奈恵も訪ねてきた。
「お祖父様、お祖母様は…」
「穏やかに逝かれたよ」
奈恵は目に涙を浮かべた。
「……そうだったのね」
康弘も、大空も、日花梨も、幸丞も、母の死を悲しんだ。
六歳の葵生は、まだ死というものを十分に理解できていなかった。
「お母様……ひいおばあさまは、もう起きないんですの?」
春子は葵生を抱き寄せた。
「ええ。もう、目を覚ますことはありませんの」
葵生は目を丸くした。
「どうしてですの?」
春子は涙をこらえながら答えた。
「とても長く生きて…お身体が、静かにお休みになったのですわ」
葵生はしばらく黙っていた。
そして、小さな声で言った。
「……あおい、もっとおはなししたかったですわ」
春子は葵生を強く抱き締めた。
「ええ…お母様も、そう思いますわ」
わしはその光景を見つめた。
母は、葵生のような幼い曾孫たちにも、優しく接していた。
その記憶は、きっと子どもたちの心にも残るだろう。
十二 生き神が亡くなった
母の死は、地域にも大きな衝撃を与えた。
「志帆さんが亡くなったそうだ」
「九十七歳の生き神が……」
「ついに、あの方まで……」
そんな声が、町のあちこちで聞かれた。
長年、母を慕ってきた人々が、本家を訪ねてきた。
手を握ってもらったことのある子どもたち。
江戸時代の話を聞いた若者たち。
昔からの近所の人々。
母の長寿にあやかろうと訪ねてきた人々。
皆が、母の死を惜しんだ。
ある老人が、わしに言った。
「神楽坂さんのお母様には、若い頃からお世話になりました」
わしは頭を下げた。
「こちらこそ、長い間ありがとうございました」
老人は涙を浮かべた。
「本当に、立派な方でした」
別の女性が言った。
「うちの子も、志帆さんに手を握っていただいたんです」
わしは頷いた。
「母は、子どもが好きでしたからな」
「これからも、あの子に志帆さんのことを話して聞かせます」
わしは胸が熱くなった。
母の人生は、家族だけのものではなかった。
地域の人々の記憶にも、深く刻まれていたのである。
十三 大葬儀
母の葬儀には、神楽坂一族が総出で参列した。
兄の寛之助。妻の眞紀子。
寛之助の五人の子どもたちと、その家族。
わしと愛海。
修蔵、節子、光蔵、春子。
十五人の孫たち。
そして、まだ一歳の弘一。
さらに、地域の人々も大勢集まった。
九十七歳の母を見送るため、実に多くの人々が集まった。
葬儀の場では、母の遺影が静かに飾られていた。
そこには、穏やかに微笑む母の姿があった。
わしはその顔を見つめた。
「…母上」
兄が隣に立った。
「蔵之助。母上は、本当に長く生きられたな」
「ええ」
「わしらがここまで生きられたことを、喜んでおられた」
「そうでしたな」
兄は静かに続けた。
「母上の最後の願いを、忘れてはならぬな」
わしは深く頷いた。
葬儀では、修蔵たちも静かに母を見送った。
節子は涙を拭い、光蔵は目を伏せていた。
春子は葵生の手を握りながら、遺影を見つめていた。
冬子も、長い髪を整え、静かに頭を下げていた。
弘一はまだ幼く、何が起こっているのか分からない様子だった。
しかし、その小さな命がここにあることこそ、母が長く生きて見届けたものだった。
わしは、母の遺影に向かって深く頭を下げた。
「母上。九十七年間、本当にお疲れ様でした」
涙が頬を伝った。
「どうか、安らかにお眠りください」
十四 最後の江戸時代証人
葬儀を終えた夜。
わしは兄とともに、母の部屋に座っていた。
布団は片づけられ、部屋は静まり返っていた。
わしは、母がよく座っていた場所を見つめた。
「兄上」
「何じゃ?」
「母上が亡くなられて、わしらの親世代の江戸時代証人は、ついにいなくなりましたな」
兄は頷いた。
「そうじゃな」
わしは静かに続けた。
「祖父の金右衛門は、江戸の政治や武士の暮らしを語ってくれた」
「うむ」
「父上は、幕末の動乱を語ってくれた」
「そうじゃな」
「母上は、江戸の町や人々の暮らしを語ってくれた」
兄は静かに頷いた。
「わしらも、随分と多くの話を聞いて育ったものじゃ」
幼い頃、祖父母や両親に囲まれていた日々。
江戸時代の話を聞き、明治という新しい時代に胸を躍らせていた日々。
その記憶が、今では遠い昔のものになっていた。
「兄上、これからはわしらが語る番ですな」
兄は微笑んだ。
「わしらが覚えていることを、子どもたちや孫たちに伝えていかねばならん」
「うむ」
江戸時代を知る者は、まだ世の中に残っている。
しかし、わしらの家族の中で、親世代として江戸を語ってくれた人々は、もう誰もいない。
