第十三話 明治の小学校 〜8年間の回想〜
第十三話が第一章の最終回となります。
学制 1872.8(明治5年)
小学校8年制(下等・上等各4年)
全国を8大学区、さらに中学区、小学区に分け、男女の別なく国民皆学を目指す
しかし現実として、就学率は、1873年で、男子40%、女子15%であり、様々な事情で退学する児童も多かった。
教育令 1879.9(明治12年)
学区制を廃止。小学校を町村の管理とする。最低就学期間を16ヶ月に規定。師範学校・専門学校を加える。1880の改正により、就学義務を最低3年にし、農学校・商業学校・職工学校を加える。
明治十三年・一八八〇年。
わしは十六歳になっていた。
その日、八年間通った学校を、卒業することになった。
教室には、いつもとは少し違う空気があった。
机。
黒板。
掛図。
教科書。
座った場所。
叱られた場所。
試験を受けた場所。
今日でそこから離れる。
前を見ると寛之助兄上もいた。
兄上は十八歳。わしより二つ上なのに、同じ年に卒業する。
それには理由があった。兄上もわしも、この学校へ来る前に、寺子屋で学んでいたからだった。
「長かったな」
兄上が言った。
「八年じゃぞ」
「その前もあるじゃろ」
そうだった。
わしにとって学ぶ生活が始まったのは、この学校ではない。
もっと前、まだ江戸の名残が色濃かったころ、六歳のわしが初めて通った、昔ながらの手習い所だった。
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明治三年(1870)、わしは六歳になった。
母上に連れられて、初めて手習い所へ行った日のことを、覚えている。
畳。
墨の匂い。
紙。
筆。
子どもたちの声。
先生の声。
そして自分より大きな子どもたち。
その中には当然のように、寛之助兄上がいた。
「兄上!」
わしが呼ぶ。
「静かにしろ」
兄上に言われる。
兄上はわしより二年前から、そこへ通っていた。
わしが入ったころには、もう慣れていた。
「ここでは遊ぶなよ」
「分かっておる」
「墨をこぼすなよ」
「分かっておる」
「先生の話を聞けよ」
「兄上は母上か」
「お前が心配なんじゃ」
結局、最初の日、わしは墨を少しこぼして、兄上に笑われた。
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寺子屋での勉強は今の学校とは違った。
同じ部屋に小さな子も大きな子もいる。
全員が同じところを学んでいるわけではない。
先生から手本をもらい、何度も書く。
文字。
自分の名前。
簡単な文章。
手紙の書き方。
声を出して読む。
算盤も習った。
簡単な足し算・引き算から、少しずつ難しくなる。
わしは勉強が大好きというわけではなかったが、知らなかったことが分かる瞬間は好きだった。
文字が読める。
看板が読める。
道標が読める。
新聞の文字が、少しずつ読めるようになる。
祖父上や父上が話していたことを、自分でも紙の上から拾えるようになる。
それが面白かった。
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兄上には寺子屋について、わしよりずっと多くの記憶があった。
「わしは四年くらい通ったからな」
江戸の記憶を語り合ったときと同じだった。(第十一話)
兄上はいつもわしより二年だけ、昔をよく知っている。
兄上が通い始めたのはまだ戊辰戦争の音が残るころ、江戸が東京へ変わろうとしていた時期だった。
兄上の記憶には寺子屋の風景が、わしより鮮明に残っていた。
「先生が一人ずつ見てくれた。年上の子が年下を教えることもあった」
「兄上、わしにも教えた?」
「何度も」
兄上は筆の持ち方も算盤も、わしより少し先を行っていた。
わしはよく真似した。
江戸のころからずっとそうだった。
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ところが、明治五年・一八七二年。
国が大きく教育の仕組みを変えることになった。
「学制」
わしには最初、その言葉の意味が分からなかった。
父上が言った。
「学校を作るらしい、今までとは違う」
「何が?」
「国が仕組みを決めるのじゃ」
日本中に新しい学校を置く。
身分にかかわらずできるだけ多くの子どもを学ばせる。
下等小学。上等小学。
それぞれ四年、合わせて八年。
「八年!?」
わしは驚いた。
「長すぎる!」
父上は笑わなかった。
「行けるなら行け」
「八年も?」
「ああ」
祖父上もまだ元気だったころだった。
