二十三話 蔵之助が見た明治時代の農村社会
第23話のゲストキャラ
神楽坂眞紀子 慶應3年(1867)12.17生まれ
寛之助の妻で、元旗本家系の娘。寛之助とは明治19年(1886)十月に結婚した。6人の子を授かったが、うち1人は夭逝した。子どもの性別・生年は順に、女子・男子・女子・女子・男子・女子、明治21年・明治23年・明治27年・明治27年・明治32年・明治34年(1888・1890・1894・1894・1899・1901)で、うち明治23年生の男子が夭逝、明治27年生の二人は双子である。
明治三十八年(1905)十二月。
大阪への大家族旅行から帰って、一月ほどが過ぎたころだった。
兄上・寛之助が、珍しい話を持ってきた。
「蔵之助、農村を見に行かんか」
「農村?」
「ああ」
兄上の海軍の知人に、関東北部の山あいの村の出身者がいた。
日露戦争が終わり、その男も久しぶりに郷里へ戻るという。
「せっかくだから、一度来てみないかと言われてな」
「なぜわしまで」
「お前、この前から産業だ鉄道だ製鉄だと偉そうに語っておったじゃろ」
「偉そうには語っておらん」
「では、その産業を支えている人間を見てこい」
少し腹が立った。
だが、言われてみればその通りだった。
わしは軍人として、日本の国力が大きくなっていくところを見てきた。
鉄道。
製鉄。
造船。
紡績。
製糸。
鉱山。
日清・日露の戦争では、そうした産業が軍を支えていることも知った。
だが、その工場で働く人間がどのように暮らしているのか。
鉱山で石炭や鉱石を掘る人間が、どんな顔をして家へ帰るのか。
農村から工場へ娘を送り出す親が、何を考えているのか。
わしはほとんど知らなかった。
「行ってみるか」
そう答えると、兄上の妻・眞紀子も、
「私も参りますわ」
と言った。
「眞紀子も?」
兄上が驚いた。
「女性の働く工場も見るのでしょう?」
「ああ」
「でしたら、あなた方二人だけより私もいた方がよいでしょう」
兄上は笑った。
「確かに、女工に海軍大佐と陸軍大佐が二人で質問しても、怖がられるだけか」
「兄上まで大佐じゃから、余計にな」
「お前もじゃ」
こうして、わし、兄上、眞紀子の三人で出かけることになった。
留守番は大変だった。
わしの家には修蔵、節子、光蔵、春子。
兄上の家にも、夭折した一人を除いて五人の子どもがいる。
愛海は母上・志帆とともに、その子どもたちを見ることになった。
出発前、愛海が腕を組んだ。
「蔵之助さん」
「なんじゃ」
「あなた方三人が農村を見学している間、こちらには子どもが何人いると思います?」
わしは数えた。
「九人」
「分かっているならよろしいです」
「修蔵や節子はもう大きいぞ」
「大きい子には大きい子なりの問題があります」
修蔵が横から言った。
「俺、何もしないよ」
節子が即座に返した。
「兄上はそう言って何かするの」
「俺を何だと思ってるんだ」
その向こうで光蔵が何かの道具を触っている。
「光蔵」
愛海が呼んだ。
「はい」
「それを元に戻しなさい」
「まだ開けてないよ」
「『まだ』ということは開けるつもりですね」
光蔵が黙った。
春子は愛海の着物を握って、
「ちちうえ、いってらっしゃい」
と言った。
「行ってくる」
頭を撫でる。
黒い髪は、また少し伸びていた。
母上が笑った。
「こちらは何とかしますから、ちゃんと見ていらっしゃい」
「母上まで」
「軍人は自分たちが国を動かしていると思いがちですからね」
兄上とわしは顔を見合わせた。
「母上、厳しくありませんか」
「事実でしょう?」
何も言い返せなかった。
朝、汽車に乗った。