これからは、わしら自身が、次の世代へ記憶を渡す役目を担うのだ。
十五 母のいない家
数日後。本家には、いつもの生活が戻り始めていた。
愛海は家事を続け、修蔵たちはそれぞれの仕事へ戻った。
孫たちも、学校や職場へ向かった。
しかし、母のいない家は、以前とは違っていた。
朝、母の部屋から声が聞こえない。
縁側に、母の姿がない。
食事のとき、母のための席が空いている。
わしは、その一つ一つに寂しさを感じていた。
ある日、愛海が声をかけた。
「あなた、少しお休みになってはいかがですか」
「うむ」
わしは椅子に座った。
「母上がいなくなると、家が随分と静かに感じるのう」
愛海は頷いた。
わしは壁に飾られた集合写真を見つめた。
春の花見で撮影した写真。
中央には、九十七歳の母が座っている。
その周囲には、わしら兄弟、愛海、子どもたち、孫たち、ひ孫が並んでいた。
わしは写真を見つめながら、静かに呟いた。
「母上、あの日は本当に楽しかったですな……」
愛海も写真を見つめた。
「ええ。お母様も、とても嬉しそうでした」
わしは頷いた。
「最後に、皆で写真を撮れてよかった」
その言葉を口にした瞬間、涙がこぼれた。
愛海は何も言わず、わしの隣に座っていた。
十六 最長老となった兄弟
昭和十五年(1940)十一月。
母の死によって、神楽坂家の最長老は、兄の寛之助になった。七十八歳。
そして、その次が七十六歳のわしである。
かつて、祖父母や両親の背中を見上げていた兄弟が、今では家族の頂点に立つ年齢になった。
しかし、わしには、自分が偉くなったという気持ちは少しもなかった。
むしろ、寂しさの方が大きかった。
「兄上」
わしはある日、兄に言った。
「わしらも、とうとう親のいない子どもになりましたな」
兄は静かに頷いた。
「そうじゃな」
「七十六歳になって、こんなことを思うとは…」
兄は少し笑った。
「わしも七十八歳じゃ。それでも、母上がいなくなると寂しいものじゃ」
「本当に」
兄は続けた。
「だが、母上はわしらに、生きろとおっしゃった。ならば、わしらは生きねばならぬ」
わしは兄を見つめた。
「…そうですな」
兄は静かに言った。
「これから先、どのような時代が来ようともな」
わしは深く頷いた。
十七 母の遺した言葉
その夜。
わしは書斎に座り、母の最後の言葉を思い返していた。
「どんなに暗い時代でも、生きて、次の朝を迎えてください」
母は、そう言った。
わしは七十六歳。すでに長い人生を生きてきた。
しかし、母に比べれば、まだ二十一年も短い。
これから先に何が起こるのか、わしには分からなかった。
日中戦争は続いている。
ヨーロッパでは第二次世界大戦が広がっている。
日本は、国民の生活を統制しながら、さらに大きな戦争へ向かおうとしているように見えた。
わしは窓の外を見つめた。
「母上…… わしは、これからも生きます。どんなに苦しい時代が来ようとも、家族を守り、命を大切にして生きていきます」
わしは机の上に置かれた家族写真を見つめた。
そこには、母の笑顔があった。
江戸時代から昭和十五年まで、九十七年を生き抜いた母。
わしら兄弟を育て、孫たちを見守り、玄孫の誕生まで見届けた母。
その人生は、決して無駄ではなかった。
わしは静かに目を閉じた。
母の声が、今も耳に残っている。
「蔵之助、あなたも長生きしてくださいね」
わしは微笑んだ。
「……はい、母上」
そして、再び目を開けた。
母はもういない。
しかし、母から受け取った命と記憶は、わしの中に残っている。
これからは、わしが次の世代へ伝えていく番なのだ。
昭和十五年(1940)十一月。神楽坂志帆、享年九十七歳。
江戸時代の最後の親世代証人は、静かにその生涯を終えた。
そして、わしと兄は、家族の最長老として、新しい時代を生きていくことになった。
第四章では、昭和初期の神楽坂一族が、旅行をしたり、花見をしたり、文学を読んだり、さらには家族が広がって一族はもっと豊かになるだろうと、蔵之助はそう信じていた。
4兄弟も家庭を持って完全に大人になって、孫たちも成長して社会人になって子を持つ者からまだ幼い孫まで実に年代が幅広く、一家の大きさを感じさせられた。
そして母の志帆は97歳で死没した。
これから先、大きな戦争を迎えることになって、蔵之助は困難に直面しても、強く生きていくのだらうか… 陸軍中将も、予備役も、軍人会も引退した蔵之助の人生はまだまだ続く…
第五章へ続く…




