第三十九話 大正時代の家族と都市生活
一 孫たちが育つ大正の東京
大正十四年(1925)。
わし、神楽坂蔵之助は六十一歳になっていた。
明治時代には、まだ幼かったわしの子どもたちも、今では皆立派な大人となり、それぞれ家庭を築いていた。そして、いつの間にかわしの周りには、大勢の孫たちが集まるようになっていた。
長男の修蔵の家、長女の節子の家、次男の光蔵の家、そして結婚したばかりの末娘の春子の家。
四つの家庭は、それぞれに雰囲気が違っていた。
わしが生まれた元治元年(1864)は、まだ江戸幕府が存在していた。祖父の金右衛門も父の権兵衛も武士であり、家の中には厳しい身分のしきたりが残っていた。
それから六十一年。
わしの子どもたちは鉄道技師、教員、機械製造者、看護婦となり、孫たちは電車や自動車の走る東京で育っている。時代の変化とは、実に不思議なものじゃ。
しかし、わしが何より驚いたのは、孫たちの元気のよさであった。
「おじいちゃん、遊ぼう!」
「ねえねえ、聞いて!」
孫たちが集まるたび、我が家はまるで祭りのような騒ぎになった。
愛海は笑いながら言った。
「あなた、今日も賑やかになりそうですよ」
「うむ。わしも覚悟しておかねばならんのう」
そう答えながら、わしは孫たちの笑顔を見るのが楽しみで仕方なかった。
二 修蔵家――まるで男子校
修蔵の家は、男の子ばかりであった。
長男の義蔵をはじめ、男兄弟が集まれば、とにかく騒がしい。
修蔵自身も幼い頃は元気な少年だったが、その息子たちは父親以上に活発だった。
「義蔵!家の中で走るな!」
「分かってるよ、お父さん!」
「分かっているなら走るな!」
そう叱られても、しばらくするとまた走り始める。
ある日、わしが修蔵の家を訪ねると、義蔵たちが廊下を駆け回っていた。
「何をしておるのじゃ?」
「おじいちゃん!兵隊ごっこ!」
「ほう、兵隊ごっこか」
「俺が大将!」
「じゃあ、俺は突撃する!」
わしは思わず笑った。
「ははは!まるで男子校じゃな!」
修蔵は呆れた顔をしていた。
「父上、笑い事じゃないぞ。毎日これなんだから」
「お前も昔は似たようなものじゃったぞ」
「俺はここまで騒がしくなかった!」
「そうかのう?」
わしが笑うと、修蔵は苦笑した。
修蔵の妻も仕事を続けていたため、子どもたちが幼かった頃には愛海がよく面倒を見ていた。
そのおかげで、わしらの家にも男の子たちが集まり、庭や廊下が遊び場になっていた。
ただし、修蔵の家には礼儀を重んじるところもあった。
食事の前にはきちんと挨拶し、年長者には礼を尽くす。
それでも、遊び始めれば一瞬で男子校のような騒ぎになる。
わしは、そんな修蔵家の雰囲気が嫌いではなかった。
三 東――誰よりもいたずら好きだった孫
その男の子たちの中でも、特にいたずら好きだったのが東であった。
東は、いつも何か面白いことを考えていた。
ある日、わしが庭で新聞を読んでいると、背後から小さな足音が聞こえた。
「おじいちゃん」
「何じゃ?」
振り返った瞬間、東が突然大きな声を出した。
「わあっ!」
「うおっ!?」
わしは驚いて新聞を落としてしまった。
東は大笑いした。
「あははは! おじいちゃん、びっくりした!」
「こら、東!」
わしが叱ろうとすると、東は素早く逃げていった。
「待たんか!」
「捕まえてみて!」
義蔵や康弘まで笑いながら逃げ始めた。
その様子を見ていた愛海が呆れたように言った。
「あなた、また東にからかわれたんですか?」
「うむ…まったく、あやつにはかなわん」
愛海は笑った。
「でも、元気でいいじゃありませんか」
