第二十六話 明治末期の家族関係と子どもの成長
明治になって四十年以上が経った。
わしが生まれたころには、まだ江戸幕府があった。
それから半世紀近く。
鉄道が走り、工場が建ち、議会が開かれ、二度の戦争があり、不平等条約もようやく改正された。
世の中が変わったことは、町へ出れば嫌でも分かった。
だが、わしにとって最も大きな変化は、もっと身近なところにあった。
家族である。
幼かった子どもたちが、いつの間にか大人へ近づいていた。
そして父上や母上も、かつてわしを育てた親というだけではなく、さらにその上の世代として、家族全体を見守る存在になっていた。
父上・権兵衛は、七十歳で警察の仕事を退いてから、以前より家にいる時間が増えた。
とはいえ、引退したからといって静かな老人になったわけではない。
地域の者が何かあれば相談に来る。
土地の揉め事。
家同士の仲裁。
若者の相談。
昔のことを知りたいという者。
警察に勤めていたころの知識を頼って訪ねてくる者もいた。
「父上、引退したのではありませんか」
ある日、わしが言うと、父上は煙草を手にしながら答えた。
「引退はした」
「では、なぜ毎日のように人が来るのです」
「わしに聞くな。来る者に聞け」
「断ればよいでしょう」
「わざわざ来た者を追い返すのも気の毒じゃろう」
昔なら頑固な旗本そのものだった父上も、随分丸くなった。
だが、いざ話を始めると、「昔はな」という言葉が出る。
幕府のこと。
黒船のこと。
安政の頃。
明治維新。
警察へ入った頃。
父上の話を聞きに来る若者も増えた。
いつの間にか、地域では、「神楽坂の御隠居」などと呼ばれていた。
通りを歩くだけで地域の人から敬礼され、街では、
「あそこの御隠居様が眼を光らせている」
と地域のならず者さえ大人しくするほどだった。
「長老みたいですね」
愛海が言った。
「本人の前で言うな」
「なぜです?」
「喜ぶからじゃ」
実際、父上に言うと、
「長老か。悪くないな」
と笑った。
一方、母上・志帆は父上とはまるで違った。
六十五を越えても、印刷の仕事を続けていた。
昔から母上は、新しいものを妙に冷静に受け入れる人だった。
江戸時代の版画。
明治の錦絵。
新聞や出版物。
さらに西洋画の技法を取り入れた図版。
時代が変わるにつれ、母上の扱う絵や印刷物も変わっていった。
ある日、わしが仕事場を覗くと、見慣れない西洋風の陰影をつけた絵があった。
「母上、これも刷るのですか」
「ええ」
「昔の絵とは随分違いますな」
「時代が違うもの」
あっさりしている。
「抵抗はないのですか」
「何に?」
「昔の絵と違うものを扱うことに」
母上はわしを見た。
「昔のものを大切にすることと、新しいものを嫌うことは同じではないでしょう」
母上らしい答えだった。
「それに、絵なんて面白ければいいのよ」
「母上は本当に変わりませんな」
「あなたたちが勝手に歳を取っただけですよ」
七十近い母に言われると、妙な気分だった。
兄上・寛之助も相変わらずだった。
海軍大佐。
五人の子どもの父。
家へ来れば、よく海の話をした。
「お前たちは陸ばかり見ておる」
兄上はそう言って、修蔵や光蔵に船の話を聞かせた。
港。
軍艦。
商船。
外国航路。
海流。
台風。
星を使った航海。
修蔵は鉄道の話ほどではないが興味深そうに聞いた。
光蔵は船そのものより、
「軍艦の中の機械はどうなってるの?」
と聞いた。
「そこか」
兄上が笑った。
「蒸気機関は?」
「ある」
「見たい」
「勝手に分解するなよ」
「分解しないよ」
わしが横から言った。
「兄上、信用するな」
「父上!」
光蔵が抗議した。
兄上の家にも五人の子どもがいた。
