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第三十話 初孫誕生と大正政変 

一 新しい命


大正元年(1912)、十二月。

明治天皇が崩御され、乃木希典大将が殉死してから、まだ三か月ほどしか経っていなかった。

あのとき、わしは乃木大将の後を追って自ら命を絶とうと考えた。しかし、愛海や子どもたち、父上、母上、兄上に止められ、ようやく思いとどまったのである。


あれから季節は移り変わり、東京にも本格的な冬が訪れていた。

そんなある日、我が神楽坂家に、待ちに待った知らせが届いた。


「父上! 生まれたぞ!」


玄関から聞こえてきたのは、長男・修蔵の弾んだ声であった。


「何じゃ、修蔵。そんなに慌てて」


「男の子だ! 母子ともに無事だ!」


わしは一瞬、言葉を失った。


「…そうか。生まれたか!」


修蔵は満面の笑みを浮かべていた。


明治二十二年(1889)に生まれた、あの小さな修蔵が、今や二十三歳となり、父親になったのである。


「修蔵、おめでとう!」


愛海が台所から駆け寄ってきた。


「ありがとう、母上!」


「お嫁さんも無事なのね?」


「ああ。二人とも元気だ!」


わしは胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。


「そうか…。わしも、とうとう祖父になったのか」


「父上、まだ五十にもなっていないのに、おじいちゃんだな!」


「こら、修蔵! わしはまだ四十八じゃぞ!」


そう言い返したものの、頬が緩むのを抑えられなかった。


明治二十二年(1889)、修蔵が生まれた日。

わしは初めて父親になり、その小さな手を握りながら、この子を必ず守ろうと誓った。

そして二十三年後、今度は、その修蔵が父親になった。

人の命というものは、こうして受け継がれてゆくのか。


「父上、名前も決めたぞ」


「ほう、何という?」


「義蔵(よしぞう)だ。神楽坂義蔵」


「義蔵…」


わしはその名をゆっくりと口にした。


「よい名じゃ。立派な男に育ってほしいのう」


修蔵は嬉しそうに頷いた。


「俺もそう思っている」


その顔は、もう少年のものではなかった。

一人の父親の顔であった。


二 おじいちゃんの溺愛


数日後、わしは初めて孫の義蔵を抱いた。

小さな顔。柔らかな頬。まだ何も知らぬ澄んだ瞳。


「おお…義蔵…!」


思わず声が震えた。


「何と可愛らしい子じゃ……!」


義蔵はわしの腕の中で、すやすやと眠っていた。


「父上、そんなに顔を近づけるなよ」


修蔵が笑った。


「何を言う。こんな可愛い孫を前にして、離れられるものか!」


「俺が生まれたときも、そんな感じだったのか?」


「もちろんじゃ! いや、あのときは初めての子育てで、もっと緊張しておったかもしれん」


「じゃあ、今の方が余裕があるんだな」


「そうじゃ。孫というものは、実に可愛い!」


愛海が横から笑った。


「あなた、さっきから義蔵を離さないじゃありませんか」


「もう少しだけじゃ」


「その『もう少し』を何度聞いたことかしら」


「愛海、お前も抱いてみい。きっと同じ気持ちになるぞ」


「もう何度も抱いていますよ」


そう言いながらも、愛海の表情は実に幸せそうであった。


「修蔵が赤ん坊だった頃を思い出すわねえ」


「そうじゃなあ」


「夜泣きがひどくて、あなたが寝不足になったこともありましたね」


「おいおい、そんな昔のことまで覚えておるのか」


「忘れるわけがありませんよ」


愛海は微笑んだ。


「でも、あの頃は想像もしませんでした。あの修蔵が父親になって、私たちが祖父母になるなんて」


わしは義蔵の小さな手を見つめた。

その手が、わしの指をぎゅっと握った。


「おお! 握ったぞ! 愛海、見てみい!」


「はいはい、見ていますよ」


