希望を包む霧と切り裂く光
船岡山。
京都の街の一角にある、標高百メートル程の小さな山である。
五山の送り火が眺められるスポットとしてその日は賑わうが、今日は観光客も訪れず、人の姿はまばらであった。
その山頂付近の広場に、リヴたちはいた。
「ここからは京都の街がよく見えます。良いところでしょう?」
青いドレスをふわりと揺らしながら絶えず笑顔を向けるセレーネに、笑い返す余裕のある者はいない。
自分たちを守る騎士はおらず、魔力の充填もできない。
対して向こうが従える騎士は三人。
深海のように深い青い鎧を身につけている。
王女としての人数で劣っていなくとも、リヴたちが圧倒的に不利なのは明白であった。
「では、始めますか。遠慮は要りませんよ」
セレーネの号令に応じ、三人の騎士が同時に襲いかかる。
全員、サークレットは持たないが、腕にはガントレットが青く輝いている。
接近されれば、力によって蹂躙されるだろう。
「ネルトプラ!」
アイリスの足元が隆起し、日本の木の根が這い出て、うねりながら目の前の騎士に向かっていく。
相手はそれをかわし、構わずこちらへと近づいてくる。
(フィズラスじゃダメだ。でも、ソルブレイドが唱えられるほど魔力が溜まっていない)
フィアもまた、自分に出来ることなど知れていると考えていた。
騎士と連携できない王女が、如何に脆いか。
なす術は無い。やられる──
三人が諦めかけた、その時だった。
「フィアちゃん!」
「千早ーーっ!」
息を切らして戦場に駆け付けた彼女は、剣を抜いてフィア達を庇おうと走る。
「騎士が現れましたか。でも一人で何ができますか?」
「あんたはわしが相手をしたろう!」
敵の騎士の一人が、千早と対峙する。
装備の条件は同じ。
それならば──
「やあああっ!」
千早の研ぎ澄まされた剣が、的確に相手の急所を狙う。
相手は思わずたじろいだ。
「何やこいつ! 女のくせに強いで!」
残る二人の騎士は、リヴたちの元へと向かっていく。
「覚悟を決めなさい、あんた達!」
杖を構えて、アイリスが二人を鼓舞する。
劣勢でも気持ちで負けてはいけない。
彼女はそれをよくわかっていた。
「いくぜっ! 王女様よ!」
「くっ!」
リヴが相手の剣を、間一髪でかわす。
ガントレットの力を受ければ、杖は真っ二つにされてしまう。
かわして、かわして、隙をついて呪文を叩き込む。
彼女達の勝算はそれしかない。
三人は、お互いを補い合いながら、何とか攻撃をかわし続けていた。
「でも、そこまでです。サムフォミス!」
セレーネが呪文を唱えると、瞬く間に霧が立ち込め、辺りを飲み込んだ。
やがてそれはどんどん深さを増し、近くにいる味方以外、まるで見えなくなった。
「何ですかこれ!」
「視界を奪う呪文よ。大声を出さないで」
動転するフィアをアイリスがたしなめる。
相手も同じ条件なら、こちらから気配を出すのは命取りだ。
三人は、お互いの背中を預けながら、辺りを見回す。
相手はこの霧に紛れて攻撃を仕掛けてくるはず。
必死に目を凝らし、襲撃に備える。
目の前で影が揺らぐと、それは人の形となって襲いかかってきた。
「きゃっ、このっ!」
間一髪、何とかかわした。
そして反撃を試みるも、相手はまた霧の中へと消えていった。
「まずいわね。相手は見えてるわよ」
(リアフィズラと同じだ。相手の行動を一方的に制限する呪文……!)
深い霧の中では、相手に呪文をぶつけるなど到底できそうもない。
このままではいいように嬲られるだけ。
その末路に彼女達は恐れ慄いた。
一方、千早もこの霧に苦戦していた。
指輪の力でフィアの位置はわかる。
だが、彼女の元に近づこうとすると、敵がそれを阻もうとするのだ。
(早く片付けて、フィアちゃんたちを援護したいのに、これじゃあ……)
迂闊に動けば、逆にこっちがやられてしまう。
自分がやられれば、形勢はその瞬間に決まってしまうだろう。
隙を見せるわけにはいかない。
(──来る!)
