第五十二話 日中戦争と第二次世界大戦の開戦
一 春の旅行から、夏の戦火へ
昭和十二年(1937)夏。わしは七十三歳になっていた。
三月には家族と三十一年ぶりの大阪旅行を楽しみ、四月には兄の寛之助一家とともに東北各地を巡った。
大阪では、特急「燕」の速さに驚く母の姿があった。東北では、もう九十四歳になった母が、わしら兄弟よりも元気そうに景色を眺めていた。
思えば、何と幸せな春だったことか。
修蔵は白髪を気にしながらも息子の義蔵と鉄道の話をし、節子は孫たちに厳しく注意し、光蔵は子どもたちの夢を優しく聞いていた。
春子は相変わらず艶のある長い黒髪を揺らし、幼い葵生の手を引いていた。
あの頃のわしは、軍人会を引退して一年が過ぎ、ようやく穏やかな老後を迎えられるのではないかと思っていた。しかし、そんな期待は長く続かなかった。
六月四日、近衛文麿を首相とする内閣が成立した。
近衛は華族出身で、国民の間にも高い知名度を持つ政治家だった。二・二六事件以降、軍部の政治的な影響力が強まる中で、新しい内閣がどのように国を導くのか、わしは注意深く見守っていた。
「あなた、また新聞ですか?」
愛海が声をかけた。
「うむ。新しい内閣ができたからのう」
「軍人会をお辞めになっても、政治のことが気になるのですね」
「長年の癖じゃ。なかなか抜けぬ」
わしは苦笑した。
愛海は静かに言った。
「どうか、今度こそ平穏な時代になってほしいものですね」
「そうじゃな」
わしは新聞を畳んだ。
しかし、心の奥には、拭いきれない不安があった。
満州事変以来、日本と中国の関係は緊張し続けている。国際連盟からも脱退し、軍部の発言力は増す一方だった。その不安は七月に現実となった。
二 盧溝橋事件
昭和十二年(1937)七月七日。
北京郊外の盧溝橋付近で、日本軍と中国軍の間に武力衝突が発生した。
わしがその知らせを知ったのは、翌日以降の新聞報道からだった。
「また中国で戦闘か…」
わしは思わず呟いた。
満州事変から六年。
あの事件も、当初は一地域の軍事衝突として伝えられた。
しかし、戦線は拡大し、満州国が成立し、日本は国際社会から孤立していった。
わしは新聞を握り締めた。
「今度こそ、現地で収めねばならぬ」
その日の午後、兄の寛之助が訪ねてきた。
「蔵之助、盧溝橋の件を聞いたか」
「ええ、兄上」
「どう見る?」
わしは少し考えた。
「現地で停戦できるなら、それに越したことはない。しかし、増援を送れば、双方とも引くに引けなくなる恐れがあります」
兄は頷いた。
「わしもそう思う。戦争は始めるより、終わらせる方が難しい」
わしは日露戦争を思い出した。
勝利を重ねているように見えても、戦場では兵士が疲弊し、補給が苦しくなり、国の財政が削られていく。
戦争の終わりを決めるのは、単純な勝敗だけではない。
「兄上、どうか大きな戦争にならぬことを祈りましょう」
「うむ」
しかし、その願いはかなわなかった。
現地では停戦の合意が成立したものの、緊張は収まらず、日本側は増援を決定した。
七月下旬には戦闘が拡大し、日本軍は北京や天津方面へ進出していった。
新聞には、戦果を伝える見出しが並び始めた。
わしは、その一つ一つを読むたびに、胸が重くなるのを感じた。
三 近衛内閣と拡大する戦争
近衛内閣は当初、戦争の不拡大を掲げていた。
しかし、実際には軍の派遣が進み、戦線は広がっていった。
八月には上海でも大規模な戦闘が始まった。
「上海まで…」
わしは新聞を机に置いた。
上海は大都市であり、外国人も多く暮らす国際的な港だった。
そこで激しい戦闘が続けば、日本と中国だけでなく、諸外国との関係にも影響する。
修蔵が訪ねてきた。
「父上、戦争はどこまで広がるんだろうな」
「分からぬ」
わしは正直に答えた。
「ただ、これほど兵を送ってしまえば、簡単には終わらぬじゃろう」
修蔵は腕を組んだ。
「鉄道の仕事をしていても、軍の輸送に関する話が増えてきたよ」
「そうか」
「人も物も、戦争のために動くようになってきている」
わしは頷いた。
