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第三十八話 子どもたちの進路

一 父・母になったわしの子どもたち


大正十三年(1924)。

わし、神楽坂蔵之助は六十歳になった。


明治二十二年(1889)に長男の修蔵が生まれてから三十五年。長女の節子が生まれて三十二年、次男の光蔵が生まれて二十七年、末娘の春子が生まれて二十二年が経っていた。


思い返せば、わしがまだ若い陸軍将校だった頃、愛海とともに子どもたちを育てた日々は、つい昨日のことのように感じられる。


修蔵が初めて歩いた日。節子が初めて文字を書いた日。光蔵が家の道具を分解して叱られた日。そして、春子が生まれたとき、その艶やかな黒髪に家族全員が驚いた日。


その子どもたちは、今や全員が社会に出ていた。修蔵は鉄道技師、節子は小学校教員、光蔵は機械の製造者、春子は看護婦。しかも、四人ともそれぞれの道を歩み、上の三人には既に子どもがいた。


「あなた、何をそんなに嬉しそうにしているんですか?」


愛海が尋ねた。


「いや、わしらの子どもたちも、すっかり大人になったと思ってのう」


「あら、今さらですか?」


「ははは。そう言われればそうじゃな」


愛海は笑った。


「修蔵なんて、もう立派なお父さんでしょう。節子も光蔵も、毎日子育てに仕事に大忙しですよ」


「うむ。それでも、わしにはまだ幼い頃の姿が浮かぶのじゃ」


わしは庭を見つめた。あそこで遊んでいた子どもたちが、今では自分の子どもを育てている。

年月というものは、何とも不思議なものじゃ。


二 修蔵――鉄道を造る男


長男の修蔵は、三十五歳になっていた。

明治二十二年(1889)二月十一日生まれ。


かつて幼い修蔵は、わしが鉄道の話をすると目を輝かせていた。明治の初め、わしが初めて蒸気機関車を見たときの話を、何度も聞きたがったものじゃ。


「父上! 汽車ってどうして走るの?」


「蒸気の力で車輪を動かしておるのじゃ」


「じゃあ、僕も大きくなったら汽車を造る!」


そう言っていた少年は、本当に鉄道の仕事に就いた。


大正時代になると、鉄道は明治の頃よりもはるかに発達していた。幹線鉄道だけでなく、都市近郊の私鉄や電車も発展し、東京の周辺では郊外住宅地が広がり始めていた。

鉄道は人々の移動を支え、物資を運び、都市と地方を結びつけていた。修蔵は、その鉄道を支える技師として働いていた。


ある日、修蔵が仕事の図面を持って帰ってきた。


「父上、これを見てくれ」


「ほう、何じゃ?」


「新しい線路設備の図面だ。こういうものを造る仕事をしているんだ」


わしは図面を眺めた。細かな線や数字がびっしりと書かれていた。


「…さっぱり分からんのう」


修蔵は笑った。


「ははは! 父上にも分からないことがあるんだな!」


「当たり前じゃ。わしは軍人であって鉄道技師ではないからのう」


修蔵は図面を指差しながら説明してくれた。


「ここが線路の分岐部分で、こっちは列車の運行を安全にするための設備だ」


「なるほど。多くの人の命を預かる仕事じゃな」


「そうだ。鉄道は一つの失敗が大事故につながる。だから、安全を第一に考えなきゃいけない」


わしは息子の顔を見つめた。かつて、わしの膝の上で汽車の話を聞いていた少年が、今では人々の命を預かる技師になっている。


「修蔵」


「何だ、父上?」


「立派になったのう」


修蔵は少し照れくさそうに笑った。


「何だよ、急に」


「いや、わしが初めて汽車を見た頃には、お前がその鉄道を造る仕事に就くなど、想像もできなかったからのう」


「俺は、父上が話してくれた汽車の話が好きだったんだ」


修蔵は微笑んだ。


「だから、今こうして鉄道の仕事をしているのが嬉しいよ」


わしは深く頷いた。


三 修蔵夫妻と働く母親


修蔵は明治末期に結婚していた。相手は修蔵と同じ鉄道会社で働く女性であった。


