第五十一話 列車で大家族大阪旅行
一 三十一年ぶりの大阪旅行
昭和十二年(1937)三月。わしは七十三歳になった。
兄の寛之助は七十四歳。母の志帆は、あと数日で九十四歳になる。
わしが生まれた元治元年(1864)から、実に七十三年が過ぎた。江戸時代に生まれた人間が、昭和十二年(1937)の東京で暮らしているのである。
そして、その春。わしら神楽坂家は、久しぶりに大きな旅行を計画していた。
行き先は大阪。
明治三十九年(1906)以来、三十一年ぶりの一家での大阪旅行である。
「父上、本当に全員で行くのかい?」
修蔵が尋ねた。
「うむ。せっかくじゃからな」
「相当な人数になるぞ」
「それがよいのじゃ」
わしは笑った。
今回の旅行には、わしと愛海、兄の寛之助、母の志帆が参加する。
そして修蔵、節子、光蔵、春子の四人。
さらに義蔵、奈恵、康弘、大空、日花梨、幸丞、葵生をはじめとする孫たち。ほかにも八人の孫が加わる。
子どもたちの配偶者には、それぞれ仕事や家庭の都合があり、全員が同行できるわけではなかった。それでも、これだけの人数が揃えば、まるで小さな団体旅行である。
「あなた、本当に賑やかになりそうですね」
愛海が微笑んだ。
「そうじゃな。じゃが、皆で旅ができるのは嬉しいことじゃ」
そのとき、母が言った。
「大阪ですか。私も行くわ」
わしは思わず母を見た。
「母上、もうすぐ九十四歳ですぞ。長旅になりますが、大丈夫ですかな?」
母は平然と答えた。
「何を言っているの。列車に座っていれば着くのでしょう?」
「それはそうですが…」
「昔は歩いて旅をしたものよ。それに比べれば、ずっと楽でしょう」
わしは苦笑した。
「母上にはかないませぬな」
兄も笑った。
「蔵之助、母上が行くとおっしゃるなら、わしらも負けておれぬぞ」
「ははは。そうですな、兄上」
こうして、神楽坂家の三十一年ぶりの大阪旅行が決まった。
二 出発前の四兄弟
出発前日、わしの家に四人の子どもたちが集まった。
修蔵は四十八歳になっていた。
若い頃は威勢のよい青年だったが、今ではすっかり中年の男性である。
最近は白髪が増えたことを、少し気にしているらしい。
「父上、俺も随分と年を取ったものだよ」
修蔵が頭を撫でながら言った。
「どうした、修蔵」
「白髪が増えてきてね。鏡を見るたびに、昔の自分とは違うなと思うんだ」
わしは笑った。
「何を言う。わしから見れば、まだまだ若いぞ」
「父上は七十三歳だからそう言えるんだよ」
節子が横から口を挟んだ。
「兄上、白髪くらいでそんなに悩まなくてもいいじゃない」
「節子、お前は簡単に言うなあ」
「年齢を重ねるのは自然なことだわ」
節子は四十四歳。
学校では厳格な教員として知られ、家庭でも礼儀や勉強には厳しかった。
そのため、孫たちの中には節子を少し怖がる者もいた。
「節子姉様、そんなに厳しいことをおっしゃらなくてもよろしいのではなくて?」
春子が微笑んだ。
「春子、私は普通のことを言っているだけよ」
「ふふふ。そうですわね」
光蔵が穏やかに笑った。
「まあまあ。旅行の前日なんだから、楽しく過ごそうよ」
光蔵は三十九歳。
大空や日花梨が成長しても、相変わらず優しい父親だった。
子どもたちの話をよく聞き、頭ごなしに怒鳴ることは少ない。
一方、春子は三十五歳になっていた。
修蔵、節子、光蔵の三人には年齢相応の変化が見られるのに、春子だけは不思議なほど若々しかった。
艶のある長い黒髪も、昔とほとんど変わらない。
「春子、お前は本当に変わらないな」
修蔵が言った。
「まあ、修蔵兄様。そんなことはございませんわ」
「いや、俺には昔と同じに見えるよ」
光蔵も頷いた。
「僕もそう思うな。春子は昔から髪が綺麗だったけど、今も変わらないね」
春子は少し照れた。
「お二人とも、褒めすぎですわ」
節子は笑った。
「でも、春子は確かに若く見えるわね」
わしは四人を見つめた。
