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第三十二話 大戦景気と米騒動

一 戦争がもたらした繁栄


大正四年(1915)。

欧州では、前年に始まった世界戦争が激しさを増していた。

日本もドイツに宣戦布告し、青島攻略を終えたものの、欧州の戦場では依然として多くの兵士が命を落としていた。


しかし、その一方で、日本国内には奇妙な活気が生まれ始めていた。


「父上、最近は工場が随分と忙しいらしいぞ」


ある日の夕食時、長男の修蔵がそう話し始めた。


「ほう、何故じゃ?」


「欧州からの輸入品が減って、日本製品への注文が増えているんだ。鉄道でも貨物輸送が増えているらしい」


「なるほど…」


わしは箸を置いた。


欧州の列強は、世界戦争によって自国の工業力を軍需品の生産へ振り向けていた。

そのため、欧州からアジア諸国へ輸出されていた工業製品が不足し、日本製品の需要が高まっていたのである。


「つまり、欧州が戦争をしている間に、日本の工業が発展しているということか」


「そういうことだな」


次男の光蔵も興味深そうに話へ加わった。


「父上、機械工場でも注文が増えているらしい。鉄や機械部品も必要になるからな」


「光蔵、お前は相変わらず機械の話になると元気じゃのう」


「そりゃそうだよ。日本の機械技術が進歩するのは嬉しいからな!」


わしは微笑んだ。


明治初期、初めて蒸気機関車を見たときの衝撃を思い出した。

あの頃、日本の工業はまだ発展途上であり、外国の機械や技術に頼る部分が大きかった。

それが今や、日本製品が外国へ大量に輸出されるようになっていた。


「日本も随分と変わったものじゃ」


わしがそう呟くと、愛海が口を開いた。


「でも、あなた。外国で戦争が続いているおかげで景気がよくなるというのも、複雑な話ですね」


「…そうじゃな」


わしは静かに頷いた。

戦争は、多くの命を奪う。

しかし同時に、ある国や企業には莫大な利益をもたらす。それが現実であった。


二 輸出超過と債権国への転換


大正五年(1916)から六年(1917)にかけて、日本の景気はますます活発になっていった。


綿糸や綿織物、絹織物などの繊維製品をはじめ、機械、金属製品、化学製品などの輸出が伸びた。

特に造船業は大きく発展していた。

世界戦争によって船舶の需要が増え、海上輸送の運賃も高騰したためである。


ある日、兄・寛之助が我が家を訪ねてきた。


「蔵之助、最近の造船業の勢いは凄まじいぞ」


「兄上、やはり海軍から見てもそうか」


「うむ。造船所は注文で大忙しじゃ。船を造っても造っても、需要が尽きぬ」


兄上は海軍中将として、海運や造船業の発展にも強い関心を寄せていた。


「戦争によって船が失われる一方、物資を運ぶための船が必要になる。日本の造船業にとっては、かつてない好機になっておる」


「なるほど…」


兄上はさらに続けた。


「しかも、日本は輸出が輸入を上回るようになった。以前のように、外国へ借金を重ねるばかりの国ではなくなりつつある」


わしは驚いた。


「債務国から債権国へ、か」


「そうじゃ。海外に対する債務を減らし、今度は外国へ資金を貸し付ける立場になってきたのじゃ」


わしはしばらく考え込んだ。


明治時代、日本は近代化を進めるために外国から多くの資金や技術を取り入れてきた。

日露戦争の戦費を調達する際にも、外国で多額の公債を発行した。

それが今や、国際的な資金の流れの中で、貸し手としての立場を強めているのである。


「兄上。わしらが子どもの頃には、想像もできませんでしたな」


「まったくじゃ。江戸時代には外国との貿易そのものが限られておったのに、今では世界経済の動きが日本の暮らしを左右しておる」


わしは頷いた。

しかし、兄上は表情を引き締めた。


「ただし、蔵之助。この繁栄がいつまでも続くとは限らんぞ」