「戦争とは、前線の兵士だけで行うものではない。鉄道も、工場も、港も、やがて巻き込まれる」
修蔵は黙った。
「俺は鉄道が好きで、この仕事を選んだんだ。でも、線路が人を殺しに行くための道になると思うと、複雑だよ」
わしは息子を見つめた。
「修蔵。鉄道そのものに罪はない。大切なのは、それを何のために使うかじゃ」
「…そうだな」
わしは続けた。
「お前は、乗る者の命を守ることを忘れるな」
修蔵は深く頷いた。
「分かったよ、父上」
そのとき、わしは改めて思った。
軍人会を引退しても、戦争は家族の仕事にまで近づいてくるのだと。
四 かつての陸軍中将の恐怖
八月から秋にかけて、上海での戦闘は激しさを増した。
日本軍も中国軍も、多くの兵力を投入した。
わしは戦況図を眺めながら、若い頃の記憶を呼び起こしていた。
日清戦争。
日露戦争。
世界戦争。
わしは、それぞれの時代の戦争を見てきた。
しかし、今回の戦争には、これまでとは違う恐ろしさを感じていた。
「終わりが見えぬ……」
わしは呟いた。
相手は広大な国土を持つ中国である。
一つの都市を占領しても、政府や軍が抵抗を続けるなら、戦争は終わらない。
「都市を取ることと、戦争に勝つことは違うのじゃ」
わしは自分に言い聞かせるように呟いた。
その夜、愛海が書斎に入ってきた。
「あなた、まだ起きていらしたのですか?」
「うむ。少し考え事をしておった」
「戦争のことですね」
わしは頷いた。
愛海は隣に座った。
「あなたは、また戦場へ行きたいと思うことがあるのですか?」
「いや。もう、あのような場所へ戻りたいとは思わぬ」
愛海は静かにわしを見つめた。
「では、どうしてそんなに苦しそうなのですか?」
わしはゆっくりと答えた。
「わしがかつて率いたような若い兵士たちが、今もどこかで死んでおるからじゃ」
愛海は目を伏せた。
「…そうですね」
「しかも、わしにはもう止める力がない」
わしは拳を握った。
「軍人会におった頃も、止められなかった。今では、ただ新聞を読むことしかできぬ」
愛海は静かに言った。
「それでも、あなたにできることはありますよ」
「何じゃ?」
「あなたが戦争の恐ろしさを、子どもたちや孫たちに伝えることです」
わしは妻を見つめた。
「…そうじゃな」
愛海は微笑んだ。
「あなたが見てきたものを、忘れさせないでください」
わしは深く頷いた。
五 南京への進撃
昭和十二年(1937)十二月。
日本軍は中国国民政府の首都であった南京へ向かって進撃した。
上海での激戦を経て、日本軍は南京を目指していた。
わしは新聞を読みながら、不安を募らせていた。
「南京を占領すれば戦争が終わると、本気で考えておるのか…」
首都を占領することは、大きな軍事的成果である。
しかし、中国の国土は広い。
政府が別の都市へ移り、抵抗を続ければ、戦争は終わらない。
十二月十三日。日本軍は南京を占領した。
新聞やラジオでは、大きな戦果として伝えられた。
街では提灯行列や祝賀の声も聞かれた。
しかし、わしは素直に喜ぶことができなかった。
「これで本当に終わるのか……?」
わしは新聞を見つめた。
そのとき、光蔵が訪ねてきた。
「父上、南京が陥落したそうだね」
「うむ」
「これで戦争が終わるのかな」
わしは首を横に振った。
「分からぬ。むしろ、これからが難しいかもしれぬ」
「どうして?」
「首都を失っても、戦う意思が残っておれば戦争は続く。広大な中国全土を軍事力だけで従わせることなど、容易ではない」
光蔵は黙った。
「僕は、早く終わってほしいよ」
「わしもじゃ」
わしは静かに答えた。
しかし、その願いは、またしてもかなわなかった。
六 南京で何が起こったのか
南京占領の後、日本国内では勝利を祝う報道が続いた。
しかし、その華やかな報道の裏で、現地では深刻な事態が起こっていた。
日本軍の一部による捕虜や民間人の殺害、略奪、暴行などである。(後に南京事件として知られることになる惨劇だった。)
日本国内では、こうした実態が広く報じられていたわけではなかった。
