異世界の王女が招かれた家は、一人で住むには広すぎる
──昴、お前は本当に優秀ね。それに引き換え……蓮。お前はなんでいつもそうなんだい?
──蓮、昴はまた全国1位よ。お兄ちゃんなのに恥ずかしくないの?
ああ、またか。またこの夢だ。夢でも俺は弟と比べられるのか。
わかってる。俺はダメな兄なんだ。俺はダメなりに静かに生きていく。だから俺のことはもう──。
──違います!
蓮の背後から差し込んだのは、一筋の光。
──あなたはダメなんかじゃありません!僕のことを助けてくれました!
──あなたは優しくて強い人。蓮さんを……バカにするなっ!
「っ!」
蓮は目を覚ました。
今何か夢を見ていたような……だがうまく思い出せない。
目の前に広がるのは、見慣れない天井。体を起こすと、自分が知らない部屋のベッドで寝かされていたことに気がついた。
「蓮さん……良かった……」
傍にいるのは、リヴ。俺のことをずっと看ていてくれていたのか?
「どこだ、ここは……」
いや、俺はこの部屋を知っている……?
部屋に並べられているのは、複数のぬいぐるみ、そしてトロフィー。
この部屋の主は若い女性。そしてなんらかの達人だ。
部屋の隅で扉が開いた。
「あっ、鷹見くん目が覚めたんだ」
現れたのは幼馴染の近藤千早だった。
「近藤……?ここはお前の部屋か」
状況が読み込めないが、俺は近藤の……女子の部屋で眠っていたらしい。いつも彼女が眠る、このベッドで。
なんだかいい匂いがする。そのことに気がつくと、俺の心臓は高鳴り、体が熱くなってきた。
「……なんで、お前の部屋で俺は寝てるんだ?」
「鷹見くん、道で気を失ってたんだよ。その子が不良に絡まれてるの、助けてあげたんだって?」
俺はリヴを見つめる。彼女がそう説明したのか。
思い出したぞ。あの戦闘の後、俺は気を失い、そこに近藤が通りかかったってわけか。
「今何時だ?」
「もう19時過ぎだよ。お腹減ったでしょ。ご飯くらい食べて行きなよ」
部屋は電気が点き、カーテンは閉められている。このまま遅くまで残るわけにはいかない。
「いや、いい。世話になったな」
そう言って蓮は立ち上がると、あの時負った傷はすでに癒えていることに気がついた。
(……指輪の力か)
家に帰ろう。俺の家はすぐ近くだ。
そう思った矢先、一つの懸念に気がついた。
(リヴをどうするか……)
そもそも彼女は、どこに住んでいるのだろうか。
「リヴ、送っていく。お前の家に帰ろう」
「……はい」
リヴは何か考え事をしたようだが、素直に応じた。
「リヴちゃん。もう遅いから気をつけてね」
近藤の両親にもお礼を言って家を出た後、蓮は確認する。
「お前の家はどこなんだ?近いか?」
「僕、家なんてありません」
……家が、無い?……異世界から来たからか。
「……今までどうしていたんだ?」
「適当に草を洗って食べたり……夜は暖かいところで寝てました」
その告白に、蓮は絶句した。そして数秒の後、声をかける。
「……とりあえずうちに来いよ……」
それ以外に、言える言葉なんてなかった。
* * *
リヴは、蓮の家に案内される。光一つ灯っていない、住宅街に佇む一軒家。
蓮が先に進むと、部屋は元気を取り戻したかのように明るくなった。
「適当にくつろいでくれ」
「……ご家族は、いないんですか?」
「……両親は、弟と一緒に海外だよ」
「弟さんがいらっしゃるんですね」
「……リヴは晩御飯食べたのか?」
蓮は話を逸らすようにリヴに質問する。
「いえ、まだ……」
「適当に作るから、待っててくれ」
「いえ、そういうわけには」
「自分の家もないのに、また草でも食べる気か?いいから待っててくれ」
そう言って蓮は台所へと入って行った。
リヴは、ソファーに座ることもせず、床にちょこんと座りながら部屋を眺める。
こちらの世界の住宅事情は知らないが、1人で住むには広すぎるように思う。元は4人で暮らしていたというのだからそれも当然なのだろう。
彼女は、蓮のことをまだよく知らない。
成り行きで騎士の力を授けてしまい、戦いに巻き込んでしまった。
彼とは既に、2度の戦いを乗り越えた。その度に彼は傷ついてきた。
このままでいいのだろうか。
しかし戦い続けなければ、祖国を危機に晒してしまうかも知れない。
いずれ国を統べる女王として、そして年頃のただの少女として、彼女の心は揺れていた。
台所に、慣れた手つきで包丁を刻むリズムが走る。蓮もまた、リヴとのこれからのことを考えていた。
異世界から来た少女。しかも王女だと言う。そして国の威信を懸けた戦い。
勝ち続けなければ、彼女の国は他国の圧力に屈し、危機に晒されるのかも知れない。
遊びではない。責任は重い。自分なんかが参加していいものなのか。
以前の自分だったら、義理はないと面倒くさがって拒否していただろう。しかし蓮は、クリミア・スカーレットの顔を思い出す。
「……あんなやつに、負けられねえよなあ」
冷酷で、他者の尊厳を平然と踏み躙る王女への嫌悪感。どうしようもない反骨心が自分に存在していたことに、自身は驚いていた。
「しかし、王女か……」
今まで蓮はリヴの事を呼び捨てにし、お前呼ばわりすることさえあった。常識で考えれば、無礼極まりないのかも知れない。
もしかしたら表に出さないだけで、不快に思っているのではないか?
──貴方は無礼な男ですね。そんな態度が許されると思ってるのですか?打首に処します。
蓮は処刑される自分を思い浮かべ、首筋が寒くなった。
(よく考えたら、王族の口に合うもんなんて用意できないぞ……でも待たせるわけにもいかないし……)
* * *
蓮が台所に篭って20分ほどが経った。
リヴが落ち着かない様子でただ待っていると、不意に声をかけられる。
「リヴ様、お食事の用意ができました」
「!?」
「奥へいらっしゃってください」
いきなり始まった、蓮の異変。
恐る恐る奥へ進むと、そこにはレトルトのご飯と味噌汁、そして蓮が作った肉野菜炒めが並べられたテーブルの横で、執事のように椅子を引いて待つ彼の姿があった。
「こちらへお座りください」
「ど、どうしたんですかいったい?」
「今までの数々の無礼、お許しください。お口に合えば良いのですが……」
リヴは戸惑っていた。
世話になっているのは自分なのに、家の主にこのような態度をとらせてしまっている。どうしようもなく居心地が悪かった。
「や、やめてください蓮さん。今まで通り、リヴって呼んでくれませんか」
「いえ、そういうわけには」
互いに引かない押し問答は、しばらく続いた。
しかし食事を冷ましたくないので、結局、蓮が折れることで話は落ち着いた。




