第四十話 還暦と中将の引退・陸軍人生の回顧
還暦とは、干支が一巡して、生まれた年の暦に戻ることを意味する。
十干と十二支の組み合わせが六十年で一巡することから、六十歳は人生の大きな節目とされてきた。
一 六十年目の朝
大正十三年(1924)三月十四日。
わし、神楽坂蔵之助は、ついに満六十歳の誕生日を迎えた。
元治元年、一八六四年三月十四日。まだ江戸幕府が存在していた時代に、わしは旗本の家に生まれた。
あれから六十年。
江戸幕府は滅び、明治という長い時代が過ぎ、大正も十三年目を迎えていた。
六十歳。
口にしてみると、何とも不思議な響きであった。
幼い頃には、六十歳といえば祖父母のような老人の年齢だと思っていた。それが今では、自分自身の年齢になっている。
わしは朝早く目を覚ました。
障子の向こうから、柔らかな春の日差しが差し込んでいた。
「…六十歳か」
わしは小さく呟いた。
隣では愛海がまだ眠っていた。
わしは静かに起き上がり、身支度を整えた。
そのときであった。
廊下の向こうから、何やら小さな話し声が聞こえてきた。
「修蔵兄様、もうよろしいかしら?」
「まだだ、春子。父上が起きるまで待とう」
「もう起きているんじゃない?」
「節子、声が大きいよ」
「光蔵こそ、さっきから落ち着かないじゃない」
わしは思わず笑いそうになった。
何じゃ、あやつらは。まるで幼い頃に戻ったようではないか。
わしが襖を開けると、そこには修蔵、節子、光蔵、春子の四人が並んでいた。
「父上!」
「お父様!」
四人が声をそろえた。
「還暦、おめでとうございます!」
わしは思わず目を丸くした。
「な、何じゃ!?」
修蔵が笑った。
「父上、今日は六十歳の誕生日だろう?」
節子も微笑んだ。
「私たち四人で、最初にお祝いしたかったのよ」
光蔵は少し照れくさそうだった。
「父上、驚いた?」
春子は満面の笑みを浮かべていた。
「ふふっ、お父様! 大成功ですわ!」
わしはしばらく言葉を失っていた。
そして、ゆっくりと笑った。
「ははは…まったく、お前たちには驚かされたわい!」
四人は嬉しそうに笑った。
わしは、その顔を一人ずつ見つめた。
修蔵、三十五歳。
節子、三十一歳。
光蔵、二十六歳。
春子、二十二歳。
かつて、わしの膝の上に乗っていた子どもたちが、今では立派な大人となり、こうして父親の還暦を祝ってくれている。わしは胸が熱くなった。
「…ありがとう」
声が少し震えた。
「お前たちが、こうして祝ってくれるとはのう」
春子が優しく微笑んだ。
「お父様。わたくしたちこそ、今まで本当にありがとうございました」
修蔵も頷いた。
「父上がここまで元気でいてくれて、俺たちも嬉しいよ」
節子は静かに言った。
「これからも長生きしてくださいね」
光蔵も笑った。
「まだまだ元気でいてよ、父上」
わしは深く頷いた。
「うむ。約束しよう」
六十年目の朝は、何とも温かなものとなった。
二 還暦という特別な節目
わしが幼い頃、六十歳を迎えた人は、地域でも年長者として敬われていた。
乳幼児の死亡率が高く、感染症や栄養不足、医療の限界などによって、若くして命を落とす者も少なくなかった。
もちろん、六十歳まで生きる者が極めて珍しかったわけではない。
しかし、生まれた子どもが皆、無事に成人し、さらに還暦を迎えられるとは限らなかった。
だからこそ、還暦は長い人生を無事に歩んできたことを祝う、大切な行事であった。
わしは、父上の還暦を思い出した。
明治二十六年(1893)。
父上の権兵衛は六十歳になった。
あの頃、わしは二十九歳であった。
父上は、武士として生まれ、明治維新で身分を失い、それでも家族を支え続けてきた。