「何故?」


「今の好景気は、欧州の戦争によるところが大きい。戦争が終われば、欧州の工業も回復するじゃろう」


わしは静かに答えた。


「そのとき、日本の産業がどうなるか…」


「そういうことじゃ」


兄上の言葉は、後に現実となるのであった。


三 成金たちの時代


大正六年(1917)。

東京の街には、大戦景気によって巨額の富を得た人々の話題が溢れていた。

海運業や造船業、貿易業などで急速に財産を築いた者たちは、成金と呼ばれていた。


ある日、わしが新聞を読んでいると、光蔵が笑いながら近づいてきた。


「父上、これを見てくれ!」


「何じゃ?」


光蔵が指さしたのは、新聞に掲載されていた風刺画であった。

そこには、札束に火をつけ、その明かりで靴を探す成金の姿が描かれていた。


「暗くてお靴が分からないわ」


「どうだ、明るくなったろう」


わしは思わず吹き出した。


「はははは! 札束を燃やして明かりにするとは!」


光蔵も大笑いした。


「金が余って仕方ないってことなんだろうな!」


そこへ春子がやってきた。


「お父様、何を笑っていらっしゃいますの?」


「春子、これを見てみい」


春子は風刺画を覗き込んだ。


「まあ…! お札を燃やしていらっしゃるのですか?」


「そうじゃ」


「もったいないですわ!」


春子は目を丸くした。


「明かりが必要でしたら、電灯をおつけになればよろしいのに!」


「ははは! 春子の言う通りじゃ!」


節子もやってきて、風刺画を眺めた。


「でも、笑ってばかりもいられないわね」


「どういうことじゃ?」


「これほどお金を持っている人がいる一方で、生活に困っている人もいるでしょう?」


わしは笑うのをやめた。


「…確かにそうじゃな」


節子は続けた。


「学校でも、家庭の暮らしぶりには随分と差があるの。景気がよくなったといっても、誰もが豊かになったわけではないわ」


教員として子どもたちに接する節子の言葉には、実感がこもっていた。


わしは改めて風刺画を見つめた。

札束を燃やす成金。

その一方で、毎日の食事に困る人々。

同じ日本に暮らしていても、景気の恩恵は平等ではなかったのである。


四 工業発展の光と影


大戦景気によって、日本の工業生産は大きく拡大した。

工場には新しい機械が導入され、都市には労働者が集まってきた。

しかし、その発展の裏には、厳しい労働環境も存在していた。


ある日、光蔵が工場の見学から帰ってきた。


「父上、今日見てきた工場は凄かったぞ!」


「ほう、どんなところじゃ?」


「機械が何台も並んでいて、次々と製品を造っていたんだ。昔よりずっと効率がよくなっている」


「それはよいことじゃな」


「でも…」


光蔵は少し表情を曇らせた。


「働いている人たちは、かなり疲れているように見えた」


わしは黙って話を聞いた。


「工場が忙しくなって、長い時間働いている人もいるらしい。機械が進歩しても、人間が楽になるとは限らないんだな」


「そうじゃな」


わしは静かに答えた。


「機械が発展しても、それを使う人間の暮らしがよくならねば、本当の進歩とは言えんのかもしれん」


光蔵は頷いた。


「僕は、いつか働く人たちの負担を減らせるような機械を造りたい」


「よい志じゃ」


わしは息子の肩を叩いた。


「お前が幼い頃、機械を分解しては愛海に叱られていたのを思い出すのう」


「父上! そんな昔の話はやめてくれよ!」


「ははは! あの頃から機械が好きだったではないか!」


台所から愛海の声が聞こえてきた。


「光蔵!今度はちゃんと元に戻せる機械を触りなさいよ!」


「母上まで!」


家族の笑い声が広がった。


しかし、わしは光蔵の言葉を忘れなかった。

工業の発展は、単に生産量が増えることではない。

そこで働く人々の暮らしもまた、豊かにならねばならないのである。


