第四十二話 大正天皇崩御
一 大正十五年、最後の冬
大正十五年(1926)十二月。
わし、神楽坂蔵之助は六十二歳になっていた。
その年の三月、長年務めた陸軍の現役を退き、帝国在郷軍人会の活動に関わりながら、家族と過ごす時間が増えていた。
夏には、兄上や母上、愛海、四人の子どもたち、そして孫たちとともに、関東各地を巡る旅行にも出かけた。
神奈川、東京、千葉、埼玉。
鉄道に乗り、海を見て、山を眺め、街を歩いた。
あの四日間は、わしにとって忘れられない思い出となった。
しかし、年の暮れが近づくにつれ、日本中には次第に重苦しい空気が漂うようになっていた。
大正天皇のご病状が、思わしくなかったのである。
大正天皇は、以前から健康に不安を抱えておられた。
大正十年(1921)には、皇太子裕仁親王が摂政に就任され、天皇に代わって国務を担うようになっていた。
その後も天皇のご病状は回復せず、十二月になると、葉山御用邸から伝えられる病状の知らせに、人々は強い関心を寄せていた。
わしも、毎日のように新聞を読んでいた。
「…陛下のご容体は、ますます厳しいようじゃな」
愛海が静かに頷いた。
「そうですね。何とか持ち直してくださればよいのですが」
わしは新聞を閉じた。
「うむ……」
胸の奥に、何とも言えぬ不安が広がっていた。
二 明治天皇崩御から十四年
わしは、大正天皇のご病状を聞くたびに、十四年前の出来事を思い出していた。
明治四十五年(1912)七月三十日。
明治天皇が崩御された日である。
わしは四十八歳であった。
明治天皇は、わしが少年だった頃から、長く日本の象徴として存在しておられた。
わしが生まれた頃には、まだ江戸幕府が存在していた。
それが明治維新によって新しい国家となり、近代的な軍隊が整備され、鉄道や工場が発展した。
わしの軍人人生も、ほとんどが明治という時代の中で築かれたものであった。
だからこそ、明治天皇の崩御は、わしにとって非常に大きな衝撃であった。
あのとき、明治という時代が、本当に終わってしまったのだと思った。
しかし、大正天皇の崩御が近づいていると聞いた今、わしの心には、あのときとは少し違う感情があった。
大正という時代は、明治ほど長くはなかった。
しかし、わしにとっては、子どもたちが成長し、孫たちが生まれ、家族が大きく広がった時代であった。
そして、第一次世界大戦や関東大震災など、多くの出来事を経験した時代でもあった。
わしは静かに呟いた。
「…大正も、終わってしまうのじゃろうか」
三 十二月二十五日、崩御の報せ
大正十五年(1926)十二月二十五日。
その日の朝、わしはいつもより早く目を覚ました。
外は冷え込み、冬の空気が家の中にも入り込んでいた。
わしは身支度を整え、居間へ向かった。
すると、愛海が新聞を手に、静かに立っていた。
「あなた……」
その声を聞いた瞬間、わしは何かを察した。
「…どうした?」
愛海は、ゆっくりと新聞を差し出した。
そこには、大きな見出しがあった。
大正天皇、崩御。
わしは、その文字をじっと見つめた。
「……そうか」
しばらく、言葉が出なかった。
大正天皇は、十二月二十五日午前一時二十五分、葉山御用邸で崩御されたのであった。
わしは静かに新聞を置いた。
そして、深く頭を下げた。
「……陛下」
愛海も、静かに頭を下げた。
部屋には、しばらく沈黙が流れた。
わしは、十四年前の明治天皇崩御の日を思い出していた。
あの日も、こうして新聞を手にしていた。
時代が終わったことを実感した。
しかし、今回は違った。
わしは既に六十二歳となり、軍人としての現役生活も終えていた。
明治天皇の崩御を迎えたときには、まだ軍人としての人生が続いていた。
それが今では、老将として新しい時代を迎えようとしている。
わしは静かに呟いた。
「……また一つ、時代が終わったのじゃな」