当時、結婚した女性が仕事を続けることは、決して当たり前ではなかった。特に子どもが生まれれば、家庭の仕事や育児を優先するよう求められることが多かった。


しかし、修蔵の妻は結婚後も仕事を続けていた。その大きな支えとなったのが、愛海であった。


「お義母様、今日も子どもたちをお願いしてよろしいでしょうか?」


「もちろんよ。安心してお仕事に行ってらっしゃい」


愛海はいつも笑顔で答えていた。


義蔵と東が幼かった頃、愛海は二人の面倒をよく見ていた。修蔵夫妻が仕事へ出かけると、孫たちと遊び、食事を用意し、時には叱り、時には甘やかしていた。


「おばあちゃん!」


「はいはい、どうしたの?」


「お父さん、まだ帰ってこないの?」


「もう少ししたら帰ってくるわよ」


そんなやり取りが、我が家の日常であった。

わしも孫たちと遊んだ。しかし、愛海ほど上手にはできなかった。


「あなた、義蔵にまた軍隊の話をしていたんですか?」


「うむ。日清戦争の頃の話を少しのう」


「まだ小さいんですから、もっと楽しい話をしてあげてくださいな」


「戦争の話も勉強になると思ったのじゃが……」


「怖がらせてどうするんですか!」


結局、わしは愛海に叱られるのであった。


修蔵の妻が働き続けられたのは、本人の努力だけではない。夫の理解と、愛海の育児の支えがあったからこそである。


だが、わしには一つだけ、忘れられないことがあった。

東のことである。

大正十二年(1923)九月一日。関東大震災の日、東は外で遊んでいて行方不明となった。

あの日から、どれほど探しても見つからなかった。


修蔵は、仕事を終えて帰宅するたび、かつて東が遊んでいた場所を見つめることがあった。


「…父上」


「何じゃ?」


「俺、今でも東が帰ってくる気がするんだ」


わしは黙って聞いた。


「仕事から帰ったら、いつものように『お父さん!』って走ってきそうでさ…」


修蔵の声が震えた。


「…そうじゃな」


わしは息子の肩に手を置いた。


「わしも、そう思うことがある」


鉄道は、失われた街を再びつないでゆく。しかし、どれほど線路が延びても、東が帰ってくる道だけは、まだ見つかっていなかった。


四 節子――学校でも家庭でも鬼教師


長女の節子は、三十一歳になっていた。

明治二十五年(1892)十月二十日生まれ。


幼い頃から、節子は真面目であった。勉強が好きで、物事を筋道立てて考え、兄弟の中でも特に規律を重んじる性格だった。


その節子は、小学校の教員になった。結婚後は野村節子となり、夫も中学校の教員を務めていた。

二人の間には、奈恵と康弘が生まれていた。


しかし、この野村家には、少々変わった評判があった。

夫婦そろって、学校でも家庭でも「鬼教師」と恐れられていたのである。


ただし、二人の叱り方はまったく違っていた。

節子は、冷静な理詰めで相手を追い詰める。一方、夫は、とにかく怒鳴り声が大きい。


ある日、わしは野村家を訪ねた。


「おお、節子。元気にしておるか?」


「父上、いらっしゃい。ええ、元気よ」


そのとき、奥の部屋から大きな声が聞こえた。


「康弘! 宿題は終わったのか!」


わしは思わず肩を震わせた。


「な、何じゃ!?」


節子は平然としていた。


「ああ、主人が康弘を叱っているのよ」


「ずいぶん大きな声じゃな…」


「いつものことよ」


すると、康弘が慌てて部屋から出てきた。


「おじいちゃん!」


「おお、康弘」


「助けて!」


「何じゃ、どうした!?」


康弘は泣きそうな顔で言った。


「お父さんが怖い!」


わしは苦笑した。


「ははは。宿題を忘れたのか?」


「うん…」


そのとき、節子が静かに口を開いた。


「康弘」


「…はい」


「宿題を忘れたのは、どうして?」


「えっと…遊んでいたから……」


「昨日、宿題をする時間はあったわね?」


「…はい」


「では、どうして先に遊んだの?」


「……」


「答えなさい」


康弘は完全に黙ってしまった。