「力強い子じゃ! きっと立派になるぞ!」


「まだ生まれたばかりですよ、あなた」


部屋中に笑い声が響いた。


三 叔父と叔母になった兄弟たち


義蔵の誕生は、修蔵の弟妹たちにも大きな喜びをもたらした。


「兄上、本当におめでとう!」


次男の光蔵が、修蔵の肩を叩いた。


「ありがとう、光蔵」


「これで僕も叔父さんか。何だか不思議な気分だな」


「お前もそのうち、父親になる日が来るかもしれんぞ」


「まだ先の話だよ!」


二十歳になった長女の節子も、義蔵の顔を覗き込んだ。


「可愛い…。修蔵兄さんに似ている気がするわ」


「そうか?」


「ええ。目元なんか、そっくり」


「節子も叔母さんになったな」


「そうね。でも、悪い気はしないわ」


節子は微笑みながら、義蔵の頬を優しく撫でた。


ところが、ここで思わぬ騒動が起こった。


「春子、お前も叔母さんになったんじゃな!」


わしがそう言った瞬間であった。


「…えっ?」


末娘の春子が、ぴたりと動きを止めた。


十歳になった春子は、生まれた頃から美しかった黒髪を、今では腰に届くほど長く伸ばしていた。

その艶やかな髪を揺らしながら、春子はわしを見上げた。


「お父様…今、何とおっしゃいましたの?」


「お前も叔母さんになったと言ったんじゃ」


「お、おば…!」


春子の顔がみるみる赤くなった。


「おばさんなんて嫌ですわ!!」


部屋中が静まり返った。

そして次の瞬間、


「ははははは!」


修蔵と光蔵が声を上げて笑い始めた。


「春子! 叔母さんになったんだぞ!」


「おめでとう、春子叔母さん!」


「いやですわ! わたくし、まだ十歳ですのよ!」


春子は頬を膨らませた。


「おばさんなんて、まるで年を取ったみたいではありませんの!」


節子も笑いをこらえながら言った。


「春子、叔母というのは年齢じゃなくて、親戚の関係を表す言葉なのよ」


「それは存じておりますわ! でも、嫌なものは嫌ですの!」


「では、義蔵には何と呼ばせるつもりじゃ?」


わしが尋ねると、春子はしばらく考え込んだ。


「……春子お姉様、ですわ!」


「叔母なのに姉様か!」


光蔵が吹き出した。


「よいではないか。義蔵が大きくなったら、春子お姉様と呼ばせてやろう」


わしがそう言うと、春子はぱっと笑顔になった。


「本当ですの、お父様!」


「もちろんじゃ」


「ありがとうございますわ!」


春子は嬉しそうに義蔵のそばへ駆け寄った。


「義蔵ちゃん、わたくしは春子お姉様ですわよ」


眠っている義蔵は、もちろん何も答えなかった。

それでも春子は、満足そうに微笑んでいた。


わしはそんな末娘を見つめながら思った。

この子も、いつか大人になる。

そして、いつの日か母親になることもあるのだろうか。

まだ十歳の春子が、そんな未来を迎える姿など、今のわしには想像もつかなかった。


四 曾祖父母になった両親


義蔵の誕生を、誰よりも感慨深く受け止めたのは、わしの両親であった。


父・権兵衛は七十九歳。

母・志帆は六十九歳。

二人はついに、曾祖父母になったのである。


「父上、母上。義蔵を連れて参りました」


わしがそう告げると、父上は目を細めた。


「ほう…これが修蔵の子か」


「はい」


父上は義蔵をじっと見つめた。


「小さいのう…」


その声には、普段の厳しさがなかった。


「蔵之助、お前が生まれたときも、こんなに小さかった」


「そうでしたか」


「お前が生まれたのは元治元年。まだ江戸幕府があった頃じゃ」


父上は遠い目をした。


「それが今や、大正という時代になり、お前の孫まで生まれた…」


母上も義蔵の小さな手を握った。


「本当に不思議なものねえ」


「母上」


「私は江戸時代に生まれて、明治を生きて、今度は大正の赤ん坊を抱いているのね」


