二人の少女が知らない少年の世界
修学旅行三日目。
俺たちは京都を発ち、大阪駅へと足を踏み入れた。
駅内は朝の通勤ラッシュを過ぎたはずなのに、人の波は未だ絶えず、様々なアナウンスと雑踏が渦巻いている。
大阪環状線で西九条駅に移り、さらにユニバーサルシティ駅へ。
改札を抜けた瞬間、そこにあったのは現実から切り離されたような、異国情緒とテーマパークの華やかさが混ざったような街並みだった。
「すでにもう違うな」
「テンション上がって来た!」
駅から続く高架通路を歩く。
両脇に並ぶアメリカ風のショップやユニバを象徴する映画のポスターが飾られた巨大看板が目を引き、スマホのシャッター音がそこかしこで響いていた。
やがて見えてくる大きなゲートには、UNIVERSAL STUDIOS JAPANのロゴが掲げられている。
そこをくぐると、目の前に広がるのはカラフルで華やかな世界。
「着いたぞ、USJ!」
場内を重厚な音楽が流れ、アメリカの街角を模したような広い通りがそこにある。
両脇には映画のセットのようなショップやカフェが建ち並ぶ。
まずは巨大な地球のモニュメントの前で、クラス単位で集合写真を撮影。
その後は、グループ単位での自由行動となる。
「それじゃ、行くか!」
心踊る、夢の世界の一日が始まった。
「バナナァァ!」
「ブードゥバドゥ!」
いくつもの絵画が飾られた洋館風のエリア。
耳には日本語でも英語でも、他の言語でも無い不可解な言葉が流れてくる。
ここはミニオンハチャメチャライド。
コースターに乗り、ミニオンの世界を体験することができる場所だ。
順番待ちをしている俺たちを飽きさせないよう、モニターの中から3Dアニメのキャラクターがコミカルに話しかけてくる。
「あんたもミニオンになりたいんやて? 危険がいっぱいやで?」
「望むところだ!」
隅田がモニターに向かって返事をする。
俺たちは他人のふりをした。
スタッフの案内で、三人乗りのコースターに誘導される。
座席に身を預けると、肩にぴたりと安全バーが降りてきた。
「俺トイレに行きたいんだけど」
「先に行っとけよ!」
隅田が尿意を訴えるのも構わず室内は暗くなり、大型スクリーンいっぱいに無数のミニオンが映し出される。
映像と連動して、乗り物は激しく揺れる。
次の瞬間、体が宙に浮くような感覚に襲われた。
「おおっ!」
ライドは上下左右に激しく動きながら、映像の中の世界を体感させてくれる。
急降下、急加速、急上昇。
時には映像に本気で衝突しそうな錯覚を覚え、迫力は満点だ。
数分後、映像は大団円を迎え、興奮冷めやらぬまま俺たちは元の研究所へと戻された。
───
「早く次へ行くですぅ!」
「フィア、走ると危ないよ」
「本当に子供なんだから」
スカートの裾をひらめかせて走るフィアを、リヴとアイリスが追いかける。
彼女たちもまた、USJを満喫していた。
「次は、あっちへ行くですぅ!」
異世界から来た彼女たちにとって、USJの技術は未知のテクノロジー。
フィアはもちろん、リヴもアイリスもこの世界に夢中だ。
「あっ、あいつあんな所にいやがるです」
フィアが指さす向こう側に、蓮がいた。
数人の男子に囲まれながら、笑っている。
「あいつも楽しそうですぅ」
その顔を、リヴは見たことが無い、と思った。
自分の見ていないところで、自分の知らない相手と笑っている。
なぜだか、蓮がとても遠くにいるような気がした。
「今日のところはあいつ抜きで、あたしたちだけで楽しみましょ」
「今日は女だけで水入らずですぅ」
「う、うん……」
友人との時間を邪魔しては悪いと、声をかけることもなく彼女たちは次のエリアへと向かった。
なぜだかリヴの胸中には、言葉にできないモヤモヤとした何かが棲みついていた。
───
楽しい時間は指から砂が溢れるように、あっという間に過ぎるもの。
太陽は沈み、代わりに人工的な照明が辺りを照らす。
客はこれから始まるパレードに期待を寄せ、通路に並列を作り、今か今かと待ち構える。
そしてその時が来ると灯りが消えて、一帯は闇に包まれる。
通路の奥から装飾を施したフロートが眩いばかりの光を放ち、ゆっくりと姿を現した。
「わぁ……」
煌びやかな音楽がパーク内に鳴り響く。
両脇に分かれた建物はスクリーンとなり、幻想的な世界を映し出す。
そしてUSJを盛り上げる様々なキャラクターが、フロートに乗り次々と流れてくる。
「綺麗だねー」
「そうだな」
蓮は、南條と合流していた。
夢の日の終わりを、彼女と共に過ごしている。
もっとも周りには同じグループのクラスメイトが囲み、二人きりというわけではないのだが。
蓮は、楽しかった。
観光も、テーマパークも、それだけでも魅力がある。
だが、みんなが一緒にいてくれることで、楽しさは何倍にも膨れ上がるのだ。
そしてその中で、南條が大きな存在感を放っていることに、彼は気づいていた。
(この三日間で、ずいぶんこいつと仲良くなった気がする。自惚れじゃ無いよな?)