その父上が還暦を迎えたとき、わしは心から尊敬したものじゃ。
まさか自分も同じ年齢になるとは思っていなかった。
「父上……」
わしは心の中で呟いた。
「わしも、ついに六十歳になりましたぞ」
父上は四年前に亡くなっていた。
もし生きておられたなら、どのような言葉をかけてくださったじゃろうか。
きっと、あの豪快な笑顔で言ったに違いない。
「蔵之助!お前もついに還暦か!よくぞここまで生きたな!」
わしは、思わず微笑んだ。
三 愛海と母上からの祝福
朝の祝いが終わると、愛海が食事を用意してくれていた。
「あなた、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、愛海」
愛海は微笑んだ。
「六十歳ですね」
「うむ。わしも、ついに還暦じゃ」
「でも、まだまだお元気でしょう?」
「そうじゃな。お前のおかげじゃ」
「あら、珍しく素直ですね」
「何じゃ、それは!」
わしらは笑い合った。
愛海は、わしより四歳年下である。
明治二十一年(1888)に結婚して以来、三十年以上、苦楽をともにしてきた。
子どもたちの誕生。
美嘉との死別。
日清戦争と日露戦争。
そして、第一次世界大戦。
わしが軍務で家を空けることが多かった頃も、愛海は家庭を守り続けてくれた。
「愛海」
「何ですか?」
「わしがここまで生きてこられたのは、お前のおかげじゃ」
愛海は少し驚いた顔をした。
そして、優しく笑った。
「まあ、あなた。今日は本当にどうしたんですか?」
「還暦じゃから、少しくらい素直になってもよかろう」
「ふふっ、そうですね」
愛海はわしの手を握った。
「これからも、よろしくお願いしますね」
「うむ。こちらこそじゃ」
その後、母上の志帆のもとへ向かった。
母上は、八十歳を迎えていた。
「母上」
「蔵之助、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
母上は穏やかに微笑んだ。
「あなたも、もう六十歳なのねえ」
「はい。自分でも驚いております」
母上は、わしの顔をじっと見つめた。
「生まれたときは、あんなに小さかったのに」
わしは笑った。
「母上、それは六十年前の話ですぞ」
「母親にとっては、何年経っても子どもは子どもなのよ」
わしは言葉を失った。
母上は続けた。
「あなたが生まれたのは、まだ江戸幕府があった頃だったわね」
「はい」
「それが今では、陸軍中将になって、子どもも孫もいる」
母上は静かに微笑んだ。
「本当に、長い年月が経ったものねえ」
わしは深く頷いた。
「そうですな、母上」
母上は、わしの手を握った。
「蔵之助。これからも元気でいてね」
「はい。母上こそ、いつまでもお元気で」
母上は笑った。
「ふふっ。私はまだまだ生きるつもりよ」
その言葉は、何とも頼もしかった。
四 寛之助兄上との再会
その日の昼頃、兄の寛之助が訪ねてきた。
兄上は、わしより一歳半ほど年上であった。
既に海軍の現役を退き、軍人会などの活動に携わっていた。
「蔵之助!」
「兄上!」
兄上は豪快に笑った。
「還暦、おめでとう!」
「ありがとう、兄上」
「ついにお前も六十歳か!」
「兄上の後を追うように、わしも還暦を迎えました」
兄上は笑った。
「昔は、六十歳なんて遥か先のことだと思っていたのにな」
「まったくですな」
わしらは顔を見合わせて笑った。
兄上は、しばらくわしの顔を見つめた。
「蔵之助、よくここまで生きたな」
わしは静かに頷いた。
「兄上もな」
兄上は微笑んだ。
「わしらは、江戸時代に生まれた。それが明治を生き、大正になって、こうして還暦を迎えている」
「何とも不思議なものですな」
兄上は笑った。
