第十四話 陸軍士官学校と陸軍への入隊
小学校を卒業した日の帰り道、兄上と交わした言葉を、わしは長いこと忘れなかった。
「わしはこれから海軍兵学校を目指すが、蔵之助はこれからどうする」
「わしは陸軍士官学校を目指すつもりじゃ」
あの時は、まだそれがどれほど重い言葉なのか分かっていなかった。
兄上とわしが軍人を志した理由は、似ているようで少し違っていた。
わしらの祖父・金右衛門は幕府に仕えた武士だった。父上・権兵衛もまた刀を差し、武士として生きた男だった。しかし廃刀令によって刀を置き、士族という身分さえ、時代の流れの中で意味を失っていった。
祖父が語ってくれた江戸の武士。
父上が見せてくれた、武士でなくなった後の生き方。
そして西南戦争。
西郷隆盛が敗れ、刀を持った武士たちの時代が本当に終わったのを見て、わしは子どもながらに思った。
「これから国を守る者は、昔の侍とは違うのだ。刀一本で名を立てるのではない。国が軍をつくり、学校で軍人を育て、大勢の兵を組織して戦う。そんな新しい時代が来たのだ」と。
兄上も同じように感じていたらしい。
ただし兄上の目は、陸ではなく海へ向いていた。
「これからの日本は海を知らねばならん。異国はみな海の向こうじゃ。船を知らずして、この国は守れん」
「なら、兄上は海か」
「そうじゃ。蔵之助は?」
「わしは陸じゃな」
「なぜじゃ」
少し考えてから、わしは答えた。
「人が暮らしているのは陸じゃ。町も村も田畑も家もある。そこを守る軍人になりたい」
兄上は笑った。
「いかにも蔵之助らしい」
「兄上こそな」
日本は海に囲まれている。
外国の軍艦が日本へやって来たことが幕末を大きく動かしたことも、わしらは父上や祖父上から聞いていた。
だから兄には、海から国を守るという考えがあったのだろう。
こうして旗本の家に生まれた兄弟が、武士ではなく、一人は海軍へ、一人は陸軍へ進むことになった。
明治十三年ごろ(1880)、兄上は海軍兵学校へ進み、わしも陸軍士官学校の門をくぐった。
そこには、父や祖父から聞いていた武士の世界とはまるで違う光景があった。
刀の腕だけでは何の役にも立たない。
朝は決められた時刻に起き、服装を整え、号令によって動く。歩調を合わせて行進し、銃を扱い、射撃を学び、地図を読み、距離を測る。算術や地理、築城や戦術についても学ばなければならない。
そして軍人としての心得。
兵士は天皇に仕える者である。
軍人は忠節を尽くす。
礼儀を正す。
質素を旨とする。
「軍人とは、こんなにも勉強するものなのか」
最初のころ、わしは本気で驚いた。
祖父の時代なら、武芸と忠義が武士の根本だった。
だが明治の軍人には、それだけでは足りなかった。
百人、千人という兵を動かすには、感情だけではなんとかならない。食糧がどれだけ必要か、兵をどこへ進ませるか、どこに陣を置くか、敵との距離はどれほどか。
戦争というものが、わしの想像していたよりずっと巨大な仕組みで動いていることを、そこで初めて知った。
訓練は厳しかった。
何度も同じ動作を繰り返し、少しでも隊列を乱せば注意を受けた。長い距離を歩き、疲れていても姿勢を崩さぬことを求められた。
夜、床に入るころには足が重かった。それでも、翌朝になればまた起きる。
それを繰り返すうちに、身体より先に心が軍隊の時間へ馴染んでいった。
兄上から手紙が届くこともあった。
海軍兵学校では、わしとはまったく違う世界を学んでいるようだった。
航海、砲術、数学、外国語。
そして船に乗れば、風や波、潮の流れまで相手にしなければならない。
久しぶりに休暇で家へ帰り、兄上と顔を合わせた時、話が尽きなかった。
「陸軍は朝から歩いてばかりか?」
兄上が笑う。
「海軍こそ船に乗ってばかりではないのか」
「船酔いをなめるな」
「兄上でも酔うのか」
「最初はな」
それを聞いて、わしは腹を抱えて笑った。
兄上も負けずに言った。
「蔵之助、お前は行軍の途中で倒れたりしておらんだろうな」
「誰にものを言うておる」
「昔、公園で転んで泣いておった弟にじゃ」
「いつの話じゃ!」
学校にいる時は軍人の卵であっても、家へ帰れば昔と同じ兄弟だった。
母上はそんなわしらを見て笑い、父上は何も言わず、しばらくわしらを眺めていた。
やがて父上が言った。
「わしらのころとは、本当に変わったものじゃ」
父上の目には、陸軍の制服を着るわしと海軍へ進んだ兄上が、どのように映っていたのだろう。