わしは思った。夫の怒鳴り声も恐ろしいが、節子の静かな問い詰め方も、なかなか恐ろしい。


「節子、少し厳しすぎるのではないか?」


わしが尋ねると、節子は振り返った。


「父上、康弘が自分で考えられるようにしているのよ」


「そ、そうか…」


「ただ叱るだけでは、何が悪かったのか分からないでしょう?」


「うむ…それはそうじゃな」


節子は康弘に向き直った。


「明日からは、どうする?」


「…宿題を先にやる」


「よろしい」


康弘はようやく解放された。


しかし、その直後、夫が部屋から現れた。


「康弘!返事はもっと大きな声で!」


「はいっ!」


わしは思わず笑ってしまった。


「ははは! 何とも賑やかな家庭じゃ!」


節子は少し呆れたように言った。


「主人は声が大きすぎるのよ」


「お前も相当厳しいぞ?」


「まあ、父上!」


節子は少し頬を膨らませた。

わしは笑った。


それでも、節子夫妻が子どもたちを大切にしていることは、よく分かっていた。厳しい教育方針の裏には、子どもたちに学力と自立心を身につけてほしいという願いがあった。


もっとも、わしは時折、康弘と奈恵にこっそり菓子を渡していた。


「おじいちゃん、ありがとう!」


「ははは。節子には内緒じゃぞ」


しかし、たいてい後で節子に見つかるのであった。


五 光蔵――機械とともに生きる男


次男の光蔵は、二十七歳になっていた。

明治三十年(1897)五月五日生まれ。


幼い頃から、光蔵は機械が大好きだった。時計を分解し、玩具を分解し、時には家の道具まで分解してしまう。


「光蔵! また何をしておる!」


「父上、これがどうやって動くのか知りたいんだ!」


そんな会話を、何度交わしたことじゃろう。

その光蔵は、大人になると機械の製造に携わるようになった。


大正時代には、工業化が進み、工場ではさまざまな機械が使われるようになっていた。織物を作る機械、金属を加工する機械、工場の生産を支える設備。

光蔵は、そうした機械の製造や改良に情熱を注いでいた。


ある日、光蔵がわしに話した。


「父上、僕は機械を作る仕事が本当に好きなんだ」


「そうか」


「昔は、ただ動く仕組みを知るのが楽しかった。でも今は、自分が作った機械で誰かの仕事が楽になるのが嬉しいんだ」


わしは微笑んだ。


「よいことじゃ」


「それに、これからはもっと便利な機械が増えると思う」


「うむ。わしが生まれた頃には、想像もできなかったものが、次々と現れておるからのう」


光蔵は嬉しそうに頷いた。


六 光蔵の恋愛結婚


光蔵の結婚は、修蔵や節子とは少し事情が違っていた。

相手は、織物工場で働いていた女性であった。裕福な家庭の出身ではなく、幼い頃から家計を支えるために働いてきたという。


ある日、光蔵がわしの前に座った。


「父上、話があるんだ」


「何じゃ、改まって」


「僕、結婚したい人がいる」


わしは驚いた。


「ほう!」


光蔵は少し緊張した様子だった。


「その人は、織物工場で働いている女性なんだ」


「うむ」


「裕福な家の人じゃない。僕たちの家とは、育ってきた環境も違う」


わしは黙って聞いた。


「でも、僕はその人が好きなんだ」


光蔵は真剣な目で言った。


「一緒にいると落ち着くし、仕事の話もできる。何より、僕のことを理解してくれる」


わしはしばらく考えた。

そして、尋ねた。


「光蔵。その女性は、お前を大切にしてくれるのか?」


「うん」


「お前も、その女性を大切にするつもりか?」


「もちろんだよ」


わしは頷いた。


「ならば、わしは反対せん」


光蔵は驚いた。


「…本当に?」


「うむ」


「家柄とか、気にしないの?」


わしは笑った。


「わしの父上は、かつて旗本であった。しかし、明治維新で武士の身分を失い、苦労して家族を養った」


光蔵は静かに聞いていた。


