第四十八話 古希の祝い・家族との生活と末孫の誕生
一 昭和九年の春
昭和九年(1934)、わしは、間もなく七十歳を迎えようとしていた。
元治元年、一八六四年に生まれてから七十年。江戸幕府が存在していた頃に産声を上げた赤子が、明治、大正を経て、昭和九年まで生きているのである。
近頃、町の者たちは、わしを長老と呼ぶようになっていた。
兄の寛之助も七十一歳になり、八月には七十二歳を迎える。かつて江戸の町を駆け回っていた兄弟が、今では二人揃って白髪の老人である。
もっとも、わしにはまだ上がいた。
母の志帆である。
母は九十歳を超えていた。
しかも、頭は今なお明晰で、昔の出来事を驚くほど正確に覚えている。
「蔵之助、また難しい顔をしているのね」
ある朝、母にそう言われた。
「母上、わしはもう七十になりますぞ。考え事くらいしますとも」
「七十になっても、私から見れば子どもですよ」
「ははは。母上にはかないませぬな」
母は平然と茶を飲んだ。
近頃、町の人々は母を「生き神様」と呼び始めていた。
江戸時代を知る九十歳の老婦人が、昭和の東京で元気に暮らしている。それだけでも珍しいのに、母は昔の風習や暮らしについて尋ねられると、今でも詳しく話して聞かせるのだった。
「生き神だなんて、大げさなことを言うものね」
母は笑った。
「私はただ、長く生きているだけですよ」
その言葉に、わしは思わず笑った。
わしも間もなく古希である。
しかし、母の前では、いつまでも息子のままなのだった。
二 三月七日、末孫の誕生
三月七日。
春子の家から、嬉しい知らせが届いた。
「父上!春子に赤ん坊が生まれたそうだ!」
知らせを持ってきた修蔵が、玄関から声を上げた。
「何じゃと!?」
わしは思わず立ち上がった。
「無事なのか!?」
「ああ。母子ともに元気だそうだよ!」
「そうか、そうか!」
愛海も嬉しそうに駆け寄ってきた。
「まあ!春子が!」
「うむ!よかったのう!」
その日のうちに、わしらは春子の家を訪ねた。
春子は布団に横になり、小さな赤子を抱いていた。
艶のある長い黒髪を整え、少し疲れた顔をしていたが、その表情は実に幸せそうだった。
「お父様、お母様。いらしてくださったのですね」
「春子、よく頑張ったのう」
「ありがとうございます、お父様」
愛海は娘のそばに座った。
「春子、身体は大丈夫なの?」
「ええ、お母様。少し疲れておりますけれど、元気ですわ」
わしは赤子を覗き込んだ。
小さな顔、小さな手。
まだ目を閉じているその姿は、何とも愛らしかった。
「名前は決めたのか?」
春子は微笑んだ。
「葵生と名付けましたの」
「あおい…」
わしはその名を繰り返した。
「よい名じゃな」
「ありがとうございます。これから、健やかに育ってほしいと思っておりますわ」
春子の夫も、穏やかな笑顔で頷いた。
「私も、この子の成長が楽しみです」
わしは赤子を見つめた。
この子が、わしにとって最後に生まれる孫となる。
もちろん、そのときはまだ、そうなると確信していたわけではない。
しかし、七十歳を目前にして新しい孫を抱けるということが、何とも不思議だった。
「葵生や…」
わしは小さく呼びかけた。
赤子はわずかに身体を動かした。
「おお、返事をしたか」
春子が上品に笑った。
「まあ、お父様。まだお返事はできませんわ」
「ははは。そうじゃったな」
愛海も笑った。
その日の春子の家には、柔らかな春の日差しが差し込んでいた。
三 古希の朝の大騒ぎ
三月十四日。わしの七十歳の誕生日である。
その朝、わしはいつも通り起きようとした。
ところが、廊下の向こうから妙な物音が聞こえてきた。
「…何じゃ?」
小声で誰かが話している。