五 米価の高騰


大正七年(1918)。日本国内の景気は依然として活発であった。


しかし、人々の暮らしには次第に不安が広がっていた。

物価が上がり続けていたのである。

特に深刻だったのが、米の値段であった。


「あなた、最近はお米が随分と高くなりましたね」


ある日、愛海が家計の帳面を見ながら呟いた。


「そうなのか?」


「ええ。以前と同じだけ買おうとしても、ずっとお金がかかるんです」


愛海はため息をついた。


「うちは何とか暮らせますけれど、収入の少ない家庭は大変でしょうね」


わしは頷いた。


大戦景気によって企業の利益は増えたが、物価の上昇に賃金が追いつかない人々も多かった。

さらに、米の需要増加や流通上の問題、買い占めや投機的な取引への不安も、米価高騰を深刻にしていた。


その頃、日本政府はシベリア出兵の準備を進めていた。

出兵によって米の需要がさらに増えるのではないかという思惑も、米市場を不安定にしていた。


わしは新聞を読みながら呟いた。


「戦争で景気がよくなったというのに、庶民の食卓が苦しくなるとは…」


愛海は静かに答えた。


「景気がよいという言葉だけでは、お腹はいっぱいになりませんからね」


その言葉は、わしの胸に深く残った。


六 米騒動の始まり


同年七月。

富山県の漁村などで、米価の高騰に苦しむ女性たちが、米の県外移出を抑えるよう求めて行動を起こした。

その動きは、やがて各地へ広がっていった。


八月になると、米騒動は全国的な規模へと発展した。

米屋への押しかけ、安売り要求、集会や示威行動。

一部の地域では、商店の破壊や放火など、激しい騒動も起こった。


「父上、大変だ!」


修蔵が新聞を持ってきた。


「各地で米騒動が広がっている!」


わしは新聞を受け取った。


「…とうとう、ここまで来たか」


日露戦争後の日比谷焼打事件。

大正政変の際の民衆運動。

そして今回の米騒動。

わしは、明治から大正にかけて、人々が政治や社会に対して声を上げる場面を何度も見てきた。


しかし、今回の騒動には、それまでとは違う切実さがあった。

政治への不満だけではない。

毎日の食事に関わる問題だったのである。


「父上、どうしてこんなことになったんだろうな」


修蔵が尋ねた。


「人々の暮らしが、それほど苦しくなっておるということじゃ」


「でも、暴動まで起こすのはよくないだろう?」


「もちろんじゃ。店を壊したり、人を傷つけたりすることは許されん」


わしは新聞を置いた。


「だが、だからといって、騒動を起こした人々をただ責めればよいわけでもない」


「どういうことだ?」


「米が買えず、家族に食べさせるものがなくなれば、人は追い詰められる。何故そこまで苦しくなったのかを考えねばならん」


修蔵は黙って頷いた。


七 軍人としての葛藤


米騒動が全国へ広がると、各地で警察だけでは対応できなくなり、軍隊が出動する事態となった。

わしは陸軍中将として、その報告を複雑な思いで受け止めていた。


「軍隊が、国内の民衆に対して出動するとは…」


わしは執務室で呟いた。


ある若い将校が尋ねた。


「中将閣下、騒動を鎮めるためには、軍の力も必要ではありませんか?」


「治安を守る必要があることは分かる。しかし、相手は外国の軍隊ではない。我が国で暮らす人々じゃ」


将校は黙っていた。


「もちろん、暴力を放置するわけにはいかん。だが、軍が力を用いるときは、その重さを忘れてはならん」


わしは窓の外を見つめた。


「軍人は国を守るために存在する。その国には、腹を空かせた子どもも、家族を養うために働く者も含まれておるのじゃ」


わし自身、日清戦争、日露戦争、そして今回の世界戦争を経験してきた。

敵国の兵士と戦うことさえ、決して容易なものではなかった。


それなのに、国内の民衆へ武力を向けることには、別の苦しさがあった。