「家柄や財産だけで、人の価値は決まらぬ。大切なのは、互いに尊重し合えるかどうかじゃ」


光蔵の目に涙が浮かんだ。


「父上…ありがとう」


わしは息子の肩を叩いた。


「幸せになるんじゃぞ」


こうして光蔵は、愛する女性と結婚した。

その後、大空と日花梨が生まれ、光蔵も父親となった。


幼い頃には機械ばかり見つめていた息子が、今では子どもたちを抱き上げ、優しく笑っている。その姿を見るたび、わしは何とも言えない気持ちになった。


七 春子――末娘の新しい道


そして、末娘の春子。

明治三十五年(1902)三月三日生まれ。二十二歳になっていた。


春子は、幼い頃から他の兄弟とは少し違う雰囲気を持っていた。艶やかな長い黒髪、愛海に似た可愛らしい顔立ち、上品な言葉遣い。そして、誰に対しても優しく接する性格。


「お父様!」


春子は、今でもそう呼びながらわしのもとへ駆け寄ってくる。

その姿を見ると、二十二歳になったとは思えないほど、幼い頃の面影が残っていた。


しかし、春子も立派に社会へ出ていた。

尋常小学校、高等小学校で学んだ後、看護の道を志し、日本赤十字社の看護婦養成課程で修学したのである。


春子が看護婦になりたいと言い出した日のことを、わしはよく覚えている。


「お父様、わたくし、看護婦になりたいのですわ」


「看護婦か?」


「ええ。病気や怪我で苦しんでいる方々のお役に立ちたいのです」


わしは娘を見つめた。


「なぜ、その道を選んだのじゃ?」


春子は少し考えてから答えた。


「わたくし、幼い頃から、お父様やお母様にたくさん守っていただきましたでしょう?」


「うむ」


「だから、今度はわたくしが、誰かを守れる人になりたいのです」


わしは胸が熱くなった。


「…そうか」


春子は微笑んだ。


「それに、看護の知識があれば、家族が病気になったときにもお役に立てますわ」


愛海も頷いた。


「素敵な夢ね、春子」


「ありがとうございます、お母様!」


わしは娘の頭を優しく撫でた。


「春子。お前の好きな道を進むがよい」


「まあ!お父様、ありがとうございます!」


春子は嬉しそうに笑った。


八 訪問看護婦としての春子


看護婦となった春子は、家庭を訪問して病人の世話をする仕事にも携わるようになった。

病気や怪我で外出できない人々のもとを訪れ、体調を確かめ、必要な看護を行う。時には衛生状態の改善について助言し、家族にも看護の方法を伝えた。


ある日、仕事から帰ってきた春子に、わしは尋ねた。


「春子、今日も忙しかったか?」


「ええ、お父様。でも、とても勉強になりましたわ」


「ほう」


「今日は、ご高齢の方のお宅へ伺いましたの」


春子は続けた。


「お身体が弱っていらして、なかなか外へ出られない方でしたけれど、お話をしているうちに少しずつ笑顔になってくださいましたわ」


「それはよかったのう」


「はい。お薬や手当ても大切ですけれど、安心していただくことも大切なのだと感じましたの」


わしは静かに頷いた。


「春子、お前は立派な看護婦になったのう」


春子は少し照れた。


「まあ、お父様。まだまだ勉強中ですわ」


「いや、わしには分かる。お前は昔から、人の気持ちを大切にする子じゃった」


春子は嬉しそうに微笑んだ。


関東大震災のときも、春子は負傷者の救護に尽くしていた。あの日、疲れ果てながらも人々を助けようとしていた娘の姿を、わしは決して忘れない。


九 大正ロマンの少女、春子


しかし、春子にはもう一つの顔があった。

大正ロマンを愛する、華やかな少女である。


鮮やかな模様の着物、袴、編み上げ靴、可愛らしい髪飾り。春子は新しい時代の装いを楽しんでいた。


「お父様、いかがですの?」


ある日、春子が新しい服装を見せてくれた。


わしは思わず目を丸くした。


「…ずいぶん派手じゃのう」


「まあ!お父様は古いのよ!」


「またそれか!」


愛海は笑っていた。


「似合っているわよ、春子」


