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第三十五話 大正ロマンと都市化 後編

前編のあらすじ

幕末から生きていた蔵之助は、大正ロマンの流行や街並み、東京の都市化に驚かされた。さらには春子に「お父様は古いのよ!」と言われ、世代間のギャップを感じていた。後編は、蔵之助が驚いた大正ロマンを、自分の青春として過ごした春子の視点から描いたストーリーである。

一 わたくしの大好きな大正時代


大正十一年(1922)、わたくし、神楽坂春子は二十歳になりました。


お父様は、わたくしが生まれた頃のことを、今でもよくお話しになります。


「春子は生まれたときから髪が綺麗じゃった」


「春子は幼い頃からおとなしくて、かわいらしかった」


「昔はわしの後ろをついて歩いておったのにのう」


そんなお話を聞くたび、わたくしは少し恥ずかしくなってしまいます。

だって、もう二十歳なのですもの。

いつまでも小さな女の子ではありませんわ。

もっとも、お父様にとっては、何歳になっても末娘なのでしょうけれど。


さて、そんなわたくしが最近夢中になっているもの。


それは、大正ロマンのおしゃれですの!


東京の街には、素敵なお洋服や髪飾りが増えていました。

華やかな模様のお着物、袴、編み上げのブーツ、リボン、レースのついた小物。

和風と洋風が一緒になった装いには、何ともいえない魅力がございます。


もちろん、昔ながらのお着物も大好きですわ。

でも、新しい時代に生きているのですもの。

わたくしだって、新しいおしゃれを楽しみたいのです。


そしてある日、わたくしは思い切って、新しい装いを揃えることにいたしました。


二 春子のおしゃれ大作戦


その日、わたくしは鏡の前に立っておりました。

身につけているのは、明るい色合いに大きな花模様をあしらったお着物。

それに落ち着いた色の袴を合わせ、足元には編み上げのブーツ。


髪には大きめのリボンを飾りました。

わたくしの髪は、生まれつき艶のある黒髪です。

小さい頃から大切に伸ばしてきたため、今では腰のあたりまで届く長さになっております。

今日は、その長い髪を丁寧に整え、背中へ流してみました。


「まあ…!」


鏡に映った自分を見て、思わず声が出ました。


「とっても素敵ですわ!」


少し横を向いてみます。

今度は、ゆっくり一回転。

袴の裾が揺れ、長い黒髪がふわりと動きました。


「ふふっ。これなら、きっと皆様も驚かれますわね!」


わたくしは嬉しくなって、家族に見せることにいたしました。


ところが、このときのわたくしは、まさか家族の中に、あれほど古風な方々がいらっしゃるとは思ってもおりませんでしたの。


三 古いお父様と兄様たち


最初にお見せしたのは、お父様でした。


「お父様! 新しいお洋服を見ていただけます?」


「おお、春子。どれ、見せてみい」


わたくしが姿を見せると、お父様は目を丸くなさいました。


「な、何じゃ、その派手な格好は!」


「まあ!」


わたくしは驚きました。


「派手だなんて! 今の流行ですわ!」


「わしが若い頃には、そんな着物は見かけなんだぞ!」


「もう! お父様は古いのよ!」


お父様は、ますます驚いたご様子でした。


「わしが古いじゃと!?」


「ええ! 今は大正時代ですのよ!」


そのやり取りを聞きつけて、修蔵兄様がやってまいりました。


「何だ、騒がしいな」


「あら、修蔵兄様! ちょうどよろしいところに!」


わたくしは、くるりと回ってみせました。


「いかがですの?」


修蔵兄様は、わたくしの姿をじっと見つめました。


「…春子、お前、随分と派手な格好をするようになったな」


「まあっ!」


まさかの二人目ですわ!


