第二十二話 汽車で大家族大阪旅行
明治三十八年(1905)十月下旬。
日露戦争から帰ってきて、ようやく家の暮らしも落ち着きを取り戻し始めたころだった。
ある日の夕食時、修蔵が突然言った。
「父上、大阪まで汽車で行ってみたい」
わしは箸を止めた。
「大阪?」
「うん」
「何をしに行く」
「汽車に乗りに」
「目的地ではなく汽車が目的なのか」
「大阪も見たいよ。でも、東海道線を最初から長く乗ってみたい」
いかにも修蔵らしかった。
東京帝国大学工科大学への進学を考え、将来は鉄道技師になりたいと言うようになってからというもの、修蔵の鉄道への興味はますます強くなっていた。
すると愛海が、
「それなら、皆で旅行にしてしまったらどうです?」
と言った。
「皆?」
「私たちだけでなく、お義父様やお義母様も。それに美帆お祖母様も」
「祖母上まで大阪へ連れていくのか」
八十六歳である。ところが話を聞いた美帆祖母は、わしより乗り気だった。
「大阪かい?」
「はい」
「行くよ」
即答だった。
「祖母上、汽車に長いこと乗ることになりますぞ」
「だから何だい」
「疲れます」
「八十六まで生きてる婆さんに今さら何を言ってるんだい」
何も言い返せなかった。
父上・権兵衛も、七十歳で警察の仕事から完全に退いていた。
「まあ、たまにはよかろう」
と言った。
母上・志帆も、
「大阪なんて久しぶりねえ」
と微笑んだ。
そこへ兄上・寛之助まで加わった。
「蔵之助だけ行くのは面白くない」
「子どもですか、兄上は」
「お前に言われたくない」
こうして、気づけば大人数になった。
わし。
愛海。
十六歳の修蔵。
十三歳の節子。
八歳の光蔵。
三歳の春子。
兄上・寛之助。
父上・権兵衛。
母上・志帆。
そして八十六歳の美帆祖母。
十人である。
「多いな」
出発前にわしが呟くと、愛海が笑った。
「今ごろ気づいたのですか」
大阪へ向かう朝、新橋の停車場には、汽笛と人の声が絶えず響いていた。
蒸気機関車が煙を吐く。
駅員が声を上げる。
荷物を抱えた旅人が行き交う。
修蔵は到着した瞬間から、家族旅行どころではなくなった。
「父上、見て」
「なんじゃ」
「あの機関車」
「汽車じゃな」
「それだけ?」
「それ以外に何と言えばよい」
「車輪の配置とか、炭水車とか見ないの?」
「わしは旅行に来たのじゃ」
修蔵は呆れた顔をした。
「父上は分かってないなあ」
「何をじゃ」
「汽車の面白さ」
すると兄上が笑った。
「蔵之助、息子に呆れられておるぞ」
「兄上は黙っておれ」
一方、光蔵も別の意味で危険だった。
機関車の近くへ行こうとする。
連結部分を覗き込もうとする。
「光蔵!」
わしが襟を掴んだ。
「何しておる!」
「どうやって車両と車両をつないでるのか見たい」
「離れて見ろ!」
「近くの方が分かるよ」
「分からなくてよい!」
修蔵は鉄道の仕組みを学ぼうとし、光蔵は機械そのものを分解する勢いで観察する。
同じ興味でも、この兄弟は随分違った。
節子はそんな二人を見て、
「もう少し静かにできないの?」
とため息をついた。
十三歳になった節子は、近ごろ姿勢や礼儀に妙に厳しくなっていた。
「人がたくさんいる場所なんだから、ちゃんとしないと恥ずかしいでしょう」
「節子、お前は母親か」
修蔵が言った。
「兄上がだらしないから言ってるの」
「俺は何もしてないだろ」
「さっきからきょろきょろしてる」
「汽車を見てるんだよ!」
「きょろきょろしてるじゃない」
その横では、春子が愛海の手を握って立っていた。
三歳になった春子の黒髪は、生まれた時より随分長くなっていた。
まだ幼児なので、大人のような長さではない。
それでも艶のある真っ直ぐな髪は、人目を引いた。