「ありがとうございます、お母様!」


春子は嬉しそうに微笑んだ。


その春子は、若い男性たちからも随分と人気があった。

美しい黒髪に、上品な振る舞い。それでいて、誰に対しても優しく接する。春子に好意を寄せる男性は、少なくなかったようである。


ある日、わしは愛海からその話を聞いた。


「あなた、春子には最近、何人もお相手の話があるみたいですよ」


「何じゃと!?」


わしは思わず声を上げた。


「春子にか!?」


「ええ。あの子も、もう二十二歳ですもの」


「いや、しかし…」


愛海は笑った。


「あなた、まさか春子が一生結婚しないと思っていたんですか?」


「そういうわけではないが…」


わしは腕を組んだ。


「春子は、まだ幼いような気がするのじゃ」


「まあ、あなたったら!」


愛海は呆れたように笑った。


「もう立派な大人ですよ」


わしは深く息を吐いた。


分かってはいる。しかし、末娘の結婚となると、どうにも複雑な気持ちになるのであった。


十 春子が選んだ芸術家


そんなある日、春子がわしと愛海の前に座った。


「お父様、お母様。お話がございますの」


わしは嫌な予感がした。


「…何じゃ?」


春子は少し頬を赤らめた。


「わたくし、結婚したい方がいらっしゃいますの」


「何じゃと!?」


わしは思わず立ち上がった。


愛海は笑った。


「まあ、春子。そうなのね」


「はい、お母様」


わしは慌てて尋ねた。


「ど、どこの誰じゃ!?」


春子は落ち着いて答えた。


「絵を描いていらっしゃる方ですわ。芸術を愛する、とても優しい方ですの」


「芸術家か…」


「ええ」


春子は嬉しそうに続けた。


「わたくしの髪や服装を、とても綺麗だと褒めてくださいますの」


わしは腕を組んだ。


「…それだけか?」


「まあ、お父様!」


春子は笑った。


「もちろん、それだけではございませんわ。わたくしの看護婦としてのお仕事も理解してくださいますし、人の気持ちを大切にする方ですの」


愛海は優しく尋ねた。


「春子、その方と一緒にいると幸せなの?」


「はい!」


春子は迷わず答えた。


「とても幸せですわ」


わしは娘の顔を見つめた。

そこには、幼い頃から知っている春子の笑顔があった。しかし、その笑顔には、今までとは少し違う、大人の女性としての輝きがあった。


「…そうか」


わしは静かに頷いた。


「春子。お前が本当にその方を愛しておるのなら、わしは反対せん」


春子の目が輝いた。


「お父様…!」


「ただし、一つだけ約束してほしい。互いに尊重し合い、苦しいときにも支え合うことじゃ」


春子は真剣に頷いた。


「はい。お約束いたしますわ」


わしは微笑んだ。


「ならば、幸せになるんじゃぞ」


春子は涙を浮かべながら、わしに抱きついた。


「ありがとうございます、お父様!」


わしは娘を優しく抱きしめた。


十一 春子の結婚式


大正十三年(1924)。春子は芸術家の男性と結婚し、加藤春子と改姓した。


結婚式の日、春子は美しい装いで現れた。腰まで伸びた艶やかな黒髪は丁寧に整えられ、その姿は、まるで大正ロマンを象徴する絵画のようであった。


「まあ、春子。綺麗ねえ…」


愛海は涙を浮かべていた。


「ありがとうございます、お母様」


春子は微笑んだ。


修蔵も笑った。


「春子も、ついに結婚か」


節子は少し感慨深そうだった。


「小さい頃は、いつも私の後ろについてきていたのにね」


光蔵も優しく言った。


「本当に綺麗だよ、春子」


春子は嬉しそうに笑った。


「皆様、ありがとうございます!」


そして、わしの前に立った。


「お父様。今まで、ありがとうございました」


わしは娘の顔を見つめた。


春子が生まれた日のこと。初めて歩いた日のこと。兄弟たちと遊んでいた日のこと。美嘉を失い、家族が悲しみに包まれた日のこと。そして、看護婦になりたいと語ってくれた日のこと。

