第五十三話 初ひ孫誕生と大家族集合写真
一 七十五歳の曾祖父
昭和十四年(1939)七月八日。
その日、わしの人生に、また一つ忘れがたい出来事が加わった。
わしは七十五歳。妻の愛海は、まもなく七十一歳になるところだった。
明治、大正、昭和と、三つの時代を生きてきたわしらには、すでに十五人の孫がいた。
長男の修蔵は五十歳になり、節子は四十六歳、光蔵は四十二歳、春子は三十七歳である。
その子どもたちも、幼い者からすでに仕事に就いた者まで、実にさまざまな年齢になっていた。
ところが、その朝。
「父上!生まれたぞ!」
玄関から聞こえてきたのは、修蔵の声だった。
わしが廊下へ出ると、息を弾ませた修蔵が立っていた。
「何じゃ、朝からそんなに騒いで」
「義蔵の子だよ!無事に生まれたんだ!」
「おお!」
わしは思わず声を上げた。
義蔵は修蔵の長男で、明治四十五年(1912)十二月に生まれた、わしにとって最初の孫だった。
その義蔵が結婚し、いよいよ父親になったのである。
「男の子だそうだ!母子ともに無事だよ!」
わしは胸を撫で下ろした。
「それはよかった。本当によかったのう」
愛海も奥から姿を現した。
「まあ! 義蔵に赤ちゃんが?」
「うむ。男の子じゃそうだ」
「まあまあ…!」
愛海は両手を合わせた。
「それでは、私たちも曾祖父母になったのですね」
その言葉に、わしは一瞬黙った。
曾祖父。曽祖父とも書くが、わしはこれまで、その言葉を自分自身に当てはめて考えたことがなかった。
かつて祖父の金右衛門を見上げていた幼いわしが、今では曾祖父になる。
「……わしが、ひ孫を持つ歳になったのか」
修蔵が笑った。
「父上だけじゃない。俺も祖父になったんだよ!」
「そうじゃったな!」
わしらは声を上げて笑った。
五十歳の修蔵が祖父となり、七十五歳のわしが曾祖父となった。思えば、何とも不思議な朝だった。
二 神楽坂弘一
数日後、わしらは義蔵の赤ん坊に会いに行った。
生まれた子の名は、神楽坂弘一。
七月八日生まれの男の子である。
義蔵は二十六歳。
鉄道技師として仕事をしながら、今度は一人の父親として新しい生活を始めることになった。
「お祖父様、来てくれてありがとう」
義蔵は少し照れたように笑った。
「おお、義蔵。おめでとう」
わしは赤ん坊を覗き込んだ。
小さな顔。
小さな手。
そして、まだ何も知らない澄んだ瞳。
その姿を見た瞬間、胸の奥が熱くなった。
「この子が…わしのひ孫か」
愛海も嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、可愛らしいこと」
弘一は小さな手を動かした。
その手を見つめていると、昔のことが次々と思い出された。
明治二十二年(1889)、修蔵が生まれた日。
大正元年(1912)、義蔵が生まれた日。
そして、昭和十四年(1939)、弘一が生まれた日。
修蔵、義蔵、弘一。
親から子へ、子から孫へ。
わしが父から受け継いだ命が、さらに先の世代へ続いている。
「義蔵」
わしは孫に声をかけた。
「はい」
「父親になった気持ちはどうじゃ?」
義蔵は赤ん坊を見つめた。
「嬉しいですが… 正直、この子の人生に、俺が責任を持つんだと思うと少し怖いです」
「ほう」
わしは微笑んだ。
「よいことじゃ」
「え?」
「親になるとは、嬉しさだけではない。責任の重さを知ることでもある」
義蔵は静かに頷いた。
わしは弘一の顔を見つめた。
「じゃが、一人で全部背負わなくてもよい。お前には妻がおる。修蔵もおる。そして、わしらもおる」
義蔵は微笑んだ。
「ありがとう、お祖父様」
わしは思った。
