第二十八話 明治時代の文学
第28話のゲストキャラ
神楽坂冬子 明治34年(1901)12月15日生まれ
寛之助の末娘。文学が大好きな少女。
容姿や綺麗な長い髪が春子と瓜二つ。口調もお嬢様言葉で、春子とよく見間違えられる。
だが春子と違うところもあって、
服装は、春子が桜など春色のものを好み、冬子は雪景色など冬色のものを好む。
髪色は、春子が艶のある黒い、長い髪なのに対して、冬子は光に当たると茶色や赤褐色に輝く光沢を放つ長い髪をもつ。
一番の対比は性格で、春子が柔らかい上品さ・清潔感・春色・包み込む感じなのに対して、冬子は気高さ・凛々しさ・冬色・女王様感、といった対比がある。
明治四十五年(1912)、春。
ある日の午後、わが家の座敷には、妙に本が集まっていた。
わしが集めたもの。
愛海が読んだもの。
修蔵が学生時代に買ったもの。
節子が学校関係で使ったもの。
光蔵が「これは文章より図の方が面白い」と言いながら持ち込んだもの。
そして春子が最近読み始めたもの。
いつの間にか、家の一角に小さな書棚ができていた。
「増えましたねえ」
愛海が言った。
「いつの間にこんなに増えたんじゃ」
わしが一冊抜き取る。
福沢諭吉の『学問のすゝめ』だった。
「これは古いな」
修蔵が言う。
「父上が若いころでしょう?」
「ああ」
まだわしが少年だったころだ。
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
その言葉が世間に広まり始めたころ、わしはまだ学校へ通う子どもだった。
もっとも、当時、わしがそれを読んで、すぐに全てを理解できたわけではない。
父上や先生に意味を聞き、
「人は生まれで決まるのではない」
という考え方に、旧士族の子どもだったわしは随分驚いたものだった。
「江戸の本とは全然違った」
わしが言う。
春子が尋ねた。
「父上が幼いころには、まだ江戸時代の本も多かったのですの?」
「ああ」
「どのような本です?」
「読み物もあったし、草双紙の類もあった。黄表紙や人情本の名残もあったし、昔からの物語も読まれておった」
父上や母上や祖父母の世代にとって、本といえば江戸から続く文化がまだ身近だった。
仮名草子。
読本。
滑稽本。
人情本。
歌舞伎や浄瑠璃の話。
怪談。
講談。
もちろん明治になったからといって、ある日突然それらが消えたわけではない。
「わしが子どものころはな、江戸の読み物の続きと、新しい明治の本が一緒にあったんじゃ」
節子がうなずく。
「時代が切り替わったからといって、読むものまで一日で全部変わるわけではありませんものね」
「そういうことじゃ」
ところが、わしが青年になるころから、少しずつ様子が変わってきた。
「小説」というものが、以前とは違う意味を持ち始めた。
人間の気持ち。
悩み。
恋愛。
社会との摩擦。
そういうものを、昔の戯作とは違う形で書こうとする者が出てきた。
「坪内逍遥だったか」
わしが言うと、節子がすぐ答えた。
「『小説神髄』ですね」
「そう、それじゃ」
修蔵が笑った。
「父上、本当に読んだの?」
「失礼な」
「最後まで?」
「…全部ではない」
「やっぱり」
愛海まで笑った。
「あなたは昔から、軍事や新聞の記事なら読むのに、小説になると急に遅くなりますもの」
「必要なところは読んでおる」
「小説に『必要なところ』ってあるの?」
節子にまで突っ込まれた。
「お前たちは父親に厳しいな」
そのころから、文章の書き方まで変わり始めた。
話している言葉に近い形で文章を書く。
いわゆる言文一致である。
二葉亭四迷の『浮雲』などが、その新しい流れを進めた。
わしも読んでみた。確かに、以前の文章とは違う。