かつての子どもたちが、今では皆、家庭を持つ大人になっている。
その姿を見るだけでも、今回の旅行には大きな意味があるように思えた。
三 東京駅の大家族
三月末の朝。わしらは東京駅に集まった。
赤煉瓦の駅舎の前には、大勢の旅行客が行き交っていた。
修蔵が人数を確認している。
「義蔵、そっちの荷物を頼む!」
「分かったよ、父さん!」
「康弘、弟たちから目を離すなよ!」
「はい!」
節子も孫たちに声をかけた。
「皆、勝手に歩いてはいけませんよ。駅では特に気をつけなさい」
「はーい……」
子どもたちの返事は、少し緊張していた。
光蔵が笑った。
「大丈夫だよ。皆で一緒に行こうね」
すると、大空が日花梨に小声で言った。
「節子おばさん、今日も怖いな」
「しっ!聞こえちゃうよ!」
「大空、日花梨。聞こえているわよ」
節子が振り返った。
二人は飛び上がった。
「ご、ごめんなさい!」
一同が笑った。
その近くでは、幸丞が幼い孫たちの手を引いていた。
「ほら、こっちだよ。迷子になるなよ」
幸丞は十一歳。
かつて孫たちのまとめ役だった奈恵に代わり、年少組をよく世話するようになっていた。
奈恵は二十歳になり、小学校教員として働いていた。
「幸丞、ありがとう。助かるわ」
「うん、奈恵姉さん!」
一方、三歳になった葵生は、春子の手を握っていた。
「あおい、でんしゃ、のる!」
「ええ、葵生。これから大きな汽車に乗りますのよ」
「おっきい?」
「とても大きいですわ」
葵生は目を輝かせた。
「やったあ!」
無邪気な声が、駅の喧騒の中に響いた。
わしはその姿を見て笑った。
「元気なものじゃな」
四 特急「燕」
やがて、わしらの乗る列車が姿を現した。
特急「燕」。
昭和五年(1930)に運転を開始した、東海道本線を代表する特急列車である。
東京から大阪まで、およそ八時間余り。
かつての列車と比べれば、驚くほど速い。
わしらは指定された客車へ乗り込んだ。
座席に腰を下ろすと、母が窓の外を眺めた。
「これが、今の特急列車なのね」
「そうですぞ、母上」
「随分と立派になったものね」
修蔵が嬉しそうに説明した。
「お祖母様、この列車は今の東海道本線でも特に速い列車なんですよ」
「そうなの」
「東京から大阪まで、八時間ほどで行けるんです」
母は目を丸くした。
「八時間?」
母はしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと笑った。
「私が若い頃には、江戸から大坂まで行くとなれば、何日も何日も歩かなければならなかったのにねえ」
わしは頷いた。
「東海道を徒歩で旅した頃とは、まるで違いますな」
母は懐かしそうに言った。
「宿場町で泊まりながら、何日もかけて進んだものですよ。雨が降れば足元も悪くなりましたし、荷物を運ぶのも大変でした」
葵生が不思議そうに尋ねた。
「あるいたの?」
「そうですよ」
「ずーっと?」
「ええ、ずっと歩いたの」
葵生は目を丸くした。
「つかれちゃう!」
母は声を上げて笑った。
「そうねえ。疲れましたよ」
わしも笑った。
江戸時代の徒歩旅行を知る九十三歳の母と、昭和九年(1934)生まれの三歳の孫。
その二人が、同じ特急列車に乗っている。何とも不思議な光景だった。
五 車窓の昭和
汽笛が響いた。列車はゆっくりと動き始めた。
東京の建物が後ろへ流れ、やがて郊外の景色が広がっていく。
大空は窓に顔を近づけた。
「すごい!速いなあ!」
日花梨も嬉しそうだった。
「景色がどんどん変わっていく!」
義蔵は、列車の走り方を熱心に観察していた。
「お祖父様、昔の列車と比べると、乗り心地も随分違うでしょう?」
「うむ。わしが初めて汽車を見たのは、明治の初めじゃった」
義蔵は鉄道技師として働き始めていた。
大学で学んだ知識を生かし、鉄道の発展に関わる仕事をしている。
「今後は、もっと速く、安全に走れる列車を作りたいと思っています」
「よい夢じゃな」