わしは心の中で願った。

どうか、これ以上の犠牲が出ませんように。


八 家族が見た米騒動


その夜、わしは家族と米騒動について語り合った。

節子が最初に口を開いた。


「父上、学校でも生活に困っている子どもたちがいるの」


「そうなのか」


「ええ。家の人が食べ物を買うのに苦労していて、十分に食べられない子もいるわ」


節子の表情は沈んでいた。


「子どもたちには何の責任もないのに…」


愛海も頷いた。


「本当にそうね。食べ盛りの子どもたちがお腹を空かせるなんて、つらいことだわ」


修蔵は鉄道の仕事について話した。


「米を運ぶことも、俺たちの大切な仕事だ。だけど、運んだ先で米が高くて買えない人がいると思うと、複雑だな」


光蔵も続けた。


「工場ではたくさん物を造っているのに、働いている人が十分に食べられないなんて、おかしいよな」


わしは四人の子どもたちを見渡した。

それぞれが異なる立場から、社会の問題を見つめていた。


そして春子が、静かに口を開いた。


「お父様…」


「何じゃ、春子」


「わたくし、少し怖いですわ」


「何がじゃ?」


「お米が買えなくなって、皆様が争ってしまうことですの」


春子は長い黒髪を胸元に寄せながら続けた。


「お腹が空いている方々に、何かして差し上げることはできませんの?」


わしはしばらく考えた。


「そうじゃな…。わしらにできることから始めよう」


愛海が頷いた。


「近所にも困っている家庭があります。食べ物を分けたり、助け合ったりすることならできますね」


「うむ」


わしは春子に微笑んだ。


「春子、お前のその気持ちは大切じゃ」


春子は少し安心したように笑った。


「ありがとうございますわ、お父様」


九 寺内内閣の退陣と新しい政治


米騒動は、政治にも大きな影響を与えた。

全国に広がった騒動は、寺内正毅内閣への批判を強めた。

そして大正七年(1918)九月、寺内内閣は総辞職した。


後継の首相となったのは、立憲政友会総裁の原敬であった。

原は衆議院議員であり、華族ではない立場から首相となった人物として、大きな注目を集めた。

新聞では、原内閣を本格的な政党内閣の成立として報じていた。


「父上、また政治が変わるんだな」


光蔵が言った。


「そうじゃな」


「大正政変のときも、民衆の声が政治を動かしただろう?」


「うむ。今回もまた、人々の不満が政権を揺るがした」


わしは新聞を畳んだ。


「しかし、政権が変わるだけでは足りん。人々の暮らしが実際によくならねばならんのじゃ」


父上も静かに頷いた。


「蔵之助、お前も随分と政治を見る目が変わったのう」


「そうでしょうか」


「昔は軍人として、国の強さを重んじておった。今は人々の暮らしを考えるようになった」


わしは少し考えた。


「…年を取ったからかもしれませんな」


父上は笑った。


「それだけではあるまい。お前も父親になり、祖父になった。守りたいものが増えたのじゃろう」


その言葉に、わしは深く頷いた。


十 戦後恐慌と繁栄の終わり


大正七年(1918)十一月。世界戦争は終結した。

日本は戦勝国となり、大戦景気によって大きく発展した工業力と国際的な経済的地位を手にしていた。


しかし、戦争が終わったからといって、景気がいつまでも続くわけではなかった。

戦後しばらくは投機的な好況も続いたものの、大正九年(1920)になると、状況は急変した。


欧州の工業が回復し始め、戦争中に増えていた日本製品への需要にも変化が生じた。

そして三月、株価や商品相場が急落し、戦後恐慌が発した。


「父上、大変だ!」


修蔵が新聞を持ってきた。


「会社が次々と経営難になっている!」


わしは新聞を読んだ。

企業の倒産。

株価の暴落。

工場の操業縮小。

失業者の増加。

つい数年前まで、成金たちが札束を燃やす風刺画で笑われていたというのに、今度は財産を失う者が相次いでいた。