人間がそのまま目の前で話しているように感じるところがある。
「でもな、だんだん、わしには文学が難しくなってきた」
光蔵が笑う。
「父上、戦争の話ならいくらでもするのに」
「それとこれとは別じゃ」
森鴎外。
樋口一葉。
尾崎紅葉。
島崎藤村。
田山花袋。
夏目漱石。
次々に新しい名前が出てくる。
わしが一人覚えるころには、また次の者が現れる。
「森鴎外くらいは分かるぞ」
わしは言った。
「軍人だから?」
修蔵が聞く。
「軍医じゃ」
鴎外こと森林太郎は、軍医でありながら文学者でもあった。
しかも陸軍軍医の中でも非常に高い地位にいる。
「同じ陸軍におる人間が、どうしてあんな文章まで書けるのか分からん」
わしが言うと、節子が笑った。
「父上と比べるからでは?」
「どういう意味じゃ」
「父上は父上です」
「慰めになっておらん」
その時だった。玄関から声がした。
「ごめんくださいませ」
春子の顔が明るくなった。
「冬子さんですわ!」
ぱたぱたと立ち上がる。
ほどなくして座敷へ入ってきた少女を見て、わしはいつものことながら少し妙な気分になった。
神楽坂冬子。
兄上・寛之助の末娘。
明治三十四年(1901)十二月生まれ。
春子とはわずか三ヶ月違いの従姉妹だった。
顔立ちが、驚くほど似ている。
並んで座れば姉妹と言われても不思議ではない。
だが、よく見れば印象はまるで違った。
春子の髪は、艶のある深い黒。
腰まで伸びた長い髪が、柔らかな雰囲気を作っている。
対して冬子の髪は、生まれつき少し茶色がかった光沢を持つ長髪。
春子が穏やかで柔らかな少女なら、冬子は同じ顔立ちながら、どこか凛としていた。
姿勢もよい。
目もまっすぐ相手を見る。
そして話し方も、春子より少し気高い。
「叔父さま、ご機嫌よう」
「おお、冬子」
「叔母さまも、お久しゅうございます」
「いらっしゃい」
愛海が笑った。
春子が冬子の隣へ座る。
「ちょうど文学のお話をしておりましたの」
冬子の目が輝いた。
「文学?」
明らかに食いついた。
修蔵が小声で言った。
「まずい」
「何がじゃ」
「冬子に文学の話を振ったら長いよ」
冬子が聞き逃さなかった。
「修蔵兄さま、何かおっしゃいました?」
「何も」
「そうですの」
笑顔なのに妙な威圧感がある。
春子は隣でくすくす笑っている。
「叔父さま」
冬子がわしを見る。
「今、どこまでお話しになったのです?」
「森鴎外や樋口一葉あたりで、もうわしには分からんという話をしておった」
冬子が目を見開いた。
「そこで諦めてはいけませんわ!」
「そう言われてもな」
冬子は早速、本棚から一冊を取った。
「森鴎外でしたら、やはり『舞姫』ですわ」
「あれは読んだ」
「いかがでした?」
「難しかった」
冬子の顔が少し曇った。
「感想がそれだけですの?」
「いや、異国での恋と、自分の将来や国家との間で悩む話だということは分かった」
冬子の表情が戻る。
「そうです。それこそが面白いのですわ!」
身を乗り出してきた。
「昔の物語にも恋はあります。でも明治の文学では、明治の世を生きる一人の人間が、自分の心と社会の間で悩むでしょう?」
「明治の世を生きる人間?」
「ええ。自分は何を望んでいるのか、家はどうするのか、国は、仕事は、愛する人は、昔からある問題ですけれど、明治になって人間一人一人の内面が、より強く描かれるようになったのです」
わしは少し感心した。
十一歳の少女とは思えない。
「冬子」
「はい」
「誰に教わった」
「本ですわ」
「いや、そういう意味ではなく」
「本から教わりましたの」
真顔だった。
本当に文学が好きなのだ。
「鴎外先生は浪漫的な作品を書かれましたでしょう。異国への憧れ、恋、個人の心――」
冬子は止まらない。