修蔵も誇らしそうに頷いた。
「義蔵は、俺よりもずっと技術に詳しくなったよ」
「父さん、まだまだ勉強中だよ」
「ははは。それでも立派なものだ」
わしは親子を見つめた。
修蔵が鉄道の仕事を始めた頃を思い出す。
今度はその息子が鉄道技師になっている。
時代は確かに受け継がれているのだった。
六 車内の夢と将来
列車が静岡方面へ進む頃、孫たちは将来の夢について話し始めた。
康弘は航海士を目指していた。
「僕は、いつか大きな船に乗って、海外の港へ行ってみたいです」
寛之助が笑った。
「ほう。海へ出たいのか」
「はい!」
「海は美しいが、恐ろしいものでもあるぞ」
「分かっています。それでも、船の仕事がしたいんです」
兄は満足そうに頷いた。
「よい心構えじゃ」
一方、大空は小学校教員を目指すようになっていた。
「僕は、子どもたちに勉強を教える仕事がしたいな」
光蔵が微笑んだ。
「大空なら、子どもたちと楽しく過ごせそうだね」
「うん!でも、節子おばさんみたいに怖くはしないよ」
その瞬間、節子が振り返った。
「大空?」
「うわっ!」
一同が笑った。
「教師には優しさも必要だけれど、責任も必要なのよ」
節子は真面目に言った。
大空は頭をかいた。
「分かってるよ…」
日花梨は映画技師になりたいと話した。
「私、映画を作る仕事がしたいの!」
「ほう、映画か」
わしが尋ねると、日花梨は勢いよく頷いた。
「うん!トーキーの音や映像を扱う仕事!」
光蔵が笑った。
「日花梨は本当に映画が好きだね」
「だって、面白いんだもん!」
幸丞は医師を目指していた。
「僕は、病気の人を助けられるようになりたいです」
春子は嬉しそうに微笑んだ。
「幸丞は昔から医学に興味がありますの」
わしは皆を見渡した。
鉄道技師。
小学校教員。
航海士。
映画技師。
医師。
かつての神楽坂家では、軍人になることが大きな目標だった。
しかし、今の孫たちは、それぞれ違う未来を見つめている。
「よい時代になったものじゃな」
わしは静かに呟いた。
七 大阪到着
長い列車の旅を終え、わしらは大阪に到着した。
大阪駅には大勢の人々が行き交い、街には自動車や路面電車が走っていた。
「おお…」
わしは思わず声を上げた。
「随分と変わったものじゃな」
三十一年前に訪れた大阪とは、街の姿が大きく違っていた。
建物は高くなり、道路は広がり、商店や百貨店が並んでいる。
修蔵が言った。
「父上、大阪も東京に負けない大都市だね」
「うむ。まったくじゃ」
日花梨は嬉しそうに周囲を見渡した。
「すごい!人がいっぱい!」
大空も興奮していた。
「早く街を歩きたいな!」
節子が注意した。
「まずは宿へ行って荷物を置くのよ」
「はーい!」
わしらは宿へ向かった。
人数が多いため、部屋割りを決めるだけでも一苦労だった。
しかし、その騒がしさもまた、大家族旅行の楽しさだった。
八 道頓堀の賑わい
翌日、わしらは大阪の街を観光した。
最初に訪れたのは道頓堀だった。
芝居小屋、映画館、飲食店。
街には看板が並び、多くの人々が行き交っていた。
「わあ!」
日花梨が目を輝かせた。
「映画館がある!」
「日花梨、まずは皆で歩こうね」
光蔵が笑った。
「でも、お父さん!」
「あとで時間があれば、少し見てみようか」
「やった!」
大空は食べ物の店に興味を示した。
「お祖父様、あれ食べたい!」
「ははは。何じゃ?」
「いい匂いがする!」
わしは笑った。
大阪は昔から商いの町として知られていた。
江戸時代には天下の台所と呼ばれ、明治以降は工業都市としても発展してきた。
その活気は、昭和になっても健在だった。
春子は葵生の手を握りながら歩いていた。
「葵生、離れてはいけませんわよ」
「あおい、だいじょうぶ!」
「ふふふ。そうですわね」
わしはその姿を見て微笑んだ。
三十一年前、春子はまだ四歳だった。
その春子が、今では三歳の娘を連れて大阪を歩いている。
時の流れとは、不思議なものだった。