「学べるなら学んでおけ」
と言った。
武士の家に生まれたから武士の学問だけ知っていればよい。そんな時代では、もうないのかもしれない。
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寺子屋に四年通っていた兄上。
二年通ったわし。
二人とも、新しい学校へ移ることになった。
兄上は十歳。わしは八歳。
「兄上のほうが勉強してるんだから、上から始めるの?」
「知らん」
制度そのものが始まったばかりだった。
寺子屋で何年学んだか、何をどこまで知っているか、新しい学校の教科と、そのまま重なるわけでもない。
結局わしらの学校では、兄上もわしもら新しい制度の最初から学ぶことになった。
最初の級、下等小学一年
「わしは四年も寺子屋に行ったのに」
兄上が言う。
「わしは二年だから損が少ない」
「嬉しそうに言うな」
だが兄上だけではなかった。
学校制度そのものが新しいから、年齢と級がきれいにそろっているわけではなかった。
六歳ほどの小さな子。
八歳。
十歳。
もっと大きな子。
同じ級に年齢の違う子どもがいる。
新しい学校というものを、国も、先生も、親も、子どもも、皆で手探りしていた。
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下等小学は四年。
ただし単純に一年、二年、三年と進むだけではなかった。
半年ごとに級がある。
第八級から始まり、第七級、第六級、少しずつ上がっていく。最後は第一級。
半年ごとに試験。
「また試験か…」
わしは何度そう思ったか分からない。
合格すれば次へ行ける。
落ちれば同じところをもう一度。
つまり、ただ学校へ通っていれば自動的に上がれるわけではなかった。
「蔵之助」
父上から言われた。
「落ちるなよ」
「簡単に言うな」
「学ぶのが仕事じゃろう」
「父上の仕事と交換する?」
「嫌じゃ」
即答された。
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学校で学ぶことは寺子屋よりずっと多かった。
文字。
習字。
読本。
文章。
算術。
修身。
地理。
身体のこと。
自然のこと。
物の仕組み。
だんだん知らない名前の学問が増えていった。
「窮理って何じゃ」
わしが聞く。
先生が答える。
「物事の理を考える学問だ」
ますます分からない。
例えば、なぜ物が落ちるのか、水はどう動くのか、熱とは何か、音とは何か、身の回りの現象にも理由がある。
「雷は神様が鳴らしているのではないのか」
誰かが言った。
教室で笑いが起こる。
だが少し前まで、わしらは似たようなことを普通に聞いていた。
時代そのものが学び直しているようだった。
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算術も寺子屋のころより難しくなる。
足し算。
引き算。
掛け算。
割り算。
分数。
量。
長さ。
面積。
「もう嫌じゃ」
わしが机に伏せる。
兄上が横から見る。
「ここ間違ってる」
「どこ」
「全部」
「兄上!」
だが教えてもらうと、少しずつ分かった。
逆にわしのほうが先に分かることもあった。
「ここ、こうじゃろ」
「…そうじゃな」
「兄上でも分からんことがあるんだな」
「うるさい」
それが嬉しくて、余計なことを言って叩かれる。そんなこともあった。
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学校生活は勉強だけではなかった。
友達ができた。
喧嘩もした。
休み時間には外で走る。
石を蹴る。
くだらない話をする。
授業中、眠くなる。
先生に見つかり、叱られる。
「神楽坂!」
「はい!」
立たされる。
兄上に後で笑われる。
「真面目にやれ」
「兄上だって寝てたじゃろ」
「わしは見つかってない」
「もっと悪いではないか」
学校が新しくても子どものすることは昔とあまり変わらなかった。
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ただ通っている子どもたちは。今のわしらから見ても、ずいぶんばらばらだった。
毎日来る子。
よく休む子。
途中で来なくなる子。
「どうしたんじゃろ」
と聞く。
「家の仕事を手伝うんだって」
農家。
商家。
職人。
それぞれの家にはそれぞれの事情がある。
子どもも働き手だった。
弟や妹の世話をする。
店を手伝う。
畑仕事をする。
家計を助ける。
学校へ通わせればその時間、家の仕事ができない。
しかも学校には金もかかる。
