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数多の願いは 全て王女たちのために

「おせーぞ、鷹見」


「ごめん!」


「どんだけ固いうんこだったんだ?」


「……大物だったよ」


 俺はトイレが長引くと連絡し、みんなを先に行かせていた。

 それくらいしか言い訳の理由はないだろう。


 京都御所を離れて、既に一時間以上が経過。

 今いるここは祇園(ぎおん)


 石畳の道の両脇には、格子戸の町家が立ち並ぶ。

 低く構えた木造の建物に、白壁や黒格子の装いが映える。

 店先には赤い提灯や手書きの看板が掲げられ、観光客が足を止めている。


 時刻は三時を過ぎた。

 グループのみんなは、着物に着替え、団子や抹茶味のスイーツなどを手に食べ歩いている。


「鷹見、遅いぞ!」


「ああ、ごめん」


 南條の着物姿は別格だ。

 他の女子には悪いが、誰よりも似合っている。

 普段は下ろした長い金髪が後ろでまとめられ、覗けるうなじにドキッとさせられる。


「あたしを置いていくなんて酷いぞ!」


「ごめんって」


「鷹見の着物姿も見たいな。それで許してあげる」


「うーん、わかったよ」


 俺も急いで着物レンタルのサービスを受け、再度合流した。

 薄紫の着物に藍色の羽織を合わせ、鏡に映った自分は少し大人っぽく見える気がした。


「似合ってるじゃん」


「ありがとう」


 南條がイタズラっぽく目を細めて笑う。

 この笑顔が見れただけでも、着替えた価値はあると思った。


「お前もなんか買って来れば?」


 一人制服姿の隅田が、ポテチの袋を片手に話しかけてくる。


「……お前、どこでそれを買ってきたんだ?」


「ん? 向こうのコンビニで」


「……そうか。お前は着替えないのか?」


「だって面倒だし」


「……」


 俺は抹茶ラテを購入した。

 美味い。


「みんな揃ったし、また写真撮ろーよ」


 五重の塔を背景にして、皆がかたまり撮影をする。

 送られてきた写真を見ると、金閣寺で撮ったものより自然に笑えているような気がした。


 次に徒歩で向かったのは、八坂庚申堂(やさかこうしんどう)

 カラフルなお手玉のようなものがいくつも重なり、軒いっぱいに吊るされているのが目につく。

 そしてどの玉にも小さな文字が綴られ、誰かの願いや夢が込められていた。

 その光景は写真映えすると、女子には大好評だ。


 奥の境内には、三匹の猿の像が祀られている。

 これが有名な、見ざる、言わざる、聞かざるだ。

 悪縁を遠ざけ、幸福を呼び込むご利益があるらしい。


 俺は無難に、悪いことが起こりませんようにと願った。


 次に向かったのは、安井金比羅宮(やすいこんぴらぐう)

 馬くらいの大きさの、紙札でびっしりと覆われた何かが目につく。

 これは縁切り、縁結びの石碑らしく、念じながら下をくぐることで願いが叶うらしい。


「隅田、お前は何をお願いしたんだ?」


「土田と、上手く行きますようにって」


 こいつ、まだ諦めてなかったのか。

 願いというより、まるで呪いなのではないか。


「多くは望まない。体だけの関係でもいいんだ」


「……男が言うと最低だぞ、その言葉」


 京都に来て、一体いくつお願いをしたんだろう。


 負けませんように。

 あいつらと長く一緒にいられますように。

 あいつらの国が繁栄しますように。


 願ったのは、全部あいつらとのこと。

 いつの間にか、あいつらの存在が俺の中でこんなに大きくなっていたんだな。


「そろそろ旅館に行くか」


 陽が落ち始めた。

 西の空は藍色に染まり、東山の稜線が影絵のように浮かび上がっていた。


 自由行動を終え、今日の宿に向かわなくてはならない。

 俺達は借りた着物を返却し、制服姿に戻ってバスに乗り込んだ。


 各々がお土産を抱え、紙袋の匂いと擦れる音が車内を満たす。

 中でも隅田は両手にいっぱいだ。


「隅田、お前何を買ったんだ?」


「お前のことだから、木刀とか買ったんだろ。どうせ」


 小、中の時は、なぜか必ず一人はいた。

 こいつなら高校生になっていても買いかねない。


「そんなもん買うかよ。俺が買ったのはこれだ」


「こいつ、剣に龍が巻き付いていて宝石のついているキーホルダー買ってやがる……!」


 京都じゃなくても買えるのに。

 というか、高校生が買う物かこれ?


「なあ鷹見。なんで女子たち、俺たちと一緒に来たと思う?」


「さあ? なんでだろうな」


 ただの気まぐれか、何か目的があったのか。

 だが理由があったとしても、わかるはずもない。


「きっと、南條が俺のことを好きなんだ。そうに違いない」


(それだけは絶対に無いな)


「それだけは絶対に無いな」


 俺が思ったことを、漆間が代わりに口にしてくれた。

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