「元気すぎるのじゃ!」
別の日には、東がわしの軍帽をこっそり持ち出したこともあった。
「おじいちゃん!見て!」
東は大きすぎる軍帽をかぶり、胸を張って立っていた。
「わしは陸軍中将じゃ!」
義蔵と康弘は大笑いしていた。
わしも思わず吹き出した。
「ははは!東、お前にはまだ大きすぎるわい!」
「じゃあ、大きくなったらかぶれる?」
「そうじゃな。もっと大きくならねばのう」
東は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、いっぱいご飯食べる!」
あの頃の東は、いつも笑っていた。
誰よりもいたずら好きで、誰よりも元気で、家族の中に笑い声を広げる子であった。
しかし、大正十二年(1923)九月一日。
関東大震災の日、東は行方不明となった。
あれから二年近くが経とうとしていたが、東の消息は分からなかった。
わしは今でも、庭を見つめるたびに思い出す。
あの小さな足音。
突然の大声。
そして、いたずらが成功したときの満面の笑顔。
「…東」
わしは時折、そう呟いた。
東がどこかで生きていてくれれば。
その願いは、今も変わらなかった。
四 節子家――厳しい家庭と外での大騒ぎ
長女の野村節子の家は、修蔵家とはまったく違う雰囲気だった。
節子は小学校教員、夫は中学校教員。
夫婦そろって厳格で、学校でも家庭でも恐れられていた。
節子は冷静に理屈を積み重ねて叱り、夫は大きな声で叱る。
「康弘!宿題は終わったのか!」
「は、はい!」
「奈恵、今日の勉強は済ませた?」
「はい、お母さん」
「よろしい」
わしが訪ねると、いつも背筋が伸びるような雰囲気があった。
しかし、面白いことに、野村家の子どもたちも家の外へ出ると、途端に元気になるのであった。
特に康弘は、義蔵や東と一緒になると、いたずらの仲間に加わっていた。
「康弘!こっちだ!」
「待ってよ!」
「早くしないと置いていくぞ!」
三人が庭を駆け回る姿を見て、わしは笑った。
「ははは!節子の家の子も、外では元気じゃのう」
節子は呆れたように言った。
「父上、笑っていないで止めてください」
「よいではないか。子どもは元気が一番じゃ」
「限度というものがあります!」
わしは苦笑した。
五 奈恵――いとこたちのまとめ役
そんな孫たちの中で、特にしっかりしていたのが奈恵であった。
奈恵は幼い頃から落ち着いた性格で、弟の康弘やいとこたちの行動をよく見ていた。
義蔵や東、康弘がいたずらを始めると、真っ先に注意するのは奈恵であった。
「ちょっと、何やってるのよ!」
「奈恵、見て!面白いだろ!」
「面白くないわよ!」
「えー!」
「またおじいちゃんに怒られるわよ!」
ある日、東がわしの軍帽をかぶって遊んでいたときも、奈恵は呆れていた。
「東!それ、おじいちゃんの大切な帽子でしょう!」
「ちょっと借りただけだよ!」
「勝手に借りたら駄目でしょう!」
「奈恵は真面目だなあ!」
「あなたたちがふざけすぎなのよ!」
わしは思わず笑った。
「ははは! 奈恵は節子にそっくりじゃな!」
奈恵は少し不満そうな顔をした。
「おじいちゃん、私、お母さんほど怖くないわよ!」
「そうかのう?」
「そうよ!」
そのやり取りを聞いていた愛海も笑っていた。
奈恵は、ただ厳しいだけの子ではなかった。
小さないとこたちの面倒をよく見て、困っている子がいれば助けていた。わしには、その姿が頼もしく見えた。
六 光蔵家――小さな子どもたちの世界
次男の光蔵の家は、修蔵家や節子家よりも、まだ幼い子どもたちが多かった。