「修蔵兄様まで!」


「いや、似合ってないわけじゃないけどさ。随分と目立つなと思って」


「おしゃれなのですわ!」


すると、節子姉様までお部屋へいらっしゃいました。


「何を騒いでいるの?」


「節子姉様! ご覧になってくださいませ!」


わたくしは期待を込めて、お姉様の前に立ちました。


ところが、節子姉様は少し首を傾げて、こうおっしゃったのです。


「綺麗だけれど、少し華やかすぎないかしら。学校へ着ていくには目立ちそうね」


「まああっ!」


わたくしは思わず両手を腰に当てました。


「節子姉様まで古いのね!」


「ちょっと、春子!」


「お父様も、修蔵兄様も、節子姉様も! 皆様、古いのよ!」


お父様は笑い始めました。


「ははは! 春子にまとめて古いと言われてしまったのう!」


修蔵兄様も苦笑なさいました。


「おいおい、俺まで父上と同じ扱いかよ」


節子姉様は少し呆れたようにおっしゃいました。


「春子、おしゃれは自由だけれど、場所に合わせることも大切なのよ」


「それは分かっておりますわ!でも、今日はお出かけ用ですもの!」


わたくしは頬を膨らませました。

まったく、困ったご家族ですわ!


四 光蔵兄様の中間意見


そこへ、光蔵兄様がやってまいりました。


「何だ、みんな集まって」


わたくしはすぐに駆け寄りました。


「光蔵兄様! 聞いてくださいませ!」


「どうしたんだ?」


「皆様が、わたくしのお洋服を派手だとおっしゃるのです!」


光蔵兄様は、わたくしの姿を眺めました。


「へえ…。確かに、今までとは随分違うな」


「光蔵兄様も、そう思われますの?」


「うん。でも、悪くないと思うよ」


「まあ!」


わたくしは嬉しくなりました。


「本当ですの!?」


「僕は、昔ながらの着物も好きだけど、新しいデザインも面白いと思う。春子に似合ってるしな」


「ありがとうございますわ!」


「ただ、修蔵兄上たちの言うことも少し分かるよ。初めて見たら驚くくらい華やかだからな」


わたくしは少し考えました。


「つまり、光蔵兄様は中間のご意見ですのね?」


「まあ、そんなところかな」


「ふふっ。それなら、皆様よりずっと新しい感覚をお持ちですわ!」


修蔵兄様が笑いました。


「おい、光蔵だけ褒められてるぞ」


光蔵兄様も笑っておりました。


「僕は正直に言っただけだよ」


わたくしは満足げに頷きました。

少なくとも、味方が一人増えましたもの!


