表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
84/96

平和への涙と祈り そして学校一の美少女の噂

 蓮達は、広島空港に降り立った。

 そこは都市部から離れた山間にあり、都会の喧騒とは違う穏やかさがある。


 到着ロビーの自動ドアが開くと、地元の特産品を並べた土産物屋の看板が目に飛び込んできた。

 制服姿の高校生達がぞろぞろとロビーに降りてきて、引率の先生によって点呼を受ける。


「ここからはバスで広島市内に向かうぞ。忘れ物ないか?」


 ターミナルから延びるバスロータリーに、白いリムジンバスが何台も待機している。


「あたしたちも追いかけなきゃ」


 アイリスが先頭に立ち、リヴとフィアもそれに続く。


 バスは修学旅行生だけで貸し切り。

 リヴたちは別のバスで蓮達を追う。


 ここから蓮たちは原爆ドームへと向かう。

 車窓の外を流れる景色は、やはり北海道のそれとは違っている。

 中でも、一際目についたのが民家の屋根。


「瓦だ」


 北海道では雪が降るため、まず使用されない瓦。

 異文化を見つけ、慣れた土地を離れたのだと実感が湧いてきた。



 約一時間の移動を終え、広島市内を流れる川のほとりに、それはあった。


 赤茶けた鉄骨が空に突き出し、かつてのドーム屋根は半ば崩れ落ちている。

 外壁は黒ずみ、崩れかけたレンガとひび割れた窓枠が、時を超えてなお当時の惨状を語りかけていた。


 ここで何万人もの命が、一瞬で奪われた。

 想像もつかない現実が、目の前にある。


 蓮はその異様な静けさに圧倒され、ただ立ち尽くす。

 そしてそれは、リヴたちもまた同じだった。


「おおぅ……生々しいですぅ……」


「…………」


 国を預かる者として、彼女たちはここにいる誰よりも、その光景を重く受け止めていた。


 次に向かったのは、ガラス張りの近代的な建物。

 だがそこにあるのは、溶けて歪んだガラス瓶、黒焦げとなった弁当箱、血で滲んだ衣服。

 誰かの日常の断片であったものが、今は無惨な姿で残る。


 壁一面には被爆直後の街の写真。

 だがそこに写っているのは、もはや街とは呼べない。

 瓦礫と化した地面に、動かない人々の姿が残されていた。


 それらを展示するのは、平和記念資料館。

 ここでは笑い声も冗談も、一切許されない。


 すすり泣く者の他、青ざめた顔で教師に付き添われる者もいる。


 蓮は、焼けて黒焦げになった三輪車を見つめていた。

 幼い子供も犠牲になった事実を思い、彼の目にも涙が溢れた。


 蓮は慌てて手でそれを拭う。

 何人かはそんな彼の姿に気づいていたが、誰もそれを茶化す者はいなかった。


 そして彼女たちも。


 フィアは静かに嗚咽しながら泣き続けている。

 リヴも、口元を押さえながら涙を止めることはできなかった。

 アイリスも眼差しこそ強いが、涙が頬を何度も伝っていた。


 しかし彼女たちは、決して目を背けてはいけないと感じていた。

 今でこそ豊かで平和と言っていいこの国に、多くの命が失われた歴史があったことを。


(……平和って、当たり前じゃないんだ)


 ならば、人の営みを守らねばならない自分たちに何ができるだろうか。


 多くの困難が立ちはだかることはわかる。

 でも、全力で向き合おう。


 三人は静かに、そして強く決意をするのだった。


───


 夜に広島風のお好み焼きを食べた後、俺たちはホテルで休んでいた。


 同室なのは、隅田、漆間を含めた五人。

 これは明日から自由行動を共にするメンバーでもある。


「何で朝、隅田泣いてたの?」


「こいつ土田に告白して振られたんだよ」


「何で出発前に告白したの? バカじゃねーの」


 周囲のいじりに対し、隅田は枕を投げて反撃した。


 そして話は自然と他の者の恋愛事情となった。


「お前ら好きなやついる?」


「こいつ、佐々木のこと好きなんだよ」


「違う、違う!」


 男同士の馬鹿話で部屋は大いに盛り上がる。


「結局この中で彼女がいるのは漆間だけか」


 付き合っている相手がいる。

 それだけで大人っぽく見えてしまう。

 部屋中の尊敬の眼差しが漆間に集まった。


 俺には、女性と付き合ってもどうすればいいのかがよくわからない。


 そもそも告白をする、というのがハードルの高い行為だ。

 そういう意味では、隅田もすごい奴なのかもしれない。


「そう言えば聞いたか? 南條の噂」


 南條美咲。

 クラスで、いや学校内で一番と評される美少女。


 俺は春に、彼女の兄妹を火災が起きたビルから助けたことを思い出した。

 その時に礼は言われたが、その後はカラオケに行ったくらいで、大きく関わることはなかった。


「南條って、鷹見のことが好きらしいよ」


「!?」


 一瞬、心臓を掴まれたような衝撃を覚えた。

 何を言い出すんだこいつは?