わしもまた、事件の全貌を知ることはできなかった。
それでも、元軍人としての人脈を通じて、南京周辺で軍紀の乱れが問題になっているという断片的な話が耳に入ってきた。
ある日、かつての軍人会の知人が訪ねてきた。
「神楽坂閣下、少し気になる話があります」
「何じゃ?」
「南京方面で、捕虜の扱いや住民への行為をめぐり、問題が起きているという話を聞きました」
わしは眉をひそめた。
「詳しく話せ」
「私も確かなことは申し上げられません。ただ、現地の軍紀が十分に保たれていないという情報が…」
わしは黙った。
戦場では、情報が混乱する。
噂が誇張されることもある。
しかし、だからといって、都合の悪い話をすべて無視してよいわけではない。
「もし捕虜や住民に危害を加えておるなら、重大な問題じゃ」
わしは低い声で言った。
「戦闘を終えた者や、戦う意思のない者を殺してよいはずがない」
知人は頷いた。
「軍紀を守ることは、兵士の命を守ることでもある。規律を失った軍隊は、敵にも味方にも災いをもたらす」
わしは机に手を置いた。
「どうか、現地の指揮官たちが責任を果たしてくれることを願う」
しかし、わしの願いとは裏腹に、南京では多くの人々が命を奪われていた。
七 終わらない戦争
昭和十三年(1938)。わしは七十四歳になった。
しかし、日中戦争は終わらなかった。
中国側は南京を失った後も抵抗を続け、日本軍はさらに戦線を広げていった。
一月には、近衛首相が中国の国民政府を今後の交渉相手としない方針を声明した。
わしはその報道を聞き、愕然とした。
「交渉相手とせぬ…?」
兄の寛之助に会ったとき、わしは思わず尋ねた。
「兄上、これでは誰と和平を結ぶつもりなのでしょう」
兄は険しい顔をした。
「分からぬ。戦争を終わらせるには、相手が必要なはずじゃ」
「そうですな」
わしは深く息を吐いた。
「軍事的な勝利だけで、政治的な問題が解決するわけではない」
兄は頷いた。
「わしらは日露戦争で、それを学んだはずなのにな」
わしは昔を思い出した。
日露戦争では、日本は多くの犠牲を払い、ようやく講和に至った。
しかし、講和条件に不満を抱く国民も多く、日比谷焼打事件まで起こった。
勝った戦争でさえ、終わらせることは難しかった。
それなのに、今の日本は、終わりの見えない戦争を続けている。
「兄上、わしは恐ろしい」
「何がじゃ?」
「この戦争が、日本の国そのものを変えてしまうことが」
兄は黙っていた。
そして、静かに答えた。
「…わしも同じことを考えておる」
八 国家総動員法
昭和十三年(1938)四月。国家総動員法が公布された。
戦争を遂行するため、政府が人員や物資、経済活動などを広く統制できるようにする法律だった。
わしは新聞を読み、深く考え込んだ。
「国家総動員……」
その言葉は、わしが若い頃には聞き慣れないものだった。
日清戦争の頃、戦争は主に軍隊が行うものとして受け止められていた。
もちろん、国民も税金や物資、労働などを通じて戦争を支えていた。
しかし、世界戦争を経て、戦争の姿は大きく変わった。
工場も、鉄道も、農業も、学校も、家庭も。国全体が戦争に組み込まれる時代になっていた。
その日の夕方、修蔵と光蔵が訪ねてきた。
「父上、国家総動員法のことを聞いたかい?」
修蔵が尋ねた。
「うむ」
光蔵も言った。
「僕の工場でも、これからどうなるのかという話が出ているよ」
わしは二人を見つめた。
「お前たちの仕事も、国の方針によって大きく左右されるようになるかもしれぬな」
修蔵は頷いた。
「鉄道は軍の輸送にも使われる。今後はもっと関わりが深くなるだろう」
光蔵も静かに言った。
「機械製造も同じだよ。軍需品の生産が増えれば、工場の仕事も変わっていくだろう」
わしは深く息を吐いた。
「戦争が、ますます国民全体の生活に入り込んでくるのじゃな」
そのとき、節子が口を開いた。
「父上、学校も変わっていくのかしら」
「おそらくな」
節子は真剣な顔をした。