幼い頃、弟たちをからかっては修蔵に叱られていた、あのいたずら好きな義蔵が。
今では、赤ん坊を抱く父親になっている。
長生きとは、何と面白いものだろう。
三 祖父になった修蔵
弘一の誕生を、誰よりも大げさに喜んでいたのは修蔵だった。
「父上、俺も祖父だぞ!」
「先ほどから何度も聞いておるわ」
「いやあ、何だか信じられなくてね!」
修蔵は自分の頭を撫でた。
「白髪が増えて、とうとう孫までできちまった」
わしは笑った。
「お前も五十歳じゃからな」
「そうなんだよ。昔は五十なんて、随分なおじさんだと思ってたのにな」
「実際、立派なおじさんになったではないか」
「父上、それは言わないでくれよ!」
愛海が笑った。
「でも、修蔵。お祖父さんになったのですから、少しは落ち着かないといけませんね」
「母上まで!」
部屋に笑い声が広がった。
修蔵は昔から実直で、仕事にも家庭にも責任感が強かった。
息子たちには礼儀を教え、ときには厳しく叱った。
その一方で、男ばかりの賑やかな家庭では、一緒になって笑ったり、騒いだりすることも多かった。
そんな修蔵が、赤ん坊を抱くと途端に顔を緩ませる。
「弘一、お祖父ちゃんだぞ」
わしは思わず笑った。
「修蔵、お前がそんな声を出すとはのう」
「父上、赤ん坊にはこういう声になるんだよ!」
「ははは!」
義蔵まで笑っていた。
「父上、僕が小さい頃もそんなだったの?」
「いや、お前はすぐにいたずらをしたから、もっと叱ってたな」
「それは覚えてるよ」
わしは親子三代を眺めた。
五十歳の祖父。
二十六歳の父親。
生まれたばかりの赤ん坊。
三人とも、同じ神楽坂の名を持っている。
それだけで、胸が温かくなった。
四 誰が大叔母ですって?
弘一誕生の知らせを受け、節子、光蔵、春子も集まった。
「まあ、何て可愛いの!」
節子は赤ん坊を見つめて微笑んだ。
学校でも家庭でも厳しいことで知られる節子だったが、小さな赤ん坊の前では表情が柔らかくなる。
光蔵も穏やかに笑った。
「義蔵、おめでとう。これから忙しくなるね」
「ありがとう、光蔵おじさん」
「でも、子どもって可愛いものだからね」
そのとき、修蔵が得意げに言った。
「これで俺は祖父、父上は曾祖父だ。そして、お前たちは弘一の大叔父や大叔母になるんだな!」
「まあ、そうね」
節子が頷いた。
光蔵も笑った。
「僕も大叔父か。何だか不思議だね」
しかし。
「…ちょっとお待ちくださいませ」
春子の声が聞こえた。
わしらは振り返った。
春子は微笑んでいた。
ただし、その微笑みには、どこか引っかかるものがあった。
「修蔵兄様、今、何とおっしゃいまして?」
「え? お前たちは大叔父や大叔母になるって…」
「誰が大叔母ですって?」
春子はにっこりと笑った。
修蔵は思わず口をつぐんだ。
わしは吹き出した。
「ははは!春子、昔も似たようなことを言っておったな!」
大正元年(1912)、義蔵が生まれたときのことだった。
当時十歳の春子は、自分が叔母になったと聞いて、「おばさんなんて嫌ですわ!」と大騒ぎしたのである。
そして二十七年後。
三十七歳になっても、まったく同じことを言っている。
「お父様!笑い事ではございませんわ!」
「いやいや、懐かしくてのう」
光蔵も笑った。
「春子、でも本当に大叔母なんだよ」
「光蔵兄様まで!」
節子が肩をすくめた。
「春子、呼び名と見た目は関係ないでしょう?」
「それは分かっておりますけれど…」
春子は少し頬を膨らませた。
その姿がまた若々しく、わしはますます笑ってしまった。
実際、三十七歳の春子は、まだ二十代前半ほどに見えることがあった。
腰まで伸ばした艶やかな黒髪も、若い頃と変わらず美しかった。
修蔵が笑った。