「まだまだ、これからじゃぞ」
「もちろんです」
わしらは固く握手した。
五 孫たちからの祝福
午後になると、孫たちも集まってきた。
義蔵、奈恵、康弘、大空、日花梨。
皆、わしの還暦を祝うために来てくれた。
「おじいちゃん!」
「お誕生日おめでとう!」
「六十歳なんだって!」
わしは笑った。
「ははは! そうじゃぞ!」
義蔵が目を輝かせた。
「おじいちゃん、六十歳ってすごいね!」
「そうかのう?」
「だって、僕の何倍も生きてるんだよ!」
わしは笑った。
「そうじゃな。お前が生まれるずっと前から、わしは生きておるからのう」
奈恵はしっかりした口調で言った。
「おじいちゃん、これからも元気でいてね」
「ありがとう、奈恵」
康弘は少し照れくさそうだった。
「おじいちゃん、また遊んでね」
「もちろんじゃ」
大空と日花梨も、嬉しそうにわしのもとへ駆け寄ってきた。
「おじいちゃん!」
「おめでとう!」
わしは二人を抱き上げた。
「ははは!ありがとう!」
そのとき、ふと東のことを思い出した。
もし、あの震災がなければ。
東も、きっとここで大騒ぎしていたことじゃろう。
わしの軍帽をかぶり、「おじいちゃん、六十歳!」と笑っていたかもしれない。
胸が少し痛んだ。
しかし、わしは孫たちの笑顔を見つめ、静かに微笑んだ。東のことも、決して忘れてはおらん。
六 還暦の誕生日会
夕方になると、家族全員が集まり、還暦の祝いが始まった。
料理が並び、祝いの酒が用意され、部屋には笑い声が響いていた。
修蔵が立ち上がった。
「父上、今日は還暦おめでとうございます」
「うむ」
「俺たち四人がここまで育ったのも、父上と母上のおかげです」
節子も続けた。
「父上は、私たちの進路を尊重してくれました」
光蔵は微笑んだ。
「僕が機械の仕事を選んだときも、結婚するときも、父上は応援してくれた」
春子は目を輝かせた。
「わたくしが看護婦になりたいと申し上げたときも、結婚したい方がいるとお話ししたときも、お父様は温かく見守ってくださいましたわ」
わしは胸が熱くなった。
修蔵は続けた。
「父上、これからも元気でいてください」
四人が声をそろえた。
「還暦、おめでとうございます!」
わしは深く頭を下げた。
「…ありがとう」
しばらく言葉が出なかった。
そして、ようやく口を開いた。
「わしは、幸せ者じゃ」
家族は静かに聞いていた。
「江戸時代に生まれ、明治を生き、大正になって、こうして子どもや孫たちに囲まれて還暦を迎えられるとは、夢にも思わなかった」
わしは愛海を見つめた。
「愛海、ありがとう」
そして、母上と兄上を見つめた。
「母上、兄上、ありがとうございます」
最後に、子どもたちと孫たちを見渡した。
「皆、ありがとう。これからも、わしは元気に生きてゆくつもりじゃ」
部屋には、大きな拍手が響いた。
七 陸軍中将としての誇り
わしは、陸軍中将であった。
若い頃に陸軍幼年学校を経て士官学校で学び、陸軍少尉として軍人人生を歩み始めて以来、長い年月が経っていた。
中尉、大尉、佐官、そして将官。
一つ一つ階級を重ね、責任も大きくなっていった。
日清戦争では、まだ若い将校として戦場に立った。
日露戦争では、さらに大きな責任を担い、多くの部下を率いた。
第一次世界大戦の時代には、世界の戦争が大きく変わりつつあることを実感した。
そして、わしは中将となった。
中将という階級は、わしにとって大きな誇りであった。
しかし、それは単に偉くなったという意味ではなかった。
多くの部下の命を預かり、国家の軍事に関わる責任を負う立場になったということである。
わしは、若い将校たちによく言い聞かせていた。