「あー、俺も聞いたことあるけど。でも鷹見が? ないない。あの南條だぜ?」


 周りもそれに同調する。


 まるで俺が高望みをしているかのように、なぜか俺を茶化すような空気が生まれた。

 別に俺が南條のことを好きと言ったわけじゃないのに、納得いかないぞ。


 だが、漆間がその空気を一変させる。


「そうか? 俺はお似合いだと思うけどな」


 部屋は彼の一言で静まり返った。

 この中で一番経験が豊富な漆間に、反論できる奴はいない。


(でも俺が南條となんて、とても釣り合うとは思えない)


 何で漆間はそんなことを言うんだ?


「まあ南條が好きでも、鷹見の気持ちは別だからな。どうだ?」


 漆間は、南條が俺を好きという前提で話を続ける。


 俺は想像してしまう。

 南條と付き合うということを。


 南條と手を繋いで一緒に下校する。

 南條と一緒に休日を過ごす。

 南條と唇が触れて……その後は……。


──あたし、あんたにだったら……いいよ?


「……お前、何考えてんだ?」


 その声に俺は我に返る。


「お前マジで南條と付き合えると思ってんの? 流石に無いって」


「そうだよな。いくらなんでも南條がお前のこと好きっていうのは無いだろ」


 ……恥ずかしながら、俺は想像してしまっていた。


 馬鹿馬鹿しい。

 南條が俺のことを好きなはずはないし、俺が好きなのは──


 ……脳裏に浮かぶのは、自分を支えてくれる可憐な少女。

 俺は慌てて、それをすぐにかき消した。


───


 翌朝。

 まだ少し眠そうな顔をした生徒達が、ぞろぞろと集まり始める。


「忘れ物はないか? バッグの数は確認したか?」


 バスの運転手が受け取った荷物をトランクルームへ放り入れ、荷物を渡した生徒達は順番に乗り込んでいく。


 彼らは広島の歴史と向き合った昨日の余韻を胸に、次なる目的地、京都へと向かう。


 バスが広島駅へ到着すると、大所帯は新幹線のホームへ向かった。

 やがて白と青の車体がホームに滑り込んでくる。

 広島発京都行き、山陽新幹線ひかり号。


「あたし新幹線初めてー」


「俺窓際な!」


 座席に着くと、あちこちでお菓子の袋が開かれ、おしゃべりで車内は騒がしくなる。


 窓の外に見えるのは、どこまでも続く中国山地の山々と、過ぎ去る広島の街。

 それはやがて田畑へと変わり、見慣れぬ景色が次々と流れていった。


「間もなく終点、京都、京都です。お降りの準備を……」


 車内アナウンスが流れ、ブレーキの金属音が耳を打つ。

 やがて車体が完全に停止するとドアが開き、柔らかな外の空気が流れ込んだ。


「ついたー。京都だ」


 駅のホームから移動すると、吹き抜けの大空間へ出る。


 生徒達はその大きさに圧倒された。

 天井が、ビルのように高い。

 巨大な格子状の鉄骨が幾何学模様のように組まれ、隙間から淡い光が差し込んでいる。


 外へ出て一際目を惹くのは、空高くそびえる京都タワー。

 周囲もコンクリートでできた建物が並び、古都の名に似合わぬ雰囲気を醸し出している。


 荷物をバスに乗せ、先に今夜泊まる旅館へ送る。

 ここからが待ちに待った自由行動だ。


「じゃあ行くか。まずは金閣寺へ」


 俺たちは五人で、目的地へ運んでくれるバスを確認する。


「ねえ、あんた達」


 声に振り返ると、そこにいたのは五人の女子グループ。

 そしてその中には、南條美咲がいた。


「金閣寺に行くんでしょ? あたしたちと一緒に行こうよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