「私は、子どもたちに勉強を教える仕事をしているのよ。戦争のためだけに教育があるわけではないと思うわ」
「その通りじゃ」
春子も静かに言った。
「私たち看護に携わる者も、戦争の影響を受けるのでしょうね」
「うむ」
わしは四人を見渡した。
修蔵は鉄道。
節子は教育。
光蔵は機械製造。
春子は看護。
それぞれが異なる仕事をしている。
しかし、国家総動員という言葉の下では、そのすべてが戦争と結びついていく可能性があった。
「お前たち。どのような時代になっても、人間の命を大切にすることだけは忘れるな」
九 孫たちの未来
戦争が長引くにつれ、わしは孫たちの将来を案じるようになった。
義蔵は鉄道技師として働いていた。
奈恵は小学校教員となり、子どもたちの教育に携わっていた。
康弘は航海士を目指していた。
大空は小学校教員を志し、日花梨は映画技師に憧れていた。
幸丞は医師になることを夢見ていた。
葵生は、まだ四歳だった。
ある日、春子が葵生を連れて訪ねてきた。
「お父様、ごきげんよう」
「おお、春子。よく来たのう」
葵生が駆け寄ってきた。
「おじいちゃん!」
「おお、葵生!」
わしは孫を抱き上げた。
「大きくなったのう」
「あおい、もうおっきいよ!」
「ははは。そうじゃな」
春子は微笑んだ。
「最近は、いろいろな言葉を覚えるようになりましたの」
「そうか」
葵生はわしの膝に座り、楽しそうに話し始めた。
「あおいね、おえかきした!」
「ほう。何を描いたのじゃ?」
「おはな!」
「それはよいのう」
わしは笑った。
しかし、心の奥には別の思いがあった。
この子が大人になる頃、日本はどのような国になっているのだろうか。
戦争は終わっているのだろうか。
平和な暮らしが続いているのだろうか。
わしは葵生の小さな手を見つめた。
「…どうか、この子たちの未来が明るいものでありますように」
春子がわしを見つめた。
「お父様?」
「いや、何でもない」
わしは微笑んだ。
しかし、春子にはわしの気持ちが伝わったようだった。
「お父様。私も、子どもたちには穏やかな時代を生きてほしいと思っておりますわ」
わしは深く頷いた。
「そうじゃな」
十 昭和十四年の春
昭和十四年(1939)。わしは七十五歳になった。
母の志帆は九十六歳。
兄の寛之助は七十六歳。
愛海は七十歳。
家族の中には、ますます年を重ねる者が増えていた。
一方、孫たちは成長を続けていた。
義蔵は二十六歳。
奈恵は二十二歳。
康弘は二十歳。
大空は十八歳。
日花梨は十七歳。
幸丞は十三歳。
葵生は五歳。
わしは家族の成長を嬉しく思う一方で、戦争が若い世代の人生に影を落としていることを感じていた。
ある日、修蔵が言った。
「父上、最近は若い連中も戦争の話ばかりしているよ」
「そうか」
「仕事のこと、将来のこと、家族のこと。何を話していても、最後には戦争の話になる」
わしは黙った。
修蔵は続けた。
「俺が若い頃にも日露戦争があった。でも、今の若い者たちは、いつ終わるのか分からない戦争の中で将来を考えなければならないんだな」
わしは思った。
戦争は、戦場で命を奪うだけではない。
人々の将来の選択を狭め、夢を変え、家族の暮らしを変えていく。
その影響は、戦場から遠く離れた場所にも及ぶ。
「修蔵」
「何だい、父上?」
「お前たちには、自分の子どもたちの夢を大切にしてほしい」
修蔵は頷いた。
「もちろんだよ」
「どのような時代になっても、夢を持つことまで奪われてはならぬ」
修蔵は静かに答えた。
「…そうだな」
十一 ヨーロッパの不穏な情勢
昭和十四年(1939)の夏。
わしはヨーロッパの情勢にも強い関心を持っていた。
ドイツでは、アドルフ・ヒトラー率いるナチ党が政権を握り、軍備を拡張していた。
オーストリアの併合。
チェコスロヴァキアをめぐる問題。
そして、ポーランドとの緊張。
新聞には、ヨーロッパの危機を伝える記事が増えていた。
わしは世界戦争を思い出した。
大正三年(1914)。ヨーロッパの一地域で起こった事件が、列強を巻き込む大戦争へと発展した。
あのとき、わしは陸軍の将官だった。