大阪旅行や仙台旅行の時とは違って、今度は子どもたちの声がない。随分静かだった。
窓の外には、冬の田畑が続いていた。
収穫を終えた田。
枯れた草。
遠くの山。
小さな集落。
汽車が駅へ停まるたびに、人が乗り降りした。
野菜を抱えた者。
荷物を背負った者。
仕事へ向かうらしい若者。
町へ買い出しに行く農家の女性。
大阪へ向かう汽車では、わしは鉄道がどれほど日本を便利にしたかを考えた。
だが今回、窓から農村を眺めていると、別のことを考えた。
この線路の両側に暮らしている人々は、鉄道が通ったことで本当に豊かになったのだろうか。
駅から先は、馬車と徒歩だった。
舗装されていない道を進む。
冬の冷たい風が吹く。
やがて、兄上の知人の故郷である村へ入った。
大きな町ではない。
田畑が広がり、農家が点在している。
山の斜面には桑畑も見えた。
「桑が多いな」
わしが言うと、案内してくれた男が答えた。
「この辺りでは養蚕をする家が多いんです」
「農業だけではないのか」
「農業だけで食べられる家ばかりではありませんから」
その言葉が、最初に胸に残った。
一軒の農家を訪ねた。
決して極端に貧しい家ではなかったが、裕福でもない。
夫婦、年老いた母親、そして何人かの子ども。
皆で働いていた。
田畑がある。
蚕も飼う。
冬には縄や藁を使った仕事もする。
できる内職があれば受ける。
「一年中農業だけをしているわけではないのですな」
わしが尋ねると、主人は笑った。
「田んぼだけで一年暮らせるなら楽なんですがね」
土地の広さ。
収穫。
天候。
肥料。
税。
小作であれば地主へ納めるものもある。
家族が病気になれば働き手が減る。
米が取れても、それを全部自分たちで食べられるとは限らない。
現金も必要だった。
「だから娘さんが工場へ?」
眞紀子が尋ねると、主人はうなずいた。
「上の娘は製糸場へ出ています」
母親が少し寂しそうな顔をした。
「まだ若いでしょう」
眞紀子が言った。
「十六です」
わしは修蔵を思い出した。同じ十六歳。
修蔵は高等学校で学び、東京帝国大学の工科大学を目指している。
同じ歳の娘が、家計を助けるため家を離れて働いている。
どちらが正しいという話ではない。
ただ、生まれた家によって十五、十六歳で見ている景色がこれほど違う。そのことに、わしは少し驚いた。
「本人は嫌がらなかったのですか」
眞紀子が母親に聞いた。
「最初は泣きました」
母親は答えた。
「でも、家にいればいたで働きますから」
畑を手伝う。
蚕の世話をする。
家事をする。
幼い弟妹を見る。
農家の娘だから何もせず暮らせるわけではない。
「工場なら、お金にはなります。ありがたいことではあるんです」
母親の声には、誇りと寂しさの両方があった。
次に、小さな製糸・織物の作業場を見せてもらった。
大きな官営工場のような場所ではない。
それでも、中へ入れば機械や道具の音が絶えなかった。
働いているのは、若い女性が多い。
十四、五歳ほどに見える娘もいた。
二十歳を越えている者もいる。
皆、慣れた手つきで仕事をしている。
音が大きい。
同じ動作を何度も繰り返す。
立ったまま仕事を続ける者もいる。
眞紀子が一人の女性と話をした。
わしと兄上は少し離れた。
軍服では来なかったとはいえ、四十を越えた男二人が近くに立っていては話しづらいだろうと思った。
しばらくすると眞紀子が戻ってきた。
「どうだった」
兄上が聞いた。
「大変ですって」
「やはりか」
「でも、それだけではないの」
「どういうことじゃ」
わしが聞くと、眞紀子は先ほどの女性を見た。
「家に戻りたい時もある。でも、自分で稼いだお金を家へ送れるのは嬉しいそうです」