六人が生まれ、一人は幼くして亡くなった。
わしら兄弟は、互いに子を失う悲しみを知っていた。
だからこそ、子どもたちが家に集まって騒いでいると、それだけで少し安心するようになっていた。
そして愛海。
わしと結婚してから、もう二十年以上が過ぎていた。
若いころのように、わしが軍服を着て格好をつけても、もはや何の効果もない。
「愛海」
「はい」
「わしも大佐になったぞ」
「知っています」
「もう少し感心してもよいのではないか」
「家では蔵之助さんでしょう?」
そう言われれば終わりだった。
結婚したころは、わしも家の主人らしくしなければならないと思っていた。
だが二十年以上暮らせば、そんなものは自然と崩れる。
わしが仕事の話をすれば愛海は聞く。
愛海が家の話をすれば、わしが聞く。
意見が違えば言い合う。
わしが間違っていれば、「それは違うと思います」とはっきり言う。そして大抵、最後にはわしが折れる。
兄上がそれを知って、
「陸軍大佐も家では弱いな」
と言ったことがある。
「兄上も眞紀子殿には弱いでしょう」
「それは別の話じゃ」
「同じでしょう」
妻には勝てない。そこだけは陸軍も海軍も同じだった。
だが、そんなわしら夫婦の目の前で、子どもたちはもう「子ども」とだけ呼べない年齢になっていた。
長男・修蔵。
幼いころから汽車を見るのが好きだった。
駅へ連れていけば、機関車が来るまで動かない。
車輪、線路、信号を見る。
少し大きくなると、時刻表を見る。
さらに大きくなると、橋や勾配や路線計画について話し始めた。
そしてついに、東京帝国大学の工科大学へ進んだ。
「本当に行ったな」
わしが言うと、修蔵は笑った。
「行くって言っただろ」
「幼いころは、ただ汽車を見て喜んでいただけだったからな」
「父上は分かってなかったんだよ」
「何をじゃ」
「俺は昔から真剣だった」
「五歳の子どもがか?」
「五歳なりに」
大学で学ぶ修蔵は、もう少年ではなかった。
背も伸びた。
声変わりしたころの不安定な声もなくなり、落ち着いた青年の声になった。
そして卒業後、修蔵は希望していた鉄道関係の仕事へ進んだ。
鉄道技師。
幼いころから見続けた線路を、今度は自分が作り、維持し、改良していく側になったのである。
初めて仕事着で家へ来た時、わしは何とも言えない気分になった。
「どう?」
修蔵が聞いた。
「何がじゃ」
「鉄道技師になった息子を見て」
「…似合っておる」
「それだけ?」
「立派になったと思っておる」
修蔵が少し笑った。
「珍しいね。父上が素直に褒めるなんて」
「お前はわしを何だと思っておる」
修蔵は昔から長男らしいところがあった。
美嘉が病気になれば静かにする。
わしが戦争へ行けば、「母上たちは俺が守る」と言う。
春子が生まれた時には十三歳。
小さな妹を恐る恐る抱いていた少年が、今では家族の中で自然と下の兄妹を気遣う。
「光蔵」
「なに」
「また分解したのか」
「壊してないよ」
「元に戻せるのか」
「戻せる」
「絶対?」
「…たぶん」
「父上と同じこと言わせるなよ」
わしは思わず笑った。
いつの間にか、わしの代わりに弟を叱ることまである。
次に節子。
節子は幼いころから、兄弟の中で妙にしっかりしていた。
光蔵が騒げば、
「静かにしなさい」
修蔵がだらしない姿勢をしていれば、
「兄上、ちゃんとして」
春子が小さいころには、髪を整えたり、着物を直したりもしていた。
「節子」
ある日、修蔵が言った。
「お前、母上みたいだな」
「兄上たちが子どもみたいだからでしょう」
「俺まで入れるな」
「入っています」
昔からそんな調子だった。
成長するにつれ、節子のその性格はますますはっきりした。
人に何かを教える。
間違いを指摘する。