「見た目は若くても、弘一にとっては大叔母だぞ!」
「まあ、修蔵兄様ったら!」
愛海まで笑い始めた。
やがて春子も、仕方なさそうに微笑んだ。
「もう…皆様、昔のことをよく覚えていらっしゃいますのね」
わしは頷いた。
「それだけ、長く家族で過ごしてきたということじゃ」
五 五歳の叔母と九十六歳の高祖母
弘一の誕生は、孫たちの間でも大きな話題になった。
義蔵の弟たちは叔父となり、奈恵、康弘、大空、日花梨、幸丞、葵生たちも、親族の呼び方でいえば一つ下の世代に叔父や叔母として接する立場になった。
もっとも、義蔵のいとこたちと弘一の関係は、正確には通常の叔父・叔母とは異なる。
それでも、家族の間では冗談交じりに「小さなおじさん」「小さなおばさん」と呼ばれていた。
特に面白かったのが、五歳の葵生である。
「葵生も、おばさんになりますのよ」
春子が教えると、葵生は目を丸くした。
「あおいが?」
「ええ」
「でも、あおい、まだちっちゃいよ?」
「ふふふ。そうですわね」
葵生は弘一を覗き込んだ。
「あかちゃん、ちっちゃい!あおいのほうが、おっきい!」
春子は笑った。
「ええ。葵生の方がお姉さんですわ」
葵生は嬉しそうに胸を張った。
「じゃあ、あおいがまもる!」
その言葉に、皆が微笑んだ。
わしは小さな葵生を見つめた。
たった五歳の子が、もう一つ下の世代を迎えたのである。
そして、さらに驚くべきことがあった。
わしの母、志帆である。
母は九十六歳になっていた。
義蔵の子が生まれたことで、母はわしらの家系でも高祖母になった。
もっとも、母が高祖母になったのは、これが初めてではない。
同じ昭和十四年(1939)の一月、兄の寛之助の家系にひ孫が誕生しており、その時点で母はすでに高祖母となっていた。
「母上、また高祖母になられましたな」
わしが言うと、母は笑った。
「まあ、また一人増えたのね。賑やかでいいことですよ」
母は弘一を見つめた。
「こんなに小さな子が、これから大きくなっていくのね」
そして、静かに続けた。
「私がこの子の成長を、どこまで見られるかは分からないけれど…」
わしは母を見つめた。
「母上…」
母は穏やかに微笑んだ。
「長く生きて、こうして新しい命に会えるだけでも幸せですよ」
わしは胸が熱くなった。
江戸時代に生まれた母が、昭和生まれの玄孫を抱いている。
父から子へ、子から孫へ。
五つの世代が、一つの部屋に集まっていた。
六 昭和十五年の桜
翌昭和十五年(1940)の春。わしは七十六歳になった。
母は三月三十一日、ついに九十七歳の誕生日を迎えた。
兄の寛之助は七十七歳、妻の眞紀子は七十二歳。愛海は七十一歳になっていた。
弘一は生後九か月。
前年の夏にはまだ生まれたばかりだった赤ん坊も、表情が豊かになり、周囲の人々に愛嬌を振りまくようになっていた。
そんな春。わしは一つのことを思いついた。
「そうじゃ。皆で花見をしよう」
愛海が顔を上げた。
「お花見ですか?」
「うむ。蔵之助家も寛之助家も、母上も、皆で集まるのじゃ」
愛海は微笑んだ。
「それは素敵ですね」
「そして、写真を撮ろうと思う」
「写真?」
「うむ。母上も九十七歳になられた。わしら兄弟も七十代後半じゃ。子どもたちは大人になり、孫も十五人、ひ孫まで生まれた」
わしは少し笑った。
「これだけの家族が揃う機会は、そう何度もないかもしれぬ」
愛海は静かに頷いた。
「そうですね。ぜひ皆に声をかけましょう」
こうして、神楽坂両家による大規模な花見が計画された。
今年はこれまでの花見とは違う。
大勢の子どもたちや孫たちに加え、ひ孫まで一緒なのである。わしは胸を躍らせていた。
七 愛海の長い家庭生活