「はるこも、きしゃ、のるの?」
「ああ」
わしが答える。
「大阪まで行くぞ」
「おおさか?」
「遠いところじゃ」
春子は少し考えた。
「おばあさまも?」
母上を指した。
「ああ」
「おおばあさまも?」
今度は美帆祖母を見る。
「ああ」
すると春子は安心したように、
「みんな、いっしょ」
と言った。
まだ幼い言葉遣いだったが、不思議と、他の子どもたちより声が穏やかだった。
走り回る光蔵に対して、春子は愛海のそばで汽車をじっと眺めている。
「春子は大人しいな」
兄上が言った。
「今のところはな」
「お前に似なかったのじゃな」
「どういう意味じゃ」
やがて汽車が動き始めた。
新橋の景色が後ろへ流れていく。
修蔵は窓から離れなかった。
「速い…」
何度も乗った汽車なのに、今回の修蔵はいつも以上に真剣だった。
手帳まで持っている。
「何を書いておる」
「停車した駅と時間」
「旅行中まで勉強か」
「こういう時だから勉強するんだよ」
停車時間。
駅の配置。
線路。
橋。
勾配らしい場所。
窓から見えるものを何でも書き込む。
時折、車掌や駅員に質問までしていた。
「迷惑をかけるなよ」
「分かってる」
「本当か?」
「父上より分かってる」
「最近、生意気になったな」
愛海が笑った。
汽車は東海道を西へ進んだ。
横浜方面を過ぎ、さらに西へ。
窓の外には町があり、田畑があり、川があり、山があった。
東海道線が全通したころ、新橋から大阪まではほぼ丸一日近くを要したが、このころには急行なら十四時間余りにまで縮まっていた。
それでも長旅である。
春子は途中で眠った。愛海の膝に頭を乗せ、静かに寝息を立てる。
光蔵は最初こそ興奮していたが、やがて疲れ、
「まだ大阪じゃないの?」
と言い始めた。
節子が呆れる。
「さっきまでずっと機関車見てたでしょう」
「見るのと乗るのは違う」
「我慢しなさい」
「姉上は平気なの?」
「平気」
「ほんとに?」
「…ちょっと疲れた」
「ほら!」
それを聞いて皆で笑った。
そんな中、祖母上・美帆は窓の外を長い間眺めていた。
「祖母上」
「何だい」
「疲れませんか」
「疲れるよ」
「やはり」
「でも面白い」
祖母は笑った。
「私が若いころ、こんな速さで大阪まで行けると言っても、誰も信じなかっただろうねえ」
母上も窓の向こうを見た。
「本当にそうね」
わしが聞いた。
「母上たちが昔、大阪へ行った時はどのくらいかかったのです」
美帆祖母が笑った。
「何日というより、旅そのものが一仕事だったよ」
江戸から上方へ行く。
街道を歩く。
宿場に泊まる。
天候が悪ければ足止めになる。
川の増水で渡れないこともある。
駕籠や馬を使うことはあっても、今の汽車のように決まった速度で遠くまで運んでくれるものなどない。
「江戸から京まで歩くだけでも、二週間ほど見ておくような旅だった。そこから大阪まで行くんだからね」
祖母がそう言うと、修蔵が手帳から顔を上げた。
「二週間?」
「ああ」
「今なら一日もかからないのに」
「だから婆さんは驚いてるんだよ」
母上・志帆も言った。
「大阪の町そのものも違ったわ」
母上が昔見た大坂には、蔵屋敷があり、水路を船が行き交い、商人たちの声が響いていた。
「水の町という感じだったわね」
「今も水路はあるでしょう?」
節子が尋ねた。
「あるわ。でも、町の景色が違うのよ。建物も、人の服も、往来するものも」
美帆祖母もうなずいた。
「昔の大坂には昔の賑わいがあった。今の大阪には今の賑わいがあるんだろうね」
汽車が橋を渡る。
窓の向こうを景色が飛ぶように後ろへ流れる。
美帆祖母はそれを見ながら、ぽつりと言った。