「兵士は、命令を受けるだけの道具ではない。一人一人に家族があり、人生があるのじゃ」
若い将校の中には、驚く者もいた。
しかし、わしはそう考えていた。
軍人としての誇りとは、ただ勇敢に戦うことではない。
部下を守り、無益な犠牲を避け、責任を果たすことである。わしは、その信念を大切にしてきた。
八 日清戦争の記憶
わしが最初に大きな戦争を経験したのは、日清戦争であった。
明治二十七年(1894)、わしは三十歳であった。
あの頃のわしは、まだ若かった。
戦場では、銃声が響き、砲弾が飛び交い、兵士たちは泥と汗にまみれていた。
しかし、戦争で恐ろしかったのは、敵の銃弾だけではなかった。
病気である。
特にコレラなどの感染症は、多くの兵士の命を奪った。
わしは、戦場で病に倒れる兵士たちを見た。
「中尉殿…家に帰りたいです……」
そう呟いた兵士の声を、今でも覚えている。
戦争が終わり、わしは帰国した。
日本は勝利したが、その後の三国干渉によって、遼東半島を返還することとなった。
わしは、戦場で失われた命を思い出しながら、複雑な気持ちになった。
勝利とは、いったい何なのか。その問いは、わしの中に残り続けた。
九 日露戦争の記憶
明治三十七年(1904)、日露戦争が始まった。
わしは四十歳であった。
日清戦争の頃よりも、はるかに大きな責任を担う立場となっていた。
戦場では、機関銃や重砲などの近代兵器が大きな威力を発揮し、多くの兵士が命を落とした。
わしは、戦争が以前よりも恐ろしいものになっていることを痛感した。
兵士たちは、勇敢であった。だが勇敢であることと、無謀であることは違う。
わしは、部下たちに何度も言い聞かせた。
「命を粗末にするな。生きて帰ることも、軍人の大切な務めじゃ」
日露戦争が終わったとき、日本は勝利した。
しかし、講和条約では賠償金を得られず、国内では不満が高まった。
日比谷焼打事件が起きたとき、わしは深く考えさせられた。
戦争の勝利を喜ぶ人々。
一方、戦場で命を落とした兵士たち。
そして、戦争の結果に不満を抱く国民。
戦争とは、何とも複雑なものじゃ。
わしは、あの戦争を通じて、軍人としての責任の重さをさらに深く感じるようになった。
十 第一次世界大戦と変わる戦争
大正三年(1914)、ヨーロッパで大きな戦争が始まった。
この戦争では、機関銃、重砲、潜水艦、航空機、毒ガスなど、さまざまな兵器が使われた。
戦争は、もはや兵士の勇敢さだけで決まるものではなくなっていた。
工業力、補給、技術、そして国家全体の力が、戦争の行方を左右するようになっていた。
わしは、軍人としてその変化を強く感じていた。
「これからの戦争は、ますます恐ろしいものになる」
そう考えるようになった。
日本は欧州の主戦場から遠く離れていたが、世界の戦争の変化は、わしに大きな衝撃を与えた。
わしは、若い将校たちに言った。
「兵器が強くなればなるほど、軍人は慎重にならねばならん」
「なぜですか、中将殿?」
「一度の判断で、失われる命があまりにも多くなるからじゃ」
若い将校は静かに頷いた。
わしは思った。
戦争の技術が進歩することと、人間が幸福になることは、必ずしも同じではないのだと。
十一 六十年を振り返る兄弟
還暦の祝いからしばらく経った、三月末のことであった。わしは兄上の寛之助と、ゆっくり話す機会を得た。
兄上は既に海軍の現役を退き、軍人会などの活動に携わっていた。
「蔵之助。お前も、そろそろ軍人人生の終わりが見えてきたな」
わしは静かに頷いた。
「そうですな」
兄上は笑った。
「わしらは、幼い頃から軍人になることを夢見ていた。俺は海軍、お前は陸軍」
わしは懐かしくなった。
「小学校を卒業した頃、兄上と将来の話をしたことを覚えておりますぞ」