光蔵は穏やかな性格で、妻も優しい女性であった。
そのため、光蔵家にはどこかのんびりとした雰囲気があった。
大空と日花梨がまだ幼かった頃は、わしらの家に来ても、兄や姉にあたるいとこたちの遊びを眺めていることが多かった。
「おじいちゃん、あれ何してるの?」
日花梨が尋ねた。
「義蔵たちが遊んでおるのじゃ」
「楽しそう!」
「そうじゃな」
しかし、四歳、五歳と成長するにつれ、大空と日花梨も次第にいたずらの仲間に加わるようになった。
「大空!こっちに来い!」
「うん!」
「日花梨も!」
「待って!」
気がつけば、庭にはさらに多くの足音が響くようになっていた。
ある日、光蔵がわしに言った。
「父上、最近、大空も日花梨もずいぶん活発になってきたんだ」
「ははは。よいことではないか」
「でも、家の中まで走り回るから大変だよ」
「お前も幼い頃は、家の道具を分解しておったぞ」
光蔵は苦笑した。
「それは言わないでよ、父上」
わしは笑った。
子どもたちは、親に似るところもあれば、まったく違うところもある。
その成長を見ることが、わしには何より楽しかった。
七 神楽坂本家の祭り
わしらの家では、折に触れて親族を集め、賑やかな宴を開いていた。
特に祭りの季節になると、子どもたちが大勢集まった。
庭には提灯を飾り、料理を並べ、皆で食事を楽しんだ。
愛海は台所で忙しく働き、母上の志帆も孫や曾孫たちの様子を楽しそうに眺めていた。
「まあまあ、今年も賑やかねえ」
母上が微笑んだ。
「そうですな、母上」
わしも笑った。
義蔵たちは、庭で遊び回っていた。
「東!そっちだ!」
「分かってる!」
「康弘、早く!」
「待ってよ!」
奈恵は呆れていた。
「もう!あなたたち、少しは落ち着きなさいよ!」
しかし、誰も聞いていなかった。
春子も、子どもたちに囲まれていた。
「春子お姉ちゃん!」
「まあ、皆様。どうなさいましたの?」
「一緒に遊ぼう!」
「ふふっ、よろしいですわよ」
春子は笑顔で答えた。その姿を見て、わしは微笑んだ。
大正ロマンの装いをした春子が、子どもたちに囲まれて楽しそうに笑っている。何とも平和な光景であった。
そして、宴の終わりには、家族全員で写真を撮ることもあった。
わしは、そうした時間がいつまでも続いてほしいと思っていた。
八 私鉄の発展と広がる東京
大正時代の東京は、明治時代とは大きく変わっていた。
特に目覚ましかったのが、鉄道の発展である。
明治時代には、蒸気機関車が走るだけでも大きな驚きであった。
しかし、大正時代になると、都市の周辺には私鉄が次々と延び、電車によって郊外から都心へ通う人々が増えていた。
東京の周辺には住宅地が広がり、駅の近くには商店や学校が建てられるようになった。
修蔵は、こうした鉄道の発展を支える仕事に携わっていた。
ある日、修蔵が言った。
「父上、これからは東京の外側にも、もっと人が住むようになると思う」
「ほう」
「電車が便利になれば、都心から離れた場所に家を建てても通勤できるからね」
わしは感心した。
「なるほど。鉄道が街の形まで変えてゆくのじゃな」
「そうだよ」
修蔵は嬉しそうに頷いた。
わしが幼い頃、江戸から東京へと名前が変わったばかりの街には、まだ武家屋敷の面影が残っていた。
それが今では、電車が走り、住宅地が広がり、人々の暮らし方まで変わっている。
まことに驚くべきことであった。
九 自動車と円タク、乗合バス
鉄道だけではなかった。
東京の街には、自動車も増え始めていた。
明治時代には珍しかった自動車が、大正時代には少しずつ人々の目に触れるようになっていた。