背後から来る気配と感じ取り、襲い来る剣を、何とかいなす。
だが反撃の間も与えてもらえず、敵は霧に紛れて消えてしまう。
(ダメだ……この霧じゃ思うようには戦えない)
現実を悟りながらも、千早は強く心を持つよう自分を奮い立たせた。
(フィアちゃん、大丈夫? 信じてるよ。私たちは負けないって)
信じること。
それが強さだとシルエナは教えてくれた。
だから、どんなに絶望的だとしても諦めない。
それが突破口になると祈って。
(千早が戦ってくれている。フィアの魔力は溜まったです)
今なら、三つの呪文が全て使える。
シルミルナで相手を拘束するか?
だが、この霧では上手く当てられる自信は無い。
ルドミルナで千早を強化するか?
千早の位置は何となくならわかるが、やはりこの霧の中では上手く当てられないかも知れない。
自分の呪文がみんなの命運を握っている。
失敗は許されない。
考えて考えて、フィアが出した結論は──
「頼んだですリヴ! ルドミルナ!」
フィアの杖から走る魔力が、リヴの体を雷光で纏った。
ガントレットを持つ騎士を相手に、王女の接近戦は分が悪い。
だが、ルドミルナで強化されている今なら──
(もらった!)
霧に乗じてフィアに襲いかかる影。
だが今のリヴは、その動きをはっきりと捉えていた。
「ソルブレイド!」
リヴの杖の先端から、青い魔力が迸る。
「ええいっ!」
そして彼女は敵よりも速く動き、その胸に冷気の刃を突き立てた。
「何っ!?」
「やった!」
相手はみるみる凍りついていく。
霧に紛れる余裕など与えない。
一人崩せば、まだ戦える。
勝負はこれからだ。
「アルマエル!」
セレーネが唱えると、凍てついた騎士は背後から大量の水を浴びた。
それは氷を溶かし、彼を呪縛から解放してしまう。
「待て!」
リヴの追撃も叶わず、相手はまたも霧の中へと姿を隠してしまう。
「危ない危ない。もうその攻撃は食わへんで」
以前にも同じことがあった。
ソルブレイドが破られた──
リヴが構えても、敵はもう迂闊に飛び込んでは来ない。
やがて彼女を強化する光も、杖から走る冷気も消え失せてしまった。
おそらく今の自分たちにできた最善手。
それでも敵の撃破には至らなかった。
(これでお前たちは、もう終わりや!)
相手は呪文を使い果たした。
今の自分達になら、あとは相手を好きなように嬲ることができるだろう。
だが──
(何や?)
それでも、リヴたちの目は絶望していなかった。
まるでまだ、最後の切り札が残されているかのように。
(そんなハッタリに、惑わされへん!)
侮ることはしない。
だが、手を緩めるつもりもない。
あとは相手の宝玉を砕くだけ。
それで自分たちの勝ちだ。
(まずは一番生意気そうな、あんたからや!)
敵の剣は、アイリスを標的と決めた。
もう呪文による反撃の心配は無い。
ならば、今までよりも深く踏み込める。
(これで、終わりや!)
この時、アイリスにできることは無かった。
それでも、彼女は自分が負けるとは思っていなかった。
だって千早は来てくれたから。
なら、あいつだって必ず来る。
(──そうでしょ? 信じているから)
キィンッ!
鋭い金属音と共に、アイリスの宝玉を捉えたはずの剣は弾かれた。
「何っ!?」
彼女を守るように前に立つその男は、額に緑色のサークレットを身に付けている。
「バーカ。遅いのよ、あんた」
「必死に走ってきた相手に言うことがそれか?」
息を切らしながらも、威風堂々と前に立つ彼は、紛れもなくアイリスを守護する騎士。
鷹見蓮、参戦!
霧の中に希望の光が差し込んだ。