機関銃、重砲、潜水艦、航空機、毒ガス。
近代戦の恐ろしさを知り、次の大戦争が起これば、さらに多くの人々が犠牲になると考えていた。
「また、同じことが起こるのか…」
わしは呟いた。
その日の午後、兄が訪ねてきた。
「蔵之助、ヨーロッパの情勢を見ておるか」
「ええ、兄上」
「どう思う?」
「非常に危険です。ドイツがさらに軍事行動を起こせば、イギリスやフランスも黙ってはおらぬでしょう」
兄は頷いた。
「わしもそう思う」
「世界戦争の教訓が、十分に生かされておらぬように思えます」
兄は静かに言った。
「人間は、同じ過ちを繰り返すものなのかもしれぬな」
わしは首を横に振った。
「そうであってほしくはない」
兄は黙った。
わしは続けた。
「戦争の恐ろしさを知っている者が、もっと声を上げねばならぬのでしょうな」
兄は深く頷いた。
「そうじゃな」
しかし、わしらはすでに七十代の老人だった。
軍人会も引退し、政治的な影響力はほとんど残っていない。
できることは、家族や身近な人々に戦争の恐ろしさを伝えることだけだった。
十二 第二次世界大戦の開戦
昭和十四年(1939)九月一日。
ドイツ軍がポーランドへ侵攻した。
その知らせを聞いたとき、わしは言葉を失った。
「……始まってしまったか」
わしは新聞を見つめた。
ドイツ軍は機甲部隊や航空機を投入し、ポーランドへの攻撃を開始した。
そして九月三日。イギリスとフランスがドイツに宣戦布告した。
ヨーロッパで、再び大規模な戦争が始まったのである。
「第二の世界大戦になるのか……」
わしは呟いた。
そのとき、愛海が書斎に入ってきた。
「あなた、どうなさったのですか?」
わしは新聞を差し出した。
「ドイツがポーランドへ侵攻し、イギリスとフランスも参戦した」
愛海は驚いた。
「まあ…またヨーロッパで戦争が……」
「うむ」
わしは椅子に腰を下ろした。
第一次世界大戦が終わってから、まだ二十一年しか経っていない。
あの戦争で、多くの人々が命を失った。
それでも、世界は再び戦争へ向かってしまった。
「人間は、何を学んできたのじゃろうな……」
わしは静かに呟いた。
愛海は隣に座った。
「あなた……」
「わしは、もう二度とあのような大戦争は起こらぬと思いたかった。しかし、現実は違った」
愛海はわしの手を握った。
「あなたが悲しむ気持ちは分かります」
わしは目を閉じた。
「世界が、また戦火に包まれていくのかもしれぬ……」
十三 兄弟が見た二度目の世界大戦
数日後、わしは兄の寛之助を訪ねた。
兄は新聞を広げていた。
「兄上」
「蔵之助か」
「とうとう始まりましたな」
兄は頷いた。
「うむ。ヨーロッパで再び大戦争じゃ」
わしは椅子に座った。
「わしらは、第一次世界大戦を将官として見てきた」
「そうじゃな」
「そして今、退役した老人として、二度目の大戦争を見ておる」
兄は静かに笑った。
「長生きしたものじゃな」
「ええ」
しかし、その笑みには寂しさがあった。
「蔵之助、わしは第一次世界大戦が終わったとき、しばらくは大きな戦争が起こらぬものと思っておった。だが、二十一年で再び戦争が始まった」
わしは頷いた。
「しかも、今度は航空機も戦車も、さらに発達しておる」
兄は険しい顔をした。
「海軍も同じじゃ。航空機や潜水艦の発達によって、戦争の姿は変わり続けておる」
わしは静かに言った。
「これからの戦争は、兵士だけでなく、都市に暮らす人々まで巻き込むかもしれん」
兄は黙った。
わしは続けた。
「わしらが若い頃に考えていた戦争とは、まったく違うものになっていくのでしょうな」
兄は深く息を吐いた。
「……恐ろしいことじゃ」
わしらはしばらく黙っていた。
江戸時代に生まれ、明治の軍隊で育った兄弟。
その二人が、昭和十四年(1939)の世界大戦を見つめている。
わしは、長く生きることの意味を改めて考えていた。
十四 家族の食卓
その夜、わしの家には修蔵、節子、光蔵、春子が集まった。
皆、ヨーロッパで始まった戦争について話していた。