四 寛之助兄上の反応
その日の午前、兄上の寛之助が訪ねてきた。
兄上は六十四歳であった。
既に海軍の現役を退き、軍人会などの活動に関わっていた。
「蔵之助」
「兄上」
兄上は、いつものような豪快な笑顔ではなかった。
「…聞いたな」
「はい」
わしは静かに頷いた。
「大正天皇が崩御された」
兄上は深く息を吐いた。
「そうか…ついに、この日が来たか」
わしらは、しばらく黙っていた。
やがて、兄上が口を開いた。
「蔵之助。明治天皇が崩御されたときのことを覚えているか?」
「もちろん」
「あのときも大きな衝撃を受けたな」
兄上は遠くを見つめた。
「明治は、わしらが軍人になった時代じゃった」
「そうですな」
「わしは海軍、お前は陸軍。二人とも、明治の軍隊で育った」
兄上は静かに続けた。
「しかし、大正は違ったな。大正は、わしらが年を取り、次の世代に道を譲り始めた時代じゃったな」
わしは深く頷いた。
「わしも、今年の三月に現役を退きましたぞ」
兄上は微笑んだ。
「そうじゃな」
そして、静かに言った。
「明治天皇の崩御は、わしらの青春が終わったような気がした。だが、今回の崩御は…わしら自身が、昔の時代の人間になってゆくような気がする」
わしは、その言葉を胸に刻んだ。
五 母上の静かな言葉
その後、わしらは母上の志帆のもとへ向かった。
母上は八十三歳であった。
わしが崩御の知らせを伝えると、母上は静かに頷いた。
「……そう」
そして、しばらく考えた後、穏やかに言った。
「また時代が変わるのね」
わしは、母上の顔を見つめた。
「母上……」
母上は、驚くほど落ち着いていた。
「大正も、終わってしまったのね」
「はい」
母上は静かに微笑んだ。
「私はね、蔵之助。こうして何度も時代が変わるのを見てきたのよ」
母上は天保十四年(1843)生まれである。
江戸時代の末期を生き、明治維新を経験し、明治、大正、そして新しい時代を迎えようとしていた。
「私が若かった頃には、まだ徳川様の世の中だったわ」
「そうですな」
「それが明治になって、東京が変わって、鉄道が走って…」
母上は、少し懐かしそうに目を細めた。
「明治天皇が崩御されたときも、時代が変わったと思ったものよ」
わしは静かに聞いていた。
「でもね、蔵之助。時代が変わっても、人は生きてゆくのよ」
母上は穏やかに微笑んだ。
「新しい時代にも、きっと新しい暮らしがあるわ」
わしは深く頷いた。
「…そうですな、母上」
母上は、わしの手を握った。
「あなたも、もう六十二歳なのね」
「はい」
「私から見れば、まだまだ若いわよ」
わしは思わず笑った。
「ははは!母上にはかないませんな」
母上も微笑んだ。
その穏やかな表情を見て、わしは少し心が軽くなった。
六 修蔵――鉄道技師として迎えた改元
長男の修蔵は、三十七歳であった。
鉄道技師として働き、家庭を支える父親となっていた。
修蔵は、崩御の知らせを聞くと、静かに言った。
「……大正が終わったんだな」
わしは頷いた。
「そうじゃ」
修蔵は、しばらく考えていた。
「俺が鉄道の仕事を始めたのは、明治の終わり頃だった」
「うむ」
「でも、大正になってから、鉄道は本当に発展したよ。電車が増えて、私鉄が広がって、東京の街も変わった」
「今年の夏も、皆で関東を旅行したのう」
修蔵は微笑んだ。
「ああ。あの旅行は楽しかったな」
しかし、その表情には少し寂しさもあった。
「…東も、一緒に行けたらよかったんだけどな」
「そうじゃな」
修蔵は、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「大正は、俺にとって家族が増えた時代だった。でも、東がいなくなった時代でもある」
わしは、その言葉を胸に刻んだ。
七 節子――教師として見つめた大正
長女の野村節子は、三十四歳であった。