「そして樋口一葉!」
今度は別の本を取る。
「一葉も好きなのか」
「もちろんですわ」
『たけくらべ』
『にごりえ』
『大つごもり』
冬子は一つ一つ話し始めた。
「ただ美しいだけではありませんの。貧しい暮らしも、女性の立場も、人の心のどうにもならないところも書かれておりますでしょう?」
愛海が少し興味深そうに聞いていた。
節子も同じだった。
「一葉は若くして亡くなったのよね」
節子が言う。
「二十四歳ですわ」
冬子が答える。
「それなのに、あれだけの作品を残したのです」
「若いな」
わしが言った。
美嘉のことを思い出したわけではない。
だが人の死を聞くと、以前より年齢を考えるようになっていた。
「人生の長さと、残すものの大きさは同じではありませんのね」
冬子が言った。
わしは思わず顔を上げた。
五年前、祖母上を見送った時に考えたことと似ていた。
「冬子」
「何です?」
「お前、本当に十歳か」
「失礼ですわね」
春子が笑った。
「冬子さんは昔からこうですの」
「春子さんだって、北里先生のお話になると長いではありませんか」
「まあ」
今度は春子が少し頬を膨らませた。
「北里?」
春子がうなずいた。
「北里柴三郎先生ですわ」
それならわしにも分かる。
細菌学者。
破傷風。
伝染病。
ペスト。
医療と衛生の世界で名を知られた人物だった。
「学校でお話を聞きましたの」
春子は言った。
「目には見えない病気の原因を調べて、人が病気にならないようにするのでしょう?」
「そうじゃな」
「すごい方ですわ」
春子の声には、普段より少し力があった。
「病気になってから助けることも大事ですけれど、病気にならないようにすることも大切なのでしょう?」
愛海が春子を見た。
春子はまだ十歳。
本人にも将来など分からないけど、このころから人の健康や衛生への興味があったのかもしれない。
「春子は北里柴三郎か」
わしが言う。
「節子は?」
「私は津田梅子です」
即答だった。
「やはり教育か」
「はい」
節子は教員として働き始めてから、以前にも増して女子教育のことを考えるようになっていた。
「女性が学ぶことを当たり前にするのは、簡単なことではありません」
節子が言った。
「私たちの代では学校へ通う女子も随分増えました。でも父上がお生まれになったころとは全く違ったでしょう?」
「ああ」
「そこまで持ってくるために働いた人たちを尊敬します」
津田梅子。
幼いころ岩倉使節団とともに渡米し、長い外国生活を経験し、後に女子教育に力を注いだ女性。
節子にとっては、文学者よりもそちらの方が身近な尊敬の対象らしい。
「お前たちは本当に、それぞれ違うものを見るな」
わしが言った。
修蔵は鉄道。
節子は教育。
光蔵は機械。
春子は衛生や医学。
冬子は文学。
「父上は軍事」
光蔵が言った。
「わしを一言で片づけるな」
皆が笑った。
「では叔父さま」
冬子が話を戻した。
「自然主義文学はお読みになりまして?」
「…また新しいのが来た」
冬子が呆れた顔をした。
「新しくありませんわ」
「わしには新しい」
島崎藤村。
田山花袋。
明治四十年前後になると、自然主義文学が大きな流れとなった。
「きれいごとだけではなく、人間の現実をそのまま書こうとするのです」
冬子が説明する。
「そのまま?」
「ええ。人間の弱さも、醜さも、欲も」
「そこまで書く必要があるのか」
わしは思わず言った。
冬子がわしを見る。
「ありますわ」
「即答か」
「人間は美しいところだけでできているわけではありませんもの」
十一歳の少女に言われると、妙に説得力がある。
愛海が笑う。
「蔵之助さん、負けていますよ」
「まだ勝負しておらん」
冬子は続けた。