母上は穏やかに笑った。


「長く生きていると、こんな幸せにも出会えるのね」


父上は静かに頷いた。


「わしは、もう曾孫の顔など見られぬと思っておった」


「父上…」


「だが、こうして見られた。ありがたいことじゃ」


わしは二人の顔を見つめた。


父上は、かつて幕府に仕えた武士であった。

廃刀令によって刀を差すことができなくなり、士族としての暮らしも大きく変わった。

それでも時代に適応し、わしらを育ててくれた。


その父上が、今は曾孫を見つめて微笑んでいる。

江戸時代から大正時代へ。

一つの家族の中に、四つの世代が揃っていた。


「義蔵よ」


父上が静かに語りかけた。


「お前が大きくなる頃には、どんな世の中になっておるのかのう」


わしは、その問いに答えることができなかった。

ただ、この子が平和な時代を生きられることを願うばかりであった。


五 兄上からの祝福


数日後、兄・寛之助が我が家を訪ねてきた。


「蔵之助! 初孫誕生、おめでとう!」


「兄上! ありがとう!」


兄上は義蔵を見つめると、嬉しそうに笑った。


「おお、可愛いのう!」


「兄上も、そう思われるか!」


「当然じゃ。わしも祖父になってから、孫の可愛さというものを思い知らされたからな」


兄上は、明治四十五年(1912)五月に一足早く祖父になっていた。


「兄上は、わしより半年ほど先輩ですな」


「そういうことじゃ。蔵之助も、ようやくわしの仲間入りをしたな!」


「ははは! まさか、兄上と祖父同士になる日が来るとは!」


兄上は義蔵を抱きながら、懐かしそうに語った。


「覚えておるか、蔵之助。わしらが子どもの頃、父上や祖父上の話を聞いていたことを」


「もちろんです」


「江戸の武士の話、幕府の話、上野戦争の話…。あの頃は、明治という時代がいつまでも続くように思っておった」


「そうですな」


「それが今や、わしらが祖父じゃ」


兄上は苦笑した。


「時の流れとは、恐ろしいほど早いものじゃな」


わしは頷いた。


「兄上。わしらも、いつか孫たちに昔の話をするのでしょうな」


「そうじゃろう。江戸の記憶も、明治の出来事も、わしらが伝えてやらねばならん」


兄上は義蔵を優しく見つめた。


「この子らにとって、明治は生まれる前の時代になるのじゃからな」


その言葉に、わしは深く考えさせられた。


わしにとって江戸時代が幼い頃の記憶であったように、義蔵にとって明治時代は、祖父母や曾祖父母から聞く昔話になるのだ。

時代は、こうして歴史になってゆくのである。


六 生きていてよかった


その夜、家族が帰り、静かになった部屋で、わしは愛海と二人きりになった。


「あなた、今日は本当に嬉しそうでしたね」


「うむ。こんなに嬉しいことは、久しぶりじゃ」


「義蔵を抱いているときなんて、修蔵が生まれた頃のあなたに戻ったみたいでしたよ」


「そうかもしれんのう」


わしは窓の外を見つめた。

冬の夜空には、いくつもの星が輝いていた。


そして、ふと三か月前の出来事を思い出した。

乃木大将の殉死。その知らせを聞いたわしは、自らも命を絶とうとした。


あのとき、愛海が止めてくれなかったら。

子どもたちが泣きながら引き止めてくれなかったら。

父上や母上、兄上が叱ってくれなかったら。

わしは、今ここにいなかったかもしれない。


「…愛海」


「何ですか?」


「わしは、あのとき死ななくてよかった」


愛海は静かにわしを見つめた。


「乃木大将の後を追おうとした、あのときじゃ」


「…ええ」


「もし、あのとき命を絶っておったら、義蔵の顔を見ることはできなかった」


わしの声は、少し震えていた。


「修蔵が父親になった姿も、父上と母上が曾祖父母になった姿も、見ることができなかった」


愛海はわしの手を握った。


「だから、言ったでしょう。あなたには、まだ生きていてほしい人がいるんです」