さまざまな記憶が、一度に胸へ押し寄せてきた。


「春子……」


わしは声を詰まらせた。


「お前が生まれたとき、わしは本当に嬉しかった」


春子は静かに聞いていた。


「お前は、わしらの家族にたくさんの笑顔をくれた」


「お父様……」


「これからは、お前自身の家庭を築いてゆくのじゃな」


春子の目から涙がこぼれた。


「はい…」


わしは娘の手を握った。


「幸せになるんじゃぞ」


春子は涙を流しながら微笑んだ。


「はい、お父様。わたくし、幸せになりますわ」


愛海も涙を拭っていた。


わしは思った。

あの小さな春子が、ついに嫁ぐ日が来たのか。何とも長いようで、短い年月であった。


十二 四人の子どもたちが選んだ人生


春子の結婚からしばらく経ったある日。

わしは愛海とともに、子どもたちのことを話していた。


「あなた、これで四人とも結婚しましたね」


「うむ」


「修蔵は鉄道技師、節子は教員、光蔵は機械製造、春子は看護婦」


「皆、それぞれ違う道を選んだのう」


愛海は微笑んだ。


「でも、みんな自分の好きな仕事をしているでしょう?」


「そうじゃな」


わしは静かに頷いた。


わしの父上は、江戸時代に武士として生まれた。そして、明治維新によって武士の身分を失い、新しい社会で生きる道を探した。

わし自身は、陸軍軍人として生きてきた。

しかし、わしの子どもたちは違う。


鉄道を造る者。子どもたちを教える者。機械を造る者。病人を看護する者。

誰一人として、わしと同じ軍人の道を選ばなかった。

それでも、わしは寂しいとは思わなかった。むしろ、誇らしかった。


「愛海」


「何ですか?」


「子どもたちは、立派に育ったのう」


愛海は優しく笑った。


「ええ。本当に」


「父上が生きておられたら、きっと喜んでくださったじゃろうな」


「そうですね。お義父様なら、皆の仕事の話を熱心に聞いてくださったでしょうね」


わしは笑った。


「そして、きっとこうおっしゃるじゃろう」


わしは父上の口調を真似た。


「『仕事に貴賤はない。人の役に立つ仕事を誇りに思え』とな」


愛海は笑った。


「本当に、お義父様らしいお言葉ですね」


十三 大正の家族写真


その年の終わり頃。

わしらは、久しぶりに家族写真を撮ることにした。


わしと愛海。母上の志帆。修蔵夫妻。節子夫妻。光蔵夫妻。春子夫妻。そして、孫たち。

大勢が集まり、写真館は賑やかになった。


「皆、もう少し詰めてくれ!」


写真師が声をかけた。


「父上、こっちだよ!」


修蔵がわしを呼んだ。


「おお、分かった!」


節子は奈恵と康弘の姿勢を直していた。


「奈恵、背筋を伸ばしなさい」


「はい、お母さん」


「康弘、動かないのよ」


「はい……」


光蔵は大空と日花梨を抱き寄せていた。


春子は夫の隣に座り、嬉しそうに微笑んでいた。


「お父様、こちらですわ!」


「うむ!」


母上は、皆を見渡して笑った。


「まあまあ、本当に大きな家族になったものねえ」


わしは母上の言葉に頷いた。


「そうですな、母上」


写真を撮る直前、わしは一つのことを思い出した。

東のことである。

もし、あの震災がなければ。東も、ここにいたはずだった。

修蔵も、同じことを考えていたのかもしれない。一瞬だけ、息子の表情が曇った。


わしは静かに修蔵の肩に手を置いた。


「修蔵」


「…父上」


「東のことも、忘れてはおらん」


修蔵は小さく頷いた。


「…うん」


写真師が声をかけた。


「では、撮りますよ!」


わしらは前を向いた。

写真機の前で、家族が静かに姿勢を整えた。


わしは思った。

この写真には、今ここにいる家族しか写らない。しかし、写っていない東もまた、わしらの大切な家族なのだ。


十四 子どもたちが築く新しい時代


明治時代。わしは、子どもたちの成長を見守ってきた。

大正時代。子どもたちは、自分たちの人生を歩み始めた。

そして、孫たちが生まれ、新しい世代が育っている。


修蔵は鉄道を造り、節子は子どもたちを教え、光蔵は機械を造り、春子は病人を看護する。

四人とも、違う仕事をしている。


しかし、共通していることが一つあった。

皆、自分の仕事を通じて、人々の暮らしを支えているということじゃ。


わしは軍人として、長く国を守ることを考えてきた。しかし、国を支えるのは軍人だけではない。

鉄道を造る者も、学校で教える者も、工場で働く者も、病人を看護する者も、皆が社会を支えている。

わしは六十歳になって、ようやくそのことを深く実感するようになった。


ある夜、わしは愛海に言った。


「愛海」


「何ですか?」


「わしは、幸せ者じゃな」


愛海は微笑んだ。


「どうしてですか?」


「子どもたちが、皆それぞれの道を歩んでおる。それをこうして見届けられるのじゃから」


愛海は静かに頷いた。


「ええ。私も幸せですよ」


わしは妻の手を握った。


「これからも、子どもたちの成長を見守ってゆこう」


「もちろんです」


わしらは静かに微笑み合った。


窓の外には、大正の東京の街が広がっていた。電車が走り、工場の煙突から煙が上がり、街には新しい建物が増えていた。

明治の頃には想像もできなかった社会が、今、目の前にある。そして、その社会を支えているのは、わしの子どもたちのような人々なのだ。


わしは静かに呟いた。


「父上…わしの子どもたちは、立派に育ちましたぞ」


その言葉は、夜の静けさの中へ消えていった。


江戸に生まれた父の息子が、明治に生まれた子どもたちを育て、その子どもたちは大正の社会を支える大人になった。

わしはその長い年月を思い返し、胸の奥が温かくなるのを感じていた。

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