寄宿舎で暮らす娘もいる。
故郷を離れて寂しい。
長い仕事の日もある。
食事や寝る場所に不満がある者もいる。
病気になる者もいる。
しかし同時に、同じ年ごろの娘たちと知り合い、町を見る。
自分で賃金を得る。
家族へ金を送る。
工場での生活を、苦しいだけのものとして語らない娘もいた。
「単純ではないのだな」
わしは言った。
眞紀子がうなずく。
「ええ」
一人の女工が笑いながら言った。
「家にいたって楽じゃありませんから」
その言葉に、わしは返事ができなかった。
わしらは都会の人間の目で、工場は大変だ、農村は穏やかだ、などと勝手に分けていたのかもしれない。
農村にも工場にも苦労がある。
そして工場だからこそ得られるものもある。
夕方、仕事を終えた女性たちが出てきた。
若い、本当に若かった。
節子より数歳上、修蔵と同じくらい。
その娘たちが、日本の主要な輸出品である生糸や織物を作っている。
日露戦争を戦うためにも、日本は外国から多くの物資を買った。そのためには外貨が必要だった。
「富国強兵というが――」
わしは呟くと、兄上がこちらを見る。
「何じゃ」
「その『富』を作っているのは、こういう娘たちなのだな」
兄上はしばらく黙った。
海軍の軍艦一隻を見れば、誰もがその巨大さに驚く。
大砲。
装甲。
機関。
艦橋。
だが、その軍艦を持つ国の力を、直接には軍艦と何の関係もなさそうな農村の若い女性たちが支えている。
それをわしは、この歳になって初めて実感した。
翌日は、さらに山の方へ入った。
そこには鉱山があった。
大規模な鉱山町というほどではなかったが、多くの男たちが山へ入って働いていた。
入口付近から、鉱石を運ぶ人間が見える。
木材。
工具。
運搬用の軌道。
土。
泥。
黒ずんだ服。
前日の製糸場とは、また違う空気だった。
「中へ入るのですか」
眞紀子が尋ねた。
「奥までは行けません。危険ですから」
案内人が答えた。
坑道へ入る労働者の一人と話をした。
年齢は、わしよりかなり若かった。
だが顔はひどく疲れて見えた。
「怖くないのですか」
わしが尋ねると、男は笑った。
「怖いですよ」
即答だった。
落盤。
爆薬。
事故。
水。
空気。
暗闇。
さまざまな危険がある。
「では、なぜ」
そこまで言って、質問がおかしいことに気づいた。
男も分かったらしい。
「働かないと食えませんから」
それだけだった。わしは黙った。
戦場で兵に、「なぜここにいる」と聞けば、徴兵されたから、命令されたから、国を守るため、さまざまな答えがあるだろう。
だが生活のために危険な場所へ入る者もいる。
鉱石が採れる。
石炭が採れる。
鉄が作れる。
汽車が走る。
船が動く。
工場が動く。
町に明かりが灯る。
その始まりには、こうして地下へ入っていく人間がいる。
兄上も、黙って坑道の入口を見ていた。
「寛之助」
「何じゃ」
「軍艦の石炭を見ても、今まではただ石炭としか思わなかったな」
兄上は苦笑した。
「わしもじゃ」
海軍の艦艇は大量の石炭を使う。兄上は何十年もそれを見てきた。
だが石炭一塊の向こう側に、誰がいるのかまでは考えてこなかったのだろう。
「妙なものじゃな」
兄上が言った。
「何がじゃ」
「軍艦では、石炭が足りんと言って怒る」
「ああ」
「掘る人間のことなど考えずにな」
わしにも似た経験があった。
鉄道が足りない。
弾薬が足りない。
鉄が必要だ。
軍ではそういう言葉を使う。
だが、必要な物を生み出す場所には必ず人間がいる。
夕方、村へ戻った。
途中、小さな家の前で子どもたちが遊んでいた。
裸足の子もいる。
着物には継ぎが当たっている。
楽しそうに笑っていた。