「そうじゃな…」


「義蔵だけではありませんよ。これから節子も、光蔵も、春子も、それぞれの人生を歩んでいくんです」


「うむ」


「あなたには、それを見届けてもらわないと」


わしは愛海の手を握り返した。


「ありがとう、愛海」


「何を今さら」


「お前が、わしを生かしてくれた」


愛海は少しだけ目を潤ませた。


「…もう、あんなことは考えないでくださいね」


「ああ。約束する」


わしは心の中で、もう一度誓った。

これから先、どんな苦難が待ち受けていようとも、命を粗末にしてはならぬ。

生きていれば、まだ見ぬ喜びに出会えるのだから。


七 桂園時代の終わり


しかし、我が家が初孫誕生の喜びに包まれていた頃、日本の政治は大きく揺れ動いていた。

思えば、明治の終わり頃から、政治の中心にいたのは桂太郎と西園寺公望であった。


桂太郎は陸軍出身の政治家であり、藩閥や官僚、軍部を背景として政権を運営した。

一方、西園寺公望は立憲政友会を基盤とし、議会政治を重視する立場であった。

両者が交互に首相を務めた時代は、後に桂園時代と呼ばれることになる。

わしは軍人として、この時代の政治を複雑な思いで眺めていた。


日露戦争を戦い抜いた桂内閣。

鉄道国有化や韓国併合など、国家のあり方を大きく変えた政策。

そして、政党政治の発展。

明治国家は、確かに近代国家としての形を整えていた。


だが、政治が国民の意思だけで動いているわけではなかった。

軍部、元老、官僚、政党。それぞれの力が複雑に絡み合っていたのである。


大正元年(1912)十一月。

第二次西園寺内閣は、陸軍が要求した二個師団の増設をめぐって行き詰まった。

陸軍大臣の上原勇作が増師要求を拒まれ、単独で辞職したのである。

そして陸軍は、後任の陸軍大臣を出さなかった。

陸軍大臣と海軍大臣を現役の大将または中将から任命しなければならない制度があった。

そのため、陸軍が後任を推薦しなければ、内閣は存続できなくなる。


「軍が大臣を出さぬだけで、内閣が倒れるというのか…」


わしは新聞を読みながら呟いた。


陸軍に籍を置く者として、国防の重要性は十分に理解していた。

しかし、それと政治を軍の都合で動かすことは別問題であった。


十二月、第二次西園寺内閣は総辞職した。

そして後継首相に選ばれたのは、桂太郎であった。

三度目の桂内閣である。


「また桂公か…」


わしはため息をついた。


明治が終わり、大正という新しい時代が始まったというのに、政治の中心には依然として明治以来の有力者たちがいた。


八 大正政変


大正二年(1913)一月。

桂内閣に対する反発は、日を追うごとに強まっていた。


立憲政友会の尾崎行雄や、立憲国民党の犬養毅らを中心に、憲政擁護運動が広がっていたのである。

掲げられた言葉は、


「閥族打破、憲政擁護」


であった。

藩閥や一部の有力者による政治ではなく、憲法に基づく政治を守れという主張である。


ある日、わしは父上と政治について語り合った。


「父上、大正になって早々、随分と騒がしい世の中になりましたな」


「そうじゃな」


父上は新聞を畳んだ。


「わしが若い頃には、将軍の命令が政治を動かしておった。それが今や、議会や政党をめぐって人々が声を上げておる」


「時代は変わりましたな」


「うむ。だが、政治を動かす者が国民の声を軽んじれば、不満が生まれるのは昔も今も同じじゃ」


父上はわしを見つめた。


「蔵之助、お前は軍人じゃ。軍の立場も理解できるじゃろう」


「はい」


「だが、軍が政治を思い通りに動かそうとすれば、どうなると思う?」


わしは少し考えた。


「…軍が国民から信頼されなくなるでしょうな」


父上は静かに頷いた。


「その通りじゃ。武力を持つ者ほど、その力の使い方を誤ってはならん」


その言葉は、わしの胸に深く刻まれた。