できなければ、なぜできないのかを考える。
ただ怒鳴るだけではない、相手が分かるまで説明する。
わしはある日、光蔵に算術を教えている節子を見た。
「違う」
「分かんないよ」
「だからここを見て。最初からやり直すの」
「また?」
「分からないまま進む方が嫌でしょう」
「姉上、先生みたい」
節子が少し止まった。
「先生?」
その言葉が、妙に似合った。
やがて節子は師範学校へ進んだ。
そして尋常小学校の教員となった。
初めて教壇へ立った日の夜、「どうだった」とわしが聞いた。
節子は疲れた顔をした。
「大変でした」
「お前なら子どもを叱り飛ばして終わりだと思ったが」
「父上!」
愛海が笑った。
「でも、面白かったです」
節子は少しだけ微笑んだ。
「ほう」
「できなかった子が、できるようになるんです」
その時の節子の顔を見て、わしは思った。
この子は、自分の道を見つけたのだ。
そして光蔵。
この子は相変わらずだった。
中学生になって、声変わりが始まっても、分解癖が治らない。
「光蔵」
「はい」
「何をしておる」
「見てる」
「何を」
「中」
「何の」
「時計」
嫌な予感がした。
「それは動いていた時計か」
「うん」
「なぜ開ける!」
「どう動いてるか分からないから!」
幼いころと全く同じだった。
違うのは、以前より知識が増えたことである。
歯車。
ばね。
ねじ。
蒸気機関。
電気。
工具。
何でも興味を持つ。
そして以前より少しだけ、元に戻せる確率が上がった。
「直った!」
ある日、光蔵が得意そうに時計を持ってきた。
「本当に?」
愛海が疑う。
「動いてるよ」
「前より速くなっておらんか」
わしが言う。
「…少しくらい」
「直っておらん!」
それでも光蔵本人は楽しそうだった。
学校で学ぶ物理や数学にも興味を持ち始めた。
「父上」
「なんじゃ」
「僕、やっぱり機械を作りたい」
昔と同じことを言った。
「まだ変わらんか」
「変わらない」
「何を作る」
「まだ分からない」
「それも昔と同じじゃな」
「今ないものを作るんだから、今は分からなくていいんだよ」
わしは笑った。幼いころと同じ答えだった。
そして末娘・春子。
春子も小学校へ通うようになった。
美嘉が亡くなったころには、まだ何も分からないほど幼かった。
それが今では、自分で本を読み、字を書き、学校から帰れば今日習ったことを愛海に話す。
「父上、お帰りなさいませ」
初めてそう言われた時、わしは足を止めた。
「…なんじゃ、その話し方は」
春子は不思議そうな顔をした。
「おかしいですの?」
「いや」
少し前まで、
「とううえ、おかえり」
だったはずである。
「どこで覚えた」
「学校や、お友達のお家ですわ」
愛海が横から笑った。
「最近、少しお姉さんらしい話し方を覚えたんですよ」
春子はもともと、兄姉たちより静かな子だった。
成長すると、それが上品な物腰として表れるようになった。
声を荒らげることが少ない。
何か頼む時も、「お願いいたします」と言う。
修蔵が帰宅すれば、
「修蔵兄さま、お帰りなさいませ」
節子には、
「節子姉さま、今日は学校はいかがでしたの?」
と聞く。
光蔵がまた何かを分解していると、
「光蔵兄さま、それ、また元に戻らなくなるのではありません?」
穏やかに言う。
「春子まで節子姉上みたいなこと言うなよ」
「心配しているだけですわ」
「その言い方の方が怖い」
兄弟たちが笑う。
そして髪。生まれた時から、春子は髪が綺麗だった。
美嘉も、「春子の髪きれい」と言っていた。
春子が物心ついた頃からは、自分の髪を気に入って、妙に髪を切ることを嫌がった。
その髪は、小学生になるころにはますます長くなっていた。