「兄上、もう少し静かにしてちょうだい」
「節子、お前こそ声が大きいぞ」
「兄上、僕は何も言っていないよ」
「まあ、皆様。お父様に聞こえてしまいますわ」
わしは思わず笑いそうになった。
この声は、修蔵、節子、光蔵、春子ではないか。
何をしておるのじゃ。
わしが襖を開けようとした、その瞬間だった。
「父上!」
「お誕生日おめでとう!」
「古希、おめでとうございます!」
「お父様、おめでとうございますわ!」
四人が一斉に現れた。
わしは目を丸くした。
「な、何じゃお前たち!?」
修蔵が笑った。
「父上、今日は七十歳の誕生日だろう? 俺たち四人で朝から驚かせようと思ったんだ」
節子は少し得意げだった。
「父上、今日は私たちの計画通りに驚いていただいたわ」
光蔵も穏やかに笑った。
「父上、僕たちも子どもの頃はよく驚かされたからね。今日はそのお返しだよ」
春子は両手を胸の前で合わせた。
「お父様、古希のお祝いですもの。皆で一番にお祝いしたかったんですの」
わしは四人の顔を順番に見つめた。
修蔵は四十五歳。
節子は四十一歳。
光蔵は三十六歳。
春子は三十二歳。
かつて小さな身体でわしの周りを駆け回っていた子どもたちが、今では立派な大人になっている。
「お前たち……」
わしは言葉を詰まらせた。
「朝から、こんなことを考えておったのか」
修蔵が笑った。
「もちろんだよ、父上」
節子も微笑んだ。
「たまには私たちにお祝いさせてちょうだい」
光蔵は頷いた。
「父上が七十歳になるなんて、僕も感慨深いな」
春子は嬉しそうに続けた。
「お父様、どうかこれからもお元気でいてくださいませ」
わしは四人を見つめ、深く頭を下げた。
「ありがとう。お前たちに祝ってもらえて、わしは幸せ者じゃ」
すると、背後から愛海の声がした。
「あなた、まだお祝いは始まったばかりですよ」
振り返ると、愛海が笑っていた。
どうやら、妻も最初から計画に加わっていたらしい。
「愛海、お前まで!」
「ふふふ。私も共犯ですわ」
わしは大笑いした。
四 古希という年齢
その日の昼、神楽坂家の一族が集まった。
兄の寛之助も訪れ、母の志帆も席についた。
子どもたちの配偶者、孫たちも集まり、家の中は賑やかな声で満ちていた。
「蔵之助、古希おめでとう」
兄が笑った。
「ありがとう、兄上」
「わしも先に七十を越えたが、弟が古希になるとは不思議なものじゃな」
「まったくです」
わしらは顔を見合わせた。
古希とは、唐の詩人・杜甫の詩にある「人生七十古来稀なり」という言葉に由来する。
人生七十年は、昔から稀であるという意味だ。
七十歳まで生きる者は、決して多数派ではなかった。※1
幼少期を無事に過ごした者が七十歳になることまで極端に珍しかったわけではない。
それでも、古希は立派な長寿の節目であった。
「父上、七十年って、俺にはまだ想像もつかないよ」
修蔵が言った。
「俺が生まれた頃には、父上はもう二十五歳だったんだよな」
「そうじゃな」
「それより前にも、父上には二十五年の人生があったんだ」
わしは頷いた。
「江戸時代に生まれ、明治維新を見て、軍人になり、お前たちが生まれた」
節子が続けた。
「父上は、私たちが教科書で教えるような時代を、実際に生きていらしたのよね」
光蔵は笑った。
「僕が子どもの頃、父上から蒸気機関車が初めて走ったときの話を聞いたのを覚えているよ」
春子も微笑んだ。
「私たちには当たり前の鉄道も、お父様が幼い頃には新しいものだったんですものね」
わしは四人を見渡した。
「そうじゃ。わしが生まれた頃には、まだ江戸幕府があったのじゃからな」
すると母が、何でもないことのように言った。
「蔵之助が生まれた頃なんて、ついこの間のようですよ」