二月に入ると、東京では桂内閣に反対する大規模な民衆運動が起こった。

二月十日、議会の周辺には多くの群衆が集まり、騒動は激しさを増した。

新聞社や警察施設が襲撃される事態にまで発展したのである。


「父上、東京が大変なことになっているぞ!」


光蔵が新聞を持って駆け込んできた。


「何じゃ?」


「桂内閣への反対運動が、とうとう暴動になったらしい!」


わしは新聞を受け取った。


そこには、混乱する東京の様子が記されていた。


「…日比谷焼打事件を思い出すのう」


日露戦争の講和に不満を抱いた人々が暴徒化した、明治三十八年(1905)の出来事。

あのときも、民衆の怒りは政治を揺るがした。


「父上は、今回の騒動をどう思う?」


光蔵が尋ねた。


「国民が政治に意見を述べることは大切じゃ。しかし、暴力によって人を傷つけたり、建物を壊したりすることまで認められるわけではない」


「そうだな…」


「だが、政治家もまた、なぜ人々がここまで怒っているのかを考えねばならん」


光蔵は真剣な顔で頷いた。


翌二月十一日、第三次桂内閣は総辞職した。

成立からわずか二か月足らずであった。

桂園時代は、こうして事実上の終わりを迎えたのである。


その後、山本権兵衛を首相とする内閣が成立した。

海軍出身の首相であり、兄上もその動向に強い関心を寄せていた。


さらに、軍部大臣現役武官制も改められ、予備役の大将・中将にも陸海軍大臣就任の道が開かれた。

軍部の政治に対する影響力を抑える、一つの変化であった。


九 新しい時代を生きる者たち


大正二年(1913)春。わしは庭先で義蔵を抱いていた。

生まれて数か月が経ち、義蔵は少しずつ表情を豊かにしていた。


「義蔵、よい天気じゃのう」


わしが話しかけると、義蔵は小さな声を上げた。


「おお、返事をしたか!」


「父上、また義蔵と話しているのか?」


修蔵が笑いながら近づいてきた。


「当然じゃ。孫との会話は楽しいものじゃぞ」


「まだ言葉も話せないのに」


「言葉がなくとも、心は通じるものじゃ」


修蔵は義蔵の顔を覗き込んだ。


「義蔵、じいちゃんに可愛がってもらえてよかったな」


「じいちゃんとは何じゃ。祖父上と呼ばせい!」


「父上、さっきは自分でおじいちゃんと言っていたじゃないか」


「それとこれとは別じゃ!」


二人で笑っていると、春子が庭へ出てきた。


「お父様! わたくしにも義蔵ちゃんを見せてくださいませ!」


「おお、春子。春子叔母さんのお出ましか」


「おばさんではありませんわ! 春子お姉様です!」


相変わらずの春子に、わしと修蔵は大笑いした。

その声を聞いて、愛海や節子、光蔵も顔を出した。

家族の笑い声が、春の庭に広がっていった。


わしは義蔵を抱きながら、ふと思った。

この子は、明治を知らない。

江戸時代など、なおさら知らない。

わしが幼い頃に見た武士の姿も、父上が刀を差して歩いていた時代も、この子にとっては遠い昔の物語になるのだろう。


そして、いつの日か大正という時代も、歴史になる。


「義蔵よ、お前が大きくなる頃には、どんな日本になっておるのじゃろうな」


義蔵は何も答えず、わしの指を握った。

わしはその小さな手を、優しく包み込んだ。


思えば、明治天皇の崩御からまだ一年も経っていない。

あのとき、わしは一つの時代が終わった悲しみに耐えきれず、命を絶とうとした。

だが、今は違う。新しい時代には、新しい命が生まれる。そして、その命は、わしらの知らぬ未来へと歩んでゆく。

あのとき、生きることを選んで、本当によかった。わしは心から、そう思った。


江戸時代に生まれ、明治時代を生き抜いたわしは、今、大正時代の祖父となった。

そして、神楽坂家の物語は、次の世代へと受け継がれてゆくのであった。

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