貧しいから、一日中悲しい顔をしているわけではない。
子どもは子どもだった。
追いかけっこをする。
転ぶ。
笑う。
兄弟で喧嘩する。
わしは光蔵と春子を思い出した。
眞紀子が一人の子に尋ねた。
「お父さんは?」
「山」
「鉱山?」
子どもがうなずく。
「お母さんは?」
「家」
その家では、母親が内職をしていた。
一家の生活は、父親の鉱山の賃金だけでは安定しないという。
仕事が減れば収入も減る。
病気になれば途端に苦しくなる。
農業を少しする。
内職もする。
子どもが大きくなれば奉公や工場へ出すことも考える。
いくつもの仕事を組み合わせて、どうにか暮らしている家は珍しくなかった。
夜、世話になった家で、わしら三人は話をした。
囲炉裏には火があった。
外は寒かった。
「どうだった、蔵之助」
兄上が聞いた。わしは少し考えた。
「分からなくなった」
「何が」
「日本が豊かになった、という言葉じゃ」
わしは日本の産業が発展したことを考えた。(第21話)
鉄道が伸びた。
工場が増えた。
鉄が作られた。
貿易が大きくなった。
巨大な会社も生まれた。
確かに国全体として見れば、以前より豊かになっているのだろう。
「だが、国が豊かになることと、一人一人が豊かになることは、同じではないのじゃな」
眞紀子が言った。
「今日会った娘さんたちも、国が発展したから工場で仕事ができたのでしょう」
「ああ」
「でも、その仕事が楽になったわけではない」
「そうじゃな」
兄上が腕を組んだ。
「鉱山も同じか」
「鉱山があるから、この村で現金を稼げる者もいる。だが鉱山で死ぬ者もいる」
「そういうことじゃ」
何か一つを、良い、悪いだけで決めることはできなかった。
鉄道が村を町とつないだ。
そのおかげで農産物を運べる。
若者は遠くへ働きに行ける。
新聞も物資も届く。
だが同じ鉄道が、農村の娘たちを遠くの工場へ運んでいく。
工場は家族に現金をもたらす。
だが長時間の労働や病気もある。
鉱山は仕事を作る。
だが事故の危険もある。
産業革命とは、便利な機械が増えることだけではなかった。
人間の暮らし方そのものを、大きく動かすものだった。
「戦争でも似たことを思った」
わしは言った。
「勝った、負けたという一言だけでは、本当の戦場は分からん」
兄上がうなずいた。
「産業も同じか」
「ああ」
日本が発展した。その一言の裏には、家を離れる娘、娘を送り出す母親、地下へ入る男、畑と内職を掛け持ちする家族。
そして新しい仕事によって、以前には得られなかった金を得る人々もいる。
一つの言葉では足りない。
翌朝、村を出る前に、昨日訪ねた農家へもう一度顔を出した。
主人が、「東京へ戻られるんですか」と言った。
「ああ」
「東京は景気がいいんでしょうなあ」
わしは答えに困った。
東京にも貧しい者はいる。
だがわしの暮らしが、この家より恵まれていることは否定できない。
軍の大佐。
住む家がある。
妻がいる。
子どもたちは学べる。
修蔵は大学を目指している。
節子も教育を受けている。
光蔵は好きな機械を眺めている。
春子は暖かい家で愛海に髪を梳いてもらっている。
それらを、わしは当たり前のものと思い始めていたのではないか。
「東京もいろいろです」
わしは答えた。それしか言えなかった。
帰りの汽車、兄上は窓の外を眺めていた。
眞紀子も静かだった。
わしも話す気にならなかった。
田畑が流れていく。
村が流れていく。
工場の煙突が見える。
遠くに山がある。
その一つ一つに、人が暮らしている。
大阪旅行の時、修蔵は言った。
鉄道は人の時間を短くするものだ、と。