「でも、わたくしは自然主義だけが文学だとは思いませんの」
「ほう」
「人間をありのままに描くことも大切です。でも、そこから少し離れて、人間を眺める文学も面白いでしょう?」
「誰の話じゃ」
冬子の顔が再び輝く。
「夏目漱石ですわ!」
来た。今日一番の声だった。
春子が口元に手を当てて笑いを堪えている。
「最近の冬子さん、漱石先生のお話ばかりですの」
「だって面白いのですもの!」
『吾輩は猫である』
『坊っちゃん』
『草枕』
『三四郎』
『それから』
『門』
名前なら、わしも新聞などで何度も見ていた。
「猫が語る小説なんだろう」
わしが言うと、冬子が真剣な顔になる。
「叔父さま」
「なんじゃ」
「『吾輩は猫である』を猫のお話だと思っていらっしゃいます?」
「違うのか」
「猫の目から人間を見るお話ですわ!」
怒られた。
「人間は自分たちを立派だと思っておりますけれど、少し離れて眺めれば滑稽なところもございますでしょう?」
「…あるな」
愛海がわしを見る。
「何じゃ」
「いえ?」
絶対に何か言いたそうだった。
冬子はさらに一冊の新聞を取り出した。
「それに今は『彼岸過迄』ですわ」
「それは?」
「新聞で連載されている漱石先生の新しい小説です!」
まだ完結していない。
まさに今、新聞を開けば続きを読むことができる。
冬子は掲載された部分を大切に取っているらしい。
「次が待ち遠しくて仕方ありませんの」
「本になるまで待てばよいではないか」
冬子は信じられないものを見る顔をした。
「叔父さま」
「なんじゃ」
「続きが出ているのに、待てますの?」
「待てる」
「わたくしには無理ですわ」
修蔵が笑った。
「冬子、それは文学が好きというより、続きを我慢できないだけじゃないか?」
「違います!」
「同じだろ」
「違いますわ!」
春子が冬子の手を取った。
「まあまあ。わたくしも冬子さんから聞くのを楽しみにしておりますから」
冬子は少し落ち着いた。
「春子さんは、ちゃんと分かってくださいますわね」
「ですが」
春子が微笑む。
「先のお話を全部話してしまうのはおやめになって」
冬子が固まった。
「…申し訳ありません」
皆が笑った。
二人を並べて見る。
本当によく似ている。
春子は艶のある黒髪。
冬子は光を受けると茶色みを帯びる長髪。
春子の言葉は柔らかい。
「そうですのね」
と相手を包むように話す。
冬子は、
「わたくしはこう思いますわ」
とはっきり言う。
同じお嬢様言葉でも、性格は正反対に近い。
だが二人は大の仲良しだった。
春子が冬子の文学の話を楽しそうに聞く。
冬子は春子から学校や衛生の話を聞く。
どちらかが相手を自分と同じにしようとはしない。
わしはそれを眺めながら、
「従姉妹というのも面白いものだな」
と思った。
そこへ母上・志帆がやって来た。
「随分賑やかですね」
「母上」
母上は相変わらず印刷の仕事を続けていた。
江戸の版画を知り、明治初期の錦絵を刷り、文明開化を描いた絵を扱い、今では西洋画の影響を受けた絵まで目にしている。
「ちょうど明治の文化の話をしていたのです」
節子が言った。
「それなら」
母上が持っていた包みを開いた。
中から何枚かの絵や印刷物が出てきた。
「これは?」
春子が覗き込む。
一方は、日本の伝統的な筆致を残した絵。
もう一方は、陰影や遠近感を強く意識した西洋風の絵だった。
「同じ明治でも、こんなに違うんですか」
光蔵が言う。
「違うから面白いのよ」
母上は答えた。
昔からの日本画。
西洋から入ってきた油絵。
両方の要素を取り入れようとする者。
日本独自のものを守ろうとする者。
「文学と同じですわ!」
冬子がすぐ反応した。
母上が笑う。
「そうかもしれませんね」