九 大阪城と歴史の記憶
次に訪れたのは大阪城だった。
昭和六年(1931)に再建された天守閣が、青空の下にそびえていた。
わしはその姿を見上げた。
「立派なものじゃな」
兄も頷いた。
「うむ。大阪城は、歴史の重みを感じさせるのう」
康弘が尋ねた。
「お祖父様、大阪城は昔からこの姿だったんですか?」
「いや。今の天守閣は、近年再建されたものじゃ」
わしは説明した。
「昔の大阪城は、豊臣秀吉が築いた城として知られておる。しかし、その後の戦乱や時代の変化で、姿を変えてきたのじゃ」
奈恵も興味深そうに聞いていた。
「歴史の授業でも、大阪城について教えることがあります」
「そうか」
わしは微笑んだ。
「ならば、実際に見ておくのはよい経験じゃな」
母は城を見上げながら言った。
「私が若い頃には、こんなふうに天守閣を見ることはできなかったわね」
「そうですな」
江戸時代の大阪城には、現在のような天守閣は存在していなかった。
それが昭和になって再建された。
母は、城の姿が変わる前と後を知る人間なのである。
「長く生きると、同じ場所でも何度も違う姿を見るものね」
わしはその言葉を胸に刻んだ。
十 御堂筋と地下鉄
大阪では、御堂筋の整備も進んでいた。
広い道路に沿って建物が並び、都市の近代化を感じさせた。
「大阪も随分と立派な道路を作ったものじゃ」
わしが言うと、義蔵が頷いた。
「都市計画が進んでいるんですね」
「うむ」
さらに、わしらは大阪の地下鉄にも乗った。
大阪市営地下鉄は昭和八年(1933)に梅田から心斎橋まで開通し、その後も延伸していた。
「東京だけでなく、大阪にも地下鉄があるんだね!」
大空が言った。
「そうじゃ」
わしは笑った。
「わしが子どもの頃には、地下を電車が走るなど考えられなかった」
母は地下鉄の車内を見回した。
「地面の下を走るなんて、本当に不思議ね」
葵生も興奮していた。
「くらい! でも、でんしゃ!」
春子が微笑んだ。
「そうですわね。地下の電車ですもの」
わしは笑った。
江戸時代の徒歩旅行を知る母と、地下鉄を当たり前のように受け入れる孫たち。
同じ家族の中に、まったく違う時代の感覚が共存していた。
十一 新世界と通天閣
三日目。わしらは新世界を訪れた。
そこには通天閣がそびえていた。
初代通天閣は明治四十五年(1912)に建てられたもので、当時の大阪を象徴する建物の一つだった。
「高いなあ!」
大空が声を上げた。
「本当にね!」
日花梨も見上げた。
わしは笑った。
「昔の人間が見たら、驚くじゃろうな」
母が静かに言った。
「私も十分驚いていますよ」
一同が笑った。
近くには娯楽施設や飲食店が並び、賑やかな雰囲気が漂っていた。
日花梨は映画や見世物の話に夢中になり、大空はあちこちを見て回ろうとした。
幸丞は年少の孫たちをまとめていた。
「ほら、皆、こっちだよ!」
奈恵が微笑んだ。
「幸丞、本当にしっかりしてきたわね」
「ありがとう、奈恵姉さん!」
わしは孫たちを見つめた。
子どもたちが成長し、その次の世代がまた年少者を世話するようになっている。
家族の中でも、世代交代が進んでいるのだった。
十二 注目を集める神楽坂家
大阪の街を歩いていると、わしらは時折、周囲の人々から注目を集めた。
何しろ、人数が多い。
しかも、その中心には、七十代の元陸海軍将官兄弟と、九十四歳目前の母がいる。
「まあ、随分と大勢のご家族ですね」
ある店の人が声をかけてきた。
「ええ。東京から参りました」
わしが答えると、相手は驚いた。
「東京からですか!皆さんご親戚で?」
「うむ。わしの子どもや孫たちじゃ」
「まあ!」
さらに母の年齢を聞いた店の人は、目を丸くした。
「九十三歳!?もうすぐ九十四歳ですか!」
母は笑った。
「ええ。もう随分と長く生きていますよ」
「お元気ですねえ!」
「おかげさまで」
わしは誇らしい気持ちになった。
兄も笑っていた。