花見の準備を進める愛海を見ながら、わしは改めて妻の人生を振り返った。
愛海は明治元年(1868)生まれ。
若い頃から家の仕事を手伝い、結婚後も商いと家庭の両方を支えてきた。
修蔵が生まれ、節子が生まれ、光蔵が生まれ、春子が生まれた。
美嘉を失った悲しみも、わしらはともに乗り越えてきた。
大正から昭和にかけて、愛海は長年続けてきた商いの仕事を、六十歳を機に引退した。
それ以降は、本家で家事を中心に暮らしながら、四人の子どもたちの家庭や孫たちを支えるようになった。
四兄弟の家を訪ね、孫たちの様子を聞き、困っている家庭にはできる範囲で手を貸した。
ときには本家に親族を招いて、季節の祝い事や小さな祭りのような集まりを開いた。
愛海にとって、家族が集まって賑やかに過ごすことは、大きな生き甲斐だった。
「あなた、お弁当のおかずは何がよろしいかしら?」
愛海が尋ねた。
「何でもよいぞ」
「それでは困ります」
「ははは。そうじゃな」
愛海は献立を考えながら、楽しそうにしていた。
「孫たちも大勢来ますから、食べやすいものを用意したいですね」
「うむ」
「葵生や弘一のことも考えなくてはいけませんし…」
わしは妻を見つめた。
「愛海、お前は本当に忙しそうじゃな」
「ええ。でも、楽しいのですよ」
「疲れぬか?」
愛海は微笑んだ。
「疲れることもあります。でも、皆のために働けることが嬉しいのです」
わしは静かに頷いた。
愛海は続けた。
「あなたが軍人として働いていた頃も、子どもたちが小さかった頃も、私はこの家を守ってきました」
「うむ」
「今は孫たちも増えましたし、やることがなくなる方が寂しいくらいです」
わしは思わず笑った。
「お前らしいのう」
愛海は楽しそうに笑った。
「それに、あなた。家のことでは、まだまだ私の方が上手ですからね」
「ははは。昔から、お前にはかなわぬ」
わしらは笑い合った。
愛海は七十代になっても、本家を支える大きな存在だった。
わしは軍人として家を離れることが多かったが、愛海はずっと家族を守り続けてくれた。
そのことを、改めてありがたく思った。
八 桜の下の四兄弟
四月初め。公園には、美しい桜が咲いていた。
わしら神楽坂家は、朝から続々と集まってきた。
最初に到着したのは修蔵たちだった。
五十一歳になった修蔵は、すっかり中年の男性らしい風貌になっていた。
「父上!おはよう!」
「おお、修蔵」
「今年も見事な桜だな!」
修蔵は笑った。
その髪には、前年よりもさらに白いものが増えていた。
「修蔵、また白髪が増えたかのう」
わしが言うと、修蔵は苦笑した。
「父上、朝からそれは勘弁してくれよ!」
続いて、節子が到着した。
四十七歳になった節子は、相変わらず姿勢がよく、きびきびと歩いていた。
「父上、母上。おはようございます」
「おお、節子」
節子は子どもたちを見渡した。
「皆、荷物をその辺に散らかしてはいけませんよ」
「はい!」
孫たちは一斉に返事をした。
光蔵が笑った。
「節子姉上、まだ集まったばかりだよ」
「最初が肝心なのよ、光蔵」
「ははは。そうだね」
四十二歳の光蔵も、すっかり中年の父親になっていた。
若い頃の少年らしい面影は残っているものの、顔つきは落ち着き、体格にも年齢相応の変化が見られた。
それでも、子どもたちに向ける優しい目は変わらなかった。
そして、最後に春子が現れた。
「お父様、お母様。ごきげんよう」
春子は三十八歳。
春らしい上品な服装に身を包み、艶やかな黒髪を長く下ろしていた。
髪の一部は後ろでリボンを使ってまとめているが、背中には美しい長髪が流れている。
その姿は、三十八歳というよりも、まだ二十代前半ほどの若い女性に見えた。