小学校教員として働き、家庭でも子どもたちを厳しく育てていた。
節子は、崩御の知らせを聞くと、静かに頭を下げた。
「……大正天皇が崩御されたのですね」
「うむ」
節子は、しばらく考えていた。
「大正時代は、教育の面でも大きな変化がありました」
わしは頷いた。
「そうじゃな」
「子どもたちの個性を大切にする考え方や、女性の社会参加についての議論も広がりました」
節子は続けた。
「私自身も、教師として多くのことを考えさせられた時代でした」
わしは微笑んだ。
「節子らしいのう」
節子は少し笑った。
「父上、私はこれからも教育に携わっていきたいと思っています」
「うむ。立派なことじゃ」
節子は静かに頷いた。
「新しい時代になっても、子どもたちが学ぶことの大切さは変わりませんから」
わしは、その言葉に深く感心した。
八 光蔵――機械とともに変わる時代
次男の光蔵は、二十九歳であった。
機械製造の仕事に携わり、家庭を築いていた。
光蔵は、崩御の知らせを聞くと、静かに言った。
「……大正が終わったんだね」
「そうじゃ」
光蔵は、しばらく考えていた。
「僕にとって、大正は機械がどんどん進歩した時代だったよ」
わしは頷いた。
「そうじゃな」
「電車、自動車、飛行機、ラジオ… 子どもの頃には珍しかったものが、今では少しずつ身近になっている」
わしは微笑んだ。
「お前は昔から機械が好きじゃったからのう」
光蔵は笑った。
「父上、覚えてるんだね」
「もちろんじゃ。家の時計を分解して、元に戻せなくなったこともあったじゃろう」
光蔵は苦笑した。
「それは忘れてよ!」
わしは笑った。
光蔵は、少し真剣な顔になった。
「新しい時代には、もっと便利な機械が増えると思う」
「そうじゃろうな」
「僕も、その発展に関わっていきたい」
わしは深く頷いた。
「うむ。頑張るのじゃぞ」
九 春子――母親として迎えた新しい時代
末娘の春子は、二十四歳であった。
結婚して家庭を築き、前年には長男の幸丞が生まれていた。
春子は、崩御の知らせを聞くと、静かに頭を下げた。
「……大正天皇が崩御されたのですわね」
「うむ」
春子は、少し寂しそうに微笑んだ。
「わたくしにとって、大正は本当に大切な時代でしたわ」
「そうじゃろうな」
「看護婦になるために学び、仕事を始め、結婚して、幸丞が生まれましたもの」
春子は、腕の中の幸丞を見つめた。
「この子は、大正生まれなのですわね」
「そうじゃ」
春子は優しく微笑んだ。
「でも、この子が大きくなる頃には、大正は昔の時代になっているのでしょうね」
わしは静かに頷いた。
「そうじゃろうな」
春子は、少し考えてから言った。
「お父様」
「何じゃ?」
「わたくし、幸丞に大正時代のことをたくさん話してあげたいですわ」
わしは微笑んだ。
「うむ。それがよい」
春子は嬉しそうに頷いた。
「ふふっ。お父様のお話も、たくさん聞かせてあげますわ」
わしは笑った。
「それは少し恥ずかしいのう」
春子も笑った。
十 孫たちが受け止めた大正の終わり
その日の午後、孫たちも集まってきた。
義蔵、奈恵、康弘、大空、日花梨。
幸丞はまだ幼く、改元の意味を理解できる年齢ではなかった。
義蔵は十四歳になっていた。
「おじいちゃん」
「何じゃ、義蔵?」
「大正が終わったって、本当?」
「うむ」
義蔵は少し考えた。
「俺、大正に生まれたんだよね」
「そうじゃ」
「じゃあ、これからは新しい時代になるんだ」
わしは頷いた。
「そうじゃな」
奈恵は、真剣な表情で尋ねた。
「おじいちゃん、時代が変わると、何か大きく変わるの?」
わしは少し考えた。
「すぐにすべてが変わるわけではない。しかし、年月が経てば、暮らしも社会も少しずつ変わってゆくものじゃ」
奈恵は静かに頷いた。
「そうなのね」
康弘は、不思議そうに尋ねた。