多くの男子が憧れる美少女と近づくことに、誇らしさのような感覚を覚える。
それくらいには、蓮は思春期の男子だった。
そしてその光景を、リヴは離れたところから見つめていた。
「凄いですぅ」
「綺麗ね」
「うん……そうだね……」
二人が素直にパレードを楽しむ横で、どこか彼女は上の空。
リヴは気づいていた。
自分の胸に巣食う感情に。
この日思い知らされた。
蓮には自分の世界があるのだと。
いや、本当は知っていたくせに、見ないふりをしていただけなのではないか。
彼には学び舎があり、そこには友人がいて、彼を好んでいる女性だっているかも知れない。
自分は、そんな彼の世界を邪魔している異物なのではないか。
自分さえいなければ、彼はもっと充実した学生生活を送っていたに違いない。
戦いなど無くて、友達と笑い合える日々。
大切な女性を見つけて、共に支え合う瞬間。
それを、自分が奪っている。
昨日だって、旅行の最中であったのに蓮は駆けつけてくれた。
きっと、直前まで楽しく過ごしていたに違いないのに。
最後のフロートが通り去り、ゲートが閉じられる。
残ったのは、寂しさすら感じるパーティーの後の静けさ。
USJの一日は、こうして終わった。
───
「……何で隅田泣いてんの?」
「さあ?」
札幌へと向かう飛行機の中、俺の隣で隅田が顔を伏せて泣き続け、注目を集めている。
「ひっ……ひっ……ひぐっ……」
「……まあ、元気出せよ隅田」
こいつが泣いているのはワケがある。
土田が、この修学旅行中に彼氏を作ったのだ。
京都で良い感じになり、USJでも多くの時間を共に過ごしたらしい。
楽しかった修学旅行のはずが、隣のこいつのせいでとてもそんな気分になれない。
俺、このままこいつに気を遣って過ごさなきゃいけないの?
二時間あるんだけど……。
「まあ告白するなら普通はこうするよね。常識で考えて」
漆間は容赦なく隅田を切り捨てる。
「ひぐーっ!」
そして隅田の嗚咽が一際大きくなる。
マジでうるさい。
「お客様、大丈夫ですか? 具合が悪いのですか?」
CAさんも気を遣ってんじゃん。
いい加減泣きやめよ……。
「誰か、この中にお医者様はいらっしゃいませんか!?」
「良いです! 大丈夫ですから!」
お医者様だろうと、恋の病は治せない……って、やかましいわ!
こうして、三泊四日の修学旅行は幕を閉じたのだった。
───
僕達は、学校に寄った蓮さんよりも早く、自宅に戻っていた。
「楽しかったわね」
「また行きたいですぅ」
フィアとアイリスさんは旅行の余韻に浸っている。
でも僕は、とてもそんな気分にはなれなかった。
しばらくしてチャイムも鳴らず玄関のドアが開く。
蓮さんが帰ってきた。
謝らなきゃ。
自分が旅先で迷惑をかけたことを。
「蓮さん、あのっ」
「ようお前ら。四日間楽しかったか?」
「楽しかったですぅ」
「なかなか良かったわよ」
「そうか」
蓮さんは、満面の笑顔で応える。
「なら、良かった」
僕が迷惑になったことなど、微塵も気にしていない様子だ。
……わかってる。
蓮さんはきっとそんな風に考えていない。
たとえ自分を犠牲にしても、僕たちのことを案じ、戦ってくれる。
あなたは誰よりも強くて、優しい人。
……そんなあなたに、僕は甘えてしまう。
「……どうしたリヴ?」
「い、いえ」
「気分転換になったか? お前はいつも良く働いてくれるからな……フィアと違って」
「お前、どう言う意味ですか!」
荒ぶるフィアを無視して、蓮さんは続ける。
「息抜きできる時にはしてくれよ。お前は良く無理をするからな」
「無理してる、そう見えますか?」
「ああ。だから、たまには思いっきり楽しんでるところを見せてくれると安心できるよ。また遊びに行こうな」
その言葉を聞くと、僕の胸の奥の緊張がふっと緩んだ。
そして、自然と笑顔が溢れていた。
「……はいっ」
いつも僕のことを案じてくれる、大好きな蓮さん。
あなたのことも、僕が支えます。
これからも、そばに居させてください。
───
──……ねえ、鷹見。
──何だ?
──……好きな子は、いないの?
──……いないよ。
自宅に戻った南條美咲は、京都御所での蓮とのやりとりを思い出していた。
好きな子はいない?
嘘。
あんたの反応を見ればわかる。
あんたは、あたしじゃない他の誰かに恋してる。
じゃあ、それは誰?
LINEで回ってきた、あの子?
それとも、仲良くしてる千早?
どっちも、違う気がする。
じゃあ誰?
あんたが心を奪われたのは、誰なの?
──ねえ、鷹見。
すぐそばにいたはずのあんたは、どうしてこんなにも遠いの?
あんたは他の男子の誰とも違う。
あたしが追いかけても、あんたはするりとかわしていなくなってしまう。
目立たないけど、本当は誰よりも強くて、頼りになる人。
そんなあんたに、あたしは惹かれている。
あんたの隣にいるのは、あたしじゃダメなの?
あんたがそばに居て欲しいのは、誰なの?