一同が笑った。
「それは母上だから言えることですぞ!」
わしが言うと、母は涼しい顔で答えた。
「私はあなたが生まれる二十一年も前から生きていますからね」
その言葉に、また笑い声が広がった。
五 生き神の母と長老兄弟
古希を迎えた後、わしと兄は地域の長老として、以前にも増して親しまれるようになった。
町の人々からは、昔の東京について尋ねられることも多かった。
「神楽坂さん、明治維新の頃はどんな様子だったんですか?」
「江戸時代には、本当に侍が刀を差して歩いていたんですか?」
わしは笑いながら答えた。
「もちろんじゃ。わしの父も祖父も武士じゃったからのう」
兄も、昔の海軍や東京の変化について話して聞かせた。
しかし、最も人気があったのは、やはり母だった。
「志帆様、江戸の暮らしを教えてください!」
「生き神様、昔の町はどんなだったんですか?」
母は笑いながら答えた。
「生き神なんて呼ばないでくださいな。私はただのお婆さんですよ」
そう言いながらも、母は昔の井戸端の暮らし、行商人の声、祭りの賑わいなどを詳しく語った。
わしはその様子を見て、感慨深くなった。
母が生まれたのは天保十四年(1843)。
まだ黒船来航より十年も前だった。
その母が、ラジオのある昭和の家で、江戸の暮らしを語っている。
「母上、本当に長く生きられましたな」
わしが言うと、母は笑った。
「蔵之助もまだまだこれからですよ」
「七十歳に向かって、まだまだとは…」
「私は九十を越えていますからね」
わしは大笑いした。
母の前では、古希という年齢さえ若く感じられるのだった。
六 修蔵家――鉄道と男たちの家
古希の祝いが落ち着いた頃、わしは子どもたちの家庭を順番に訪ねることにした。
最初は修蔵の家だった。
玄関に入ると、早速大きな声が聞こえてきた。
「おい、そっちに置くなよ!」
「兄さんこそ!」
「静かにしろ、父上が来たぞ!」
何とも賑やかである。
修蔵の家は、男の子ばかりの家庭だった。
妻は鉄道会社での仕事にも理解があり、夫婦で礼節を大切にしていた。
しかし、息子たちが集まると、まるで男子校のような騒がしさになる。
「父上、いらっしゃい」
修蔵が迎えてくれた。
「うむ。相変わらず賑やかじゃな」
「ははは。男ばかりだからね。俺も時々手を焼くよ」
そのとき、義蔵が姿を見せた。
「おじいさま、お久しぶり」
「おお、義蔵。随分と立派になったのう」
義蔵は二十一歳になっていた。
帝国大学で学び、将来は父と同じく鉄道に関わる仕事を目指していた。
「大学での勉強はどうじゃ?」
「難しいことも多いけど、充実しています。鉄道の技術や運営について、もっと学びたいと思っています」
「そうか」
わしは嬉しくなった。
修蔵が鉄道の仕事を選んだとき、わしは息子の成長を感じた。
その修蔵の息子が、今度は父親の仕事を受け継ごうとしている。
「修蔵、お前も嬉しかろう」
わしが尋ねると、修蔵は笑った。
「もちろんだよ。でも、義蔵には俺の仕事だからという理由だけで選んでほしくはないんだ」
「ほう」
「自分で考えて、それでも鉄道を選ぶなら、俺は応援するよ」
わしは深く頷いた。
「よい考えじゃ」
その後、修蔵の息子たちは鉄道の模型や時刻表を広げ、あれこれ議論を始めた。
「この列車の方が速い!」
「いや、こっちの方が便利だろ!」
修蔵が笑いながら注意した。
「おいおい、少し落ち着け。おじいさまがいらしているんだぞ」
わしは笑った。
「構わぬ。元気なのはよいことじゃ」
修蔵家には、礼節を重んじながらも、男たちが遠慮なく意見を交わす活気があった。
七 節子家――厳格な教育者の家庭
次に訪ねたのは、節子の家だった。