その通りだったが、鉄道は、わしらが知らなかった暮らしまで目の前に運んできた。
東京へ帰ると、家は騒がしかった。
「父上!」
光蔵が走ってくる。
「ただいま」
「何見てきた?」
「いろいろじゃ」
「機械あった?」
「お前はそればかりじゃな」
節子が後ろから言った。
「光蔵、父上が帰ったばかりでしょう」
「聞いただけじゃん」
修蔵も来た。
「鉄道は?」
やはり兄弟だった。
「お前もそれか」
「だって、どの線に乗ったの?」
その向こうから春子が歩いてきた。
「ちちうえ、おかえり」
「ただいま、春子」
頭を撫でる。
愛海は少し疲れた顔で出てきた。
「お帰りなさい」
「大変だったか」
愛海は笑った。
「九人ですよ?」
「…すまん」
母上まで後ろから出てきた。
「少しは勉強になりましたか」
「はい」
「なら、こちらで九人見た甲斐もあります」
兄上が笑った。
「母上、わしの子まで世話をさせて申し訳ありませんでした」
「本当にねえ」
「容赦ないですな」
皆が笑った。
その夜、わしは愛海に、村で見たものを話した。
農家。
女工。
鉱山。
子どもたち。
愛海は黙って聞いていた。
「どう思う」
愛海は少し考えた。
「修蔵たちは恵まれているのですね」
「ああ」
「でも、それを申し訳ないと思わせる必要はないでしょう」
わしは愛海を見る。
「どういうことじゃ」
「恵まれているなら、その恵まれた環境でできることをすればいいんです」
修蔵なら学ぶ。
節子なら自分の道を探す。
光蔵なら機械を学ぶ。
春子にも、いつか自分の道ができる。
「他の人が苦労しているから、自分も苦労しなければならないわけではありません」
愛海は言った。
「ただ、自分の暮らしが自分一人で成り立っていると思わなければいいんです」
その言葉にはっとした。
汽車に乗れるのも。
鉄の橋を渡れるのも。
服を着られるのも。
灯りを使えるのも。
新聞を読めるのも。
軍艦を動かせるのも。
知らない誰かの仕事につながっている。
わしは軍人になってから、「国を守る」という言葉を何度も使ってきた。
だが、国とは何なのか。
天皇。
政府。
軍隊。
領土。
もちろん、それらも国である。
しかしそれだけではない。
田を耕す者も国だった。蚕を育てる者、糸を取る娘、布を織る者、鉱山へ入る者、汽車を走らせる者も。その妻子も。
皆、同じ国の中で生きている。
「強い国とは、何なのだろうな」
わしが呟くと、愛海が聞いた。
「分かりましたか」
「いや」
首を振った。
「前より分からなくなった」
愛海は少し笑った。
「それなら、見に行った意味があったんじゃありませんか」
確かにそうだった。
若いころのわしなら、答えが出ないことを恥じたかもしれない。
だが四十一歳になったわしは、少し違っていた。
簡単に答えられないものを、簡単な言葉で片づけないこと。それも必要なのだと思い始めていた。
明治という時代に、日本は大きく変わった。
工場ができた。
鉄道が延びた。
鉱山が開かれた。
輸出が増えた。
戦争にも勝った。
世界は日本を以前とは違う目で見るようになった。
だが、その発展の下には無数の人間の手があった。
働く手。
荒れた手。
糸を扱う細い指。
土を掘る手。
坑道の暗闇で道具を握る手。
そして、家族を送り出す手。
わしはその冬、初めてそれらを自分の目で見た。
国の強さを考える時、軍艦や大砲や鉄道の数だけではなく、そこで暮らしている人間の顔まで思い浮かべるようになった。
明治三十八年(1905)、日本が大国ロシアとの戦争に勝った、その同じ年の暮れ。
わしは一つの農村で、「強い国」と「豊かな国」は何なのかを、初めて本気で考え始めたのである。