「おじいちゃん、明日から急に違う世界になるの?」
わしは思わず笑った。
「ははは!そんなことはないぞ」
「よかった!」
奈恵が呆れたように言った。
「康弘、そんなわけないでしょう!」
「だって、時代が変わるって言うから!」
わしは笑った。
大空と日花梨も、話を聞いていた。
「おじいちゃん、昭和って何?」
日花梨が尋ねた。
「新しい時代の名前じゃ」
「大正じゃなくなるの?」
「そうじゃ」
大空は少し考えてから言った。
「じゃあ、僕たちは昭和の子どもになるの?」
わしは微笑んだ。
「そうじゃな」
孫たちは、まだ時代の変化を十分に理解していなかった。しかし、それでよいのだと思った。
この子たちは、これから新しい時代を生きてゆくのだから。
十一 「光文」の誤報
大正天皇の崩御に伴い、新しい元号が発表されることとなった。
しかし、その朝、新聞を巡って一つの騒動が起きた。
東京日日新聞が、新しい元号を「光文」と報じたのである。
わしは、その記事を見て驚いた。
「…光文?」
愛海が尋ねた。
「新しい元号ですか?」
「そう書いてあるのじゃが…」
わしは首を傾げた。
しかし、その後、正式な元号は「昭和」であることが明らかになった。
「…昭和?」
わしは、改めて新聞を見つめた。
どうやら、先ほどの「光文」という報道は誤報であったらしい。
修蔵が苦笑した。
「父上、新聞も間違えることがあるんだな」
わしは頷いた。
「うむ。大きな出来事ほど、正確な情報が大切じゃな」
節子も静かに言った。
「子どもたちにも、新聞に書いてあることを何でもそのまま信じるのではなく、確かめることの大切さを教えたいですね」
わしは深く頷いた。
「まったく、そのとおりじゃ」
十二 ラジオが伝えた昭和改元
その日、わしらはラジオから流れる放送にも耳を傾けていた。
ラジオ放送が始まったのは、前年の大正十四年(1925)であった。
まだ新しい技術であったが、遠くから声が届くという仕組みは、わしにとって何度聞いても不思議なものであった。
しかし、この日はいつもと違っていた。
ラジオからは、大正天皇の崩御と、新しい元号についての知らせが伝えられていた。
昭和。
その言葉が、静かな部屋に響いた。
わしは、しばらく目を閉じた。
昭和元年。新しい時代が始まったのである。
愛海が静かに言った。
「あなた、昭和になりましたね」
「…うむ」
兄上も頷いた。
「明治、大正、そして昭和か」
母上は穏やかに微笑んだ。
「また時代が変わったのね」
わしは、その言葉を胸に刻んだ。
十三 クリスマスと年末の自粛
十二月二十五日は、クリスマスでもあった。
大正時代には、都市部を中心にクリスマスの催しや商店の飾り付けが少しずつ広がっていた。
しかし、この年は違った。
大正天皇の崩御によって、社会には服喪の空気が広がり、祝賀行事や娯楽を控える動きが見られた。
商店の華やかな催しも、予定を変更したり、自粛したりするところがあった。
年末の忘年会なども、控える人々がいた。
わしは、街の様子を見ながら静かに考えた。
「……今年の年末は、いつもとは違うのう」
愛海が頷いた。
「そうですね」
「しかし、皆が静かに年を越そうとしているのも、今の時代らしいことなのかもしれん」
愛海は微笑んだ。
「ええ」
わしは、少し考えてから言った。
「ただ、子どもたちまで必要以上に暗い気持ちにさせることはないと思うのじゃ」
愛海は頷いた。
「そうですね。悲しむことと、家族が穏やかに過ごすことは、別ですものね」
わしは微笑んだ。
「うむ」
わしらは、派手な宴会を開くことは控えた。
しかし、家族で静かに食事を囲み、子どもたちの笑顔を見守る時間は大切にした。
十四 明治と大正、二つの崩御
その夜、わしは兄上と二人で話をしていた。
「蔵之助。明治天皇の崩御と、今回の崩御。お前はどう感じた?」
わしは少し考えた。