「勉強なんかして飯が食えるのか」
そう言う親もいた。
学校へ行かせたいけど行かせられない。
そんな家もあった。
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女の子もいたが、男の子より少なかった。
「女に学問はいらない」と考える家もまだあった。
家事。
裁縫。
弟妹の世話。
女の子には別の役目がある。そう思われていた。
それでも学校へ来る女の子はいた。
男より字がうまい子。
算術が速い子。
本を読むのが好きな子。
わしは少し不思議だった。
「女でも普通にできるではないか」
そう言うと兄上が「当たり前だろ」と言った。
考えてみれば、母上も文字を読める。
美帆祖母上など、印刷の仕事までしてきた。
家の中を見れば分かりそうなことだった。
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教科書も十分にそろっているわけではなかった。
先生たちも、新しい教え方に慣れているとは限らない。
寺子屋のように教える先生もいた。
皆を前へ向かせ、同じ内容を教えようとする先生もいた。
黒板。
掛図。
新しい教材。
西洋から取り入れられた知識。
全部が少しずつ学校へ入ってくる。
「先生も勉強しているの?」
わしが尋ねたことがある。
先生は苦笑した。
「先生もだ」
その答えが妙に印象に残った。
子どもだけではない。
大人も、政府も、日本そのものが、新しい時代のやり方を学んでいる。
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四年経った。
わしは十二歳。兄上は十四歳。
下等小学の最後の試験。
答案を書く。
見直す。
手が汗ばむ。
そして合格。
「やった!」
思わず声が出た。
兄上も合格。
一度も同じ級に留まらず、二人とも下等小学四年間を終えた。
母上は喜んだ。
父上は、「まだ半分じゃ」と言った。
「少しくらい褒めろ!」
「よくやった」
「今ので終わり?」
「まだ上等小学がある」
本当に厳しい父親だった。
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そして上等小学。
さらに四年間。ここから勉強は難しくなった。
歴史。
地理。
さらに進んだ算術。
自然。
人の身体。
図を描く。
物の形を理解する。
学校や地域によって、実際に教えられる内容には差があった。
国が決めた教科を、すべて理想通りに教えられるわけではない。
先生や本、道具が足りない。それでも下等小学のころより、世界が広くなった。
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地理。わしは好きだった。
日本。
山。
川。
海。
国。
外国。
美帆祖母上が旅した道。
父上が黒船を見た海。
祖父上が警戒していた異国。
全部、地図の上につながっていく。
「ここが薩摩」
先生が指す。
そこを見ると西南戦争を思い出した。
西郷隆盛。
そして金右衛門祖父上。
あの年、祖父上は死んだ。
授業で地名を見るだけで家族の記憶が重なった。
歴史も同じだった。
昔の政治。
戦。
人物。
歴史って本に書かれているだけではない。
祖父上が生きた。
父上が見た。
母上が暮らした。
兄上が覚えている。
そういうものなのだ。
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自然について学ぶ授業も面白かった。
昔なら「そういうものだ」で終わっていたことに名前がある。
仕組みがある。
理由がある。
身体について学べば、病気について考える。
そのたびに葵を思い出した。
あの水。
腹痛。
熱。
苦しそうな顔。
「もし、もっと病気のことが分かっていたら」
そう思うこともあった。
答えは出ない。
それでも知らないより知っていたほうがよい。
学ぶということを、わしは少しずつそう考えるようになった。
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上等小学になると、下等小学にいた子どもたちの顔が、ずいぶん減っていた。
「あいつは?」
「もう来てない」
「こっちは?」
「家の店」
「この子は?」
「奉公に出た」
八年間ずっと学校へ通えること、それ自体が当たり前ではなかった。
授業料。
家の事情。
仕事。
病気。
さまざまな理由で途中で学びを終える子どもがいる。
「わしらは恵まれてるな」
兄上が言った。
わしも頷いた。