「昔なら、一日歩いて進む距離を、この汽車はあっという間に進んじまう」
修蔵はその言葉を聞き、また何かを手帳へ書いた。
「何を書いた」
「人の時間を短くするのが鉄道なんだなって」
わしは少し驚いた。
単に汽車好きの少年ではなくなりつつあった。
鉄道技師を志す者の目で、鉄道を見始めていた。
長い旅の末、大阪へ着いた。
駅から出ると、また東京とは違った活気があった。
商人の声。
荷車。
人力車。
馬車。
そして市内の一部では、数年前から走り始めた電車の姿まで見える。
「電車!」
光蔵が叫んだ。
「光蔵、走るな!」
「でも父上!」
「走るなと言っておる!」
修蔵まで目を輝かせる。
「父上、あれ見に行こう」
「お前までか!」
大阪市では明治三十六年(1903)に市電が走り始めていた。
馬でも蒸気でもなく、電気で走る車両は、子どもたちには十分すぎるほど新しかった。
光蔵は、
「どうやって動くの?」
と何度も聞いた。
「電気じゃ」
「電気でどうやって?」
わしは長男を見る。
「修蔵、説明してやれ」
「父上、分からないから逃げたでしょう」
「兄なのだから弟に教えろ」
「ずるいなあ」
一日目には中之島の方へ足を運んだ。
川に挟まれた町。
橋。
近代的な建物。
銀行。
官庁。
一方で昔から続く商いの空気も残っている。
美帆祖母は立ち止まり、周囲を見回した。
「変わったねえ…」
「昔と違いますか」
節子が尋ねる。
「違うよ」
祖母は答えた。
「でも、商売の町だってところは変わらないね」
大阪城の近くにも足を運んだ。
維新の混乱で多くの建物を失った城域は陸軍の用地となっており、軍施設としての色彩が強かった。
元旗本の父上は、城を遠くから眺めながら妙な顔をした。
「何を考えておるのです」
「城というものも変わったと思ってな」
「大阪城ですか」
「ああ」
父上にとって城は、武士の時代の政治と軍事の象徴だった。
それが今では近代陸軍の施設となっている。
父上はわしと兄上を見た。
「昔の武士の息子二人が、今じゃ陸軍と海軍の大佐か」
兄上が笑った。
「時代ですな」
「本当にのう」
ところで、わしら十人は町中でも妙に目立っていたらしい。
まず人数が多い。
年齢もばらばら。
三歳の春子から八十六歳の祖母上の美帆までいる。
旅館でも店でも、
「ご家族ですか」
と聞かれた。
「そうです」
と答える。
「皆さん?」
「皆です」
すると驚かれる。
ある茶店では主人が父上に尋ねた。
「こちらのお二人は軍の方で?」
父上がわしと兄上を見る。
「ああ。陸と海じゃ」
「ご兄弟で?」
「そうじゃ」
「お父上も軍人で?」
父上は笑った。
「いや。わしは昔、旗本じゃった」
店の主人の顔が変わった。
「旗本?」
「もう四十年近く昔の話じゃ」
さらに母上が、
「明治になってからは警察の方へ入りましたけどね」
と付け加える。
主人は今度は祖母上を見る。
「こちらは…」
「わしの祖母です」
わしが答えた。
「おいくつで?」
美帆祖母自身が言った。
「八十六」
「八十六!」
周囲まで振り返った。
「東京から汽車で?」
「そうだよ」
祖母は何でもないように答えた。
「まだ歩けるからね」
その話を聞いていた客の一人が、
「随分すごいご一家ですなあ」
と言った。
わしは苦笑した。
自分たちでは毎日顔を合わせているため気づかない。
だが他人から見れば、元旗本の老人、その妻、江戸時代を長く生きた八十六歳の祖母、陸軍と海軍の軍人兄弟、その子どもたちが一緒に汽車旅行をしているのである。
確かに妙な集団だった。
二日目には道頓堀や心斎橋のあたりを歩いた。
人の賑わいは凄まじかった。
商店。
飲食店。
芝居小屋。
行き交う人。
節子は人混みの中でも背筋を伸ばしていた。