玄関に入ると、修蔵家とは対照的に、静かな空気が流れていた。
「父上、いらっしゃい」
節子が迎えてくれた。
「うむ。元気にしておったか」
「ええ。どうぞお上がりになって」
節子の夫も教員であり、夫婦ともに教育に熱心だった。
家庭では礼儀や勉強の習慣が大切にされ、子どもたちも比較的きちんとした生活を送っていた。
もっとも、厳格さの表れ方は夫婦で少し違った。
夫は大きな声で注意することがあり、節子は冷静に理由を説明して諭す。
「康弘、そこに置いた本は片づけなさい」
節子が言った。
「はい、母上」
「それと、昨日の勉強は終わったの?」
「終わりました」
「そう。なら結構よ」
わしは思わず笑った。
「節子、お前は昔から変わらぬのう」
「何がかしら、父上」
「何事も筋道を立てて話すところじゃ」
節子は少し笑った。
「それが私の性格ですもの」
やがて奈恵が姿を見せた。
奈恵は小学校教員を目指して、女子高等師範学校に通っていた。
「おじいさま、お久しぶりです」
「おお、奈恵。師範学校はどうじゃ?」
「毎日大変ですが、子どもたちと過ごす時間は楽しみです」
節子は娘を見つめた。
「奈恵は、私と同じ道を選んだのよ」
わしは頷いた。
「立派なことじゃ」
一方、康弘は将来、航海士になることを目指していた。
「おじいさま、僕は海の仕事に就きたいんです」
「ほう。航海士か」
「はい。船を動かして、いろいろな港へ行ってみたいんです」
わしは兄の寛之助を思い出した。
「そうか。わしの兄も海軍で長く海に関わってきた。今度、話を聞いてみるとよい」
康弘の目が輝いた。
「本当ですか!」
節子が微笑んだ。
「康弘、まずは今の勉強をしっかり続けることね」
「はい、母上」
わしは笑った。
節子家には厳格さがあった。
しかし、その厳しさは子どもたちの将来を真剣に考える気持ちから生まれていた。
八 光蔵家――穏やかな父とやんちゃな子どもたち
光蔵の家を訪ねると、玄関の向こうから笑い声が聞こえた。
「大空!またそんなことをして!」
妻の声が響いた。
「えへへ!」
「日花梨まで一緒になって!」
「だって面白かったんだもん!」
わしは思わず笑った。
「相変わらず元気じゃな」
光蔵が迎えに出てきた。
「父上、いらっしゃい。ちょうど子どもたちが騒いでいたところなんだ」
「ははは。聞こえておったぞ」
光蔵は困ったように笑った。
「二人とも、なかなか落ち着かなくてね」
大空は中学生になっていた。
しかし、いたずら好きな性格は相変わらずだった。
日花梨も兄に負けず劣らず活発で、二人で何かを企んでは大人たちを驚かせていた。
「おじいさま!」
大空が駆け寄ってきた。
「おお、大空」
「ねえ、今度また昔の戦争の話を聞かせてよ!」
「よいが、戦争は面白い話ばかりではないぞ」
「分かってるよ!」
日花梨もやってきた。
「おじいさま、私ね、今度また映画を見に行きたいの!」
「映画か」
「うん! トーキー!」
日花梨は、音の出る映画が大好きだった。
無声映画の時代から、映像と音声が一緒に楽しめるトーキーへ。
映画館では俳優の声や歌が聞こえるようになり、観客を驚かせていた。
「おじいさま、映画の人が本当に喋るの!」
「ははは。わしも初めて見たときは驚いたものじゃ」
日花梨は嬉しそうに笑った。
光蔵が穏やかに言った。
「日花梨、映画の話になると止まらないんだ。僕も何度聞かされたことか」
「だって、お父さんも面白いって言ってたじゃない!」
「そうだね。確かに面白かったよ」
そのやり取りに、わしは笑った。
光蔵の家は、夫婦ともに穏やかだった。
子どもたちがいたずらをしても、頭ごなしに怒鳴るより、まず理由を聞いて諭そうとする。
