想いが重なる時 彼女の杖は強く輝く
「あら、素直ね。それが何を意味するかわかっているのかしら」
クリミアは笑みを崩さない。リヴがどう動こうと、自分達が圧倒的に優位であることは変わらない。
蓮に剣を向ける男もまた不敵に笑う。そしてクリミアの隣に立つもう一人の男は、無表情のまま不気味に佇んでいた。
「フィズラス!」
リヴの杖から放たれる三つの氷柱。それを予期していたと言わんばかりに、相手は皆それをひらりとかわす。
「おおおっ!」
蓮は目の前の男が姿勢を崩した隙をついて攻撃を試みる。
「バカが」
だがそれも容易くかわされる。
万全の状態であったなら違ったかもしれない。しかし、今の傷だらけの蓮に、相手を追い詰める力はなかった。
今度は逆に、敵の剣が迫る。
(やばい、かわせない──)
そう思ったその時だった。
キィンッ!
相手の攻撃を受け止めたのは、リヴの杖だった。
「させません!」
「あらあら、自分が前に出て来るなんて……頼りにならない騎士を持つと大変ね」
クリミアの言う通り、彼女が前線に出るということは、自分の宝玉を相手に晒すリスクを背負うという事。
あいつの言う通り、俺が頼りにならないから──。
「違います!」
リヴは聞いたことがない大声で強く否定した。
「蓮さんは、初めて会った時も、僕を助けてくれました!僕を守るために、事情も聞かずに剣を手に取ってくれました!」
その言葉が、蓮の胸の奥に響く。
「この人は、とても強くて、優しい人なんです!それを……バカにするなっ!」
(リヴ……!)
蓮は窮地に立たされているというのに、涙腺が緩みそうになった。
ここまで人から肯定されたことが、かつてあっただろうか?
「シルラヴド」
クリミアが呪文を唱えると、蓮が作った血溜まりから二本の赤黒い手が出現し、リヴの足首を握り締めた!
「えっ!?」
(何だ?さっきと違う呪文!?)
不気味な手はガッチリと彼女を捕まえ、離さない。
「これであなたは動けない。後は私達の好きなように嬲ることができる」
余裕の笑みを崩さぬまま、クリミアは蓮の方へと視線を向ける。
「選ばせてあげる。この女を差し出すから、自分は助けてくれと言いなさい。命乞いをすれば、あなたはこれ以上傷つかなくて済むわ」
この女は支配を楽しんでいる。人の心を弄ぶ悪魔。こんな奴が女王になるだと?
「誰が……っ!」
蓮はその要求を、にべも無く跳ね除け、リヴの前に立つ。
「そう……」
クリミアは一度目を伏せた後、笑みを崩さぬまま鋭い目つきで蓮を睨んだ。
「後悔しなさい。その一時のつまらない感情で、あなたの命は尽きる」
「死にたいなら、望み通りにしてやるよ!」
もはや力など残されていない蓮に、容赦なく敵の剣が迫る。だが彼は、それでも引かなかった。
間違っている相手に負けたくないという意地が、彼をこの場に立たせている。
(負けられねえ……お前みたいに、人を弄ぶような奴なんかに!)
そしてそれはリヴも同じだった。
(負けたくない……例えあなたが誰だろうと、人の尊厳を傷つけるような人には!)
その時、リヴの杖が力強く輝き始めた!
その場にいる誰もが、青い光に眩しく照らされる。
「何っ!?」
クリミアはその光景を見て、初めて強く動揺を見せた。
(あの輝きは何?何が起こっている!?)
リヴもまた、自分に何が起こったのかを知らない。しかし杖が、戦えと自分に語りかけているような気がした。
リヴはその声に従い、クリミア達に向かって杖を向ける。
そして蓮は、自分の指輪も共に青く輝いていることに気がついた。
(リヴ、何が起こっているんだ?)
氷柱をぶつけたところで、打破できる状況とは思えない。それでもリヴは、戦うことを選んだ。
──だったら、彼女を信じるしかない。
(……見せてくれよ。お前の、女王の資質ってやつを!)
リヴは、杖が起こす奇跡を信じて、力強く唱える!
「フィズラス!」
それは今までと同じ氷柱を出す呪文。
しかし杖から放たれたのは、道全てを覆い尽くすような巨大な氷塊。
それがクリミア達へと容赦なく襲いかかっていく。
「うっ、あぁああああっ!」
ズドオオオオォンッ!
氷塊は圧倒的な質量で彼女の絶叫を飲み込むように直撃。そのまま轟音を立てて砕け散った。
「……すごい……」
奇跡は起きた。リヴすら想定しなかった強力な呪文が、敵を押し潰したのだ。
「やった……へへ……ざまあ……みやがれ……」
蓮は、力無くその場にしゃがみ込んだ。
氷塊のつぶてが、細かな粒子となって宙を舞う。
光が雨のように降り注ぐ向こうに倒れているのは、先ほどまで蓮を攻撃していた男。
さらにその奥には、腰を抜かしてへたり込むクリミア。そして彼女を庇うようにして前に立つ男がいた。
黙して動かず、ただその場に立ち尽くしていたもう一人の騎士。彼の左腕には、鎧と同じく赤と黒で輝く盾が構えられている。
(盾だと……?)
蓮の知らない装備を持つ男は、変わらぬ無表情で静かにこちらを見据えている。その目に、蓮はクリミア以上に底知れない不気味さを感じた。
「はあっ……はあっ……お前達……よくも……!」
クリミアが悔しげに声を絞り出す。
彼女はこの瞬間、確かに恐怖した。自分にこの感情を抱かせた二人を、許せなかった。
もはや蓮は虫の息。リヴも、強力な呪文を放った後では次の攻撃はできないはずだ。
だが──。
「………!」
二人の目は、死んでいなかった。闘志が燃えている。
この戦いがまだ終わっていないことを、その眼差しは雄弁に語っていた。
そしてリヴが見せた、見たことのない杖の輝き。彼女に未知という恐怖が襲いかかる。
「………」
しばしの静寂の後、クリミアは静かな声で宣言した。
「この勝負、預けておくわ……覚えておきなさい。次に会った時が、お前達の最後よ」
そう言い残して、クリミアは踵を返す。
「行くわよ、アッシュ」
盾を持つ騎士も、こちらを一瞥することもなく黙ってその後についていった。
敵は去った。戦いが終わったのだと実感できるまで、少し時間が必要だった。
「……助かったのか……」
気が抜けた瞬間、蓮はそのまま力無く項垂れた。
「蓮さん!」
リヴの叫びも届かず、蓮の意識は闇に溶けていった。




