女王は責めるのがお好き? そして始まる聖夜の1日
「……んた、聞いてるの?」
「えっ?」
「何よ、さっきからぼさっとしちゃって」
アイリスの声で、俺の意識は現実に引き戻された。
クリスマスイブ前日の夜。
明日の予定を想像し、どうやら上の空だったようだ。
「なんでもないよ」
「ふーん。まあ良いわ。明日はアイリスちゃんが腕によりをかけるから、楽しみにしてなさいよ」
今日は帰ってきてから、俺はアイリスたちと一緒に買い物に付き合った。
食材からして、豪華なものが出てきそうだと期待できる。
「楽しみにしてるよ。俺は友達と遊んで来るけど、夜には帰るから」
「ふーん、友達ね……女じゃないの?」
アイリスの指摘に、なぜか俺の心臓がどきりと鳴った。
「……漆間と会うんだよ。知ってるだろ?」
「知ってるけど……本当にそれだけ?」
「……まあ、他にもいるけど」
なんで、追及を受けてるみたいになってるんだ?
「その中に女はいないの?」
「……いるけど」
「なんで最初誤魔化したのよ」
「誤魔化してないよ」
ただちょっと、言うのが照れるだけだ。
「テレビで観たのよ。クリスマスって言うのは、男女が仲を深める日だって」
「フィアもネットで見ました。クリスマスは男女がスケベなことをする口実になる日なんですぅ!」
アイリスはともかく、フィアは随分身も蓋もない事を言いやがる。この耳年増め。
「お前もスケベなことする気じゃないですか?」
「そんな気はねーよ」
「明日の夜から翌日までは、性なる夜って言うらしいですよ」
「だから何だよ」
こいつ、得た知識で遊びたいだけだな。
「アイリスさん、フィアも。蓮さんにも交友があるんだから、邪魔しちゃ悪いですよ」
リヴがようやく止めてくれた。
ほんと、良心はこいつだけだな。
(……クリスマスは、男女が仲を深める日か)
そういうものだとわかってはいるが、俺には縁の無い話だと思っていた。
でも俺も、今年は女と過ごす。しかも、とびっきりの美人と。
(……南條が、俺の事を好きだなんて噂もあったけど)
そんな訳はない。あいつほどの女が俺を好きになる理由なんてない。
でももしかしたら。
──あたし、前からあんたの事が好きだったんだ。
(そんなこと言われたら、断れるわけがない)
──あたしの気持ち、受け入れてくれる? ああ、良かった。それじゃあ……
あたしの鞭と蝋燭、受けてくれるよね?
「わあああっ!」
飛び起きると、俺はベッドの上。
カーテンから日差しが差し込んでおり、今日は予報通り晴れのようだ。
(……夢か。なんて夢を見てるんだ俺は)
「蓮さん、大丈夫ですか?」
ドアの向こうで、リヴがノックをしながら俺に声をかける。
「だ、大丈夫だ。なんでもない」
居間に出ると、いつも通りリヴが台所で朝食の準備をしていた。
「急に大声が聞こえてきてびっくりしました」
「ああ……変な夢を見ちまってな」
疲れてるんじゃないですか? と言われて、俺は「心配ないよ」と返事をした。
(……こいつらも、ゆくゆくは女王になるんだよな)
──このアイリス様の前で、豚らしく鳴きなさい!
──お前、フィアの鞭を受けるのですぅ!
妙に似合っている。あいつらなら本当に言いかねない。やりかねない。
(って、女王になるってそう言う意味じゃないだろ)
それはわかっているのだが、俺の妄想は止まらない。
(もしも、リヴにもそう言う趣味があったりしたら)
──蓮さんには躾が必要ですね。そこに四つ這いになりなさい。
──誰が人間の言葉を使って良いと言いました? 豚には相応しい言葉があるでしょう?
──痛いですか? ほらっ、もっといい声で鳴いて下さいよ、蓮さん!