祖父上と父上が仕えた幕府はもうない。
祖父上もいない。
武士もいない。
だが、その孫たちは新しい国家の軍人になろうとしている。
父上にとってそれは、誇らしいことであると同時に、自分たちの時代が遠くなったことを意味していたのかもしれない。
数年が過ぎた。
先に任官したのは兄上だった。
海軍少尉となった兄上が家へ帰ってきた時、父上は珍しく声を上げて喜んだ。
「寛之助。ついに将校になったか」
「はい、父上」
兄上は照れたように笑った。
わしはその制服姿を見ながら、悔しいというより、妙に誇らしかった。
「先を越されたな」
「二つ年上なのだから当たり前じゃ」
「負け惜しみか?」
「覚えておれ」
そして、ほどなくしてわしにもその日が来た。
陸軍少尉。
初めて自分の階級を告げられた時、胸の奥が熱くなった。
嬉しかった。
だが、それだけではなかった。
将校になるということは、自分一人の命だけを考えていればよい立場ではない。
自分の命令によって、大勢の兵が動く。
その意味を理解し始めたころ、わしは徴兵された兵士たちを見るようになった。
徴兵令によって、二十歳を迎えた若者たちが全国から集められてくる。
士族の子もいる。
農家の子もいる。
商家の子もいる。
軍人になりたくて来た者ばかりではなかった。
「家の田畑が心配です」
そう話す兵がいた。
「母と弟だけでは、今年の収穫がどうなるか」
別の兵は、故郷に許嫁を残してきたと言った。
中には、軍隊というものをほとんど知らないまま入営してきた者もいた。
わしはそこで初めて、士官学校から見ていた軍隊と、徴兵された兵から見た軍隊が同じものではないことに気づいた。
わしは自分でこの道を選んだ。
試験を受け、学校に入り、将校になりたいと思ってここまで来た。
だが彼らの多くは違う。
国から命じられて来たのである。
父上や祖父の時代、戦う者は武士という限られた身分だった。
ところが今では、国民の中から兵士が集められる。
それこそが近代国家というものなのだろう。
しかし、制度という言葉だけでは、一人一人の事情までは見えてこない。
ある日の訓練後、一人の兵が足を痛めているのを見つけた。
「どうした」
「大丈夫であります」
「大丈夫な歩き方ではない」
兵は黙った。
わしは少し迷ってから言った。
「無理をして悪くすれば、かえって役に立てなくなる。診てもらえ」
「しかし…」
「命令じゃ」
「…はい」
立ち去る兵の背を見ながら、祖父の言葉を思い出した。
武士とは何か。
幼いころのわしは、強い者のことだと思っていた。
だが今は少し違う。
人を従わせる者ほど、その人間の命に責任を持たなければならないのではないか。
夜、兄上にその話をした。
兄上はしばらく黙っていた。
「海でも同じじゃ」
やがて言った。
「船の上では一人の失敗が皆を危険にする。だから厳しくせねばならん。だが、厳しくすることと人間を粗末にすることは同じではない」
「そうじゃな」
「われらはまだ少尉じゃ。偉そうなことを言える立場ではないがな」
「少尉だからこそ、今のうちに覚えておきたい」
兄上は笑った。
「やはりお前は陸軍向きじゃ」
「兄上は海軍向きじゃ」
わしらは笑った。
かつて同じ庭を走り回っていた兄弟は、いつの間にかそれぞれの軍服を着ていた。
兄上は海へ。
わしは陸へ。
祖父の刀の時代から、父の廃刀の時代を経て、わしらは銃と軍艦の時代へ足を踏み入れていた。
わしは、天皇陛下のお姿を身近で知っているわけではないが、わしにとって、明治天皇は、この新しい日本そのものを象徴する存在だった。
徳川の世に生まれ、幕府がなくなるところを幼い目で見て、西南戦争で武士の時代が終わっていくのを見た。
そして今、わしは明治天皇の兵士として軍服を着ている。
その事実には、確かに誇りがあった。
わしは自分を、「天皇の兵」だと思った。
それは二十歳の私にとって、非常に重く、そして誇らしい言葉だった。
国を守る。
家族を守る。
命令を守る。
仲間を守る。
それらはすべて同じ、自分の信義だと、わしは思っていた。
だが、このころのわしはまだ知らなかった。
軍人になるということが、この先の人生で何を意味するのか。
ただ二十歳そこそこの若者として、陸軍少尉の階級章を付けたわしは思っていた。
「この力は、人を守るために使いたい」
それが、わしの長い軍人人生の始まりだった。