「昔の文章があって、西洋の文学が入って、新しい日本の小説ができて――」
冬子は絵を指す。
「絵も同じように、新しい表現を探しているのでしょう?」
母上が感心したように冬子を見る。
「あなた、文学が好きなのね」
「大好きですわ」
「では、たくさん読みなさい」
「はい!」
「ただし、新しいものだけが偉いと思わないこと」
冬子が少し姿勢を正す。
「昔のものにも、昔のものにしかない良さがあります」
「はい」
「新しいものを嫌ってもいけないし、古いものを馬鹿にしてもいけない」
わしはその言葉に聞き覚えがあった。
以前、母上がわしに言ったことと同じだった。
昔を大切にすることと、新しいものを嫌うことは同じではない。
母上は江戸から明治を生きながら、ずっとその姿勢だった。
わしは座敷を見渡した。
『学問のすゝめ』
江戸の読み物。
言文一致の小説。
鴎外。
一葉。
自然主義。
漱石。
新聞連載。
その横には明治の絵画。
さらに話題は津田梅子から北里柴三郎まで飛んでいる。
わしは言った。
「明治という時代は、何でも一度に出てきすぎではないか?」
皆がこちらを見た。愛海が笑った。
「あなたがついていけないだけでしょう」
「それを言うな」
冬子まで笑う。
「叔父さま、まだまだお教えいたしますわ」
「まだあるのか」
「もちろんです」
「今日はもうよい」
「駄目ですわ」
「なぜじゃ」
「文学というものは、一冊読んで終わるものではございませんもの」
どうやら逃げられそうになかった。
だが、不思議と嫌ではなかった。
若いころ、わしにとって本とは、勉強するものだった。
軍学。
歴史。
政治。
新聞。
必要な知識を得るために読む。
それで十分だと思っていた。
だが冬子の話を聞いていると、それだけではないらしい。
人がなぜ悩むのか、なぜ誰かを好きになるのか、なぜ間違えるのか、なぜ社会とうまくいかないのか、言葉で人間そのものを考える。
それもまた文学なのだろう。
「冬子」
「はい」
「一つだけ選ぶなら、何を読めばよい」
冬子の顔がぱっと明るくなった。
「叔父さま、本当にお読みになるのです?」
「ああ」
「でしたら――」
止まった。真剣に悩み始めた。
「一つに決められませんわ」
「一つと言っただろう」
「無理です」
「では三つ」
「五つ」
「増えたぞ」
「では十冊ほど――」
「もうよい!」
皆が笑った。
春子が冬子の袖を軽く引いた。
「冬子さん」
「何です?」
「父上が逃げてしまいますわ」
「まあ、それはいけません」
「わしを獲物のように言うな」
また笑いが起きた。
窓の外は春だった。
明治四十五年(1912)。
わしが生まれたころ、まだ存在しなかった文学が、今では当たり前のように家の中に並んでいる。
江戸の本を読んだ祖父母。
『学問のすゝめ』を読んだわしら。
新しい小説を読む子どもたち。
そして最新の新聞小説の続きを待ちきれない冬子。
同じ家族の中だけでも、読むものは何度も変わっていた。
文化というものも、鉄道や軍隊と同じように変化していくのだ。
いや、むしろ人間の心を扱う分、もっと複雑なのかもしれない。
修蔵は鉄道を選んだ。
節子は教育を選んだ。
光蔵は機械。
春子は医学や衛生に興味を持ち始めている。
そして兄上の末娘・冬子は、文学の世界に目を輝かせている。
子どもたちは、わしが知らない明治を生きている。
わしは少しだけ寂しく、そしてそれ以上に面白く感じた。
「明治という時代は、あとどれくらい続くのだろうな」
何気なく、わしは言った。
誰も答えなかった。答えられるはずもなかった。わしも知らなかった。
※1 北里は破傷風菌の研究や血清療法で国際的に知られ、1893年には結核患者のための土筆ヶ岡養生園も開いていた。(北里大学)