父上は武士としての禄を失った。
商売もうまくいかなかった。
警察へ入り、新しい人生を始めた。
家が苦しい時期もあった。
それでも父上と母上は、わしらを学校から辞めさせなかった。
祖父上も生前、「学べるなら学べ」と言った。
だからわしは学校にいる。
それに気づいてから少しだけ、試験への向き合い方が変わった。
だからといって、急に優等生になったわけではない。
「神楽坂、ここを読め」
「はい」
間違える。
算術で計算を落とす。
漢字を間違える。
宿題を忘れる。
兄上と遊びすぎる。
叱られる。
でも落第はしなかった。
半年ごとの試験。
下等小学で八級。
上等小学でも八級。
合計十六の段階。
一つずつ合格した。
いつも一番ではない。
何でもできるわけでもない。
分からなければやる。
間違えたら直す。
試験が来れば勉強する。
それを八年間続けた。
そして一度も同じ級をやり直すことなく最後まで来た。
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明治十二年。(1879)
学校の制度がまた変わり始めた。
「教育令」という新しい決まりが出た。
学制ができてまだ七年ほどしかたっていないのに。
「また変わるのか」
わしが言った。
兄上が笑う。
「明治じゃからな」
場所によっては、学校の呼び方や課程も変わり始める。
下等。
上等。
その分け方を残すところもあれば、別の呼び方へ変えるところも出てきた。
わしらが八年間学んでいる間だけでも教育制度は完成したものではなかった。
国が作りながら直している。
そんな時代だった。
だからわしの学校では、入学したころの下等小学・上等小学の流れを基礎にしながら最後まで学んだ。
わし自身も、制度が変わっていく途中を歩いていた。
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明治十三年。(1880)
卒業の日。
わしは教室を見回した。
八歳だった自分がどこかにいるような気がした。
初めて学校へ来て、兄上の横へ座る。
寺子屋とは違う。
知らない授業。
知らない先生。
知らない子ども。
試験。進級。その繰り返し。
四年。さらに四年。
気づけば十六歳。
「神楽坂蔵之助」
名前を呼ばれた。
「はい」
立ち上がる。卒業を示す証書を受け取る。
その紙の後ろに、八年間があった。
寺子屋から考えれば。十年間。
六歳だったわしは、文字を書くことから始めた。
それが今、十六歳。
自分で本を読み、新聞を読み、計算し、地図を見て、歴史を考える。
十年前のわしとは、もう違う。
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兄上も名前を呼ばれた。
「神楽坂寛之助」
「はい」
十八歳の兄上が証書を受け取る。
寺子屋四年。学校八年。
兄上は、十二年ほど学んだことになる。
「長かったな」
式が終わったあと。わしは言った。
「ああ」
「兄上、十八じゃぞ」
「知ってる」
「小学校卒業が十八」
「仕方ないじゃろ。制度が途中から始まったんだから」
二人で笑った。
兄上の世代には、兄上の事情がある。
わしの世代には、わしの事情がある。
後の時代なら、同じ年齢で同じように入学し、同じ年齢で卒業することが普通になるのかもしれない。
でもわしらは。学校そのものが作られている途中にいた。
⸻
校門の外には父上と母上がいた。
「卒業できたぞ」
わしが言う。
「見れば分かります」
母上が笑った。
父上はわしと兄上を見た。
「よくやった」
今度は素直に褒めた。
「父上、落第しなかったぞ」
「知っている」
「もっと褒めてもよい」
「調子に乗るな」
いつもの父上だった。
でも少し嬉しそうだった。
⸻
そのとき祖父上のことを思った。
金右衛門祖父上。
卒業を見ることはできなかった。
明治十年、西南戦争が終わったころ、祖父上は死んだ。
「学べるなら学んでおけ」と言っていた。
もしここにいたら、何と言っただろう。
「八年も学校へ通って、その程度か」
と言うかもしれない。
それとも、「よくやった」とほんの少し笑うだろうか。
分からない。
もう聞くことはできない。
⸻
弟の葵も、思い出した。
葵は学校へ行きたがっていた。
六歳になる前、死んだ。
「学校って、難しい?」
そう聞いた。
わしは、「大丈夫じゃ」と答えた。
でも葵は、学校へ行けなかった。
わしは八年間通った。
その違い、卒業の日になって急に重く感じた。
自分がここまで来たのは当然ではない。
病気にならず途中で働きに出されず、家族に学ばせてもらい、試験にも通った。