「春子、お前は本当に変わらぬのう」
わしが言うと、春子は微笑んだ。
「まあ、お父様。またそのようなことをおっしゃって」
修蔵が笑った。
「俺とは大違いだな」
「修蔵兄様は、少し白髪を気になさりすぎですわ」
「少しどころじゃないんだよ!」
一同が笑った。
四兄弟。
それぞれ違う人生を歩み、違う家庭を築いた四人が、また同じ桜の下に集まったのである。
九 成長した孫たち
孫たちも、次々に顔を揃えた。
義蔵は二十七歳。
鉄道技師として働きながら、弘一の父親として子育てにも向き合っていた。
かつてのいたずら好きな少年が、今では赤ん坊の荷物を持ち、妻と相談しながら世話をしている。
わしは感慨深く見つめた。
「義蔵、すっかり父親らしくなったのう」
「そうかな、お祖父様」
「うむ」
義蔵は照れくさそうに笑った。
「まだまだ分からないことばかりです」
「それでよい。親も子どもと一緒に成長するものじゃ」
義蔵は頷いた。
奈恵は二十三歳になっていた。
小学校教員として働く奈恵は、昔から孫たちのまとめ役だった。
しかし、今では以前よりも穏やかになり、年少の子どもたちへ優しく声をかけるようになっていた。
「ほら、そこの二人。桜の枝を引っ張ってはいけないわ」
奈恵が言った。
「えー!」
「お花が傷ついてしまうでしょう?落ちている花びらなら、拾ってもいいのよ」
子どもたちは頷いた。
「うん!」
わしは微笑んだ。
「奈恵も立派な先生になったのう」
奈恵は少し照れた。
「ありがとうございます、お祖父様」
康弘は二十一歳。
商船学校で学び、航海士を目指していた。
「お祖父様、今度また船の話を聞かせてください」
「ほう。わしよりも寛之助兄上の方が詳しいぞ」
「もちろん、大伯父様にも聞くつもりです!」
わしは笑った。
「頼もしいのう」
大空は十九歳。
かつてはいたずら好きな少年だったが、今では小学校教員として働き始めていた。
「大空、本当に先生になったのか」
わしが尋ねると、大空は笑った。
「そうだよ、お祖父様!」
「昔は節子によく叱られておったのにな」
「それは言わないでよ!」
節子が横から言った。
「大空、教師になったからには、子どもたちに恥ずかしくない行動をしなさいね」
「分かってるよ、節子おばさん!」
一同が笑った。
日花梨は十八歳。
映画への憧れを実現し、映写技師として働くようになっていた。
「お祖父様、今度新しい映画を見に来てよ!」
「ほう。日花梨が映すのか?」
「うん!」
日花梨は目を輝かせた。
「映写機って、本当に面白いの!」
わしは頷いた。
「立派な仕事じゃな」
そして、幸丞。
十四歳になった幸丞は、中学校で学んでいた。
かつては奈恵に注意されていた年少の孫たちも、今では幸丞から落ち着いた声で注意されるようになっていた。
「こら、そこは走るなよ。弘一がいるんだから」
「はーい!」
「あと、食べ物を落とさないようにな」
その姿を見て、わしは笑った。
「幸丞、お前も随分としっかりしたのう」
「俺だって、もう中学生ですから」
幸丞は少し照れくさそうに答えた。
医師を目指す気持ちは、今も変わっていないらしい。
そして、六歳になった葵生。
春子の末娘は、幼いながらも、少しずつ母親の言葉遣いを覚え始めていた。
「おじいさま、ごきげんよう!」
わしは驚いた。
「おお、葵生。そんな挨拶ができるようになったのか!」
葵生は嬉しそうに笑った。
「おかあさまに、おしえてもらいましたの!」
春子が微笑んだ。
「まだ少しぎこちないですけれど、最近はよく真似をするんですの」
葵生は続けた。
「おじいさま!あおい、ちょうちょを見つけましたわ!」
「ほう!」
「おはなも、むしさんも、だいすき!」