「…やはり、兄上の言った通りになったか」


わしは呟いた。

かつて兄上は、大戦景気が永遠に続くとは限らないと話していた。その懸念が、現実となったのである。


光蔵も深刻な表情で言った。


「父上、工場の仕事が減っているらしい。機械を造る注文も減っているところがあるそうだ」


「そうか…」


「景気がよいときには人手が足りないほどだったのに、今度は働く場所がなくなるなんて…」


わしは静かに答えた。


「経済というものは、難しいのう」


明治時代、日本は近代工業を育てることに力を注いできた。

そして大正時代、世界戦争をきっかけに急速な発展を遂げた。


しかし、その発展は決して安定したものではなかった。

外国の戦争、貿易、物価、金融市場。

それらの動きが、日本の工場や家庭の暮らしにまで影響を与えるようになっていたのである。


十一 本当の豊かさとは


大正九年(1920)、春。わしは五十六歳になっていた。


ある日の夕方、わしは庭で孫の義蔵と過ごしていた。

義蔵は七歳になり、元気に庭を走り回っていた。


「祖父上! 見て!」


「おお、義蔵。どうした?」


「こんなに速く走れるようになったよ!」


義蔵は庭の端まで走り、得意そうに振り返った。


「ははは! 元気じゃのう!」


その姿を見ながら、わしは大戦景気の始まった頃を思い出していた。

工場が増え、輸出が伸び、日本は債権国となった。

成金たちは莫大な財産を築き、都市には新しい建物が次々と建てられた。


しかし、その一方で物価が高騰し、米を買えない人々が声を上げた。

そして今、戦後恐慌によって多くの人々が仕事や財産を失っている。


「…豊かさとは、何なのじゃろうな」


わしは思わず呟いた。


そこへ愛海がやってきた。


「あなた、どうしたんですか?」


「いや、少し考えておったのじゃ」


「何を?」


「日本は随分と豊かになった。だが、その豊かさを実感できぬ人も多い」


愛海は義蔵を見つめた。


「そうですね…」


「工場が増え、金が増え、国が強くなった。それでも、人々が安心して暮らせぬのなら、何のための発展なのじゃろうか」


愛海は静かに微笑んだ。


「あなた。私は、難しい経済のことは分かりませんけれど…」


「うむ」


「家族が毎日ご飯を食べられて、安心して眠れて、明日を楽しみにできること。それが一番大切なのではありませんか?」


わしは愛海を見つめた。


「…そうじゃな」


そのとき、義蔵が駆け寄ってきた。


「祖父上!一緒に遊ぼう!」


「おお、よいぞ!」


わしは義蔵の手を取った。

愛海が笑った。


「あなた、もう五十六歳なんですから、無理しないでくださいね」


「何を言う! まだまだ元気じゃ!」


「はいはい。転ばないようにしてくださいよ」


わしは笑いながら義蔵と庭を歩き始めた。


ふと、江戸時代の記憶が蘇った。

幼い頃、祖父・金右衛門と歩いた庭。

父上から聞いた幕府の話。

文明開化の驚き。

そして、明治から大正へと移り変わる中で見てきた、日本の発展。

わしは多くの変化を経験してきた。


しかし、どれほど時代が変わっても、人が幸せに生きたいと願う気持ちは変わらない。

大戦景気は日本を豊かにした。

米騒動は、その豊かさが全ての人に届いているわけではないことを示した。

そして戦後恐慌は、繁栄が永遠には続かないことを教えた。


わしは義蔵の小さな手を握りながら、静かに思った。

国の豊かさとは、金の多さだけではない。そこに暮らす人々が、安心して明日を迎えられることなのだ。


江戸時代に生まれ、明治の近代化を経験し、大正の経済発展と混乱を見届けたわし。

その目には、これからも変わり続ける日本の姿が映ってゆくのであった。

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