乗合バスも走るようになり、鉄道の駅から離れた場所へ移動する手段が増えていった。
さらに、大正十五年頃には一円均一の料金を掲げるタクシー、いわゆる円タクも登場した。
ある日、わしは愛海と街を歩いていた。
「あなた、あれをご覧なさい」
愛海が指差した。
「ほう、自動車か」
「最近、本当に増えましたね」
「うむ。わしが若い頃には、馬車が走っておったものじゃが」
愛海は笑った。
「今では、馬より速く走る車があるんですものね」
わしは頷いた。
「まったく、世の中は変わったのう」
しかし、自動車が増えるにつれて、交通事故への注意も必要になっていた。
わしは孫たちに、よく言い聞かせた。
「道路で遊ぶときは、車に気をつけるのじゃぞ」
「はーい!」
孫たちは元気に返事をした。
もっとも、その返事がどこまで信用できるかは、少々怪しかった。
十 雑誌と円本――広がる読書文化
大正時代には、出版文化も大きく発展していた。
新聞や雑誌が広く読まれるようになり、都市では書店に多くの人々が集まっていた。
大正七年(1918)には、児童雑誌『赤い鳥』が創刊された。
この雑誌は、子どもたちの感性や想像力を大切にする新しい児童文学の流れを広めた。
特に奈恵は、この雑誌を気に入っていた。
ある日、奈恵が一冊の雑誌を抱えてやってきた。
「おじいちゃん!」
「何じゃ、奈恵?」
「これ、読んでみて!」
「ほう、『赤い鳥』か」
奈恵は嬉しそうに頷いた。
「うん!とっても素敵なお話が載っているの!」
わしは雑誌を開いた。
そこには、子どもたちの心に寄り添う童話や詩が掲載されていた。
「なるほど。昔の教訓話とは、少し違うのう」
「そうなの!子どもの気持ちがちゃんと書いてあるのよ!」
奈恵は目を輝かせた。
「私、こういうお話が大好き!」
わしは微笑んだ。
「奈恵は本当に本が好きじゃな」
「うん!」
奈恵は嬉しそうに答えた。
大正末期には、文学全集を比較的安価に販売する円本も登場し、読書文化はさらに広がっていった。
わしは思った。
かつて祖父や父から昔話を聞いて育ったわしの孫たちは、今では本や雑誌を通じて、さまざまな世界に触れている。それもまた、新しい時代の姿であった。
十一 電話と無声映画
東京では、電話も少しずつ普及していた。
もちろん、まだすべての家庭にあるわけではなかったが、会社や商店などでは重要な連絡手段となっていた。
修蔵も仕事で電話を使うことがあった。
「父上、電話があると遠くの人ともすぐに話せるんだ」
「うむ。昔なら手紙を送らねばならなかったのにのう」
「そうだよ」
わしは感心した。
「声が遠くまで届くとは、何とも不思議なものじゃ」
さらに、映画も人々の娯楽として広まっていた。
音声のない無声映画が中心であった。
映画館では、活動弁士が画面に合わせて物語や登場人物の台詞を語り、楽士が音楽を演奏することもあった。
ある日、わしは家族とともに映画を見に行った。
スクリーンには、人物が動く映像が映し出されていた。
日花梨は目を輝かせた。
「おじいちゃん!」
「何じゃ?」
「あの人たち、どうして動いてるの?」
「映画というものじゃ」
「でも、絵みたいなのに動いてる!」
わしは笑った。
「ははは。不思議じゃろう?」
日花梨は夢中になってスクリーンを見つめていた。
「すごい!もう一回見たい!」
その姿を見て、光蔵も笑っていた。
「日花梨は、こういうものに興味があるんだな」
「お前に似たのかもしれんのう」
わしが言うと、光蔵は少し照れくさそうに笑った。
映画館を出た後も、日花梨は興奮していた。