五 お母様とお祖母様の反応


次にお見せしたのは、お母様でした。


「お母様! いかがですの?」


お母様はわたくしを見るなり、にっこりと微笑まれました。


「あら、春子! とっても似合っているじゃない!」


「まああっ!」


わたくしは嬉しくなって、お母様に抱きつきました。


「お母様、大好きですわ!」


「ふふっ。そんなに嬉しいの?」


「もちろんですわ! お父様も兄様たちも、皆様古いことばかりおっしゃるのですもの!」


お母様は笑いました。


「あなたのお父様は、江戸時代に生まれた方ですからねえ」


「そうですわ!少しは大正の流行を覚えていただきたいですの!」


すると、お母様は優しくおっしゃいました。


「でも、春子。お父様だって、本当はあなたがかわいくて仕方ないのよ」


「それは存じておりますわ」


わたくしは微笑みました。


「ですから、もっとかわいいと言っていただきたいのです!」


お母様は声を上げて笑われました。


そして最後に、わたくしはお祖母様のもとへ向かいました。


神楽坂志帆。


わたくしのお祖母様は、七十九歳でいらっしゃいました。

江戸時代から生きてこられた、我が家の大長老です。


「お祖母様!」


「あら、春子。どうしたの?」


「新しいお洋服を見ていただきたいのですわ!」


お祖母様は、わたくしの姿をゆっくりと眺められました。


そして、穏やかに微笑まれました。


「まあ…。女の子の流行まで、随分と変わるものなのねえ」


「お祖母様…!」


「私が若い頃には、そんな装いは考えられなかったわ。でも、とても綺麗よ」


わたくしの胸が温かくなりました。


「ありがとうございます、お祖母様!」


お祖母様は続けられました。


「昔のものにもよさがあるし、新しいものにもよさがある。春子が好きなら、大切にするといいわ」


「はい!」


わたくしは嬉しくて、思わずお祖母様の手を握りました。


「お祖母様は、本当に素敵ですわ!」


お祖母様は静かに笑われました。


「長く生きていると、驚くことにも慣れてしまうのよ」


その言葉を聞いて、わたくしは思いました。

お祖母様こそ、誰よりも新しい時代を自然に受け入れていらっしゃるのかもしれませんわ。


六 寛之助伯父様の一言


そんな騒ぎの最中、玄関から声が聞こえてまいりました。


「ごめんください」


「あら、寛之助伯父様!」


お父様のお兄様、神楽坂寛之助伯父様でした。

伯父様は海軍の仕事を通じて、外国の文化にも触れてこられた方です。


わたくしは、あることを思いつきました。


「伯父様! 少し見ていただきたいものがございますの!」


「おお、春子。何じゃ?」


わたくしは伯父様の前に立ちました。


「こちらのお洋服、いかがですの?」


伯父様はわたくしを見つめ、少し微笑まれました。


「ほう。随分と洒落た格好じゃな」


「派手すぎませんこと?」


「いや、よいではないか。外国でも華やかな服装は見慣れておるし、日本の着物と洋風の小物を組み合わせるのも面白い」


「まあ!」


わたくしの顔がぱっと明るくなりました。


「伯父様は分かってくださるのですね!」


「うむ。春子によく似合っておるぞ」


「ありがとうございますわ!」


わたくしは、すぐにお父様の方を振り返りました。


「お父様! お聞きになりました!?」


お父様は苦笑しておられました。


「聞いておる、聞いておる」


「寛之助伯父様も、素敵だとおっしゃってくださいましたわ!」


「そうじゃな」


「やっぱり、お父様は古いのよ!」


「またそれか!」


皆様が大笑いなさっていました。

わたくしも、つられて笑ってしまいました。

伯父様はお父様の肩を軽く叩かれました。


「蔵之助。娘の流行くらい、素直に褒めてやれ」


「兄上まで春子の味方か!」


「ははは!よいではないか」


わたくしは、少し得意げに微笑みました。

この日の勝負は、わたくしの勝ちですわ!