「母上は、わしらよりずっと元気かもしれぬな」
「そうですな、兄上」
すると母が言った。
「二人とも、まだ若いのだからしっかりしなさい」
わしら兄弟は顔を見合わせた。
「ははは!」
七十三歳と七十四歳の老人が、九十三歳の母から若いと言われる。
周囲の人々も思わず笑っていた。
十三 旅先の夜
三日目の夜。宿では、皆が今日の出来事を語り合っていた。
大空は新世界の話をし、日花梨は映画館の話をしていた。
康弘は大阪港の船に興味を持ち、義蔵は鉄道の設備について熱心に語っていた。
奈恵は大阪城の歴史を振り返り、幸丞は年少の孫たちを寝かしつけようとしていた。
春子は葵生の髪を整え、寝る支度をしていた。
「あおい、まだねない!」
「まあ、葵生。もう遅いですわよ」
「まだ、あそぶ!」
「ふふふ。明日も皆と一緒に過ごせますわ」
葵生は少し考えた。
「……じゃあ、ねる」
春子は優しく微笑んだ。
「よい子ですわね」
わしはその光景を見つめた。
修蔵は白髪を気にし、節子は孫たちに厳しく、光蔵は穏やかに子どもたちを見守り、春子は相変わらず若々しい。
四人とも、実に違う大人になった。
しかし、皆、わしと愛海の子どもである。
「愛海」
わしは妻に声をかけた。
「はい?」
「よい家族になったものじゃな」
愛海は微笑んだ。
「ええ。本当に」
わしらは、静かに子どもたちを見つめていた。
十四 三十一年前の大阪
旅行の最終日。
東京へ戻る列車の中で、わしは三十一年前の大阪旅行を思い出していた。
明治三十九年(1906)。当時、わしは四十二歳だった。
愛海は三十七歳。
修蔵は十七歳、節子は十三歳、光蔵は九歳、春子は四歳だった。
あの頃、子どもたちはまだ幼かった。
修蔵は少年から青年へ変わる頃で、節子はしっかり者の少女だった。
光蔵は好奇心旺盛な少年で、春子は小さな身体で皆について歩いていた。
それが今では、どうじゃ。
修蔵は四十八歳。
節子は四十四歳。
光蔵は三十九歳。
春子は三十五歳。
皆、親になっている。
そして、その子どもたちが、今度は大阪を歩いていた。
「修蔵」
わしが声をかけると、息子は振り返った。
「何だい、父上?」
「三十一年前の大阪旅行を覚えておるか?」
修蔵は笑った。
「もちろんだよ。俺は十七歳だったからね」
「そうじゃったな」
「まさか、今度は自分の息子たちを連れて来るとは思わなかったよ」
節子も頷いた。
「私も覚えているわ。あの頃は、まだ父上と母上に連れて行ってもらう立場だったもの」
光蔵は笑った。
「僕は九歳だったね。今の幸丞より少し小さかったんだ」
春子は少し考えた。
「私は四歳でしたから、覚えていることは少ないですけれど…皆で旅行した楽しい雰囲気は覚えておりますわ」
わしは微笑んだ。
「そうか」
三十一年。長いようで、短い年月だった。
十五 特急「燕」の帰り道
帰りの特急「燕」は、東京へ向かって走っていた。
窓の外には、春の景色が広がっていた。
母は静かに座り、外を眺めていた。
「母上、疲れましたかな?」
わしが尋ねると、母は笑った。
「少しはね。でも、楽しかったですよ」
「それはよかった」
「蔵之助、昔の旅行を思い出したわ」
「ほう」
「私が若い頃には、旅に出ること自体が大変なことでした。何日も歩いて、宿場で泊まって… それが今では、朝に東京を出れば、その日のうちに大阪へ着くのね」
わしは頷いた。
「本当に、時代は変わりましたな」
母は微笑んだ。
「でも、変わらないものもありますよ」
「何でしょう?」
「家族で旅をする楽しさです」
わしは母を見つめた。
「…そうですな」
母は静かに続けた。
「昔も今も、皆で同じ景色を見て、同じものを食べて、笑い合うことは楽しいものです」
わしは深く頷いた。
江戸時代の徒歩旅行。
明治時代の鉄道旅行。
昭和時代の特急列車。
移動の方法は変わった。
しかし、家族と旅をする喜びは変わらない。
「母上、また一緒に旅行しましょう」
わしが言うと、母は笑った。