「おじいちゃん、また映画見に行こうね!」
「うむ。約束じゃ」
わしは微笑んだ。
十二 ガス・電気・水道の普及
都市の暮らしを大きく変えたものは、交通や娯楽だけではなかった。
ガス、電気、水道といった設備も、都市部を中心に普及していた。
明治初期には、夜の明かりといえば行灯やランプが中心であった。
しかし、大正時代になると、電灯のある家庭が増え、夜でも明るい部屋で過ごせるようになっていた。
ガスは照明や調理などに使われ、水道も都市生活を支える重要な設備となっていた。
もちろん、普及の程度には地域や家庭による差があり、井戸やかまどを使い続ける家も少なくなかった。
ある日、愛海が言った。
「あなた、昔は洗濯も炊事も本当に大変でしたね」
「そうじゃな」
「井戸から水を汲んで、火を起こして、何もかも手作業でしたもの」
わしは頷いた。
「今では、随分便利になったのう」
愛海は微笑んだ。
「ええ。でも、便利になったからこそ、昔の苦労も忘れたくありませんね」
わしは静かに頷いた。
「まったくじゃ」
十三 ラジオの登場
そして、大正十四年(1925)。
日本でもラジオ放送が始まった。
東京では三月に試験的な放送が始まり、七月には本放送が開始された。
ラジオは、離れた場所から送られてくる声や音楽を、家庭で聞くことのできる新しい技術であった。
わしは初めてラジオの音を聞いたとき、思わず目を丸くした。
「…何じゃ、これは!?」
光蔵が笑った。
「父上、ラジオだよ」
「この箱の中に人が入っておるのか!?」
「違うよ!」
光蔵は大笑いした。
「遠くから電波で音を送っているんだ」
わしは首を傾げた。
「電波…?」
「目には見えないけれど、音の情報を運ぶものなんだ」
わしはしばらく考えた。
「…なるほど。分からん!」
光蔵はさらに笑った。
「父上らしいなあ!」
愛海も笑っていた。
「あなた、昔も電話を見て驚いていましたね」
「うむ。しかし、これはさらに不思議じゃ!」
わしはラジオから流れる声を聞きながら、深く感心した。
わしが生まれた江戸時代には、遠くの知らせを聞くには、人が運んでくるのを待たねばならなかった。
それが今では、声そのものが遠くから届く。
何とも驚くべき時代になったものじゃ。
十四 春子に長男・幸丞が誕生
そして、大正十四年(1925)。
わしらの家族に、また新しい命が誕生した。
春子に、長男の幸丞が生まれたのである。
春子は前年に芸術家の男性と結婚していた。
その春子が、ついに母親になったのじゃ。
知らせを聞いたとき、わしは思わず立ち上がった。
「何じゃと!?春子に子どもが生まれたのか!」
愛海は嬉しそうに笑った。
「ええ。元気な男の子ですよ」
「そうか!それはめでたい!」
わしはすぐに春子のもとへ向かった。
春子は、赤ん坊を優しく抱いていた。
「お父様」
「春子!」
「ふふっ。ご覧くださいませ。わたくしの息子ですわ」
わしは赤ん坊を見つめた。
小さな手。
小さな足。
そして、穏やかな寝顔。
「…何とも可愛らしいのう」
春子は微笑んだ。
「幸丞と名付けましたの」
「幸丞か。よい名前じゃ」
わしは静かに頷いた。
春子は赤ん坊の顔を見つめながら言った。
「お父様。わたくし、母親になりましたのね」
「うむ」
「まだ、何だか不思議な気持ちですわ」
わしは微笑んだ。
「わしも、修蔵が生まれたときは同じ気持ちじゃった」
春子は顔を上げた。
「そうでしたの?」
「うむ。小さな命を抱いたとき、自分が父親になったのだと、ようやく実感したものじゃ」
春子は嬉しそうに微笑んだ。