わしは笑った。
生き物が好きになった葵生は、花の間を飛ぶ蝶や、木の幹を歩く小さな虫に夢中だった。
「葵生、生き物は優しく扱うのじゃぞ」
「はいですわ!」
その返事に、皆が笑った。
わしは葵生の頭を優しく撫でた。
十 九十七歳の志帆
やがて、母の志帆が到着した。
九十七歳。江戸時代の天保十四年(1843)生まれである。
母はさすがに身体の衰えを感じるようになっていた。
歩く速さは以前より遅くなり、長い距離を歩くときには誰かの手を借りることも増えた。
しかし、言葉は明瞭で、会話もしっかりとできた。
「まあ、綺麗な桜ですね」
母は空を見上げた。
「母上、お疲れではありませんか?」
わしが尋ねると、母は微笑んだ。
「大丈夫ですよ、蔵之助」
「それならよかった」
母はゆっくりと歩きながら言った。
「九十七歳になっても、こうして花見ができるとはねえ」
寛之助が笑った。
「母上、本当にお元気ですな」
「あなたたちも、まだまだ元気でいなさい」
わしら兄弟は顔を見合わせた。
「ははは!」
七十代後半の兄弟が、九十七歳の母から励まされている。
周囲の人々が、少し驚いたようにこちらを見ていた。
母は、若い頃のことを思い出していた。
「私が娘の頃にも、桜は咲いていたわ」
わしは頷いた。
「そうですな」
「幕府があって、武士が刀を差していた頃よ」
母は静かに続けた。
「それが今では、こんなに大勢の孫や玄孫に囲まれているのね」
わしは母を見つめた。
「長い人生でしたな」
母は微笑んだ。
「ええ。でも、悪いものではありませんよ」
その言葉を聞き、胸が温かくなった。
十一 寛之助一家の集合写真
花見の途中、写真師が準備を始めた。
まずは、寛之助一家の集合写真を撮ることになった。
兄の寛之助。
妻の眞紀子。
そして、その子どもたちと孫たち。
冬子も、もちろん参加していた。
冬子は三十八歳になっていた。
小説家として活動しながら、文学への情熱を持ち続けている。
生まれつきの光沢のある茶色寄りの長髪は、春子の黒髪と対照的だった。
「叔父様も一緒に写りましょう!」
冬子はわしの手を取った。
「ありがとう、冬子」
写真師が皆の位置を整えた。
兄は姿勢を正し、眞紀子は穏やかに微笑んだ。
冬子は兄のすぐ近くに立った。
「お父様、もう少しこちらですわ」
「おお、そうか」
「ふふふ。そうですの」
兄は笑った。
「冬子、お前は相変わらず世話焼きじゃのう」
「まあ、お父様。皆様が綺麗に写るようにしているだけですわ」
わしはその光景を眺めていた。
寛之助は七十七歳。
眞紀子は七十二歳。
二人とも、江戸時代に生まれた人間である。
その子どもたちは明治生まれ。
孫たちには大正や昭和に生まれた者もいて、総勢19人いた。
そして、中央には九十七歳の母。
写真師が声をかけた。
「それでは、皆さん、こちらをご覧ください!」
皆が姿勢を整えた。
「はい、そのまま!」
乾いた音が響いて写真が撮られた。
わしは微笑んだ。
兄の一家も、随分と大きくなったものだ。
十二 神楽坂本家の集合写真
続いて、わしらの一家の撮影になった。
母と兄も、わしらの写真に加わってもらうことにした。
「兄上、どうか一緒に」
わしが言うと、兄は笑った。
「もちろんじゃ」
母も頷いた。
「皆で撮りましょう」
愛海が孫たちに声をかけた。
「皆さん、こちらへ集まってくださいね」
修蔵は大きな声を出した。
「おい、皆!写真を撮るぞ!」
節子も続けた。
「小さい子は前へ、大きい子は後ろへ並びなさい!」
光蔵は優しく年少の孫たちを誘導した。
「ほら、こっちだよ。慌てなくていいからね」
春子は葵生の手を引きながら微笑んだ。