「光蔵、押さないの」
「押してないよ」
「前を見て歩いて」
「見てるよ」
「修蔵兄上も!」
「なんで俺まで」
「人の前で大声出さないで」
「節子が一番大声だぞ」
「兄上!」
愛海が笑った。
「節子は立派なお姉さんになりましたね」
わしは小声で言った。
「少し厳しすぎんか」
「誰に似たのでしょうね」
愛海がわしを見る。
「なぜわしを見る」
「さあ?」
春子は母親と手をつなぎながら、店先を眺めていた。
綺麗な布。
髪飾り。
菓子。
目に入るたびに立ち止まる。
だが、「ほしい!」と大声で騒ぐことは少なかった。
「きれい」と言って、ただ見つめている。
ある店の女性が春子の髪を見て、
「まあ、きれいな髪のお嬢ちゃん」
と言った。
春子は愛海の後ろへ少し隠れた。
「ありがとうは?」
愛海が促す。
春子は小さく頭を下げた。
「…ありがと」
まだ幼い言葉だった。
それでも、その仕草に店の女性は笑った。
「おとなしい子やねえ」
節子が言った。
「家でもこんな感じです」
「節子、お前が答えるのか」
「だって姉ですもの」
三日目。
大阪を離れ、神戸方面へ向かい、そこから有馬の温泉へ足を伸ばした。
有馬は江戸時代から名高い湯治場で、美帆祖母も昔からその名を知っていた。
「ここは昔から有名だったよ」
祖母が言う。
「昔と今では来るまでの道のりが全然違うけどね」
温泉町へ入ると、都市大阪とは空気が変わった。
山あい。
坂道。
宿。
湯治客。
湯の気配。
旅館へ荷物を置き、皆でようやく身体を休めた。
「生き返るな」
湯につかった父上が言った。
兄上が笑う。
「父上、戦争に行ったわけでもないでしょう」
「八十六の婆さんと子ども四人を連れて旅行してみろ。十分戦じゃ」
「祖母上は自分で歩いておるでしょう」
「子どもの方じゃ」
確かにそうだった。特に光蔵から目を離せない。
旅館でも、
「この柱どうなってるの?」
「この時計開けていい?」
「駄目に決まっておる!」
わしの声が響いた。
隣の部屋から愛海の笑い声が聞こえた。
温泉から上がった夜、皆で食事を囲んだ。
焼き魚。
煮物。
野菜。
米。
湯気が上がる。
修蔵は旅行中に書いた手帳を眺めていた。
「まだ見ておるのか」
「うん」
「何がそんなに面白い」
修蔵は少し考えた。
「鉄道って、ただ汽車を走らせるだけじゃないんだなと思って」
「ほう」
「駅ができたら人が来る。人が来たら旅館とか店も使う。物も運べる。それで町そのものが変わる」
わしは黙って聞いた。
「俺、やっぱり鉄道の仕事をしたい」
「そうか」
「もっと勉強する」
その顔は、幼いころにただ汽車を眺めて喜んでいた修蔵とは違っていた。
自分の将来を見始めていた。
光蔵が言った。
「僕は機械作る」
「分かった分かった」
修蔵が笑う。
「兄上が線路作って」
「うん」
「僕が汽車作る」
「この前もそれ言ってたな」
「ほんとに作るもん」
節子が呆れる。
「まず壊した時計を元に戻せるようになりなさい」
「姉上はいちいち厳しいなあ」
「当然でしょう」
その隣で春子は眠そうに愛海へ寄りかかっていた。
「ねむい?」
愛海が聞く。
「…すこし」
「寝ましょうか」
「みんなは?」
「まだ起きていますよ」
春子は皆を見回した。
修蔵。
節子。
光蔵。
父と母。
伯父。
祖父母。
曾祖母。
「はるこも、いる」
どうやら一人だけ先に寝るのが嫌らしい。
わしは笑った。
「では、もう少しだけ起きておれ」
「うん」
やがて愛海の肩にもたれたまま眠った。
黒い髪が愛海の袖へ流れていた。
その姿を、美帆祖母が優しい顔で見ていた。
「幸せだねえ」
祖母が突然言った。
「何がです」
わしが聞く。
「こうして皆で旅行できることさ」