黒く、真っ直ぐで、艶があり、腰に届くほどになっていた。
朝になると、愛海が丁寧に梳かす。
櫛が長い黒髪を通っていく。
「痛くない?」
「大丈夫ですわ」
春子は鏡の前でじっとしている。
時々、節子も手伝う。
「春子、動かないで」
「はい、姉さま」
「本当に長くなったわね」
「そうですか?」
「腰まであるでしょう」
春子が振り返ろうとする。
「動かないの」
「申し訳ありません」
あまりにも素直に謝るので、節子まで笑った。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ」
「はい」
わしはその光景を見ながら、美嘉のことを思い出すことがあった。
まだ春子が赤子だったころ、美嘉は、その髪を見て、
「きれい」
と言った。
春子自身には、その記憶はない。
だから時々、わしらが話した。
「春子」
「はい、父上」
「お前の髪を最初に褒めた者の一人は、美嘉じゃ」
春子は静かに聞いた。
「美嘉姉さまですの?」
「ああ」
「わたくしが赤ちゃんのころ?」
「そうじゃ」
春子は自分の髪を少し触った。
「では、大切にいたしますわ」
その言葉に、わしはしばらく答えられなかった。
「そうしてやれ」
ようやくそれだけ言った。
神楽坂家の家族全員が集まる日の食卓は、明治の初めころとは比べものにならないほど賑やかだった。
父上がいる。
母上がいる。
兄上がいる。
眞紀子もいる。
愛海がいる。
兄上の子どもたちも来る。
そして修蔵。
節子。
光蔵。
春子。
時には、誰が誰と話しているのか分からないほどになる。
兄上が海の話を始める。
「日本海海戦の時はな――」
修蔵が言う。
「伯父上、その時の輸送は鉄道とどうつながってたんです?」
「お前は何でも鉄道だな」
光蔵が割り込む。
「軍艦の機関は?」
「お前は何でも機械だな!」
節子が二人を止める。
「伯父上がお話ししているんだから、順番に聞きなさい」
春子が静かに言う。
「寛之助伯父さま、お茶はいかがです?」
「おお、春子は気が利くな」
すると節子が少し不満そうに、
「私だって昔から色々してるんですけど」
と言う。
皆が笑う。
父上がその様子を眺めていた。
「増えたな」
ぽつりと言った。
父上が若かったころ、まだ幕府があった。
旗本の家だった。
家父長の権威は強かった。
家のために子があり、家督のために人生が決められることも珍しくなかった。父上自身、その世界で育った。
だが今、目の前では孫たちがそれぞれ自分で道を選んでいる。
修蔵は鉄道。
節子は教育。
光蔵は機械。
春子はまだ幼いが、この子にもいずれ自分の道ができる。
父上がわしに言った。
「お前は、子どもを軍人にせんかったな」
「わしが決めることではありませんから」
「昔なら、長男の道くらい父親が決めたぞ」
「父上も決められた側でしょう」
父上が少し黙った。そして笑った。
「だからか?」
「何がです」
「自分の子には同じことをしたくないと」
わしは少し考えた。
「それもあるかもしれません」
父上は修蔵を見る。
「鉄道技師か」
次に節子。
「教員」
そして光蔵。
「こいつは何になるか分からんな」
「機械です!」
本人が抗議した。
「まだ何も作っておらんだろう」
「これから作る!」
父上が笑った。
そして春子を見る。
「春子は?」
春子は少し考えた。
「まだ、よく分かりませんわ」
「そうか」
「ですが、誰かのお役に立つことをしたいです」
その言葉に、愛海が春子を見た。わしも見た。
まだ九歳ほどの少女である。
父上はうなずいた。
「それでよい」
その言葉に、わしは少し驚いた。
「父上」
「なんじゃ」
「昔なら、女の子には嫁に行けと言ったのではありませんか」