「葵生、今日は綺麗に写りましょうね」
「はいですわ!」
わしは思わず笑った。
義蔵は弘一を抱く妻の隣に立ち、修蔵は少し照れながらその近くに並んだ。
奈恵は年少の子どもたちを整列させた。
康弘は背筋を伸ばし、大空は少し笑いながら立っていた。
日花梨は髪を整え、幸丞は小さな子が動き回らないように気を配っていた。
葵生は春子の前に立ち、嬉しそうに桜を見上げていた。
彼ら七人の孫だけでなく、ほかの八人の孫たちも加わった。十五人の孫。
四人の子どもたち。その配偶者たち。
わしと愛海。
母と兄。
新しく生まれたひ孫の弘一。
実に大勢の人間が、一つの写真に収まろうとしていた。
写真師も少し驚いていた。
「これはまた、立派な大家族ですね!」
わしは笑った。
「ええ。随分と増えました」
写真師が尋ねた。
「皆さん、ご親戚でいらっしゃいますか?」
「うむ。わしの子どもと孫たちじゃ」
「お孫さんは何人ほど?」
「十五人じゃ」
写真師は目を丸くした。
「十五人!」
わしは頷いた。
「そして、あの赤ん坊が初ひ孫です」
「それはおめでとうございます!」
写真師は笑った。
「では、ぜひ立派な一枚を残しましょう!」
十三 桜の下の五世代
撮影の準備が整った。
母は中央の椅子に座った。
その隣には、わしと愛海が並んだ。
兄の寛之助も近くに立っている。
前には幼い孫たち。
後ろには修蔵、節子、光蔵、春子と、その家族たち。
そして、生後九か月の弘一。
わしは、ふと周囲を見渡した。
母は九十七歳。
わしは七十六歳。
修蔵は五十一歳。
義蔵は二十七歳。
弘一は、まだ一歳にもなっていない。
五つの世代が、同じ桜の下に集まっている。
九十七年という時間。
江戸時代から昭和十五年までの長い年月が、一枚の写真に収まろうとしていた。
わしは胸が熱くなった。
そのとき、母がわしに小さく声をかけた。
「蔵之助」
「はい、母上」
「立派な家族になりましたね」
わしは母を見つめた。
「…はい」
母は微笑んだ。
「あなたが小さかった頃には、こんな日が来るとは思いませんでしたよ」
わしは頷いた。
「わしもです」
少し離れたところで、弘一が小さな声を上げた。
義蔵が慌ててあやす。
修蔵が笑う。
節子が子どもたちに静かにするよう注意し、光蔵が優しく笑いかける。
春子は葵生の肩に手を添えた。
愛海は、皆の姿を嬉しそうに見つめていた。
わしは思った。
かつて祖父の金右衛門や父の権兵衛が、この光景を見ることができたなら、どれほど驚いただろうか。
武士の家に生まれた一人の少年が、こんなにも大きな家族を持つことになるとは。
写真師が声をかけた。
「それでは、皆さん、こちらを向いてください!」
皆が前を向いた。
「動かないでくださいね!」
わしは背筋を伸ばした。
母は穏やかに微笑んだ。
兄は堂々と立っていた。
愛海は優しい表情を浮かべていた。
四人の子どもたちも、孫たちも、皆が一つの方向を向いた。
そして、シャッターが切られた。
昭和十五年(1940)、春。神楽坂家の五世代が、桜の下で一枚の写真になった。
十四 本家に飾られた大きな写真
数日後。写真師から、出来上がった写真が届いた。
わしは愛海とともに、それを広げた。
「おお…!」
そこには、桜の下に集まった家族たちが写っていた。
母の穏やかな顔。
兄の堂々とした姿。
愛海の優しい微笑み。
白髪の増えた修蔵。
厳格そうでありながら、家族への愛情が感じられる節子。
穏やかな光蔵。
若々しい春子。
そして、成長した孫たちと、小さな弘一。
わしはしばらく黙って写真を見つめていた。
「あなた、素敵な写真ですね」
愛海が言った。
「うむ」
「皆、よい顔をしています」
「そうじゃな」