そのためか、大空と日花梨は実にのびのびと育っていた。
もちろん、行き過ぎたいたずらには注意が必要だった。
「大空、いたずらをするのはいいけど、人を困らせるようなことはしないでおくれ」
光蔵が言った。
「分かってるよ、お父さん」
「本当かな?」
「本当だって!」
光蔵は苦笑した。
わしはその光景を見ながら、昭和恐慌の頃を思い出した。
幼い弟たちを失い、深い悲しみに包まれた家庭。
しかし今、残された大空と日花梨は元気に成長している。
その笑い声が、何より嬉しかった。
九 春子家――衛生と芸術のある暮らし
最後に訪ねたのは、春子の家だった。
玄関に入ると、まず清潔さが目についた。
床は丁寧に掃除され、手洗いの道具も整えられている。
「お父様、いらっしゃいませ」
春子が迎えてくれた。
「うむ。相変わらず綺麗にしておるのう」
「ありがとうございます。小さな葵生もいますから、衛生には気をつけておりますの」
春子は看護婦としての経験を生かし、家庭でも手洗いや換気、食事の衛生に気を配っていた。
ただし、清潔さを大切にするからといって、子どもたちを窮屈にさせるわけではなかった。
家の中には、夫が描いた絵画が飾られていた。
風景画、人物画、花の絵。
どれも温かな雰囲気を持っていた。
「おお、また新しい絵が増えたのう」
わしが言うと、春子の夫が笑った。
「ありがとうございます。最近描いたものです」
「よい絵じゃな」
そのとき、幸丞が姿を見せた。
「おじいさま、こんにちは」
「おお、幸丞。元気にしておったか」
「はい!」
幸丞は九歳になっていた。
同じ年頃の子どもたちと比べても、しっかりしたところがあり、年下の子どもたちの面倒を見ることが多かった。
かつて孫たちのまとめ役だった奈恵に代わり、今では幸丞がその役割を担いつつあった。
「幸丞、最近は皆と仲よくしておるか?」
「はい。でも、大空兄さんと日花梨姉さんは、よくいたずらをします」
「ははは。そうじゃろうな」
「僕が止めても、なかなか聞いてくれないことがあるんです」
春子が笑った。
「幸丞は、いつも皆のことを気にかけてくれるんですの」
「そうか。頼もしいのう」
幸丞は少し照れた。
「でも、僕も一緒に遊ぶのは好きです」
わしは頷いた。
「それでよい。子どもは元気に遊ぶのが仕事じゃ」
奥の部屋では、葵生が静かに眠っていた。
春子は赤子のそばへ案内してくれた。
「お父様、葵生はよく眠っておりますわ」
「そうか」
わしは小さな顔を覗き込んだ。
三月七日に生まれたばかりの孫。
まだ何も知らぬ小さな命である。
「この子が大きくなる頃、日本はどんな国になっておるのじゃろうな」
わしが呟くと、春子は微笑んだ。
「きっと、今よりも暮らしやすい時代になっていてほしいですわ」
「そうじゃな」
わしは頷いた。
その願いが叶うことを、心から祈った。
十 日花梨の髪を結う春子
春子の家には、日花梨がよく遊びに来ていた。
ある日、わしが訪ねると、春子が日花梨の髪を結っているところだった。
「春子おばさん、今日はどんな髪型にしてくれるの?」
「そうですわね。今日は少し上品な感じにしてみましょうか」
「やった!」
日花梨は鏡の前に座り、嬉しそうにしていた。
春子は丁寧に櫛を通し、髪を整えていった。
「日花梨、あまり動いてはいけませんわ」
「はーい!」
しかし、日花梨はすぐに身体を動かしてしまう。
「まあ、日花梨ったら」
春子は困ったように笑った。
わしはその光景を見て、懐かしくなった。
春子自身も、幼い頃から美しい黒髪を持ち、愛海によく髪を整えてもらっていた。
その春子が、今では姪の髪を結っている。
「春子、お前もすっかり大人になったのう」
わしが言うと、春子は笑った。