「昔は昔じゃ」
あっさり言った。
「お前だけが変わったと思うな」
わしは笑った。
父上もまた、明治という時代を生きて変わったのだ。
母上はその会話を聞きながら、
「男は変わったことを自分で大発見したように話すから面白いわね」
と言った。
「母上、それはどういう意味です」
「女は昔から、時代に合わせて暮らしてきましたよ」
愛海と眞紀子が笑った。
父上、兄上、わしは黙った。
どうやら、この場では男三人に勝ち目はなかった。
その夜、皆が帰った後。
わしと愛海は二人で座っていた。
「静かになったな」
「ええ」
二十年以上前、結婚したばかりのころは、本当に二人だけだった。
そこへ修蔵が生まれた。
節子。
光蔵。
美嘉。
春子。
五人になった。
美嘉を失った。
戦争もあった。
祖母も亡くなった。
修蔵は大人になった。
節子も働き始めた。
「早いものですね」
愛海が言った。
「ああ」
「修蔵が生まれた時、あなたは抱くのも怖がっていたのに」
「覚えておるのか」
「忘れませんよ。『壊れぬか』って」
「本当に小さかったからな」
「今では父親より大きくなりそうですよ」
「それは困る」
「なぜです?」
「父親としての威厳が」
愛海が笑った。
「まだそんなものを気にしていたんですか」
「少しくらいはな」
しばらく黙った。
家の中には、子どもたちの残した気配があった。
本。
道具。
修蔵が置いていった鉄道関係の資料。
節子の教科書。
光蔵が使った工具。
春子の櫛。
それぞれ違う。五人を同じ人間にしない。昔、愛海とそう話した。
気がつけば、本当に違う人間に育っていた。
「愛海」
「はい」
「わしらの子育ては、これでよかったのかな」
愛海は少し考えた。
「まだ終わっていませんよ」
「そうか」
「春子なんて、まだ小学生でしょう?」
「確かに」
「光蔵もまだ放っておけません」
「それは一生放っておけん気がするな」
二人で笑った。
愛海は続けた。
「でも、自分で選ぶようになりましたね」
修蔵は、自分で鉄道を選んだ。
節子は、自分で教員を選んだ。
光蔵も機械の道を望んでいる。
春子にも、いつかその日が来る。
「それでよい」
わしは言った。
軍人としては、命令に従わせることを仕事にしている。
だが家では逆だった。
子どもに命令して人生を決めるのではない。
自分で考え、自分で道を選べるところまで育てる。
そして困った時には帰ってこられる家を残す。
それが、わしと愛海が二十年以上かけて作ってきた神楽坂家だった。
明治から四十年。
父上は元旗本から地域の長老となった。
母上は江戸の絵から西洋風の絵まで印刷し続けている。
兄上は五人の父として、相変わらず海の話をしている。
愛海とわしは、結婚して二十年以上になった。
修蔵は鉄道技師になった。
節子は教壇へ立った。
光蔵は機械の中身を知りたがっている。
春子は長い黒髪を揺らしながら、
「父上、お帰りなさいませ」
と言うようになった。
亡くなった美嘉の場所だけは、今も家族の中に残っている。
誰かが代わりになることはない。
だが残された者たちは、それぞれ前へ進んでいる。
ある日、わしは皆が集まった部屋を見渡して思った。
家というものは、昔と同じ形を守り続けるものではないのかもしれない。
子どもが育つ。
親が老いる。
誰かが生まれる。
誰かが去る。
仕事も変わる。
考え方も変わる。
それでも、互いに帰ってこられる場所であり続ける。
それが家族なのだろう。
明治という時代はあとどれほど続くのだろうか。
来年も明治。
その次の年も明治。
そんなふうに、この時代がまだしばらく続いていくような気がしていた。
わしら神楽坂家も、次の時代へ進む準備を始めていたのである。