誰もすぐには返事をしなかった。
美嘉が亡くなった。
その直後に日露戦争が始まり、わしは戦地へ向かった。
帰ってこられるかも分からなかった。
それが今では、家族が一つの部屋に集まっている。
「そうですな」
わしは答えた。
本当に、それだけで十分だった。
帰路、再び汽車に乗った。
大阪の町が遠ざかる。
修蔵は最後まで窓の外と鉄道を見ていた。
節子は旅の間に買ったものをきちんと整理していた。
光蔵は眠った。
春子も愛海の膝で眠った。
父上は目を閉じていた。
兄上も疲れたらしい。
母上と美帆祖母だけが、窓の外を見ていた。
「母上、大阪はどうでした」
母上は少し考えた。
「昔の大阪とは、本当に別の町みたいだった」
美帆祖母も言った。
「町も変わったけどね、一番変わったのは、遠さだよ」
祖母は窓の外を見た。
「昔の大阪は、江戸から遠い町だった」
そして車輪の音を聞く。
「今じゃ、汽車に乗れば帰れる」
その言葉が妙に心に残った。
鉄道とは、町と町の距離を縮めるものだと修蔵は言う。
だが距離だけではないのかもしれない。
人間の感じる「遠い」と「近い」そのものを変えている。
十月の大家族旅行は、こうして終わった。
――と思った。
ところが十一月に入って間もなく、兄上が言い出した。
「次は仙台へ行くぞ」
「は?」
「今度はわしの女房と子どもたちを連れていく」
兄上には六人の子が生まれていたが、一人は幼くして亡くなっていた。
残った五人の子どもたち。
そこへ兄上とその女房。
わし。
父上。
母上。
そして美帆祖母。
「また祖母上もですか」
「行くよ」
当然のように本人が答えた。
「大阪から帰ったばかりでしょう!」
「今度は北だろう?」
「そういう問題ではありません!」
こうして神楽坂家は、今度は上野から北へ向かう汽車に乗った。
大阪旅行ではわしの四人の子どもが騒いだ。
仙台旅行では兄上の五人の子どもが騒いだ。
汽車の中でわしは言った。
「寛之助」
「何じゃ」
「五人は多い」
「お前も少し前まで五人だったではないか」
その言葉で、ほんの一瞬だけ二人とも黙った。
美嘉。
兄上の家でも、一人の子を幼くして失っていた。
互いに、子を失うということを知っていた。
だからこそ、今ここにいる子どもたちが騒いでいることさえ、ありがたかった。
「まあ、騒がしい方がよいな」
兄上もうなずいた。
「ああ」
父上が前から振り返った。
「お前たちが一番騒がしいぞ」
八十六歳の美帆祖母が大笑いした。
秋の東海道。
初冬の東北。
一月には美嘉を失い、二月には戦争が始まった明治三十七年(1904)。
その翌年の終わりに、わしらは家族で汽車に乗って笑っていた。
後から思えば、不思議だった。
人が死ぬこともある。
戦争へ行くこともある。
昨日までいた家族が、明日もいるとは限らない。
だからこそ、皆が元気な時に、皆で同じ景色を見る。
同じ汽車に乗る。
同じ飯を食べる。
同じことで笑う。
そんな何でもない時間を、わしは以前より大切に思うようになっていた。
そして修蔵は、この大阪旅行でますます鉄道への思いを強くした。
光蔵は、ますます機械を知りたがるようになった。
節子は、ますます弟たちに厳しくなった。
春子の黒髪は、旅から帰っても少しずつ伸び続けた。
子どもたちも、日本も、汽車のように、止まることなく先へ進んでいたのである。
江戸・東京〜大阪の江戸時代と明治時代の比較
江戸時代
徒歩
約12〜14日
大井川の川越え、箱根峠越えなど命懸け。
天候の影響大。
旅の前に遺書を残すレベル。
明治時代(1889年東海道線全開通)
蒸気機関車
約20時間
悪天候でもほぼ定刻通り。
座っているだけで目的地へ到着。