七 生前の祖父上からの一言


祖父上がまだお元気だった頃、わたくしが大正ロマンの華やかな着物に袴、編み上げ靴を合わせ、長い黒髪に可愛らしいリボンを飾ってお見せしたことがございました。


祖父上は、目を丸くしました。


「おお、春子か! 何じゃ、その美しい姿は! まるで天界から舞い降りてきた子のようじゃのう!」


と笑ってくださったのです。


「まあ、お祖父様ったら! わたくしは春子ですわ!」


わたくしは頬を赤らめました。

祖父は続けていいました。


「いやいや、本当じゃ。わしの若い頃には見たこともない装いじゃが、春子によく似合っておる」


祖父上は優しく微笑んでくださいました。


お父様には「派手じゃのう」と驚かれた服装でしたけれど、お祖父様はいつも、わたくしの新しい装いを面白がってくださったのです。

武士として生きてこられたお祖父様にとって、わたくしの装いは、それほど新鮮に映ったのでしょうね。


今はもうお会いできませんけれど、あの温かな笑顔と「天界の子」というお言葉は、わたくしの大切な思い出として、いつまでも胸に残っておりますわ。


八 断髪の流行とわたくしの黒髪


大正時代には、女性の髪型にも新しい流行が現れておりました。

洋髪や短い髪型に挑戦する女性もいらっしゃいましたし、新聞や雑誌では、外国の女性たちの髪型も紹介されておりました。


もっとも、短髪の女性が街中に溢れていたわけではありません。

長い髪を結い上げる方も多く、さまざまな髪型が入り交じっていたのです。


ある日、お友達から尋ねられました。


「春子さんは、髪を短くしないの?」


わたくしは微笑んで答えました。


「いいえ。わたくしは、この髪が大好きですもの」


「でも、短い髪も流行っているでしょう?」


「ええ。とても素敵だと思いますわ。でも、わたくしには、こちらが似合っていると思いますの」


わたくしは、自分の黒髪をそっと手に取りました。

小さい頃から大切に伸ばしてきた髪。

お母様が梳かしてくださったこと。

お父様が綺麗だと褒めてくださったこと。

お祖母様が、昔の女性たちの髪のお話をしてくださったこと。

そんな思い出が、一本一本に宿っているような気がいたしました。


新しい流行を楽しむことと、昔から大切にしてきたものを守ること。

その二つは、決して矛盾するものではありませんわ。

わたくしは、そう思っておりました。


九 甥と姪たちとのお出かけ


ある晴れた休日、 わたくしは、甥や姪たちと一緒に東京の街へ出かけることになりました。


義蔵、東、奈恵、康弘。


皆、わたくしのことを「春子お姉ちゃん」と呼んでくれます。

本当は叔母なのですけれど、わたくしはその呼び方が大好きでした。


「春子お姉ちゃん!」


義蔵が元気よく駆け寄ってきました。


「まあ、義蔵! お待たせいたしましたわ!」


「今日はどこに行くの?」


「ふふっ。素敵な街をたくさん見て回りましょうね!」


東も嬉しそうに言いました。


「電車に乗るの?」


「ええ、乗りましょう!」


奈恵はわたくしの袴を見つめておりました。


「春子お姉ちゃん、そのお洋服、綺麗!」


「まあ! ありがとうございますわ!」


康弘も、わたくしのブーツを指さしました。


「それ、何?」


「編み上げのブーツですのよ」


「かっこいい!」


わたくしは嬉しくなりました。


「ふふっ。皆様は、おしゃれの分かる素敵な子たちですわね!」


義蔵が得意そうに言いました。


「僕、春子お姉ちゃんの服、好きだよ!」


「まああっ!」


わたくしは義蔵を抱きしめました。


「ありがとうございますわ!」


お父様にも聞かせて差し上げたいくらいでした。


十 大正ロマンの街


わたくしたちは電車に乗り、賑やかな街へ向かいました。


車内には背広姿の男性や、和服姿の女性、洋装の若者たちが乗っていました。

窓の外には、商店や洋風の建物が次々と流れてゆきます。


「春子お姉ちゃん、あれ何?」


義蔵が指さしたのは、大きな広告看板でした。


「あちらは商品の広告ですわ」


「絵が大きいね!」


「ええ。街を歩く方々に見てもらうためですの」


東は電車の窓から外を眺め、奈恵は行き交う人々の服装に興味津々でした。


やがて、わたくしたちは百貨店のある通りへ到着しました。

大きなショーウインドーには、色鮮やかな商品が並んでおりました。


「わあ!」


子どもたちが一斉に声を上げました。


「綺麗でしょう?」


わたくしが尋ねると、義蔵が頷きました。


「うん!」


奈恵は、飾られている帽子を見つめました。


「春子お姉ちゃん、あれ似合いそう!」