「蓮さん、どうしました?」
「あっ、いや」
またも俺は変な妄想が止められず、せっかくリヴが作ってくれた朝食を前に箸が止まってしまっていた。
「やっぱり疲れてるんじゃないですか?」
「そんなことないよ。今朝も味噌汁が美味いな」
(何考えているんだ俺は、頭の中でリヴをそんなふうにするなんて)
……でも、リヴがそうしたいなら俺は受け入れるかも知れない。
なんて、俺は懲りずにそんなことを考えてしまっていた。
───
「あいつ、本当に何もしないつもりかしら」
蓮が登校した後も、アイリスは自分の目の届かないところで過ごす彼のことを気にしていた。
「何もって、スケベな事ですか?」
相変わらずフィアは言葉を選ぶということをしない。
「……そうね。さっきも様子が変だったし、よくあたしの胸をチラチラ見てるあいつが、そんな気を起こさないわけがないわ」
フィアは、蓮からそういう目で見られた覚えがあまりない。
アイリスと自分の胸の格差を確認し、ため息が漏れる。
そういう目で見られたいわけでは無いが、少し気に入らないと思った。
「……蓮さんは真面目な人ですから、仮にそういう人がいたとしても、ちゃんと誠実に接すると思いますけど」
「リヴは甘いです! あいつがエロガキなのはネタが上がってるんです!」
リヴも、蓮から肌を見られていると感じる場面は何度もあった。
でもそれは、年頃の男性ならむしろ健全なことなのだと特に気にしなかった。
──それに見ているのは、お互い様なのだから。
「お前は、あいつにそういうことさせる女がいると思ってるですか?」
「違うわよ! 女の子の扱いも碌にわかってないあいつに、そんな相手いるわけ無いわ」
そうだろうか?
蓮さんほど素敵な男性なら、周りの女性はむしろ放っておかないと思うけど。
「だから、身の程を知ってるのかしら? って話よ。勢いに任せて告白でもして撃沈したら、見てられないわ。ご馳走を用意したのに湿っぽくなられたら迷惑なのよ」
「ふーん……なんだかお前、あいつにそういう相手がいるのを嫌がってるみたいですぅ」
「どう言う意味よ」
「お前、あいつが好きなんじゃ無いですかぁ?」
フィアの笑みは、挑発的というより下卑ている。
「そんなわけ無いじゃない。あたしは心配してやってるだけ。しょうがないから今夜は寂しいあいつをこのアイリスちゃんが慰めてあげるわ」
アイリスさんは余裕を崩さないように見せて、少しだけ動揺したように見えた。
……蓮さんに想い人はいるのだろうか。
いても何もおかしくない。
いや、むしろ彼を好いている女性がいると言う方が自然だとさえ思う。
USJのパレードで、蓮さんの隣には綺麗な女性がいたことを思い出した。
もしかしたら、今日一緒に過ごすのは彼女なのかも知れない。
もし通じ合っている女性がいるなら、上手くいくと良い。
戦い疲れた彼を、癒してくれる女性がいてくれたら。
……僕なんかが、蓮さんの邪魔になんてなりたくない。
───
俺達は学校から真っ直ぐ、札幌駅前に向かっていた。
カラオケに行くだけなら駅前に来る必要はない。
だがここは、夜はイルミネーションで彩られ、男女が雰囲気を盛り上げるにはもってこいの場所である。
カラオケから解散した後、漆間と伊藤をここに残す作戦だ。
周辺はすでにカップルと思しき男女で溢れている。
数日前から地面はすでに真っ白だ。雪を踏み締めた感触が、足から耳に響いてくる。
「寒いねー」
そう言いながら南條も伊藤も、スカートは短く脚は丸出しだ。
雪にも負けないくらい眩しい。
女というのは、何故寒いのを我慢してまでスカートを短くするのか。
アイリスもこの寒さだっていうのに短いスカートを履きたがる。
俺が嗜めると、あんたは親かと逆に反発を喰らってしまった。
流石に南條と伊藤に同じことは言えない。
……実は目の保養になって嬉しいことは、もっと言えない。
「じゃ、行くか」
漆間の先導で、俺たちはカラオケに向かう。
この日はきっと客で一杯だ。
だからすでに予約は取ってある。抜かりはない。
「……今日は結衣のためではあるけど、あたしたちも楽しもうね」
南條が漆間に聞こえないように俺に呟く。
今日の主役は俺ではないとわかっていても、胸がときめいた。
──こうしてイブの一日が、始まろうとしていた。