兄上は笑った。
「わしは海軍兵学校を目指すと言い、お前は陸軍士官学校を目指すと言った」
「そうでしたな」
「まさか、二人とも本当に将官になるとはな」
わしらは顔を見合わせて笑った。
兄上は海軍中将となり、わしは陸軍中将となった。
江戸時代に生まれた兄弟が、明治の新しい軍隊に入り、それぞれ陸軍と海軍で長い人生を歩んだ。
何とも不思議なことであった。
十二 寛之助兄上の海軍人生
兄上は、静かに海軍人生を振り返り始めた。
「蔵之助、わしが海軍兵学校に入った頃、日本の海軍はまだ発展の途中だった」
「そうでしたな」
「外国の技術を学び、軍艦を整備し、海軍という組織を作り上げていた時代だった」
兄上は遠くを見つめた。
「わしは海の向こうに広がる世界を見るのが好きだった」
わしは頷いた。
「兄上は、昔から海がお好きでしたからな」
「そうじゃ。陸にいるお前とは違って、わしは海の上で長い時間を過ごした」
兄上は続けた。
「日清戦争、日露戦争。海軍も多くの戦いを経験した」
わしは静かに聞いていた。
「軍艦の上では、一人の失敗が艦全体の危険につながる。だから、乗組員たちの連携が何より大切じゃった。わしは海軍で多くの部下を持った。しかし、階級が上がるほど、命令の重さを感じるようになった」
わしは深く頷いた。
「わしもじゃ」
兄上は静かに言った。
「軍人として長く生きてきたが、戦争が起きないことが一番だと思うようになったよ」
わしは、その言葉を胸に刻んだ。
十三 陸軍と海軍、それぞれの人生
わしらは、しばらく黙って庭を眺めていた。
春の風が吹き、木々の葉が揺れていた。
やがて、兄上が口を開いた。
「蔵之助。わしら、ずいぶん遠くまで来たな」
わしは微笑んだ。
「そうですな」
「江戸時代に生まれた兄弟が、明治の軍隊に入り、大正になって将官として引退を迎える」
わしは静かに頷いた。
「祖父上や父上が若い頃には、想像もできなかったことでしょう」
兄上は笑った。
「祖父上なら、何と言ったじゃろうな」
わしは少し考えた。
「『武士の誇りを忘れるな』とおっしゃるでしょうな」
兄上は笑った。
「父上なら?」
「『新しい時代で、自分の道を見つけたのなら、それを誇れ』でしょうか」
兄上は深く頷いた。
「そうじゃな」
わしらは静かに笑った。
そして、兄上は言った。
「蔵之助。軍人を辞めても、わしらは兄弟だ」
わしは笑った。
「当たり前じゃ、兄上」
「これからは、もっとゆっくり話せるようになるな」
「そうですな」
わしらは固く握手した。
十四 満六十二歳、現役引退の日
大正十五年(1926)三月。わしは満六十二歳になった。
そして、その月の末、長年務めてきた陸軍の現役を退くこととなった。
陸軍中将としての軍人人生に、一つの区切りがついたのである。
最後の日、わしは軍服に袖を通した。
鏡の前に立つと、そこには白髪の増えた老将の姿があった。
若い頃、初めて軍服を着たときのことを思い出した。
あの頃のわしは、希望に満ちていた。
軍人として国に尽くし、立派な将校になることを夢見ていた。
それから長い年月が経った。
日清戦争。
日露戦争。
第一次世界大戦。
数えきれないほどの訓練、任務、会議、そして部下たちとの出会い。
わしは、軍帽を手に取った。
「…長い人生じゃったな」
静かに呟いた。
その日、わしは最後の勤務を終えた。
部下たちが整列し、敬礼した。
「中将閣下、長年のご勤務、誠にありがとうございました!」
わしは、ゆっくりと敬礼を返した。
「諸君。わしは、長い年月を陸軍で過ごしてきた」
わしは続けた。
「軍人として大切なのは、勇敢であることだけではない。部下を守り、責任を果たし、命の重さを忘れぬことじゃ」