「明治天皇の崩御は、わしにとって一つの大きな時代が終わったという衝撃でしたな」
兄上は頷いた。
「そうじゃな」
「しかし、今回の崩御は……」
わしは言葉を探した。
「わし自身が年を取ったことを、強く感じた」
兄上は静かに頷いた。
わしは続けた。
「明治天皇が崩御されたとき、わしはまだ四十八歳、軍人としての人生も続いておった」
「うむ」
「しかし、今は六十二歳。現役を退き、孫たちの成長を見守る立場になった」
兄上は微笑んだ。
「時代だけでなく、わしら自身も変わったんじゃな」
「そうですな」
兄上は、静かに言った。
「だが、蔵之助。わしらの人生は、まだ終わっていないぞ」
わしは微笑んだ。
「もちろんじゃ、兄上」
わしらは顔を見合わせて笑った。
十五 昭和という未知の時代
夜が更けた頃、わしは一人で庭に出た。
冬の空気は冷たく、空には星が輝いていた。
昭和元年。わしは、その言葉を心の中で繰り返した。
江戸時代に生まれたわしが、明治を生き、大正を生き、ついに昭和という時代を迎えた。
何とも不思議なことであった。
わしは、祖父の金右衛門を思い出した。
祖父は、江戸時代の武士として生きた人であった。
父の権兵衛は、武士から近代社会へと移る時代を生きた。
そして、わしは明治の陸軍軍人として生き、大正に現役を退いた。
今、わしの子どもたちは、それぞれの仕事に携わり、孫たちは新しい時代を生きようとしている。
わしは静かに呟いた。
「……父上、祖父上」
夜空を見上げた。
「わしは、昭和という時代まで生きておりますぞ」
もちろん、返事はなかった。
しかし、わしは不思議と寂しくなかった。
わしの後ろには、家族がいる。
愛海がいて、母上がいて、兄上がいる。
そして、修蔵、節子、光蔵、春子がいる。
さらに、孫たちがいる。
わしは、静かに微笑んだ。
「これから、どんな時代になるのじゃろうな」
昭和という時代が、平和で豊かな時代になることを願った。
しかし、その先に何が待っているのか、わしにはまだ分からなかった。
十六 大正という時代への別れ
大正時代。
それは、わしにとって、子どもたちが大人になり、孫たちが生まれ、家族が大きく広がった時代であった。
第一次世界大戦があり、大戦景気があり、米騒動があった。
関東大震災では、多くの命が失われ、わしらの家族も深い悲しみを経験した。
それでも、人々は復興を目指し、街は再び動き始めた。
鉄道が広がり、自動車が増え、ラジオが登場した。
女性たちは新しい生き方を模索し、子どもたちは新しい教育や文化に触れるようになった。
わしの四人の子どもたちも、それぞれの道を歩み始めた。
修蔵は鉄道技師として。
節子は教員として。
光蔵は機械製造者として。
春子は看護婦として。
そして、皆が家庭を築き、次の世代を育てている。
大正という時代は、決して平穏なだけの時代ではなかった。
しかし、わしにとっては、かけがえのない年月であった。
「…ありがとう、大正」
わしは小さく呟いた。
そして、静かに空を見上げた。
明治が終わったとき、わしは四十八歳であった。
大正が終わった今、わしは六十二歳である。
次の時代が終わる頃、わしは何歳になっているのじゃろうか。
そもそも、その日まで生きているのじゃろうか。
そんなことを考えながら、わしは静かに微笑んだ。
人生とは、不思議なものである。
江戸に生まれ、明治に育ち、大正に家族を広げ、そして昭和を迎えた。
わしの人生は、まだ続いていた。
そして、新しい時代の幕が、静かに開いたのであった。
第三章では、蔵之助が生きた大正時代は、子どもがそれぞれの道を進み、家庭を作り、蔵之助自身は老将になり始める時代だった。この時、蔵之助は、昭和時代が平和な時代でありますようにと願っていた。 果たして蔵之助は昭和時代を、どう生きていくのだろうか…
第四章へ続く…