だから今日がある。
⸻
校門を出る前、わしは。一度だけ振り返った。
明治五年(1872)、八歳で入った学校。
その前には、二年間の寺子屋。
さらにその前には、わずかな江戸の記憶。
六歳のころのわしは、江戸の匂いを知っていた。
草履。
行灯。
父上の刀。
兄上の背中。
その少年が、十年学び、明治の学校を卒業する。
⸻
父上は江戸の武士として教育を受けた。
祖父上はさらに古い武士の教育を受けた。
兄上とわしは寺子屋を知っている。
そして新しい小学校も知っている。
また境目だった。
江戸の学びから明治の教育へ。
兄上とわしは、その両方を少しずつ知る世代だった。
「蔵之助」
兄上が呼ぶ。
「なんじゃ」
「わしはこれから海軍兵学校を目指すが、蔵之助はこれからどうする」
「わしは陸軍士官学校を目指すつもりじゃ」
「蔵之助らしいな」
「兄上こそ」
わしらは自分で選ぼうとしている道へ歩き始めた。
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学校を離れる。
東京の町が広がる。
汽車。
電信。
新聞。
警察。
洋服。
ざんぎり。
煉瓦。
ガス灯。
もうわしが思い出した江戸とはずいぶん違う。(第一話)
でもわしの中にはまだ残っていた。
祖父上の江戸。
美帆祖母上の江戸。
父上の江戸。
母上の江戸。
兄上の江戸。
そして自分自身の、ほんのわずかな江戸。
それらを持ったままわしは明治の教育を受けた。
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「江戸に生まれ、明治に育てられた」
その言葉が今のわしには一番よく似合う気がした。
生まれた国は徳川幕府の日本だった。
物心がつくころ、それはなくなった。
刀を差していた父は、警察官になった。
髷を結っていた祖父は、武士の時代の終わりを見届けて死んだ。
弟は、学校へ入ることなく死んだ。
そしてわしは、寺子屋から小学校へ進み、八年間を落第せずに終えた。
⸻
これから何が起こるのか分からない。
学校を卒業したからといって、人生の答えを教えてもらったわけではない。
むしろここから先には、先生も、半年ごとの試験も、正解が書かれた本もない。
自分で進む道を選ばなければならない。
怖くないと言えば嘘になる。
祖父上が教えた。人間はいつ死ぬか選べない。
父上が教えた。歴史の中にいる人間には、自分がどこにいるのか分からない。
母上が教えた。時代が動いていても人は明日を生きる。
兄上が教えた。自分が忘れても誰かが覚えている。
だから分からないままでも、前へ行けばよい。
⸻
明治十三年、十六歳。(1880)
八年間の小学校生活が終わり、わしの長い子ども時代も、ここで終わった。
江戸時代の微かな記憶から始まった。
わしの幼少期。
大政奉還。
上野戦争。
文明開化。
弟の死。
父上の没落と再出発。
祖父母、父母、兄上から聞いた江戸。
西南戦争。
祖父上の死。
そして八年間の学校。
振り返れば、十六年。その十六年だけでも、世界は驚くほど変わった。
わしも変わった。
校門を出る。
前を歩く兄上。
後ろには父上と母上。
わしはもう一度だけ学校を振り返った。
それから前を向いた。
この先、自分がどんな人生を歩くのか。
まだ何も知らない。
ただ、一つだけ分かっていた。
江戸に生まれた子どもの時間は終わった。
これからは明治を生きる。
一人の青年として、自分の人生を始めるのだ。
第一章を読んで頂きありがとうございます。
次回から第二章に入ります。蔵之助がどんな職業に就くのか、家族ができるのか、蔵之助が成人として明治時代の衝撃をどう受け止めるのか、そんなエピソードになっていきますので、第二章もよろしくお願いします。
第二章へ続く…
寛之助と蔵之助が8年間学んだ主な内容
下等小学校
ひらがな・カタカナ・基本的な漢字の読み書き
習字
読本(福沢諭吉の『学問のすゝめ』も用いられた)
算術
和算(算盤)から洋算へ、足し算・引き算・掛け算・割り算
地理
自分の住む地域、都道府県、世界の国々
理学
動物・植物・鉱物など、自然界の身近な現象や科学知識
修身(道徳)
体操(軍隊式の動作も)
上等学校(現代の中学・高校レベル)
高度な算術(基礎数学)
小数、方程式、図形の証明など
史学
日本史(神代〜明治維新)と世界史
万国地理
世界の地理・気候・産業・政治を詳しく学ぶ
博物(生物・地学)・化学・物理
生物の分類学、物質、元素、電気、力学など
外国語(英語・フランス語など)
英単語や文法の基礎、簡単な会話・読解