「わたくしも、この子を大切に育ててまいりますわ」
「そうじゃな」
わしは赤ん坊の小さな手を見つめた。
「幸丞。お前も、これから大きくなってゆくのじゃな」
赤ん坊は、静かに眠っていた。
十五 新しい命と失われた日常
幸丞の誕生を祝うため、家族が集まった。
修蔵、節子、光蔵、そしてそれぞれの家族たち。
皆が春子の長男の誕生を喜んでいた。
「春子、おめでとう!」
修蔵が言った。
「ありがとうございます、兄様!」
節子も微笑んだ。
「春子も、ついにお母さんね」
「ええ、姉様!」
光蔵は赤ん坊を見つめた。
「可愛いなあ」
「ふふっ、ありがとうございますわ」
愛海は、幸丞を抱きながら嬉しそうに笑っていた。
母上の志帆も、曾孫の誕生を喜んでいた。
「まあまあ、また家族が増えたのねえ」
「そうですな、母上」
わしは微笑んだ。
しかし、賑やかな家族の姿を見ていると、ふと東のことが頭をよぎった。
もし東がここにいたなら、きっと幸丞の顔を覗き込み、何かいたずらを考えていたことじゃろう。
「赤ちゃん、僕にも抱かせて!」
そう言いながら、皆を困らせていたかもしれない。
わしは静かに目を閉じた。
東の笑い声が、今でも耳に残っている。
だが、わしは悲しみだけを抱えて生きてゆくわけにはいかなかった。
新しい命が生まれ、孫たちは成長している。
わしらは、東のことを忘れずに、これからも生きてゆかねばならないのじゃ。
十六 大正という時代を生きる家族
大正時代。
それは、わしにとって、子どもたちが大人になり、孫たちが育ってゆく時代であった。
鉄道が広がり、自動車が走り、電話やラジオが登場し、映画や雑誌が人々の暮らしを彩るようになった。
ガス、電気、水道の普及によって、都市の生活は少しずつ便利になっていった。
そして、その新しい社会の中で、わしの孫たちは育っている。
義蔵は元気な少年となり、奈恵はしっかり者の少女となった。
康弘は、家の外ではいたずら好きな少年であり、大空と日花梨も次第に活発になってきた。
そして、春子には幸丞が生まれた。
わしは、ふと昔を思い出した。
江戸時代に生まれたわしが、明治時代に子どもを育て、今では大正時代に孫たちの成長を見守っている。
祖父の金右衛門が生きていた頃には、想像もできなかった光景であろう。
父の権兵衛が生きていたら、きっと驚いたに違いない。
「父上、今の東京をご覧になったら、何とおっしゃるじゃろうな…」
わしは静かに呟いた。
そのとき、愛海が声をかけた。
「あなた、何を考えているんですか?」
「いや、わしらの家族も、随分大きくなったと思ってのう」
愛海は微笑んだ。
「ええ。本当に」
わしは庭を見つめた。
かつて、義蔵や東、康弘たちが駆け回っていた庭。
今では、大空や日花梨が遊び、新しく生まれた幸丞も、やがてここを走り回るようになるのだろう。
そう思うと、胸が温かくなった。
「愛海」
「何ですか?」
「わしは、これからも孫たちの成長を見届けたい」
愛海は優しく頷いた。
「ええ。私もです」
わしは静かに微笑んだ。
大正という時代は、わしに多くの喜びを与えてくれた。
同時に、東の行方不明という、消えることのない悲しみも残した。
それでも、家族は生きてゆく。
子どもたちは働き、孫たちは育ち、新しい命が生まれる。
江戸に生まれ、明治に育ち、大正に孫たちの成長を見守る。
わしは、そんな自分の人生を思い返しながら、静かに空を見上げた。
東京の空には、夕暮れの光が広がっていた。
そして、遠くから電車の走る音が聞こえてきた。
時代は、これからも進んでゆくのじゃろう。
わしらの家族とともに。