「まあ、お父様。私はもう三十二歳ですわよ」
「ははは。そうじゃったな」
日花梨が振り返った。
「おじいさま、春子おばさんって、昔から髪が長かったの?」
「そうじゃ。生まれた頃から髪が綺麗でのう」
「へえ!」
春子は少し照れたように笑った。
「お父様、そんな昔のお話までなさらなくても…」
「よいではないか。日花梨も聞きたがっておる」
日花梨は目を輝かせた。
「もっと聞きたい!」
わしは笑った。
春子は困ったように微笑みながらも、楽しそうに髪を結い続けた。
十一 地下鉄と変わりゆく東京
昭和九年(1934)の東京は、わしが幼い頃とはまるで違う町になっていた。
鉄道は都市の暮らしを支え、自動車も増え、電灯が夜の町を照らしていた。
特に驚いたのは、地下鉄である。
昭和二年(1927)、上野から浅草までの地下鉄が開通した。
日本初の本格的な地下鉄である。
その後も路線は延び、昭和九年(1934)には銀座方面までつながっていた。
ある日、修蔵がわしを誘った。
「父上、久しぶりに地下鉄に乗ってみないか?」
「よいのう」
わしらは地下鉄の駅へ向かった。
階段を下りると、地下に駅が広がっていた。
「何度見ても不思議じゃな」
わしが言うと、修蔵は笑った。
「父上が子どもの頃には、考えられなかっただろう?」
「まったくじゃ。わしが初めて汽車を見たときでさえ、驚いたものじゃ」
やがて電車が到着した。
わしらは乗り込み、座席に腰を下ろした。
「地下を電車が走るとはのう…」
わしは窓の外を眺めた。
当然ながら、地上の景色は見えない。
しかし、その暗いトンネルの向こうには、近代都市の新しい暮らしが広がっている。
「修蔵、お前はよい時代に鉄道の仕事をしておるな」
「そうだね、父上。俺もそう思うよ」
修蔵は嬉しそうに笑った。
「鉄道は、まだまだ発展すると思うんだ」
「うむ。お前たちの世代が、これからの東京を作っていくのじゃな」
十二 ラジオのある家庭
この頃、ラジオも多くの家庭に広まりつつあった。
大正十四年(1925)に始まった日本のラジオ放送は、昭和に入ってから急速に普及していた。
わしの家でも、ラジオを聴くことが日常の楽しみになっていた。
ある晩、家族が集まってラジオを囲んだ。
ニュース、音楽、演芸、甲子園、演説。
箱の中から人の声が聞こえることに、わしは今でも不思議な感覚を覚えた。
「母上、どうですかな。このラジオというものは」
わしが尋ねると、志帆は笑った。
「本当に不思議なものね。昔は遠くの人の声を聞くなんて、考えられなかったもの」
「そうでしょうな」
「私が若い頃には、手紙を届けるだけでも時間がかかったのに」
母はラジオを見つめた。
「今では、遠くの人が話していることを、その場で聞けるのね」
わしは頷いた。
「まったく、長生きはするものですな」
すると母は笑った。
「蔵之助、それは私の台詞ですよ」
一同が笑った。
ラジオからは、音楽が流れていた。
母は静かに耳を傾けていた。
わしはその横顔を見つめた。
江戸時代に生まれた母が、昭和のラジオを楽しんでいる。
その光景こそ、長い時代の変化を象徴しているように思えた。
十三 七十年の家族
古希の祝いからしばらく経ったある日。
わしは一人で庭を眺めていた。
春の花が咲き、柔らかな風が吹いていた。
ふと、七十年間の人生を振り返った。
幼い頃、わしの家には父と母、兄、弟たちがいた。
江戸の記憶が残る家で育ち、明治維新によって世の中が大きく変わった。
やがて弟を失い、祖父母を見送り、軍人として生きた。
愛海と結婚し、子どもたちが生まれた。
美嘉を失った悲しみもあった。
それでも、修蔵、節子、光蔵、春子は成長し、それぞれの家庭を築いた。
