期待に応えるのが良い女 全天球の絶対防御
「また騎士が来ましたか……」
セレーネは少し焦り始めていた。
取り乱しているわけではないが、冷静に戦闘を継続するべきかを検討し始める。
(敵の王女は三人。これ以上時間をかけると更に騎士が集まってくる可能性が高い)
実際は蓮と千早以外に騎士はいないのだが、状況から彼女がそう考えるのは至極当然だった。
騎士がいないからこそ、容易に勝てると踏んだのだ。
しかし敵の騎士が集ってしまっては、勝算が崩れてしまう。
(おまけにあの少年のサークレット……初めて見る。一体どのような力を秘めているのでしょうか)
「あんた、あたしの装備を身につけているのね」
蓮が装備するのは、アイリスの騎士としての緑色の鎧。
「指輪が伝えてきたんだ。こっちを使えって」
アイリスの装備にも、リヴと同じようにガントレットとサークレットが備わっていた。
(俺のことを、信じてくれてるってことか)
なら、その期待を裏切るわけにはいかない!
(そやけど、この霧の中で何ができるんや?)
敵にとっては、蓮の装備は未知だ。
だが、強力な力を秘めていたとしても、当たらなければ意味は無い。
(せっかく登場したところ悪いけど、退場してもらうで!)
蓮の背後から、敵の剣が容赦なく迫る──
その時だった。
蓮は振り向き、自分に向けられる敵意をその目にはっきりと捉えた。
(アホな、なんでわかった?)
彼はカウンター気味に左胸に剣を突き立てる。
「おおりゃあっ!」
「がっ……何で……!」
宝玉は砕け、騎士は後方に吹き飛ぶ。
力を失った男は霧に紛れ、見えなくなった。
蓮の参戦によって、あっけなく彼は戦場から退場したのだ。
(やった……やっぱり蓮さんはすごい!)
(ふーん、やるじゃない。まあ、あたしの騎士なんだからこれくらい当然ね)
そしてそれは他の騎士に、セレーネに、大きな衝撃を与えた。
(……! なぜあの少年は霧の中で応戦できたのですか? まさか見えている?)
違う。
蓮は見えなくとも、耳が、肌が、敵の位置を感じ取ることができた。
(わかるぞ……サークレットが俺に敵の気配を教えてくれる)
霧で視界を奪われるなど、今の彼にとって大した障害では無かった。
(これで残る騎士は二人……今の俺になら、やれる!)
「伊藤、清水! 退きますよ!」
霧の中でセレーネの号令が響き渡る。
(逃げる気か?)
一人倒されただけで撤退を決断するとは。
その判断の速さでここまで生き残ってきたというわけか。
(どうする? 追った方がいいのか?)
「蓮! 逃しちゃダメよ!」
アイリスが蓮に発破をかける。
相手の動きがわかるのは彼だけ。
自分が行くしかない!
「待て!」
敵は広場の出口へと向かっている。
蓮はそれを追いかける。
そして解放された千早が、フィアの方へと駆け出した。
セレーネの動きは速くない。
追い詰められるか──
そう思った矢先、敵は振り向き、三方に散開して蓮の方へと向かってきた。
「何!?」
一人は蓮に剣を向ける。
それを防いでいる間に、セレーネを含む二人は彼を通り過ぎ、リヴたちの元へと向かって行った。
(まずい、俺をあいつらから引き離す作戦だったのか!)
敵は蓮を逃さないように、ぴったりと張り付いてくる。
「くそっ、どけよ!」
「あんたの王女様達は今から一網打尽や。黙って見とけや」
駆けるセレーネがリヴたちに杖を向ける。
「この霧でどこから呪文が来るかわからないでしょう。あなたたちはこれで終わりです」
彼女の鋭い視線は、無防備なリヴたちの宝玉を余さず捉えていた。
「アイリス!」
蓮の声が霧の中で響く。
──トプラジスだ。
盾を作ってみんなを守ってくれ!
(わかってる。でも、どこから来るかわからないのに上手く行くの?)
自分の呪文がみんなの命運を握っている。
失敗すれば、三人ともクイーンズクレストからは退場だ。
「アイリスちゃんはそっちを! 私はこっちを守るから!」
千早がアイリスに背を向け、盾を構える。
前と後ろ、双方を守る作戦だ。
(無駄です。側方がガラ空きですよ)
この呪文なら、防御されなければまとめて始末できる。
セレーネは勝利を確信し、力強く唱えた。
「アルマグ!」
杖から放たれたのは、巨大な水塊。
一塊となった四人を包み込むには十分な大きさ。
まともに受ければ、彼女達はその水圧に飲まれてただでは済まないだろう。
(来る……トプラジスで防ぐ。本当にそれでいいの?)
失敗すれば自分だけでなく、仲間も巻き込んでしまう。
彼女の不安と緊張が胸を締め付けた。
(大丈夫だ、お前ならやれる)
頭の中で、蓮の声が響く気がした。
(いつも偉そうなのは伊達じゃないだろ。お前には力があるんだ。頼む、リヴたちを守ってくれ!)
蓮の想いに応えるように、アイリスの杖は力強く輝いた。
(これは……新しい呪文!)
緑色の光が、霧を裂くほど辺りを強く照らす。
蓮が、あたしのことを信じている。なら、その期待に応えるのがいい女でしょ。
大丈夫。
あいつが与えてくれた力は、みんなを守ってくれる。
杖を握る手に力を込め、アイリスは声を張り上げた。
「トプラベル!」
アイリスたちの周囲の地面が隆起し、木の根が姿を現す。
(これは……ネルトプラ!?)
いや、その数は二本だけではない。
八本。
それが周囲から出現し、アイリスたちを覆うようにドーム状の骨格を作った。
「そんな木の根が、何の役に立ちますか!」
セレーネの咆哮と共に、アルマグが直撃した。
水が激しく弾ける音と共に、空気が揺れる。
だが木の根はびくともしない。
敵の攻撃呪文を、完璧に防いでしまったのだ。
(これがあたしの新しい呪文……!)
トプラベル。
それは三百六十度、上空も含めて防いでしまう防御呪文だった。
「そんな……私の呪文が……」
動揺するセレーネの懐に、蓮が迫る。
「なぜあなたが……清水は!? どうしたのですか!?」
「悪いな、倒させてもらったぜ」
サークレットによって強化された蓮にとって、相手は足止めにはなっても敵ではなかった。
「セレーネ!」
残ったもう一人の騎士が庇おうとするが、遅かった。
蓮の剣は、セレーネの宝玉を粉々に砕いた。
「まさか私が倒されるとは……お見事です……」
敵への賛辞を残し、彼女は砂となってそのまま消えた。
霧は晴れ、残ったのは澄み渡る青空。
陽光には虹を描いている。
そして力を失い倒れ伏した最後の一人の男の指で、銀色のリングが輝いていた。