愛海は微笑んだ。
「これを大きくして、家に飾りませんか?」
「よい考えじゃ」
わしらは写真を大きく引き伸ばしてもらい、額に入れることにした。
そして、本家の人目につきやすい場所に飾った。
数日後、修蔵たちが訪ねてきた。
「おお!父上、写真を飾ったんだな!」
修蔵が声を上げた。
節子も微笑んだ。
「よく撮れているわね」
光蔵は写真を見つめた。
「皆が揃っているのを見ると、すごい人数だね」
春子も嬉しそうだった。
「まあ、本当に素敵ですわ」
葵生は写真を指差した。
「あっ! あおい!」
わしは笑った。
「そうじゃ。そこにおるな」
「おかあさまも!」
春子が微笑んだ。
「ええ。一緒に写っていますわ」
葵生は嬉しそうに笑った。
「あおい、またしゃしん、とりたいですわ!」
一同が笑った。
わしは写真を見つめた。
これから何年経っても、この写真を見れば、今日という日を思い出せるだろう。
桜の花。
春の風。
子どもたちの笑い声。
そして、母の言葉。「立派な家族になりましたね」
わしは静かに微笑んだ。
十五 長い人生の宝物
その夜。わしは一人で、飾られた写真を見つめていた。
昭和十五年(1940)。わしは七十六歳。
人生の大部分を、すでに生きてきた。
江戸時代に生まれ、明治を生き、大正を過ごし、昭和を迎えた。
軍人として長く働き、戦争を経験し、多くの人々と出会った。
その一方で、家族を持ち、子どもたちを育て、孫たちの成長を見守ってきた。
そして、ついにひ孫まで誕生した。
わしは写真に手を伸ばしかけ、静かに止めた。
「……これが、わしの人生なのじゃな」
軍服も、階級も、勲章も。
それらは、わしが歩んできた道の一部である。
しかし、目の前の写真には、それ以上に大切なものが写っていた。家族である。
父の権兵衛は、すでに二十年前に亡くなった。
祖父母たちも、遠い昔にこの世を去った。
そして、わし自身も、いつかは必ずこの世を去る。
それでも、家族は続いていく。
修蔵の子どもたちが家庭を持ち、さらにその子どもたちが生まれる。
節子、光蔵、春子の家系も、それぞれの道を歩んでいく。
そうして、神楽坂家の歴史は受け継がれていくのだろう。
わしは静かに呟いた。
「父上、祖父上。ご覧になっておられますか…」
窓の外には、春の夜空が広がっていた。
そのとき、愛海が隣に立った。
「あなた、まだ写真をご覧になっていたのですか?」
「うむ。何度見ても飽きぬ」
愛海は微笑んだ。
「私もです」
わしは妻を見つめた。
「愛海。お前と結婚して、本当によかった」
愛海は少し驚いたように目を丸くした。
「まあ、あなた。突然どうなさったのですか?」
「いや…今まで、随分と苦労をかけたと思ってのう」
愛海は静かに微笑んだ。
「苦労はありましたよ。でも、楽しいことも、たくさんありました」
「うむ」
「そして、こんなに大きな家族になったのですから」
わしは頷いた。
「そうじゃな」
愛海は写真を見つめた。
「これからも、皆で元気に暮らしていきたいですね」
「うむ。そうしよう」
しかし、わしは心の奥で感じていた。
この写真に写る全員が、いつまでも同じ姿でいられるわけではない。
母は九十七歳になり、身体の衰えも少しずつ目立つようになっていた。
世界では戦争が続き、日本もまた長い日中戦争の中にあった。
時代が、このまま穏やかに進んでいく保証はなかった。
それでも、この写真が撮られた日の笑顔だけは、確かなものだった。
わしはもう一度、写真を見つめた。
江戸生まれの母から、昭和生まれのひ孫まで。
五つの世代が、一つの桜の下に集まった春。
それは、わしの長い人生の中でも、何物にも代えがたい宝物となった。