「まあ、そうかしら?」


「うん!」


わたくしは嬉しくなりました。

大正の街は、まるで新しい夢が詰まった箱のようでした。


もちろん、華やかな街の裏には、生活に苦しむ人々もいらっしゃいます。

お父様が大戦景気や米騒動についてお話しされていたことも、わたくしは覚えておりました。


それでも、こうして新しい文化に触れられる喜びは、確かに存在していたのです。


十一 冬子お姉様の登場


しばらく歩いていると、後ろから声が聞こえてまいりました。


「春子!」


振り返ると、そこには従姉妹の神楽坂冬子が立っておりました。


「まあ、冬子お姉様!」


冬子はわたくしより少し年上で、文学がお好きな方です。

生まれつき光沢のある、少し茶色がかった長い髪が特徴で、わたくしとは幼い頃から仲よくしておりました。


「皆でお出かけなのね」


「ええ!冬子お姉様もご一緒しませんこと?」


「もちろん、いいですわよ」


義蔵が嬉しそうに言いました。


「冬子お姉ちゃん!」


「こんにちは、義蔵」


冬子は優しく微笑みました。

そして、わたくしの服装を見ておっしゃいました。


「春子、今日は随分とおしゃれね」


「ふふっ。大正ロマンですわ!」


「よく似合っていますわ」


「ありがとうございます!」


わたくしは嬉しくなりました。


「実は、お父様や修蔵兄様たちに、少し派手だと言われてしまいましたの」


冬子はくすりと笑いました。


「まあ、蔵之助叔父様らしいですわね」


「そうですの!お父様は古いのよ!」


「でも、きっとかわいいと思っていらっしゃるわよ」


「それは分かっておりますわ」


わたくしは微笑みました。


「だからこそ、もっと素直に褒めていただきたいのです!」


冬子は楽しそうに笑いました。


十二 二人の長い髪


わたくしたちは、少し静かな場所で休憩することにいたしました。

すると、奈恵がわたくしと冬子の髪を見比べて言いました。


「春子お姉ちゃんも、冬子お姉ちゃんも、髪が長いね!」


「そうでしょう?」


わたくしは微笑みました。


冬子も自分の髪をそっと手に取りました。


「私たち、二人とも小さい頃から伸ばしているものね」


「ええ。冬子お姉様の髪も、とても綺麗ですわ」


冬子の髪は、光の当たり方によって柔らかな茶色の艶が見えます。

一方、わたくしの髪は、深い黒色の艶が特徴です。


「春子の髪は、本当に真っ黒で綺麗ね」


「冬子お姉様の髪も、光が当たるととても素敵ですわ!」


義蔵が二人を見比べました。


「春子お姉ちゃんの髪は黒いね!」


「そうですわ」


「冬子お姉ちゃんの髪は、ちょっと茶色い!」


冬子が微笑みました。


「よく気づいたわね」


奈恵は興味深そうに尋ねました。


「どうして二人とも切らないの?」


わたくしは答えました。


「大好きだからですわ」


冬子も頷きました。


「私も、長い髪が好きなの」


義蔵が尋ねました。


「でも、洗うの大変じゃない?」


わたくしと冬子は顔を見合わせました。

そして、思わず笑ってしまいました。


「ふふっ。確かに大変ですわ!」


「乾かすのにも時間がかかるものね」


「でも、それも含めて大切にしておりますの」


わたくしは黒髪をそっと撫でました。


「髪は、わたくしにとって大切な宝物ですわ」


冬子も微笑みました。


「私も同じですわ」


奈恵は目を輝かせました。


「私も長く伸ばそうかな!」


「まあ、素敵ですわ!」


わたくしは嬉しくなりました。


「でも、奈恵は奈恵の好きな髪型にするとよろしいですわ」


冬子も頷きました。


「そうね。流行も大切だけれど、自分が好きな姿でいることも大切ですわ」


わたくしは冬子の言葉に、深く頷きました。


十三 青春という時間


夕方、わたくしたちは、帰りの電車に乗りました。


義蔵たちは少し疲れたのか、座席でうとうとしておりました。

奈恵も、わたくしの肩に寄りかかっております。


冬子が小さな声で言いました。


「春子、今日は楽しかったわね」


「ええ、とっても!」


「街も随分と変わったものね」


「本当にそうですわ」


窓の外には、夕暮れの東京が広がっておりました。

電灯がともり始め、商店の看板が明るく浮かび上がります。


「冬子お姉様」


「何?」


「わたくし、今の時代が大好きですわ」


冬子は微笑みました。


「大正時代が?」


「ええ。新しいお洋服も、街並みも、文化も…。毎日、何か新しいものに出会える気がいたしますの」


「そうですわね」