若い将校たちは真剣な表情で聞いていた。
「諸君には、これからの陸軍を支えてもらわねばならん。どうか、軍人としての誇りを忘れず、国民の命を大切にしてほしい」
そして、最後に敬礼した。
長い軍人人生が、静かに終わった。
十五 軍服を脱いだ日
帰宅すると、愛海が玄関で待っていた。
「あなた、お帰りなさい」
「うむ。ただいま」
愛海は、わしの顔を見つめた。
「今日で、現役を引退されたんですね」
「そうじゃ」
わしは静かに頷いた。
「長かったのう」
愛海は微笑んだ。
「本当に、お疲れ様でした」
その言葉を聞いた瞬間、わしは胸が熱くなった。
わしは軍人として長く働いてきた。
しかし、その間、愛海は家庭を守り、子どもたちを育て、わしの帰りを待ち続けてくれた。
「愛海」
「何ですか?」
「今まで、ありがとう」
愛海は少し驚いた顔をした。
そして、優しく微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございました」
わしは軍帽を外し、静かに置いた。
その瞬間、長い年月が終わったことを実感した。
十六 帝国在郷軍人会への加盟
現役を退いて予備役に編入した後、わしは帝国在郷軍人会の活動に関わることとなった。
帝国在郷軍人会は、現役を離れた軍人や予備役・後備役などの軍人たちを中心に組織され、軍事知識の維持や会員相互の交流、地域社会での活動などを行っていた。
わしは、長年の軍人経験を生かし、若い世代に軍人としての責任や規律を伝えたいと考えていた。
兄上も、既に軍人会などの活動に携わっていた。
ある日、兄上が言った。
「蔵之助、これからは現役の軍人ではなく、経験を伝える側になるんじゃな」
「そうですな」
「わしらの時代は、少しずつ終わってゆく」
「しかし、経験まで消えてしまうわけではない。若い者たちには、戦争の恐ろしさも、命の大切さも伝えてゆきたいと思いますぞ」
兄上は深く頷いた。
「それが、わしら老兵の務めなのかもしれんな」
わしは静かに微笑んだ。
十七 軍人人生の終わりと新しい人生
大正十五年(1926)三月末。
わしは、長年の陸軍現役生活を終えた。
六十二歳。
江戸時代に生まれ、明治時代に軍人となり、大正時代に陸軍中将として引退した。
何とも長い年月であった。
ある夜、わしは庭に出て、静かに空を見上げた。
春の夜風が心地よかった。
わしは、父上のことを思い出した。
祖父の金右衛門。
父の権兵衛。
母の志帆。
兄の寛之助。
そして、愛海と四人の子どもたち。
多くの人々に支えられて、わしはここまで生きてきた。
「父上……」
わしは静かに呟いた。
「わしは、軍人としての人生を終えましたぞ」
その言葉は、夜空へと消えていった。
しばらくすると、愛海が庭へ出てきた。
「あなた、こんなところにいらしたんですか?」
「うむ。少し考え事をしておった」
愛海は隣に立った。
「これからは、少しゆっくりできますね」
わしは笑った。
「そうじゃな」
「孫たちとも、もっと遊べますよ」
「それは楽しみじゃ」
愛海は微笑んだ。
「あなた、これからも長生きしてくださいね」
わしは静かに頷いた。
「うむ。まだまだ生きるつもりじゃ」
わしは空を見上げた。
軍人人生は終わった。
しかし、わしの人生そのものが終わったわけではない。
むしろ、これからは家族と過ごす時間が増える。
子どもたちの成長を見守り、孫たちと遊び、母上や兄上と昔話をする。
そして、愛海とともに、残された人生を歩んでゆく。
江戸に生まれ、明治に軍人となり、大正に陸軍中将として現役を退く。
わしの人生は、また一つ、新しい時代へと進もうとしていた。