「ええ。もちろんですよ」
わしは思わず笑った。
九十四歳を目前にして、まだ次の旅行を楽しみにしている。母は、本当に大した人だった。
十六 昭和十二年の春
東京へ戻った後、わしは旅行の写真や記録を整理していた。
大阪城。
道頓堀。
御堂筋。
新世界。
そして、特急「燕」。
三十一年前の写真と並べると、家族の変化がよく分かった。
あの頃、幼かった四人の子どもたち。
今では、それぞれの家庭を持つ大人になっている。
そして、孫たちがいる。
わしは静かに微笑んだ。
「長く生きるものじゃな……」
そのとき、愛海が部屋に入ってきた。
「あなた、また写真をご覧になっているのですか?」
「うむ。昔の写真と比べておった」
愛海は隣に座った。
「本当に、皆大きくなりましたね」
「そうじゃな」
わしは写真を見つめた。
「わしらも、随分と年を取った」
愛海は微笑んだ。
「でも、まだまだ元気でいましょうね」
「うむ」
わしは頷いた。
「次は、どこへ行こうかのう」
愛海は笑った。
「まあ、あなた。もう次の旅行ですか?」
「ははは。母上に負けてはおれぬからな」
わしらは笑い合った。
昭和十二年(1937)の春。
わしは七十三歳になり、家族とともに三十一年ぶりの大阪旅行を楽しんだ。
それは、長い人生の中でも、忘れがたい思い出となった。
この春、わしら神楽坂家には、穏やかな笑顔があった。
――第51話 完――
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おまけ 今度は東北へ!
四月初め。
大阪旅行から帰って間もない頃、兄の寛之助がわしの家を訪ねてきた。
しかも、今回は冬子も一緒だった。
「蔵之助!」
兄が元気よく声を上げた。
「兄上、どうなさった?」
「次は、わしらの一家と東北へ旅行に行くぞ!」
わしは目を丸くした。
「何ですと!?」
冬子が上品に微笑んだ。
「叔父様、父がどうしても皆様と旅行したいと申しますの」
「兄上、大阪から帰ったばかりではありませんか!」
「何を言う。旅行は何度行ってもよいものじゃ!」
わしは大笑いした。
「ははは!兄上らしいですな!」
すると、母が奥から姿を見せた。
「東北ですか?」
「母上、そうです!」
兄が答えた。
「仙台だけでなく、東北のいろいろな場所を巡ろうと思っております!」
母は嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、それは楽しそうね」
わしは驚いた。
「母上、また行かれるのですか!?」
「もちろんですよ」
母は平然と答えた。
「大阪も楽しかったですし、今度は東北も見てみたいわ」
兄は大笑いした。
「ははは!母上、さすがです!」
冬子も微笑んだ。
「まあ、お祖母様。本当にお元気ですわね」
わしは頭をかいた。
「まったく…わしらの方が先に疲れてしまいそうじゃ」
こうして、神楽坂家は再び旅行の計画を立てることになった。
今度は寛之助の一家が加わり、仙台をはじめ、東北各地を巡る旅である。
母は三月三十一日に九十四歳を迎えていた。
九十四歳の母。
七十四歳の兄。
七十三歳のわし。
そして、寛之助の妻・眞紀子と一家の子どもたちや孫たち。
江戸時代に生まれた四人が、昭和の鉄道で東北を旅する。
その光景を想像するだけで、わしは楽しくなった。
「兄上、了解じゃ。わしも行きましょう!」
「おお、そうこなくては!」
冬子は嬉しそうに微笑んだ。
「では、皆様で楽しい旅行にいたしましょうね」
母も笑った。
「今度は、どんな景色が見られるのかしら」
わしは窓の外を眺めた。
春の空が広がっていた。
七十三歳になっても、人生にはまだ新しい楽しみがある。
そして、九十四歳になった母は、誰よりも次の旅を楽しみにしていた。
「まったく、長生きとは面白いものじゃな……」
わしは笑った。
こうして、神楽坂家の旅は、まだまだ続くのだった。