「父上、世界はどうなってしまうんだろうな」
修蔵が尋ねた。
「分からぬ」
わしは答えた。
「ただ、今の戦争がヨーロッパだけで終わるとは限らぬ」
節子は真剣な顔をした。
「子どもたちが心配だわ」
光蔵も頷いた。
「僕もだよ。大空も日花梨も、これから自分の人生を歩いていく年齢なんだ」
春子は静かに言った。
「幸丞も、葵生も、まだこれからですもの」
わしは四人を見つめた。
修蔵は五十歳。
節子は四十六歳。
光蔵は四十二歳。
春子は三十七歳。
かつて、わしの膝の上に座っていた子どもたちが、今では自分の子どもの将来を心配する親になっている。
わしは静かに言った。
「お前たちに、一つだけ伝えておきたいことがある。どのような時代になっても、命を粗末にしてはならぬ」
修蔵が頷いた。
「分かっているよ、父上」
「勇敢であることと、無謀であることは違う」
節子も静かに頷いた。
「ええ」
「国のために働くことと、考えることをやめることも違う」
光蔵が答えた。
「僕もそう思う」
わしは春子を見つめた。
「そして、人を助けるためには、自分自身も生きねばならぬ」
春子は微笑んだ。
「はい、お父様」
わしは深く頷いた。
「どうか、そのことを忘れないでほしい」
四人は静かに頷いた。
その姿を見て、わしは少しだけ安心した。
十五 七十五歳の老将が見た世界
昭和十四年(1939)の秋。わしは七十五歳になっていた。
かつて、軍人として国を守ることを誇りに思っていた。
日清戦争では、勝利の喜びと病気の恐ろしさを知った。
日露戦争では、近代戦の犠牲を見た。
第一次世界大戦では、戦争が世界を巻き込む恐ろしさを知った。
そして今、日中戦争は終わらず、ヨーロッパでは第二次世界大戦が始まった。
わしは書斎で、昔の軍服を眺めていた。
「わしの生きてきた時代は、何と戦争の多い時代だったのじゃろうな…」
江戸時代の終わりには、戊辰戦争があった。
明治には、西南戦争、日清戦争、日露戦争。
大正には、第一次世界大戦。
昭和には、満州事変、日中戦争。そして、第二次世界大戦。
わしは静かに息を吐いた。
「わしは、戦争のない時代を見られるのじゃろうか……」
そのとき、愛海が部屋に入ってきた。
「あなた」
「おお、愛海」
「また昔のことを考えていらしたのですか?」
「うむ」
愛海は隣に座った。
「あなたは、長い間、本当に多くのものを見てこられましたね」
「そうじゃな」
「でも、これからも見ていくのでしょう?」
わしは妻を見つめた。
「何をじゃ?」
「子どもたちや孫たちの成長です」
愛海は微笑んだ。
「戦争のことばかり考えていては、せっかくの人生が悲しいものになってしまいますよ」
わしは少し笑った。
「そうじゃな」
愛海は続けた。
「あなたには、まだまだ家族と過ごす時間があるのですから」
わしは深く頷いた。
「うむ。そうじゃな」
窓の外には、秋の夜空が広がっていた。
世界のどこかでは、今も戦争が続いている。
しかし、この家には、愛海がいる。
子どもたちがいる。
孫たちがいる。
わしは、その幸せを守りたいと思った。
十六 戦争の時代へ
昭和十四年(1939)。
日本は中国との戦争を続け、ヨーロッパでは第二次世界大戦が始まった。
わしは七十五歳。
兄の寛之助は七十七歳を迎え、母の志帆は九十六歳になっていた。
家族は成長し、世代を重ねていた。
しかし、世界は再び大きな戦争の時代へ向かっていた。
わしは机の上に置かれた家族写真を見つめた。
修蔵。
節子。
光蔵。
春子。
そして、孫たち。
皆、それぞれの人生を歩んでいる。
わしは静かに呟いた。
「どうか、お前たちの未来が、戦争に奪われぬように…」
その願いがかなうかどうか、わしには分からなかった。
しかし、一つだけ確かなことがあった。
わしは、最後まで家族を守ろうとするだろう。
軍人としてではなく、父として、祖父として、一人の人間として。
昭和十四年(1939)の秋。世界は再び戦火に包まれ始めた。
わしの長い人生にも、これまで以上に厳しい時代が近づいていた。