「もちろん、昔のものも大切ですわ。でも、今を生きているわたくしたちには、今だけの楽しみがございますもの」


冬子は静かに頷きました。


「春子らしい考え方ね」


わたくしは少し照れました。


「そうかしら?」


「ええ。あなたは昔から、好きなものを素直に好きと言える子だったもの」


「ふふっ。ありがとうございますわ」


冬子は窓の外を眺めました。


「私も、この時代の文学や文化が好きですわ。新しい考え方が次々と生まれているもの」


わたくしは微笑みました。


「では、これからも一緒に楽しみましょうね!」


「もちろんですわ」


二人で小さく笑いました。


十四 お父様へのお土産話


家へ帰ると、お父様が縁側に座っておられました。


「おお、春子。帰ったか」


「ただいま戻りました、お父様!」


「今日は楽しかったか?」


「ええ! とっても!」


わたくしは、お父様の隣へ座りました。


「義蔵たちと街を歩いて、冬子お姉様にもお会いしましたの」


「ほう、それはよかったのう」


「それから、皆様がわたくしのお洋服を褒めてくださいましたわ!」


お父様は笑いました。


「またその話か!」


「もちろんですわ!」


わたくしは少し得意げに微笑みました。


「義蔵も奈恵も、かわいいと言ってくださいましたの!」


「そうかそうか」


「ですから、お父様ももっと褒めてくださいませ!」


お父様は少し困ったように笑われました。

そして、わたくしの顔を見つめておっしゃいました。


「春子」


「はい?」


「お前は、本当に綺麗になったのう」


わたくしは驚きました。


「…お父様?」


「服装だけではない。自分の好きなものを大切にし、人にも優しくできる娘になった」


お父様は穏やかに微笑まれました。


「わしは、お前の父親であることが誇らしいぞ」


わたくしの胸が、じんわりと温かくなりました。


「…ありがとうございます、お父様」


わたくしは、そっとお父様の手を握りました。


「でも、一つだけお願いがございますの」


「何じゃ?」


「これからも、わたくしのおしゃれを見てくださいませね」


お父様は大笑いなさいました。


「ははは!もちろんじゃ!」


「本当ですの?」


「うむ。多少派手でも、もう驚かぬようにするわい」


「まあ!多少派手だなんて!」


わたくしは頬を膨らませました。


すると、お父様はさらに笑われました。


「やれやれ。春子には敵わんのう」


わたくしも、つられて笑ってしまいました。


十五 わたくしの大正ロマン


その夜、わたくしは鏡の前で、髪を梳かしておりました。

長い黒髪が、櫛を通すたびにさらさらと流れてゆきます。


今日一日を思い返すと、自然と笑みがこぼれました。

お父様や兄様たちとの言い合い。

お母様とお祖母様の優しい言葉。

寛之助伯父様の嬉しいお褒めの言葉。

義蔵たちとのお出かけ。

そして、冬子お姉様との楽しい時間。

どれも、わたくしにとって大切な思い出です。


大正時代。それは、わたくしが少女から大人へと成長してゆく時代でした。

街は新しくなり、女性の働き方や服装も変わり始めております。


もちろん、すべてが自由になったわけではありません。

昔ながらの考え方も残っておりますし、新しい時代には新しい悩みもございます。


それでも、わたくしはこの時代が好きです。

自分の好きなものを見つけ、大切にできること。

家族と笑い合えること。

大切な人たちと、同じ時代を生きていること。

それが、何より嬉しいのです。


わたくしは鏡の中の自分に微笑みました。


「ふふっ。明日は、どんなおしゃれをいたしましょうか」


そして、そっと髪を撫でました。


「この髪も、ずっと大切にいたしますわ」


窓の外には、大正の東京の夜が広がっておりました。

電灯の明かりが街を照らし、遠くから電車の音が聞こえています。


江戸時代に生まれたお父様。

明治時代を生き抜いてこられたお母様。

そして、大正時代に青春を過ごすわたくし。

同じ家族でも、それぞれが異なる時代の思い出を持っております。

けれど、そのすべてが繋がって、今の神楽坂家があるのです。わたくしは静かに目を閉じました。


大正ロマンは、わたくしにとって単なる流行ではありません。家族と笑い合い、自分らしさを見つけていった、かけがえのない青春そのものなのです。

この美しい時代が、いつまでも続けばよろしいのに。

そのときのわたくしは、心からそう願っておりました。

ゲストキャラ

神楽坂冬子については、第二十八話の前書きを参照。

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