そして今、孫たちがいる。
三月七日には、末孫の葵生まで生まれた。
「何とも、不思議な人生じゃ……」
わしは小さく呟いた。
七十年前、わしが生まれたとき、誰がこのような未来を想像できただろうか。
父の権兵衛も、祖父の金右衛門も、まさかわしが昭和九年(1934)まで生きるとは思わなかっただろう。
ましてや、地下鉄やラジオのある東京で、孫たちに囲まれて暮らすなど、想像もできなかったに違いない。
そのとき、愛海が庭へ出てきた。
「あなた、何を考えていらっしゃるの?」
「七十年のことを思い出しておった」
「まあ」
愛海は隣に座った。
「随分と長い年月ですね」
「うむ。じゃが、振り返ればあっという間じゃ」
愛海は微笑んだ。
「私たちも、もう長い付き合いになりましたものね」
「そうじゃな」
わしは妻を見た。
若い頃の愛海は、今でも鮮明に覚えている。
そして今、六十五歳になった妻が、同じようにわしの隣に座っている。
「愛海」
「はい?」
「長い間、ありがとう」
愛海は少し驚いた。
「まあ、突然どうなさったの?」
「いや…七十年を振り返っておったら、どうしても言いたくなったのじゃ」
愛海は静かに微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございます」
わしらはしばらく、何も言わずに庭を眺めていた。
十四 古希の先にあるもの
昭和九年(1934)の春。
わしは七十歳になり、末孫の葵生が生まれた。
母の志帆は九十歳を超え、兄の寛之助も七十歳を過ぎている。
修蔵、節子、光蔵、春子は、それぞれの家庭を築き、子どもたちを育てている。
かつて、わしと愛海の二人から始まった家庭は、今や大きな一族になっていた。
わしはそのことを、何より誇りに思っていた。
しかし、外の世界は決して穏やかではなかった。
満州事変以降、軍部の影響力は強まり、政治への不信も広がっていた。
わし自身も、軍人会での発言によって反感を買い、家族の安全に気を配らねばならなくなっていた。
それでも、家の中には笑い声があった。
修蔵家の賑やかな男たち。
節子家の厳格で真面目な教育者たち。
光蔵家の穏やかな夫婦と、いたずら好きな子どもたち。
春子家の清潔で温かな暮らしと、絵画に囲まれた部屋。
そして、生まれたばかりの葵生。
それぞれの家庭は違っていた。
しかし、皆が神楽坂家の歴史を受け継いでいた。
ある日の夕方、わしは葵生を抱かせてもらった。
小さな赤子は、わしの腕の中で静かに眠っていた。
「葵生や…」
わしは優しく呼びかけた。
「お前が大きくなる頃には、わしはもう随分と年寄りになっておるじゃろうな」
わしは微笑んだ。
「それでも、できるだけ長く、お前たちの成長を見守りたいものじゃ」
春子が隣で微笑んだ。
「お父様、どうか百歳まで長生きしてくださいませ」
わしは思わず笑った。
「百歳じゃと!? 春子、それはいくら何でも欲張りすぎではないか?」
「まあ、お父様。私は本気ですわよ」
「ははは。そうか、そうか」
わしは笑いながら、葵生の顔を見つめた。
百歳。
七十歳になったばかりのわしには、あまりにも遠い年齢だった。
しかし、春子の願いが嬉しかった。
「ならば、できるだけ頑張ってみるとしようかのう」
春子は嬉しそうに笑った。
「ええ、ぜひそうしてくださいませ」
わしは窓の外を眺めた。
春の空は、どこまでも青かった。
「人生とは、本当に不思議なものじゃな……」
昭和九年(1934)古希を迎えた老将の人生は、まだ終わらなかった。
※1 明治時代から昭和初期にかけては、乳幼児期に命を落とす者も多く、平均寿命は現代よりはるかに短かった。




